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生命枝計画  作者: 子畑
NegaResurrectionPLR
32/35

P32 貴方は私の天使様


挿絵(By みてみん)


「あ、あの大丈夫ですか?」


 聖職者が行き倒れていたので声をかけた。

 そう言えば何とも聞こえは良いのだけれど、その修道女の装いは少々異質であった。

 この暑い中をだぼったい黒服に身を包んでいるのはまだ良いとして、その背中には天使様の像が背負われておりそれが彼女の異質さの元凶だった。

 そもそも持ち歩けるものなのか、何のために持ち歩いているのか、なんならその像に押しつぶされているその修道女に私は思わず声をかけていた。


「ス、スミマセン……水……が」


 どうやら一般的な行き倒れのよう。

 一応水は貴重なものではあるが、聖職者様を助けるのに水を用いることが無駄遣いであるはずはない。

 建前を用意して私は彼女に水を提供した。


「あんまり飲まないでくださいね」


「す、すみません」


 たぶん飲むかな、とは思っていたけれど案の定彼女は水袋の水を全て飲んだ。

「ほ、ほんっとスミマセン、のどがとても渇いていて……」


「まぁ、良いですよ、死なれても目覚めが悪いし」


「ああ、有難うございます! 貴方も私の天使様です!」


 なんというか倒れている時より一層変な人。

 全体的に距離感が近く、彼女のペースに飲まれがち。


「あれで、それで、なんでこんなところで行き倒れてたんですか?」


「ああ、それはですね、あ、えと、私メナシスって言います。ここら辺にあるという七番街を探していたんですが、どうにも道に迷ってしまい、このようなことを言うのはアレなのですが天使様の重さにも勝てず、重いんですよアレ、情けないことですが」


 七番街は知っている。

 私の住む集落だ。

 もちろん案内することは簡単ではあるが、それはつまり彼女が私の街へ来るという事になる。

 私はもう少し得体のしれない彼女を値踏みしてみることにした。


「あーとね、とりあえず私はモニカ。よろしく。確かに重そうだけど天使様ってそれ、そのなんというか、なんで持ってるの?」


「そうです、天使様です! 天使様と私は一心同体、バディのようなものなので常に一緒にいるのです」


 解るような、やっぱり解らなかった。


「うん、まぁいいや、七番街には何の用?」


「ええ、私は中央教会の悪魔祓いなのですが、どうにも最近その七番街に人をデーモンに替えてしまう魔具が持ち込まれたとのことで、早急の回収……もし間に合わなかった場合適切な執行を行うために派遣されたのです。ときにモニカさんは魔具……何らかの煙を発する何かなんですが、心当たりとか無いでしょうか」


 彼女は中央教会の闇祓い証とやらを見せながら事情を説明する。

 素人目にはそれが本物かどうか判断することはできないが、煙を出す何かについて私には心当たりがあった。

 昨晩の事、親父が旅商人からシーシャを仕入れてきた。

 赤い服の妙な出で立ちだったそうだが気前よく譲ってくれたとのこと。

 明日仕事がはけたら商会の連中と楽しむのだと盛り上がっていた。

 偶然としては話が嫌にかみ合いすぎた。

 今から街に戻って間に合うだろうか。

 時計に目を落とし思案する。

 思案する時間がもったいない。


「それは、誰彼構わず言ってもいいの? 私が魔具を持ち込んだ側の人間の可能性だってあると思うんだけど」


「貴方もまた天使様なので、大丈夫かな、と、思いまして」


「ん、まぁいいか、細かいことは道中聞くよ、私は七番街の商人モニカ、父が昨日シーシャを買ってきた。今から道案内するから何とかして」


「解りました!」


 跳ね起きるような勢いで重そうな天使像を背負い彼女は立ち上がる。

 流石に像をもって馬には乗れない、だからと言って普通に走って馬に追いついてこれるとは思っていなかった。

 そのフィジカルで行き倒れるまで彷徨ったのか。

 地図とか持ち歩かなかったのだろうか。

 街に着くころには日も沈み労働者たちはそれぞれ余暇の時間へと入り始めていた。

 軒を連ねる飲食店からにぎやかな声がする。


「場所は!」


「たぶん商会の寄り合い所! 小さなテラスが見える赤い屋根の2階建ての建物!」


 メナシスは背中の天使を構え、まるでそれを破城槌のように構えて寄り合い所へと突っ込んだ。

 ものすごい轟音を伴い天使様はその頭部で扉を突き破り、背中の羽をもってその扉を吹き飛ばした。

 扉だったものはバラバラになり室内へ吹き飛ばされる、中からはゆっくりと淀んだ煙が這い出して来た。


「駄目か!」


「え」


「おそらく……間に合いませんでした、モニカさんは聖布で口を覆ってください」


 彼女の渡した布からは香の強い香りがした。

 轟音を聞きつけ周辺の人々が何事かと集まって来る。


「おそらく御父上はもうデーモンになっています。デーモンは貴方の事は理解できないですし、貴方もそのデーモンを見て父だと見分けることはできないです。貴方とその父は互い見知らぬ人と悪魔になりました。私は今からここへ入ってデーモンを、殲滅します……それで構いませんね」


