百六十四日目
今日は不動産屋巡りをしようと家を出る。
予約などはしていないが、飛び込みで行けるだろうと駅近くの不動産屋を片っ端から回るつもりだ。
朝の10時を回り、早速一軒目に入る。
予約してないですけど、大丈夫ですか?と尋ねると、問題ないとの事なので、賃貸の相談に取り掛かった。
うーん、どうにも芳しくない。
内容としては先日行った不動産屋と同じで、ギルドを頼った方が良いと言われてしまった。
ギルドに相談したら、プロの探索者か長年貢献してくれたベテランしか対応していないと言われたと言うと、そんな筈はない、ギルドには探索者用の集合住宅も用意されていると説明してくれた。
ん〜、どういう事だ?
もしかして昨日の奴は、俺に嫌がらせで言っていたのか?
これは後日確認せねばなるまい。
ところで、他に何かありませんかね?
不動産屋を一通り回ったのだが、どれも同じような回答だった。一件だけUR賃貸住宅があったのだが、駅から離れているので断った。
車があれば問題は無いのだが、残念ながら免許証は取っていても、車は無いのだ。てか購入した事もない。
精々、親の車を運転した程度のペーパードライバーである。
今運転したら、事故る自信がある。
まあ、それはさておき、午前中一杯使っても何の成果も得られなかった。
分かったのは、世間一般にどれだけ探索者に信用が無いかという事と、ギルドには新人にも貸し出せる物件があるという事だ。
どの不動産屋も口を揃えて言うのだ。
ギルドにはしっかりとした物件があると。
ならば、昨日のやり取りは何だったのかと問いたい。
あの野郎、今度会ったらあの帽子を遠くに飛ばしてやろう。
俺はダンジョン最寄りの駅に降り立つと、何故か改札を出た所のベンチに腰掛けてしまった。
特に意味は無い。
でも、せっかく座ったので、スマホで物件探しでもしようと検索を掛ける。
何かないかなと下にスワイプしていくと、普通に探索者用というギルドの賃貸サイトがヒットした。
…………あのハゲ許さん。
俺が静かに怒りに燃えていると「太ったお兄ちゃん!」と可愛らしい声で、イケメンを呼ぶ声が聞こえる。
振り返り、なんだいとイケボで対応する俺。
俺を呼んだ女の子、メイちゃんはイケメンを見てたじろいでいた。
きっと、余りの格好良さに驚いたに違いない。
不安そうな表情に見えるのは、きっと気のせいだろう。
キョロキョロと視線を彷徨わせたメイちゃんは、俺から数歩下がった。
もしかして、俺の背後に怖い人でもいるのだろうか?
振り返って確認すると、探索者だろう厳つい男達が通り過ぎて行く所だった。
メイちゃんはあの人達に怯えたのだろう。
子供を怖がらせるんじゃないよまったく〜。
メイちゃんに再び目を向けると、表情は変わっていなかったので、大丈夫だよとイケボで優しく言って上げると、何故か震え上がってしまう。
今日はそんなに寒くないが、時折、冷たい風が吹いている。今も冷たい風が吹いている。メイちゃんが震えるのも仕方ないだろう。
暖かくして風邪を引かないようにして欲しいものだ。
お婆さんもきっと……て、あれ?保護者は?
