百六十五日目
手の中にある指輪を見て悩む。
売るべきか、使うべきか。
昨日、探索を切り上げて帰る道すがら、宝箱を発見してしまった。
宝箱を見つけると、いつも何かしらイベントが発生するので、そーっとそーっと近付いて、神鳥の靴に鉤爪を生やし、そーっと開けたのだが、そーっと開けたのが良かったのか何も起きなかった。
宝箱の中に入っていた物は、一つの指輪。
紅くガーネットのような宝石が台座に嵌め込まれており、リング自体も淡い赤色になっていた。
ーーー
真紅の指輪
火属性魔法を強化する。指輪を左手薬指に通すと、一定時間毎に魔力が微小回復する。
買取価格 三百万円
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火属性魔法は使えないので本来なら即売却なのだが、その後の魔力微小回復には心が動かされる物がある。
現状、ソロで探索している以上、魔力の枯渇は生死に直結する。30階を超えて魔力量は増大し、スキルにも魔力循環という回復可能なモノを習得しているが、他にも手段があるなら確保しておきたい。
でも、お金も欲しい。
ベッドの上で悩んで、結局売る事にした。
魔力の回復は魅力的だが、どうにも左薬指に付けなければならないというのが気になる。
別に付ける予定のない指ではあるが、なんか、こう、大切にしたいじゃん。それに、いざ運命の人と出会った時に、指輪してたら誤解されそうだしな。
さあ、そうと決まったら、早速売りに行こう!
そして、巨ぬーな姉ちゃんと出会うんだ!
意気揚々とアパートを飛び出して、盛り上がった気分でスキップしていると、階段の一歩目を踏み外して転げ落ちた。
ガンガンと体を打ち付けるが、どうやら脂肪が守ってくれたようで無傷である。
デブ万歳。
まあ、嘘だが。
無事なのは、スキル頑丈のおかげだろう。
もしかしたら、軽トラに轢かれたくらいじゃ、傷一つ負わない体になっているかも知れないな。
段々、人間辞めてきたなと思いながら、立ち上がり埃を落とす。
すると、大丈夫ですか?と心配する声が聞こえて来た。
そちらを向くと、学生服姿の女子高生が立っており、それがハーレムパーティの桃山悠美だと気付くのに時間は掛からなかった。
俺は桃山に大丈夫大丈夫と答えて、久しぶりだなと声を掛ける。
桃山も俺だと気付いたのか驚いた顔をしている。
なんだ、家って近所だったのか?
違う?ああ、他のパーティメンバーの家がこっちにあるのか。
他の奴らは居ないのか?
先に集まっているのか。そうか、上手くいってるんだな……。
良かったと、何故かほっとしている自分がいた。
桃山は何かを拾うと、落としましたよと言って俺に真紅の指輪を渡して来る。
あっ!と驚いてお礼を言って受け取ると、桃山は指輪着けるんですねと不思議そうにしていた。
なんだか、お前みたいなのがお洒落するのかよと言われている気がするが、きっと被害妄想だろう。それに俺自身、首飾りや指輪などの装飾品を身に着けるのが苦手だ。もっと言えば腕時計もしたくない。会社に勤めているならば、必須ではあるが、それ以外では極力外していたい。
指輪に傷が付いてないのを確認すると、昨日ダンジョンで手に入れたんだと説明する。
へーと感心している桃山は、どんな効果があるのかと聞いて来るので、俺も隠す気もなく素直に教えた。
すると、真剣な表情で考え込んだ桃山は、真紅の指輪をどうするのかと更に尋ねて来る。
どうしたんだろうと思いながら、これから売りに行くんだと答えると、桃山は俺の手を握ってお願いして来た。
「その指輪、譲ってくれませんか?」
目をうるうるさせて、庇護欲を掻き立てるような表情で迫る桃山。
可愛いじゃねーかと思いながら、俺も笑顔で
「四百万な」
と売ってあげる事にした。
あの後、桃山は相談しますと言い、どこかに電話を掛け始めた。少しすると許可が出たようで、振込先教えると即座に振り込まれた。
こいつら儲かってんなと思いながら、真紅の指輪を渡す。
百万単位をポンと出せる探索者高校生。
凄い時代になったもんだ。
頭を下げて去って行く桃山を見送り、俺もダンジョンに向かった。
ダンジョン31階
武器屋で新たに灰色のプロテクターを購入した。
俺は所謂ビッグサイズなので、鎧にすると更に料金が掛かってしまう。なので、幾らかサイズの調整の効くプロテクターにした。
