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生命枝計画  作者: 子畑
生命枝計画
34/35

P34 静かな庭で

34話より本編を補足する追加ファイルの配布を行っています。

下記リンクよりダウンロードしてください。

BOOTH:https://booth.pm/ja/items/6183866

ファンボックス:https://www.fanbox.cc/@kohatazuke/posts/8711262

挿絵(By みてみん)

 2045年6月25日12時47分22秒、世界は滅亡した。

 初めに星が落ちてきた。

 高層ビルはおもちゃのブロックのように分解され、人々はそれよりも小さく埃のように細切れになって舞い散った。

 次に時計が壊れた。

 私の腕時計は2045年の6月25日の12時47分22秒を指して止まっている。

 こちらの時計も、あちらの時計もそうだ。

 すべての時計が壊れて、そこでおそらく私だけが世界の終わりに取り残された。

 ありていに言えばすべての時間が停止した。

 終末真っただ中、世界が壊れるその中心で。


 それからおおよそ体感でカレンダー10部くらいの月日を過ごした。

 今日は2045年の6月25日、12時47分22秒。

 3650回目の2034年の6月25日。

 世界は今日も終わっている。

 朝起きるとカーテンを開けてベッドを整え簡単なストレッチ。

 濡らしたタオルで顔をふく。

 水道も電気も自由に使えない、スマホもパソコンもネットも無い原始的な生活だけど、無いなりに慣れるものだと思った。

 着替える、外出準備をする。

 今日は最近のお気に入りのスカートスタイル。

 メイクは面倒でしなくなった。

 化粧で身を守る必要も無くなった。

 朝食は何にしようか。

 食事はそこら辺のお店で好きなものを好きに食べる。

 とはいえ料理は元々苦手だったので既製品がほとんどだけれど。

 世界が終わっているので物が腐ったりする虫が付くことも無い。

 たぶん私が何年生きようとも物資が尽きることは無い。

 よくできた終末だった。

 今朝は近くのコンビニからマヨネーズとコーンのパンとメロンのジュースを拝借してきた。

 新作が出ることが無いのは少し寂しさもある。

 それでも地べたに座り込み、フリースタイルで何を食べようか考えるのはとても楽しい。

 高くて手が出しにくかったコンビニスイーツも2つ食べたって良い。

 薄給にはうれしいところ。

 最初のころはレジからお金を抜いて笑顔の可愛い店員さんの手に握らせていた。

 アルバイト、たぶんまだ研修中の新人なのだろう。

 終末世界の人々は皆一律に恐怖の表情を浮かべていて、その中で彼女の笑顔はとても貴重に感じる。

 お気に入りなのだ。

 そのうちお金を持ちきれなくなり服のポケットに入れるようにした。

 それでも重みで服がずり落ちてきたので先日出来心で口に入れてみることにした。

 彼女が私の貯金箱になったような気持ち。

 もちろん途中から対価を払う気など毛頭なくただ遊んでいたにすぎない。

 喉に詰まると悲しいのでほどほどにしておこう。

 店員に手を振ってコンビニを後にした。


