百六十六日目
あーーーっ!!ちくしょおーーー!!
装備がダメになっちまったーーー!!
俺はベッドの上でジタバタしながら、昨日の事を思い出していた。
廃墟の村を出ると、何故か三十体近いホブゴブリンの姿があった。
もしかして、ここはこいつらの住処かと焦り、隠れて離れようとしたのだが、ホブゴブリン達の視線は俺を追っており、殺気をビンビンに飛ばして来ていた。
こりゃ襲って来るなと思ったので、急いで逃げようとすると、前方からも新たなホブゴブリンが現れたのだ。
こんな数のホブゴブリン相手にしてられんと強引に押し通したのだが、お代わりが用意されており、最終的に百体近いホブゴブリンに囲まれてしまった。
こうなったらやってやると勢い良く襲い掛かる。
しかし、事はそうは上手く行かなかった。
数が多いのは、それだけで確かな暴力になる。
ましてや、武器を持ち魔法を使える存在が相手では、無傷での勝利など不可能だった。
前衛が囲んで襲い掛かって来ると、射線など無視した矢が射られ、同士討ちなど知ったことかと強力な魔法が放たれて来るのだ。
どうやらホブゴブリンは、同じパーティだと気にかけるようだが、別のパーティだとどうなっても良いようだ。
とはいえ、剣が襲い、矢が突き刺さり、魔法が大地を破壊しては、避ける事は叶わずダメージを負ってしまう。それでも装備はまだ健在で、破壊されるような事はなかった。
それも厄介な奴が現れるまでの話だが。
そいつはホブゴブリンではあるが、馬に乗り、白銀の甲冑を装備し、無駄のない一本槍をその手に持っていた。
こりゃやばいと生存本能が訴えかけて来る。
即座にリミットブレイクを使い、辺りのホブゴブリンを一掃し備えたのだが、一瞬で距離を詰められ槍が振るわれた。
大剣で受けるには間に合わず、仕方なく小盾で受け止める。それでも、その一撃の威力が凄まじく吹き飛ばされてしまった。
神鳥の靴で空中を蹴り体勢を整えるが、それを分かっていたかのように追撃の一突きが襲う。
今度は飛ばされるかと小盾で逸そうとするが、突きの威力が勝り小盾が砕けてしまった。
たった二撃だ。
たった二度攻撃を受けただけで、四百万円の盾が砕けてしまった。
くそー!と怒りを込めて、今度はこちらから距離を詰めると、不屈の大剣に意思を込め、地属性魔法と合わせて猛烈に攻め立てる。
その猛攻を流石の甲冑ホブゴブリンも耐えることが出来なかったらしく、槍を跳ね上げ、隙だらけになった胴体を斬り裂かんと大剣を振る。
しかし、邪魔が入った。
ここに居るのは、俺と甲冑ホブゴブリンだけではない。
他のホブゴブリンもいるのだ。
矢と魔法が俺を襲い、後少しと言うところで離れるしかなかった。
そこからは一方的な戦いになる。
普通のホブゴブリンが接近すれば、容赦なく倒す事が出来るが、甲冑ホブゴブリンが邪魔で思うように倒せない。
速度上昇の魔法陣を展開した石の槍も、まるで軌道が分かっているかのように避けられてしまう。
立ち回りを変更して、大剣で甲冑ホブゴブリンの相手をしつつ、魔法陣を展開した魔法で周囲のモンスターを倒すことにした。しかし、ホブゴブリンの数が増えているように見えて、数が減った感じがしない。
それなりの時間をこの作戦で立ち回ったが、リミットブレイクの長時間使用と魔法陣、魔法の多様により魔力が限界を迎えようとしていた。
かなり倒したはずなのに、まるで減った気がしないモンスター。
上がった息を整えていると、甲冑ホブゴブリンが馬の足を止める。すると、こちらに敵意を向けた馬が嘶く。
ふうと息を吐き出し、もうこれしかないなと一つの賭けをした。
俺を取り囲んだモンスター達も、俺が何かすると察したのか警戒する。
だが、それが失敗だったなと内心ほくそ笑む。
風属性魔法を全力で使用して、俺を中心に竜巻を発生させた。
その竜巻は周囲を固めていたホブゴブリン共を巻き込み、甲冑ホブゴブリンも巻き上げて空へと舞い上がって行く。
そして、俺も例外なく巻き上がる。
もうこれしかなかった。
生き残るには、全部吹き飛ばすくらいの事をするしかなかった。
魔力は残り少ないが、着地して逃げる事くらいは出来るだろう。あとは、どこに落ちるかだな。
なんて考えていたら槍が襲って来た。
寸前で大剣で受けられたから良かったが、心臓を串刺しにする軌道だった。
てか、この竜巻の中で攻撃されるとは思わなかった。
槍の持ち主、甲冑ホブゴブリンの足元に馬はなく、竜巻の中だというのにバランスを取っており、まるで立っているかのようだ。そして槍を構えると、どうやったのか距離を詰めて来る。
まずい!?