周囲を見てもメイちゃんの保護者らしき人物が居ない。
もしかして一人で来たのだろうかと心配になる。その事を尋ねようとすると、メイちゃんはパパと言って近くにいた男性に抱き付いた。
その男性は普段はスーツなのだが、今日は休日なのかラフな格好をしている。メイちゃんとお揃いの冬用のダウンジャケットを羽織っており、その背後には中学生くらいの少女と反抗期なのか、ぶっきらぼうにそっぽを向いている少年がいた。
その男性の服装こそ普段と違っているが、七三の髪型とちょび髭に変わりはなく、一目で誰なのか分かった。
どうもお久しぶりです麻布先生。
俺は少し驚くと、麻布先生に挨拶をした。
まさかメイちゃんのお父さんが麻布先生だとは思わなかった。
世間は狭いと言うが、正にその通りだと実感させられる。
少女と少年も麻布先生の子供のようで、今日は親子水入らずで買い物に来ているようだ。クリスマスも近いので、そのプレゼント選びに来たのかも知れない。
少しだけ会話すると、歩きながら話そうという事になり、ダンジョン近くのショッピングモールに向かって歩く。
俺は邪魔ではないですかと尋ねると、行き先が同じなら別に構わないと言う。
いや、違うよ麻布先生。
少しの会話なら問題ないけど、ファミリーでいる所に、部外者一人が加わると途端に気まずくなる。
事実、ほら、少女と少年は一言も喋らずにスマホを見て歩いている。
会話しているのは、俺と麻布先生と時折メイちゃんが幼稚園のお友達の話をするくらいだ。
気まずい。
まったく会話が弾まない。
メイちゃんは気にしてないようだが、俺はなんとも言えない感じになり、麻布先生も失敗だったかなと反省しているようだ。
まさかショッピングモールに行くまでの数分間で、このような状況に陥るとは思わなかった。ダンジョンより余程過酷なのではないだろうか。
とまあ、気を使うとそうなるというだけなので、途中で開き直って、自分の話をする事にした。
こういう時は、敢えて空気を読まないのも手だ。
引越しの話をして、ギルドでこんな扱いを受けたんですよと話していく。別に盛り上げる必要はない。ただ、静かにしないようにすれば良い。そうすれば、数分なんて直ぐに過ぎて行く。
「……五月蝿い」
どっかの反抗期真っ盛りのガキが何か言っているが無視だ。
麻布先生は申し訳なさそうにしているが、何も気にする事はない。俺が勝手に喋っているだけだからな。
あとガキ、お前このあと説教な。
ギルドで何があったのか早口で説明すると、麻布先生はああ彼かと誰の事か知っているようだった。
そして麻布先生があの職員から受けた印象と、俺が受けた物はまるで違った。
その職員はかなり優秀なようで、的確に説明しているのに言い方が悪くて、人受けが悪いらしい。嫌味な性格に見えるのもそこら辺が影響しており、かなり損をしている人物だという。
よく話せば、親身に相談に乗ってくれる良い職員らしく、長く付き合うのならば問題無いが、接客などの対応には向かないだろうねと先生は語る。
あと帽子に触れるのは地雷らしいので、要注意なのだそうだ。
うん、完全に地雷踏んでます。
物件についても教えてくれた。
職員の言葉に嘘はないようで、ギルドに登録していない者への貸出はしていないそうだ。新人探索者向けの物件は立地が悪く、駅から離れている。だから田中君の要望には応えられないだろうとの事だ。
あと、ギルドに登録していないと言うと酷く驚かれた。そして、絶対登録した方が良いと勧められた。
せっかくの麻布先生の勧めだが、昨日の漏洩問題もあるので遠慮しときますと断っておく。
呆れた様子だったが、まあ個人の自由だしねと言って納得してくれた。
思ったより話し込んでしまったが、ショッピングモールに到着すると、そこで会話を打ち切りバイバイと言って別れる。反抗期のガキには親に迷惑掛けるなよと言っておきたかったが、麻布先生の手前やめておいた。
麻布先生達と別れると、俺は武器屋に向かう。
