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第1章 6、万能薬

(……そんな時代もあったっけ)


 しみじみと首を横に振って、テオフィールを睨みつける。


「なにが目的?」

「……子どもを産んでもらいたいんだよ」

「だから、その目的が知りたいの」

「腕輪の持ち主から生まれた子どもは、ちょっとした特異体質を持つんです」


 答えたのはヴァルターだ。


「特異体質?」

「ええ。万病薬、というのをご存じですか。どんな病気も治す薬のことです」

「それくらいわかるわ。それが、なに?」

「生まれてきた子どもの血は、万病薬になるそうです」


 アニカの胸に、さっと冷たいものが伝った。


「……血を、飲むの?」

「少しだけだよ。少しだけ血を分けてもらえたら、それでいいんだ。そしたら僕は、もう少し生きられる」


 自分の子どもの血を啜る、という言葉に、怒ってもいいはずだった。

 けれど、あまりにもテオフィールの言葉が切なく響き、アニカはぽかんと口を開いたまま目を瞬いた。


「……病気なのね?」

「二十歳まで生きられないって言われている」


 改めて見れば、テオフィールはソファに深くもたれるようにして座っている。てっきり貴族特融の人を見下す態度かと思っていたが、彼はちゃんとソファに座れないのだ。

 ソファの隣には、折りたたまれた車いすも置いてある。なぜこんなところに、と思っていたが、どうやらこれはテオフィールの移動手段らしかった。


「……でも、そんなすぐに頷けない。利害の一致って言ってたけど、そっちの、えっと、ヴァルター? の目的はなに?」


 そうだ、そこを忘れてはいけない。

 睨みつけようと思ったが、テオフィールの事情を聴いてしまったためか、先ほどのように鋭く睨みつけられなかった。

 アニカもまた、彼と同じくらいの年ごろで死から逃げた過去を持つのだから、同情もする。

 アニカは病気ではなかったけれど、一家皆殺しという罰から逃げ出したいと、生きたいと願ったのは事実だ。

 ヴァルターは、アニカとそしてテオフィールの視線を受けて、表情にうっすら乗せた笑みを深めた。


「純粋に子どもが欲しいんです。長く生きているだけの人生なんて、つまらないでしょう?」

「それだけ?」

「それだけですが、私たちにとっては大きな夢です。あなたならお分かりになるはずです」


 たしかに、アニカたち金の腕輪の所有者にとっては、叶えることのできない大きな夢だろう。

 けれど。


「これは偶然じゃないと思うんだ」


 迷いを見せるアニカに、テオフィールは言葉を紡ぐ。


「金の腕輪の所有者は、世の中にも数えるほどしかいない。なのに、きみたち二人は、今揃ってここにいる。それって、偶然じゃないと思うよ。奇跡って言ってもいい」

「あなたにとってはね」


 冷たく言い放ったアニカに、テオフィールは傷ついた顔をした。


(あ。……しまった)


 言い過ぎた、と後悔しても遅い。

 警戒するあまり、酷い言葉を吐いてしまった。いつもならばもっと余裕をもって話ができるのに。いきなりこんなところに連れてこられて、気が立っているせいだ。

 それに、どうもヴァルターの存在が緊張感を煽ってくるような気がする。同族とは、同じ空間に存在するだけでこうも意識させられるものなのだろうか。

 ちら、とヴァルターを見た。平然とした表情で、じっと立ち尽くしている。


「……そう、かもしれないけど」


 ぽつり、とテオフィールが口をひらく。


「でも、アニカさんにとってもいい機会だと思うんだ。子どもは欲しくないの?」

「わからない。いつか、愛する人とのあいだに欲しいって思ってたこともあるけど」


 ぱっ、とテオフィールが表情を輝かせた。


「なら、ヴァルターを好きになればいい!」

「……は?」

「うん、そうしよう」

「あの、ちょ」

「当面の目的は、アニカさんがヴァルターに惚れること。ヴァルター、頑張って誘惑するんだよ」

「仰せの通りに」

「ちょっと待ってってば!」


 それなにかおかしくない? と、喉まで出かかった言葉は、彼らの満面の笑みによって喉の奥に引っ込んだ。

 ぽかん、と力なくソファに座りなおしたアニカは、出入り口であるドア付近に詰襟服の男が二人立っていることに気づいて、表情を硬くする。


 あいつらは、法術師だ。

 なにが「お願い」なのだろうか。どうみても強制でしかありえない。


 擦れた笑いを見せるアニカをどう思ったのか、テオフィールは安心させるように笑ってみせた。


「しばらく屋敷に滞在してもらう。もちろん束縛するつもりはないし、好きに出かけてもらって構わない。衣食住の保障はするから」

「……わかった。って答えるしかなさそうね。でも、子どもの件は考えさせて」


 ほっとしたようにテオフィールは頷いた。

 どうやらしばらくこの屋敷に滞在することになるようだ、とアニカはそっとため息をついた。

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