不屈の大剣で防ぎ、受け、必死に逸らすが、段々と貫かれていき、購入したばかりのプロテクターが壊されてしまう。
うあー!?と絶叫しながら、俺の八百万円がと頭が沸騰しそうになるが、並列思考の冷静な俺が風属性魔法を操り、俺を遠くに吹き飛ばした。
こうして何とか逃げ切った俺は、命からがらダンジョンから撤退したのだ。
あああぁぁぁーーー!!!!
あの甲冑野郎!絶対許さねー!!
俺の装備を!俺の金を奪いやがったな!
枕に顔を押し込めて絶叫する。
全部あいつが悪いと、あいつがいなけりゃ無事だったのにと感情の赴くままに叫ぶ。
昨日の探索で、まさか新たに購入した装備を失うとは思わなかった。想像しろって言われても無理だ。どうやったら、あんな状況に陥るなんて予想できるんだ?
呑気に探索してたのに、いきなりの強襲なんて、状況変わり過ぎて死んでしまうわ!
くーっ!と悔しげにしていると、スマホから着信音が流れる。
画面を見ると愛さんの文字。
これは金の匂いが!?
俺は正座をすると、スーハースーハー息を整えてスマホを手に取る。まるで恋する乙女のように心が弾んでおり、まさかの恋(金)の予感に俺の財布が中身を寄越せと訴えかけて来る。
落ち着けと言い聞かせて電話に出ると、相変わらずの愛さんの声だった。
はい、田中です。ご無沙汰しております。
え、声のトーンがおかしい?
大丈夫です。風邪なんて引いてませんから。
はい、仕事の依頼。はい!是非ともやらせて頂きたく!
はい、はい、はい、昼からですね。はい必ず向かいますので、よろしくお願いします。
ん、何かあったのかって?
いえいえ何も無いですよ!別にお金が無いとか、借金があるとか、そういうのじゃないですから!
……はい、では後ほど。
俺は朝シャンをして気合いを入れると、ビシッとスーツを着用して髪を七三にセットする。
鏡を見ると、乳液と化粧水をたっぷり含んだ顔は輝いており、どこからどう見てもやり手のサラリーマンだ。
よしっと家を出て、ホント株式会社に急いだ。
到着したのは約束の時間の一時間前。
これからランチに行く社員が会社を出て、各々お気に入りの店に向かって行く。
そんな中で、俺は昼食を摂っている愛さんの前に立っていた。
約束の時間よりかなり早いんじゃないのと眉をピクピクさせながら言って来るが、これもホント株式会社のタメです!と誠心誠意、俺の意欲をアピールしておく。
何でもやりますよ!
だから金下さい!