 6月25日は日曜日、休日だ。

 昨日も、明日も2045年の6月25日なので休日だ。

 突然取得した3650連休もの膨大な時間を私は趣味の開発に費やした。

 若干の後ろめたさなどから仕事をしようかとも考えたが、パソコンも何もなくその成果を還元する人類も既に存在しないことに意欲を失った。

 同時に自分にもそういう気持ちがあったのかと少し驚いた。

 私の趣味筆頭は散歩だ。

 ただ世界が存命の頃は仕事をしなければいけなかったし、仕事をすると疲れてしまうので散歩をする余裕はあんまりなかった。

 私の好きなんてせいぜいその程度で、疲れた体で夜間ウォーキングなどする気持ちなど到底持てなかった。

 寝る方が良い。

 けれど今は好きなだけ散歩が出来た。

 なんなら散歩をするためだけに人生を使えた。

 世界はとても広く、散歩し尽くすなんて日はおそらく来ない。

 2000年以上の人類が歩んだ歴史も、世界中に張り巡らされた道も最後は散歩に使われるために残るとは誰も思わなかっただろう。

 私も思わなかった。

 ただ終末は道路事情があまり良くない。

 時に地面が割れ、あるいは吹き飛び、酷いときは粉々である。

 区画ごと吹き飛んでいるようなこともあり、川が滝になっていることもあり、都市が大穴になっていることすらあった。

 それほどの衝撃がこの星を襲った。

 幸い時間はいくらでもあり、どれだけかけてもこれ以上崩落が進むことも無い。

 時に横たわったビルを歩き、時に空中で静止した瓦礫を歩く。

 終末散歩はスリルに満ちていた。

 散歩の際に一番邪魔なものは何かといえば、それは残念ながら人間だ。

 道を塞いだり、車を走らせたり、話し声が聞こえるとせっかくの気持ちが台無しになってしまう。

 散歩が作り出す自分だけの世界観に混ざりものが入る。

 他人が嫌いだった。

 今となっては動く人間はいないので以前よりマシに思うが、それでも動かない人間がいる。

 そして屋外の人間の多くは死に、破損している。

 ここは終末なのだ。

 10年もの異質な日常で時々忘れそうにもなるが世界は滅びる直前で、多くの人間は今まさに終末のミキサーで粉々にされている最中の順番待ち。

 体が千切れ飛び、中身をぶちまけながら、それがそのまま空中に制止している。

 げろげろ。

 勿論、見ていて気持ちの良い物ではないし、見ていたくもない。

 初めのころは都度吐いて、泣きながらそれを処理していた。

 処理するのも嫌だったが再度見るのも嫌だったので処理した。

 それでも数年続ければ感覚もマヒするもので、最近は手慣れたものになった。

 またあったよ。

 もう、そんな感じだ。

 死体処理なら任せてほしい。

 映画の掃除屋みたいだ。

 今日も新入りの死体を見つけた。

 どっかの会社のスーツの女性。

 体は上下で半分に分かれ、それを繋ぐ内臓が命綱のようにそれを繋いでいた。

 空中で静止している物も触れば動かせる、グローブをして内臓を引くと飛んだ上半身がずりずりと空中を這った。

 近所の家からバケツと大ぶりのビニール袋を拝借してそれに詰めて蓋をした。

 著しい人間性の欠如を感じる。

 形式的に軽く手を合わせて散歩を再開した。

 