 あまりにも唐突な話で、それを理解したり、意見する事は私には出来なかった。

「駄目って言ってもそれはやるんでしょ」


「そうですね」


「ええと、違うな、父さんが悪魔になっていたら……それは、ちゃんと、殺してあげてください」


「承知しました」


 メナシスは改めて天使像を構えた。


「大いなる聖女イコ様、親愛なる天使アイシス、私に力をお与えください」


 深く祈るように、願うように、それに答えるように天使像の頭部に輝きが生まれ、それは強い光輪となり回転を始めた。

 回転は願いに呼応するようにより勢いを増し、眩い光を湛えて室内を照らしていった。

 メナシスが一歩ずつ部屋へ入っていく。

 光が部屋を照らす。

 煙が逃げていく。

 それは聖なる者の領域が少しずつ広がっていくように。

 邪悪なるものを追い立てるように少しずつ範囲を広げていく。

 突如天井が崩れ悪魔が下りてきた。

 その光景に集まっていた人だかりが一気に散っていく。

 ほぼ同時に天使様が宙を薙ぎ、光輪が目に焼き付いて視界を横断する。

 光に焼かれ悪魔は二つになる。

 それが誰だったかも分からない悪魔。

 おそらく商会のメンバーだったそれは、灰となり、煙となり消える。

 死体も残らない。

 もしかしたらそれは父だったのかもしれない。

 血の気の多い性格の父、いの一番に飛び出してきたかもしれない。

 勿論、そうではないかもしれない。

 それが皮切りとなって悪魔は溢れた。

 天井や壁、床下からも飛び出してくる。

 天使様が視界を通るたびにかつて人だったものが消えて行った。

 悪魔とは言うがそれは人を惑わすような理知的な存在ではなく、大きな獣。

 彼女は強く、群がる獣の群れを確実に処理していった。

 入り口からは彼女の姿は見えなくなり。

 それでも争う音と、人の物とは思えない悲鳴だけが戦いが続いていることを示していた。

 私には何ができるだろう。

 たぶん何もできないのだろう。

 ただせめて祈るぐらいなら。

 何を、父が無事に帰ってきますよう?

 おそらくそれが難しいことは鳴りやまない悲鳴と、誰も逃げ出てこない入り口が物語っている。

 彼女が無事に父を殺せますよう?

 私は父の死を望んでいるわけではない、神もそんなことを祈られても困るだけだ。

 月並みな願いを一つ思いついた。

 これぐらいなら許されるだろう。


「お願い、無事に帰ってきて……」


 生まれてこの方、神に祈ったことなど無かった。

 それが良くなかったのだろうか、祈りをかき消すように叫び声が聞こえた。

 魔物の物ではない、何かもっと、痛々しく、生きていた者の。

 後頭部が絞られるような感覚がした。


「メナシス……!」


 体が動き出していて、動き出してから何ともバカなことをしていると思った。

 私に悪魔は倒せないし、だったらどうしよう。

 ケガをしていたら担ぎ出すことぐらいできるかもしれない。

 応急手当ぐらいなら出来る自身もある。

 寄り合い所の中は煙が充満しており、動くものは見当たらない。

 最後に悲鳴が聞こえたのは、2階、おそらくは会議室。

 よく父たちが酒を片手にたむろしていた部屋だ。

 扉は壊されており、私はぼろぼろの室内へと駆け込んだ。

 煙深く。

 その向こうから声がした。

 さっきまで聞いていた声が。


「ああ、流石です……! やっぱりモニカは私の天使様です!」


 そこにはメナシスがいた。

 生きている。

 瀕死の悪魔が数体転がり、まだ生き残っている悪魔もいる。

 その大きな獣たちは少しおびえているようにも見えた。

 これは、どういう状態だろう。


「彼女の断末魔を聞きつけてきっと心優しいあなたなら来てくれると思いました、残念なことに天使アイシスが焼き切れてしまいまして……ですが、ちゃんと予備の天使様は来てくださいました」


 彼女は光輪の消えた天使像を床へ投げ捨てる。

 天使像は無抵抗に床にめり込み、何だろう、これは、まるで死体。

 それまでの天使様に興味を失ったような彼女の視線は私を見ている。

 メナシスが私に体を重ねるように、そして背中に手を回す。

 冷たい手がそっと触れ、皮膚が盛り上がり、それを食い破って翼が生えた。


「心優しき天使モニカ、私に力をお与えください」


 魂とでも言うのだろうか、大切な物の燃焼が始まる、父の声が炉にくべられ、私の頭部に光輪が回り始めた。



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