胸をドンと叩いて、目を輝かせて愛さんに訴えかける。本音は言わなくても通じたようで、少し待ってなさいと言うと資料を渡して来た。
ご飯食べてるから、この資料読んでなさいという事らしい。
ふむふむと目を通していくと、内容はカメラ搭載型の地図作成機の説明書だった。
先に言っておくと、商品名は『マッピングール』となっている。商品名の横に誰が考えたのかも記載されており、例に漏れず娘様が考案したらしい。
名前の由来もしっかり書かれており、マッピングと地図だったらグー◯ルだろうと足して割った名前らしい。
だから止めろと……。
マッピングールはカメラ型センサーで道を判別し、通った道をモニターに書き込んで行く装置だ。また、カメラでの撮影も常時やっており、探索者同士でトラブルになった際には、有力な証拠として残せる。
いくら無法地帯となっているダンジョンと言っても、地上に上がれば法で罰せられるので、それなりの抑止力に期待が……出来ないな。
無理だ。証拠があれば消せば良いと考えるだろうから、最悪口封じに始末されるだけだろう。
撮影機能は、マッピングールの付属品と考えておいた方が良さそうだ。
まあ、マッピングだけでも十分な機能なので、文句はない。というより、かなり魅力的だ。
地図を描くのに慣れてない俺は、線を引いて別れ道をどっちに進んだくらいしか記入してないので、道を間違える事が多かったりする。
その点、マッピングールがあればその心配も軽減されるし、初めて行くダンジョンの階でも心強い味方になってくれる。
資料には他にも動力源や連続撮影時間、注意事項などの記載されており、最後にポッタクルーと連動可能と書かれていた。
つまり、どっちも買えという事ですね。
中々せこい商売してんなと愛さんの方を見ると、何か質問でもある?と尋ねて来る。
俺は視線を逸らして、何もないですと答えておいた。
食事を終えた愛さんを見て、さあ移動しようと立ち上がる。しかし、待ちなさいと静止され、社員の休憩時間がまだ終わってないと告げられる。
おお、そうかと、己の事しか考えていなかった自身を恥じる。
反省してソファに座り直すと、愛さんから雑談でもしましょうかと問いかけられる。
それに時給は発生しますかと尋ねたかったが、流石に控えておいた。言わなくても、きっと付けてくれると確信しているから。
はい、ダンジョン探索を再開させて頂きました。
順調かと言われたら順調なんですけど、最近行き詰まってまして。
いえ、実は30階で装備一式失ってしまってですね、少しばかり困っているんですよ。
そんなお気になさらずに。今回の報酬に色を付けてもらえたら満足なんで、是非ともよろしくお願いします。
ん?どうしたんです?仲間?いませんよ、一人で潜っていますけど。
ええ、今は31階を潜っています。
はい、はい、ええ大丈夫です。無理はしてないんでお気になさらずに。
何か困った事はないか?
そうですね〜…………あっ!どこか良い賃貸ありません?
キョトンとした愛さんに事情を説明すると、次来たときには準備しておくと応じてくれた。ダメ元で言ってみたのだが、まさか取り合ってもらえるとは思わなかった。
俺は流石愛さん!さす愛ですね!と持ち上げると、その言い方はやめてと割と目力を込めて言われてしまった。
雑談も終わり、そろそろ良い頃合いとなったので、隣接する倉庫に向かう。
前回来た時も大量の出荷する商品が置かれていたが、今は更に多くて、その大半をポッタクルーが占めている。
ポッタクルーってそんなに売れてるんですかと尋ねると、誰かさんのおかげでねと軽く返される。
価格は一千万円を超えるというのに、景気の良い話である。
そりゃ物件の一つや二つ持っているだろうな。
そして案内された先には、マッピングールが用意されており、スタッフがスタンバイしていた。
マッピングールの取り扱いは資料をもらい目を通しているが、改めて説明してもらい抜けがないようにして行く。
お金が発生する仕事だ。
流石の俺でもしっかりと対応はする。
それにしても、スタッフの人達から熱い視線を感じる。気のせいかなと思うが、目が合うと会釈される。よく分からないが歓迎されているようである。
マッピングールの使用方法を聞いて、カメラを服か防具のどこかに取り付けておけば記録してくれるそうだ。モニターも24インチ〜5.5インチのスマホくらいの大きさまであり、どれが良いのか聞かれ、スマホと同じ大きさの物を選んだ。
大きな画面はポッタクルー専用のようだし、持ち歩くなら、スマホくらいの大きさがベストだろう。
いずれはドローンを飛ばして、上空から読み取れるようにしたいみたいだが、ドローンを飛ばすとモンスターに襲われてしまうので現状は不可能なのだそうだ。
一応、モンスター除けも取り付けているそうだが、重量の関係で改善が求められると言っていた。