 散歩以外の趣味も大いに楽しんだ。

 読書やドライブ、プラモデル、観光、ロードバイク、陶芸、エトセトラ、ガーデニングは植物が育たずとん挫した。

 時間は無限にあるため趣味も無数に増やしてきたが、制止した世界において最強のコンテンツがある。

 それは、おおっぴろに言うのもなんだけど、犯罪だ。

 犯罪。

 自分で言うのはアレだが、私は内向的な真人間でその分ルールには厳格な方だった。

 小学校ではクラス委員をしていた。

 中学校は無遅刻無欠席だった。

 大学の講義もサボらず休まず受けていた。

 それが今では犯罪を趣味と言っている。

 最悪だ。

 初めはちょっとした悪戯に始まり、出来心に火が付くと燃え広がるのは早かった。

 趣味の開拓に少し限界が来ていて、新しい刺激を欲していた。

 趣味はあくまでも趣味であり、生業ではない。

 成果を披露する他人もいない環境で付け焼刃のそれらを無限に極めるというのはかなり無理がある事だった。

 強い刺激、脳を覚まさせるようなものが必要だった。

 サラリーマン風の男から何気なく財布を取り出して中身を抜き取った。

 お金なんてもう価値は無い。

 それでも何とも言えず、かなりドキドキしてスリルがあってたのしかった。

 体が火照るのを感じた。

 それが始まり。

 この10年で私は多くの犯罪に手を染めた。

 法も、そして神もが機能しないことを良いことに好き放題やって過ごした。

 今では生粋のアウトローになってしまった。

 咎める者が居ないことを嘆く必要もない、何故ならどうせ世界はもうお終いだから。

 何をやっても数秒後には世界はお終いであるという確固たる事実が罪の意識を軽くさせた。

 終わってしまった世界が悪いのだ。

 さて、私の犯罪歴でも紹介しよう。

 今でもよくやるのは泥棒や窃盗。

 とはいえ一切の買い物ができない都合、生活物資はすべて盗品にはなるのだけれど。

 ここでは基本的な生活に不必要な盗み、嗜好窃盗とでも分類しようか。

 人生で初めて聞いた言葉だ。

 人の家に忍び込む……家宅侵入はその中でも一番楽しかった。

 金品、可愛い衣服に小物、気に入ったものを持ち出す。

 一応思い入れが在りそうなものは残す。 

 悪党にも流儀はある。 

 物を取らずとも知らない人間の家で過ごすのは楽しい。

 知らない本や知らない家電が置いてあり、それを自由に使えた。

 冷蔵庫を開けると知らない誰かの作った、知らない料理が入っていることもある。

 宝箱のようなものだ。

 ちょっともらっていいですか~と声をかけ遠慮なく頂く。

 時にマズい食事にあたるが、時にアタリを引くこともある。

 お気に入りの味を見つけても再びその味に出会う手段は無い。

 寂しいがこれが本当の一期一会というモノだろう。

 多種多様の人生がそこにあり、嫌いだった人間を少しだけ好きになれる気がした。

 ある日はショッピングモールで暴れまわり、車を乗り回した上で金品を略奪した。

 そのまま家電量販店のユニットバスに札束をためて入った。

 ちくちくして気持ち悪かったし、考えてみると不衛生だと思った。

 新券風呂への憧れを持って銀行強盗もしてみたが、結局金庫を突破できずなにも取れずに帰った。

 小さな地方銀行を狙えばよかったのかもしれない。

 本当にムカついたので一回だけ銀行員を殴った。

 人を傷つける犯罪は本当にこれ一回だけ。

 痛かったのは私だけで、銀行員はそれでも笑顔で接客をしていた。

 楽しくなくて、寂しかった。

 だから、それで終わり。

 他にもいろいろと盗って集めた。

 収集癖があるのだ。

 一時期はヤのつく人の事務所へ入り込み拳銃を集めるのが楽しかった。

 ただでさえスリルのある家宅侵入が何倍にもスリリングに感じられた。

 やがてそれは警察や自衛隊などに派生し、場所こそ秘密だけど私は膨大な武器を貯蔵するに至った。

 ほかにも図書館の本棚を全て自分好みの書籍に取り換えたり、スーパーマーケットの駐車場に好みの車を並べて悦に浸るなどした。

 あとは性犯罪だろうか。

 一応断じて人は襲っていない。

 どちらかと言えば公然わいせつが主流でそもそもに服を着て歩くことが減った。

 ルールが無くなり、体裁を気にしなくなると人間はどこまでも自由になっていく。

 そのうち羞恥心などが一切なくなってきてしまったためこれはマズイと一周回って最近はおしゃれと羞恥心を鍛えるため服を着るようになった。

 もともと屋外での食事とか、まぁ散歩とか、簡単なアウトドアが好きだったんだけど。

 今や交差点の真ん中でも、駅のホームでも、あとは学校とか、コンサートホールとか、美術館とかでも自由なアウトドアができてしまう、それがこんな悪癖に変貌するとは思っていなかった。

 趣味の開発は大いに捗ったが、突き付けられる自分の本性に愕然とする日々も続いた。 

 やっちゃいけないことがやってよくなり、私のモラルと人格は急速に壊れて行く。

 まぁでも、ただ。

 それでも唯一、殺人は一度も行っていない。 

 あんまり興味がひかれなかったこともある。

 一応はモラルが勝り、さして高まらなかった好奇心を制御してくれたこともある。

 道を歩けば死体にあたる生活をしていたことも関係しているだろう。

 今更死体を増やす気持ちにもならなかった。

 それは今も感謝している。

 

