百六十七日目
朝から武器屋に向かい、魔鏡の鎧下を売却する。
料金を受け取り、その中からツケにしてもらっていた料金を支払う。
もう諦めた。
思い入れのある魔鏡の鎧は極力売りたくなかったが、先日購入した鎧のせいで借金が出来てしまっている。
武器屋の店主はいつでも良いと言ってくれているが、お金に関するあれこれで、借りを作ったままなのは気持ち悪い。
悪い奴なら踏み倒すか、トンズラこいて装備を購入する店を変えるのだろうが、俺はそんな事しない。
別に、スキルチェッカーがここにしかないからとかでは決してない。
単に店主とはイーブンの関係で売買したいのだ。
どちらかに貸し借りがあれば、きっとどちらかが遠慮して損をする。これからも武器屋を利用する以上、そんな関係は嫌なのだ。
だからさ……オメーの所の不良品のせいで死にかけただろうがい!?
モンスターの攻撃で、あっという間に風穴が空いたわ!
プロテクターも盾もクーリングオフだ!
武器屋の店主の前で、ホブゴブリンの手によって使い物にならなくなった装備を並べて文句を言う。
もちろん、お金のやり取りが終わってから苦情を言い始めた。料金を支払っておかないと、じゃあその分は払わなくて良いと言われて、それで終了の可能性もあるからだ。
苦情を言う時も、貸し借りは無しだ。
ん?どんなモンスターだったって?
ホブゴブリンだよ、槍を持ったホブゴブリン。
甲冑? ああ、装備してたよ。
馬? ……乗ってたな。まさか、あんたの知り合いか!?
違う?紛らわしい言い方すんじゃねーよ。って、そんなのどうだって良いんだよ!
この装備の代金、きっちり返してもらおうか!!
カウンターをダンッと手で叩き、返金を要求する。
さあさあと顔を近付けて店主を睨み付けるが、店主は俺を見ていない。
ジッと風穴の空いたプロテクターと盾を見ている。
更にそれを手に取り、手で触り確かめていく。
こちらには一瞥もくれずに、何かを確かめるように傷跡をなぞる。
そして、ふうと息を大きく吐き出すと、今度こそこちらを見た。
「金は返さんが、新しい装備ならくれてやる。だから俺の依頼を受けろ」
簡潔にそう言うと、店主はこちらを試すような目線を送る。
俺はそんな怪しい話に乗る訳もなく、ただ
「何でも来い!」
口が勝手に動いただけの話だった。
タダで貰えるなら文句は無い!
店主からの依頼は、プロテクターと盾に風穴を開けたホブゴブリンを倒し、奴が使っている槍を持って来る事だった。
槍を持って来れば、それも別途、料金を支払ってくれるそうだ。
そこまで聞いて、任せろと、俺はあいつを倒さなきゃ気が済まない。何としても探し出して、ぶちのめすつもりでいると力強く答えた。
俺は腕をぐるぐると回して武器屋を出る。
やる気が出て来た。早速ダンジョンに行こうじゃないか。
ダンジョンに入場して、防具を貰いに戻ったのは言うまでもない。
ダンジョン31階
草むらに伏せて、ホブゴブリンが通り過ぎるのを待つ。
俺はゆっくりと立ち上がると、ホブゴブリンを背後から強襲しようと不屈の大剣を構える。
と同時に気付かれた。
どうやら俺の気配を察知したようだ。
決して足音を消せてないとか、殺意を抑えきれないとかではない。はずだ。
いつもは率先して襲って来るはずのモンスターの腰が引けているように見える。まるで、猛獣を前にした人のようである。
はは、まさか、モンスターが人に怯えるはずがない。
俺は先日受けた恨みを晴らすべく、狩りを始めた。
道を歩く、ホブゴブリンを見つける、即デストロイを繰り返して進んで行く。
憎いあいつを探し回る以上、どうしてもホブゴブリンを倒さなければならない。
それに、マッピングールに道を記しておきたいので、まるで動く屍体のように徘徊するのだ。
31階からは、どこか牧歌的な雰囲気のエリアとなる。
道には起伏があり、偶に背の高い草原や森もある。川が流れ、橋も架かっている。明らかな人工物だ。
この前の廃村もそうだが、文明を感じる物が多くある。
これらを誰が作ったのか分からない。
ダンジョンでは人が作った物は、ダンゴムシに食われて無くなってしまう。それなのに、橋や建築物が残っているという事は、それらがダンジョンの一部であり、元々そこにあるからだ。
ダンジョンというのは本当に分からない。
東風がハマるのも納得してしまう不思議がある。
マッピングールに道を記し、道をホブゴブリンの血で染めながら、つい思考してしまう。
ここで生活していた何者達は、どんな姿をして、どんな生活を送り、どんな事を思って過ごしていたのだろう。
そして、何処に行ったのだろうかと。
もしかしたら、ダンジョンが地球のどこかをコピーして作り出しているだけかも知れないが、それはそれでダンジョンが何なのか尚更気になってしまう。
俺はそんなに頭は良くないから、誰か本格的に調べてくれないかな。ダンジョンに潜る探索者は、脳筋が多そうだから望み薄かも知れないが。
一応、探索者が趣味程度に考察したり、資料を持ち帰って専門家に調べてもらっているそうだが、結論は何も出ていないそうだ。
少なくとも、俺が調べた限りではそうなっている。
誰かが意図的に隠しているなら、それは俺程度ではどうしようもない。
そんな、どうしようもない事を考えていると、また廃村に辿り着いた。
今度の村はしっかりと建物が残っており、幾つかの木造建築が建っている。多少劣化はしているようだが、手入れをすれば住めそうな物件だ。
……物件か。
愛さんにお願いしたけど、大丈夫かな?
やっぱり自分で探しといた方が良いかな?
最悪、ここに移住か、なんてアホな事を考えながら家に入る。
そこには台所やテーブル、椅子に加えて、大きな窯が三つ置いてある。その奥には、居室があり箪笥などの収納が見える。
中を覗いて見るが、何も入っておらず空である。
誰か他の探索者が持ち帰ったのかも知れない。
家の中を全て回るのは時間的に厳しいので、ランダムに三件回ったが、その全てで何も残っていなかった。
きっと誰かが回収したのだろう。
この村で俺が発見した物は何も無い。
だが、ここに住んでいた者達は、少なくとも俺達人間と大差ない者達だと確信が持てた。
俺は一人満足して、夕暮れになったダンジョンを歩き帰路に就いた。