大変そうですねーと相槌を打っておく。
お金が発生するのだ、愛想くらい振りまくさ。
間違っても「どうでもいいわ」なんて本音を言ってはいけない。
契約内容は使用期間は一ヶ月間。最低でも十日間はダンジョンに潜らなければならず、中間で一度報告して欲しいそうだ。
承りましたと深くお辞儀をすると、愛さん達は眉を顰めていた。何か心配事でもあるのだろう。もしかしたら便秘でお腹の調子が悪いのかもしれない。
俺は近付いて治癒魔法使いましょうかと小声で尋ねると、何の事?と更に眉を顰められた。
どうやら杞憂だったようだ。
最後に報酬の方だが、前金で百万円頂き、完了後に二百万円となった。
まさかこんなに評価されているとは思わなかった。
俺の一月の仕事が三百万円。
サラリーマン時代では考えられなかった話である。
俺は改めて頭を下げると、意気揚々とダンジョンに向かうのだった。
ダンジョン11階
既に地図のある階ではあるが、マッピングールのテストとしては最適だろう。
何度も来たという事もあり、11階の道は大体把握している。マッピングールに描かれた地図が違っていれば、俺でも判断が可能な階でもある。
早速、マッピングールを起動してみると、画面にはホント株式会社のロゴマーク。そして立ち上げが完了すると、画面を操作してマッピングを開始する。
それから進んで行くと、画面に進んだ道が表示され、それは地図になる。
画面に映る地図は、確かに俺が通った道を示しており、その道筋は俺の記憶と合致するものだった。
技術の進歩って凄いなぁと思い、画面を見ながら進んで行く。
モンスターは空間把握の範囲内に入った瞬間に、風属性魔法で瞬殺しているから問題なく進んで行ける。
これは売れるだろうな、特に21階以降を攻略する探索者には。
ギルドでは売ってない21階以降の地図。
どうして売ってないのか知らないが、それをパーティ、若しくは個人で作成可能となる装置である。
トラップで飛ばされない限り、道に迷う心配も無くなるだろうし、帰りも最短の道を選択出来るようになる。
宝箱などの探索によって得られる物は減るかも知れないが、それも命あっての物種だ。それを得たいならば別の道を選択すれば良いだけの話だし、そもそも宝箱なんて滅多に手に入る……手に入れてるな。結構な数。
自分で発見した宝箱の数を数えようとしたが、正確な数を覚えていなかった。五個以上十個未満と言ったところか。
どうなんだろう、多いのか少ないのか判断が付かないな。
引率した大学生なんて、一気に四個も手に入れていたから少ないとも感じるし、一人で何個も手に入れていると考えると多く感じる。
う〜むと考えながら歩いていると、おい田中と人を軽々しく呼ぶ声が聞こえた。
なんだこの野郎と振り向くと、そこにはカズヤが立っており、その背後にはアキヒロとサトルの姿が見えた。
カズヤとアキヒロはピッケルを持っており、サトルは息切れを起こして座っている。怪我などの外傷は無さそうなので、恐らく体力が底を尽きたか魔力切れだろう。
おー久しぶりだな。どうしたんだよ、その格好は採掘か?
順調か?ん?装備が無くて行き詰まっている。
あーだから採掘して資金稼ぎしているのか。
お手本を見せて欲しい?何の?
地属性魔法で採掘する方法か。
サトルがバテてるのって、やっぱり魔法を使ったからか?
ああ、良いだろう、先達として若者にお手本を見せてやろう。
まだ言ってるって?
お前らまだ信じてないのか?だから俺はお前達より幾つも歳上で……。
未だに信じない高校生達だが、話しても埒が開かないと途中で諦める。
まあ、俺の採掘の仕方を見たいという事なので、早速やってみせる。
壁に手を付き、地属性魔法を壁の中に通す。鉄や魔鋼石などの鉱石の反応を感知すると、それらを除いて砂へと変える。
一気に流れる砂。
それを避けると、地属性魔法で大量の砂を操り隅へと避ける。
これであとに残ったのは、金になる鉱石達だ。
ほらどうだと見せてやると、サトルは一生懸命に首を横に振っている。
やる前から諦めるなと言ってやると、やった後だから言っていると返される。
そうだな、以前にも地属性魔法を使った採掘のやり方見せていた。それを真似してやってみたのだろうが、上手くいかなくてへばっているのだろう。
まあ、練習あるのみだとサトルに助言する。
出来る気がしないと弱音を吐いていたので、お前なら出来ると励ましておいた。
お手本も見せたし別れを告げようとすると、カズヤからパーティに入れと誘われる。
俺は丁重に断って、一つ気になった事があったので尋ねた。
その横に立て掛けてある大鎌って誰のだ?
さっきから視界の端に映る、死神が持ってそうな大きな鎌。見た目が凶悪過ぎて、一体誰のだと気になっていたのだ。
俺がそう尋ねるとアキヒロが動き、その大鎌を手に取り肩に寄り掛ける。
僕のですと呟くアキヒロの姿が、どこか本物の死神に見えた。