 数時間歩いて、休憩を取る。

 コンビニで拝借してきたスティックチーズを開封する。

 この後に備えて食事は軽食に、体はゆっくり休める。

 お昼休憩に人の視線を気にする必要もなくいくら休んでも良い。

 終末最高。

 この生活で不思議と病気はしなかった、どんな仕組みなのかは解らないがそもそも時間が進んでいないのか10年経って年を取った感覚も無い。

 怪我ばかりはどうしようもないので安全靴だけはいつも手放せない。

 時間が無いと仮定すると怪我が治る保証もなかったのでそれだけはかなり慎重だった。

 ただ、それでも全く体が傷つかないことは無いと思う。

 時間が進んでいないというより私自身の存在が10年間強固に維持されているような感覚があった。

 この世界は思った以上に私にとって都合が良くできている。

 もしかしたら飛び降りても傷つかないかもしれない。

 時々ふと考えることがある。

 何故世界は終わってしまったのだろうか。

 天文学や宇宙、世界の終末や時間の流れなどは全くの門外漢なのでいくら考えても答えなど出ることは無い。

 今のところ有力な説は神様が「はーやってらんね」ってなったことにあると考えている。

 毎日色々見回って丁寧にコツコツ作ってた世界がなんか知らないけど急に壊れちゃったんだと思う。

 私だったら、はークソって思う。

 やってらんねぇ、って思う。

 これが自分のミスとか不注意とかだったら余計にあ~~~って思う。

 なのでもう見るのをやめちゃったんだろう。

 プレイを止めちゃったんだと思う。

 だからこの世界はおしまい。

 もしかしたら神様は今はほかの世界を作って楽しんでいるかもしれない。

 もしかしたら飽きて他の遊びに興じているかもしれない。

 私は一種のバグか何かで色々と予期せぬ挙動をしているのだろう。

 結局のところこの世界はもう終わりなので私が何をしたところで神はどうとも思わない。

 願わくば神が「あのデータもう一回見返してみるか」とか「あのデータあそこからワンチャンあるんじゃね?」なんて思わないことを祈る。

 仮に世界が動き出せば、私の世界はお終いだから。

 世界が終わっている限りはこの世界は私の物で、ある意味では私が神なのだから。

 

 食後は今日のターゲットを物色。

 最近はマンション強盗がマイブームで特にタワマンでのマンション強盗10連ガチャなどが流行の最先端だ。

 開けてみるまで解らないという感覚は自制心を狂わせやすく非常に危険。

 もっともこれは開けるほどにお金が増えるのだけれど、前科も増えてしまう。

 今日は散歩中に見つけたマンションを襲うことにした。

 怪我せぬようにしっかりと着込み、防具を付けてバールを持つ。

 扉を開ける方法は色々あるけれど、最近はバールでの開け方を覚えてしまい気に入っている。

 日曜の昼、多くの人々は食事時。

 地面が割れるような崩壊にもちろん食事どころの騒ぎではないが、食事たちはそうと言うことも無くおいしそうに食卓に取り残されていたりする。

 それらは救わねばならない。

 今回はアジア系の外人さんのお宅を見つけることに成功し、カレー……だろうか、解んないけれど日本じゃないどこかのカレーのようなカレーではない家庭料理にありつくことが出来た。

 冷蔵庫には見慣れぬお菓子もあった。

 今日一番面白かったのはキャラグッズでいっぱいのオタク部屋だ。

 私はどうも収集癖を持つ人間に心を許してしまう傾向がある様子。

 アメコミかな?

 詳しくないのでわかんないけど日本の物にも見えるゾンビっぽい女の子のキャラがたくさん並んでいた。

 グッズの雰囲気に合わせて家具まで統一しているみたいでこれは相当入れ込んだ部屋。

 人の好きに触れるのは健康に良い。

 もちろん何か盗るようなことはしない。

 他人が集めたものをそのまま貰うのって蒐集家根性に引っかかる何かがあるのも事実だ。

 さて当然の話ではあるのだけれど、面白い部屋があれば面白くない部屋もある。

 例えば異様に不衛生なゴミ屋敷だったり、例えば裸のおじさんが転がっていたりなどが代表例だが、今回はもう一回りの嫌悪を抱く。

 部屋を開封した瞬間、広がったのは明らかに異質な空間だった。

 家具の少ない無機質な部屋と、男とそして女。

 女は髪を引っ張られ、男は恐ろしい形相で拳を振り上げていた。

 いわゆるDVって奴だろうか。

 嫌悪嫌悪、胃の中がむかむかして来るのを感じる。

 とりあえず女性の髪を男の手から取り戻して整える。

 体を調べると傷だらけで、アザだらけで、服に隠れるように広がるそれは日常的な行為であることが窺えた。

 すごく、イライラする。

 ふつふつと。

 ぐつぐつする。

 その時とても良くないものがよぎった。

 胸のあたりに産まれたズキっとした衝動。

 私は意識してその衝動の正体を確かめる。

 とても暴力的な感情の、その一番黒くて、ドロッとしたヤツ。

 言語化するのであればそれは。

 こいつなら、いいかな?