武器屋に到着すると、直行で鎧やプロテクター、盾などの防具が展示されているコーナーに足を向ける。
昨日の探索で分かったのだが、防具が無いと死ぬ。
言っては悪いが、ホブゴブリンは強敵ではない。しかしそれは一体ならばの話で、数が増えると話は変わって来る。
31階で戦った回数は三度。最初が三体、次が二体、最後が六体だった。
油断したつもりはない、二度目までは身体強化を使えば圧倒出来た。しかし三度目のモンスターとの戦闘ではかなり梃子摺る事になったのだ。
構成は前衛三体、後衛三体。
前衛の武器は剣が一体と斧が二体、それぞれが盾を持っており、攻撃だけでなく防御する技術も備わっていた。
後衛の一体は魔法使い、他二体が弓を持っており、バランスの良い構成となっている。
前にも言ったが、一体一体の強さは大した事ない。
それでも、六体での連携はかなり厄介で苦労した。
前衛はまだ対処出来るのだが、後衛の弓矢使いが厄介だった。魔法と違いタメが無く、速射で襲って来る矢は対処するのに苦労する。
前衛の体勢を崩して攻撃しようにも、弓矢で射られて引くハメになり、お返しに土の弾丸を放っても、前衛の盾に阻まれる。
こうして時間が経過すると、溜めに溜めた魔法が発動され、思わずリミットブレイクを使った程である。
こんなの連戦してたら、幾ら魔力量が増えたとしても空になってしまう。
せめて防具で攻撃を受けとめ、力尽くで前衛を殲滅するくらいしないと、どこかで命を落としそうだ。
だから、何かしら防具が必要だ。
うーん、高い。
分かってはいたが高額だ。
車を買えるくらい高額だ。
命を守るのだから当然かも知れないが、どれも0が6個くらい付いている。フル装備にすると更に1個追加される。どんだけ金食い虫なんだよ、探索者の装備は。
ホブゴブリンから奪った装備を売却して、新人サラリーマンの月収くらいにはなったが、それでもまだ足りない。
盾は何とか購入出来そうだが、それ以外は無理だ。
ランクを下げるのも考えたが、昨日の戦った感じだと耐久面で不安があるのだ。
うーんと悩んで、小盾を購入する事にした。
お値段はなんと四百万円!
なんてお高いんでしょう!
こんな高額な買い物すると、テンションもおかしくなるわ。
購入する時、武器屋の店主に魔鏡の鎧の腕は修復せんのかと尋ねられるが、金が無いと睨みつけておく。
修復して欲しいなら、少しは安くしてくれませんかね。
そう嫌味を言ってみるが、無理と腕でバツを作り意思表示された。
俺はフンスと鼻を鳴らして武器屋を後にした。
ダンジョン31階
昨日に引き続き31階の探索だ。
先程購入した小盾の使い勝手を試してみたいのもある。
ーーー
巨人の小盾ver.3
鉄と魔鋼石、少量のアダマンタイトを加えて鍛えられた。高い防御性能を誇り、腕に装着可能な円形の小盾(アルケミスト株式会社製)
耐久値 63
ーーー
これで四百万円。
マジかよと言いたいが、これが31階以降の探索で必要な装備なのだそうだ。しかも、一度でも使用すればその価値は暴落し、半額での買取になるらしい。
探索者ってもしかして儲からないんじゃ……。
いや、大丈夫だ。熊谷さんなんかはタワマンに住んでる上に、一度の探索で数百万円の収入があると言っていた。
信じよう。
そうしないと、また就職活動しなければならないから。
ホブゴブリンの振り下ろしを盾で受け流すと、蹴りを放ち、神鳥の靴から生えた鉤爪で腹を抉り取る。
飛来する矢を躱し土の杭で応戦するが、どうやって察知したのか、簡単に避けられてしまう。
弓使いに距離を詰めようとすると、連射と言わんばかりの速さで矢を射るホブゴブリン。
俺は盾で受けながら距離を詰め、ホブゴブリンを斬り裂いた。
なかなか良い感じだ。
受ける面積が狭いのはネックだが、取り回しが簡単なので邪魔にはならず扱い易い。
その後も何度か戦闘を行ったが、盾が増えただけでも動きの幅ができ、昨日よりは苦戦せずに倒せるようになっていた。
満足げに頷き、今日の収入は昨日よりも多いだろうと期待する。
そして帰りの道中で宝箱を発見した。