耐久値は鎧に比べて劣るが、軽くて動き易いので悪くはない。額当てと脛当ても付いており、かなりお買い得に感じる。とは言っても、予算より少しばかり足が出てしまったが。
店主が後払いで良いと言ってくれたので、お言葉に甘える事にして購入したのだ。
これで一通りの防具は揃った事になる。
魔鏡の鎧に比べたら見劣りするが、それでもこの階から暫くは通用する装備だ。
ーーー
ブレイブプロテクターver.5
ジャイアントスパイダーの糸を加工して何重にも縫い合わせ、表面を鋼とアダマンタイトを混ぜ合わせた物で覆っている(アルケミスト社製)
耐久値 60
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耐久値は魔鏡の鎧の半分以下だが、それでも八百万円もしたのだ。
大切にしないと。
草原の中、引かれた一本道をひたすら歩く。
別れ道を右に進んだのだが、一時間以上歩いているが、見えるのは草と木ばかり。遠くには大きな山も見えるのだが、そこまで行こうとすると、一日歩いたとしても、まず辿り着けない。
のんびり行こうと思いながら、ホブゴブリンと運動して進んで行く。
一度、六体と遭遇したが、防具があるという安心感からか、力まずに戦えた。
立ち回りを意識して、矢の射線と前衛が重なるように動き、前衛三体を確実に仕留めてから、後衛の討伐に当たる。
もっと良い立ち回り方がありそうだが、それは今後模索して行こう。
風が吹く。
魔法によるものではなく、自然に吹いた風だ。
ダンジョン内で自然と言うのもおかしな気がするが、他意を感じない優しい風だ。
草原の中、一本道を歩み、さわさわと草が鳴ると心が落ち着く。のどかな風景は、殺伐としたダンジョン内にありながらも、俺の心を癒してくれた。
更に暫く歩いていると、前方に何かの建造物が見えて来た。
むむっと目を凝らすと、家のようにも見える。
それも一つだけでなく、幾つもの建造物が集まっているようだ。
俺は足早に進み、その建造物の場所まで急いだ。
おおー、と声が漏れてしまう。
そこにあったのは木造の家。ボロボロで廃墟と化しているが、確かに家があった。屋根は落ち、壁は剥がれて中が見えている。中も荒れており、テーブルらしき物や椅子だったであろう形をした物が、倒れ壊れていた。
同じような家が建ち並んでおり、一本の道を境に家が疎らになっていた。
まるで村のようだなと思いながら探索していると、畑があった。
明らかに整備された土の上に植物が生えており、食べられるか分からない橙色の胡瓜のような実が生っている。
食べられるか分からないが、試しにと一本むしり取り口に運ぶ。
毒がありそうな色をしているが、俺には毒耐性スキルがあるからきっと大丈夫さ。
そして一口齧る。
…………まっずぅ。
おえっとなりながら、収納空間から水を取り出して念入りにうがいをする。
マジで不味い。
食べるんじゃなかった。
好奇心に負けて口に運んじまった。
青汁と雑巾の出汁を混ぜたような臭いが口から香り、気分が悪くなる。
以前、眠気覚ましに買っていたガムを取り出して口に含む。幾らかマシになったが、やはり臭い。
俺は我慢して、もう帰ろうと踵を返す。
今日は割と早い時間から探索しているが、思っていたより時間が経過していたようで、ダンジョン内の風景は夕暮れに移り変わっていた。
そして廃墟となった村を出ると、そこには多くのホブゴブリンが待ち構えていた。
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魔求瓜
ダンジョン産ウリ科の植物。沸騰したお湯に十分間浸し、塩で揉むと美味しい。
生だと凄く不味い。生は無味無臭だが、口に含むと唾液と反応して強烈な異臭を放つ。その異臭はモンスターを引き寄せる効果がある。
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田中 ハルト(24)
レベル 25
《スキル》
地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り 並列思考 裁縫 限界突破 解体 魔力循環 消費軽減(体力) 風属性魔法
《装備》
不屈の大剣 神鳥の靴
《状態》
デブ(各能力増強)
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指輪は「高校生は今日も迷宮に向かう」で九重が付けていた物です。