 とでも言った気持ち。

 とりあえず私は台所を物色して包丁を探した。

 綺麗に砥がれた包丁が数本キッチン下のスペースに収まっていた。

 物色している間に衝動が落ち着くかと思ったがそうでもない。

 むしろ得物を手に入れて私の狂暴性が加速する。

 包丁を握って確かめる。

 包丁を両手で構えて男の胸の前に添えてみる。

 息が上がるのを感じた。

 汗が出て、手が震える。

 恐怖と言うよりは、たぶん、興奮している、気がする。

 醜く汚い肌、その表情を見るたびに再び強めの衝動がこみあげてくる。

 自分でブーストをかけている。

 世直しか何かのつもりだろうか。

 これをぐっと行けば男は死ぬだろうか。

 それともそんな簡単に人に包丁は刺さらないだろうか。

 私は人の硬さを知らない。

 大丈夫、まだ冷静だ。

 しっかりと辞める理由を用意すれば私は止まることが出来る。

 包丁を片手で持ち軽く当ててみた。

 先端が体にあたるのを感じた。

 包丁の切っ先が自分の体の延長となり、その男の体に触れている部分の感覚が感じられる。

 表面が柔らかく、少し凹み、中に何かが詰まっている。

 それに触れた。

 これ以上力を入れると。

 その瞬間ふと恐怖が現れ、それは理由になった。


「だぁ、あ~こわ! やめ、やめよう、やっぱやめよう」


 包丁を投げ、体の緊張がほどけるのを感じた。

 あんた命拾いしたね、あたしがビビりで良かったね。

 ここでやっていたら、たぶん趣味が増えていた気がする。

 それはだいぶ良くないことだ。

 とりあえず男を引っ叩き。

 ガムテープで縛って風呂場に放り込んだ。

 女性はベッドに横にして、私も一緒にしばらく横になった。

 時折無性に人恋しくなる時がある。

 そういう時も勿論ある。

 しばらく人の近くに居たい。

 少し泣いて、そしてまた少しずつ動けるようになるのを待った。

 

 数時間経っただろうか。

 女性に布団をかけて、男をもう一回蹴って。

 包丁を片付けて部屋を出た。

 マンションの屋上へと上がる、入れないようにされていたがバールでこじ開けた。

 バールは無敵だ。

 ここからは流星が良く見えた。

 流星。

 空から落ちてきたそれ。

 ある日、地表へと降り注ぎ地面を砕いて星をめちゃくちゃにした悪い星。

 あるいは親切な来訪者?

