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第1章 2、すべてが終わって始まった日【後】

「……おい」

「殺さないで!」

「おい、こっちだ」

「え」


 その低い重低音は、目の前から発されていた。

 薄暗い、蝋燭の明かりさえ届かない格子の奥――そこに、誰かいる。


「お前、死にたくないのか」


 男は軽く笑いながら言った。


「死にたくないなら、その札をはがせ」

「……札?」


 じゃり、と地面を踏みしめる音がして、ぬっと格子の向こうに男の顔が現れた。それが予想外に若い男だったために、驚いて目を瞬く。まだ二十五歳ほどの青年は、綺麗な金の目をアニカに向けた。

 どうしてこんなところに人がいるのだろう。父が罪人として、彼をここに閉じ込めたのだろうか。いや、まさか、そんな。


「はがせ」

「そ、そしたら、助けてくれるの?」

「ああ。お前を守ってやる――一生な」


 そのとき、アニカは藁にもすがる思いだった。だから、青年の言った言葉の重さなど、わずかも気づかなかったし、あとになって後悔するなど、考えもしなかった。

 けれど、あのときは死にたくなかった。

 ただ、生きたかった。

 わずか十四歳で人生の幕が閉じるなんて、信じたくなかったのだ。

 アニカは近づいてくる足音に怯えながら、一気に札を引きはがした。


「きゃ!」


 ぴりっ、という軽快な音とともにはがれた札は、アニカの手のなかで小さな炎をあげながら一瞬で燃え尽きた。

 僅かな間もなく、格子が一斉に脆く崩れ去る。


「……ありがとな」


 もぞ、と牢屋から出てきた青年は、うーんと大きく伸びをしながらにっこり笑った。

 燭台のもとで見たのは、長い黒髪をした青年だった。背はさほど高くないが、鼻梁の通った端正な顔立ちをしている。


「約束通り、助けてやるよ。手をだしな」

「手?」

「ほら早くしろ。追いつかれっぞ」


 言われるまま、両の手のひらを上向きにして差し出した。

 そのうえに、青年が手を重ねる。

 ふと、青年の両の手首に、金色の腕輪がはめられていることに気がついた。薄い板をぐるりと回したような大きなもので、一流の職人が施したのだろう細かな細工が、縁を華麗に飾り立てていた。


「……お前、名前は?」

「アニカ」

「アニカか。俺は、ロイ」

「ロイ? 素敵な名前ね」

「そうか? すぐに憎くてたまらくなるぜ」

「に……。どういう意味?」

「ごめんな、アニカ」


 そう言って、ロイはにっこり笑った。

 刹那、重ねられた両手が燃えるように熱くなり、驚いて手を離そうとした。けれど、きっちり握り込まれていて、離せない。


「なに、なにが起きてるの!」


 ロイは答えなかった。

 アニカは、手のひらの熱が、腕を通り、身体全体に広がるのを感じた。それが心臓に達した瞬間、どくん、とひときわ大きな鼓動を聞く。


「ああ――やっと、自由になれる。ありがとな、アニカ。それから、ごめんな」


 ロイの言葉を聞いたが最後。

 アニカの意識は、熱に浮かされるがごとく遠くなっていった。

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