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第2章 6、過去

「この人が、あなたに腕輪を託したひと?」

「そうです。美しい人でしょう?」

「そうね。うらやましいくらいだわ」

「私もそう思いました。だから、彼女に釣り合うくらい美しくなりたかった」

「……好きだったのね」

「でも、彼女にはすでに愛する人がいたんです。もうずっと会ってないけれど彼を愛している、と言ってました」


 アニカの脳裏で微笑むコリーナが、そっと口を開いた。


『わたしね、好きな人がいるの。同じ金の腕輪を持つ人で、とってもかっこいいひとよ。ロイっていうの。いつか彼とのあいだに、子どもが欲しいわ』


(……ロイ)


 アニカは、閉じていた目を開いた。

 コリーナのいうロイは、あのロイで間違いないだろうか。だとすれば、ヴァルターは誤解をしている。


 金の腕輪をロイから受け継いだとき、死ぬ間際のロイの記憶もわずかながらに受け継いだ。だから、アニカは知っている。ロイには他に、恋人がいた。

 ロイをあそこに閉じ込めた法術師が、その恋人だったのだ。


 ロイに寿命がきたことを知った法術師は、とっさにロイを地下に封じ込めた。ロイの身体の時間を止め、自分が死ぬまで生きていてほしかったのだ。


 結局封術師は事故でこの世を去り、ロイだけが地下に封じられたまま何年も孤独に過ごすことになった――そこに、アニカが偶然にもやってきたのだ。


 コリーナがロイを愛していることはわかったが、それはきっと片想いだろう。少なくともロイのほうはコリーナを恋人とは思っていなかった。

 けれど、ヴァルターはコリーナとロイが恋人同士だったと思っているようだ。

 教えてやるべきか、と逡巡したが、すぐにやめた。


 同名の別人かもしれないし、教えてやる義理もない。


「じゃあヴァルターは、コリーナの意志を継いで……彼女のために子どもが欲しいってこと?」

「……そうです。お願いできませんか」


 まっぴらごめんだと思った。

 他に好きな女がいる男とのあいだに子どもを儲けたいなど、誰が思うだろう。


 ヴァルターが金の腕輪を相続したということは、コリーナはもうこの世にはいない。

 けれど、愛した女の形見でもある金の腕輪をつけ、彼女の願いを叶えたいがためにだけに何百年も子どもを作ろうと苦心してきたこの男を、アニカは哀れに思った。

 そして同じくらい、腹が立った。


「つまり、あたしはコリーナの身代わりってわけね」


 口調が冷やかになってしまうのを、隠しはしなかった。

 アニカの言葉を予期していたのか、ヴァルターは動揺しない。それがなお、アニカの気に障った。


「わかったわ。じゃあ、こうしましょう。……あたしが、じゃなくてあんたがあたしに惚れたら、子どもを作ることに了承するわ」

「……私が?」

「そう。きっとそしたらあたしもあんたを好きになる。愛されるって嬉しいもの。……だいたい、愛してもくれない人を愛せってほうが無理でしょ?」


 見せかけだけのデートとか、心のこもってない口説き文句なんて、いらない。

 そんなバカにされたような言動ばかり繰り返されて、いい加減アニカも苛立ってきたところだった。

 考え込んでしまったヴァルターを冷やかに見やり、アニカはそっと考える。明後日までには、ここを出よう。

 ヴァルターはきっと、アニカを心から愛せない。

 何百年もコリーナのことだけを思ってきたということは、手のひらから伝わる記憶でよくわかった。彼はコリーナを愛している、今でも。

 それにさっきはああ言ったが、仮に愛されたとしても、アニカがヴァルターを愛する保障などどこにもない。


(テオフィールには申し訳ないけど、他を当たってもらわないと)


 子どもが欲しくないかと聞かれてば、欲しいと答えるかもしれない。けれど、自分が子どもを産む道具にされるのだけは、我慢がならなかった。


「……わかりました」


 長い沈黙ののち、ヴァルターが言った。

 なにが、と思ったけれど、先ほどアニカがした質問の答えだと察し、軽く目を見張る。


「あなたを愛するよう心がけます」

「……それって心がけることなの?」


 コリーナのために、アニカを愛する。

 それは矛盾してはいないだろうか。

 嘲笑を浮かべたアニカに、ヴァルターは至極真面目な表情で頷いてみせた。

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