 仕事へ向かう最中のこと、急に空が真っ白に明るくなった。

 車を路肩に止めて空を見ると沢山の炎の柱が地面に向かって落ちて行った。

 誰かが「隕石だ」って言った。

 巨大な星がまばゆい光と炎に包まれてまるでスローモーションのように近づいてくる。

 それは落着までの間に砕け、無数の光の線となって地表を砕く。

 一つ一つが落ちるたびに私たちとその先人とが作ってきた文明が舞い上がり灰になっていくのが見えた。

 衝撃波が全てを砕きながら私へ向かってくる。

 あ、すごい、私死ぬって思った。

 死が飛び込んでくるのが解った。

 その時私は空を見上げて気付いたんだ。


「へ~星って人の形しているんだ~」


 って。

 その星は人の形をしていた。

 逆さまの巨大な人の形をした石が地面に迫っていた。

 全部が止まっていたことに気が付いたのはその時だった。

 目の前の流星は落ちることなく止まり、迫る衝撃波もそれ以上近づいてくることは無かった。

 巨大な星をランドマークにこの世界が生まれた。

 それは今でもそこにある。

 たぶんこの先も落ちることは無い。

 今日はとても疲れた。

 家まで帰るのもアレなので、このマンションで手ごろな部屋を見繕うことにした。

 幸い未使用の部屋があり、簡易的な家具も備え付けてあった。

 遠征時の中継地にも使えそうだ。

 世界の終わりは正午だったので、いくら疲れても世界は夜にはならない。

 夜とは疲労感のことを指し、瞼が落ちれば今日が終わる。

 感覚時計と己の体力を基準に1日を自分で作る。

 カーテンを閉めて暗室を作りそこでベッドに入る。

 とたん強い夜が来た。

 すごく重たい夜。

 いつの間に落ちたのかもわからないような夜。

 夜、夜、夜。

 一面の重い夜の向こうで光を見た。

 それは夢。

 真っ白な空間で誰かが話しかけてくる。

 夢で誰かが話しかけてくることは少なくない。

 そうでもしないと言葉の出し方を忘れてしまいそうになる。

 それは潜在的に望んでいる事なのかもしれないし、あるいは人間に備わった基本的な保全能力なのかもしれない。

 その人物はこう言うのだ。

「この世界、居心地はどうですか~」って

 私は答える。

「いや~最高です~」って

 家電の使い心地かなにかか。

 人物は答える。


「いや~良かった、貴方のために滅ぼした甲斐がありました」


 え~。

 びっくり。

 いやいや。

 それは、どういうことです?

 って私は頑張って口に出す。

 ちゃんと口に出ていた? 頭で思っただけ?


「いえいえ、この世界、あなた好みでしょ~。私頑張って調べたんですよ。それでこの世界を作った。あなたの理想の通りになるようにこの世界を亡ぼした」


「私のため?」


「はい」


「正確にはあなたの理想とする世界が滅んだ世界だったという事ですが」


「貴方は流星?」


「どうでしょうか」


「貴方は誰?」


「秘密です~」


「私は何なの?」


「それはあなたが一番よく知っている事です」

 

「この世界は何?」


「貴方のオーダーメイドした心地よい世界です」


 ガバっ。

 嫌な夢を見た。

 久々に嫌な夢を見た。

 ただなんとなく納得感もあった。

 これまでの様々な荒唐無稽に対して、それが私のためにデザインされたものと言うのは非常に納得の都合に思えた。

 もともと時間が止まっているにしては妙な部分が多かった。

 世界の時間が止まっているのではなく、世界の全てが自分に都合よくなっているだけに過ぎない。

 世界の全てが私の遊び道具に作り変えられているに過ぎなかった。

 そう考えた方が通りが良い。

 ともすればもしかすればこれまでの私の10年は何かのモルモット、観察対象であったり、実験対象なのかもしれない。

 10年間の悪行や痴態の数々をどこかの誰かが見ていたのかもしれない。

 実に顔が赤くなる思いです。


「さて」


 どうしたものか。

 どこかの誰かが私に世界の真実を伝えたのかもしれない。

 それともあれはただの夢なのかもしれないし、私の妄想、自己便宜、もしかしたら私は色々限界が来ているのかもしれない。

 残酷な現実に触れた私はどうすればよい。

 心を病んで自殺などをした方がいいだろうか。

 ただ10年前ならいざ知らず、この10年で私の人間的、文化的な思考の大部分は崩壊している。

 少なくともそれを悲劇ととらえる気持ちはとうの昔に死んでいた。

 私は天を見上げ、星の降る空へ声をかけた。


「あ~ええと、神様、今日は昨日助けた女性を連れ出して、車を盗んで、どこかピクニックでも行こうかと思います。きっと楽しいと思います。スーパーに立ち寄って買い物をして、野外で料理に挑戦したり、食事をしたり、お酒を飲んだり、夜には関係を迫ったりしてみようと思います。私は良いヤツなんで、たぶん拒まれないんじゃないかと思う。きっととても楽しいと思います」


 もちろん空は何も答えてはくれない。

 それで構わない。

 神がいるかもしれない。

 まだこの壊れた箱庭を見ているかもしれない。

 誰かが見ているかもしれないという視点は、私の中で一種のやる気へとつながっていた。

 仮にそれが哀れな見世物であっても、空虚なロールプレイでも構わない。

 もう少し、この世界で生きて行こう。

 私は神様への長い自己紹介とこの10年の簡単な報告を終えた。

 

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