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生命枝計画  作者: 子畑
NegaResurrectionPLR
29/35

P29 邂逅

挿絵(By みてみん)


 そこは古い絵画のようにも見えた。

 うず高い雲は思い出の中の色合いをしている。

 私は一冊の本に触れて、そして今そこに居た。

 ノスタルジックな光景にも感じるそれは、だが私の思い出のそれとは乖離している。

 見上げると広がる、雲を貫くほどに巨大な一冊の本。

 一つの眼と一つの口が重なり合うような位置で開いた一冊の本がある。

 本があるという形容は正しくないだろう、その姿は荘厳で我々をはるかに超越した存在としてそこに佇んでいる。

 その形は隣り合う太陽と月のようにも見えそれが空を覆う光景は異質なものであった。


「貴方は……誰なのですか」


 本に問いかけた。

 本には体があり、その体は地平線の向こうから伸びている。

 存在は遥か遠い、とても私の声が届いているようには思えない。

 空に話しかけるようなものだ。


「ではまずお前の名前を」


 声が返ってきた。

 空から降り注ぐ本の声は形容しがたい物であった。

 あえて言うのであれば粘度の高い水のようなそれは、どくどくと流れ込んでくるようなそれは、それでいてとても澄んでいるものだった。

 私は耳でそれを聞いてはいなかった。


「失礼、私は……スカイラブ・ジェンキンス、それであなたは」


 本は少し間をおいて答えた。


「私の名前はNegaResurrectionPLR」


 その名前に聞き覚えがあった。

 先ほど開いた本のその表紙に書かれていた名前だ。

 私は正しくない手段を用いてその本を見た。

 私は彼の部屋に忍び込んでその本を見たのだ。

 私は彼の秘密を、在るかどうかも分からない秘密を探ろうとしていた。

 私は彼を、言葉を択ばずに言えば妬んでいた。

 彼はトマス・リザレクション博士。

 ジーニアス10、世界の最も優れた10の頭脳と呼ばれる人々の最高峰と呼ばれる人物。

 私は彼に嫉妬していた。


「そこには何が書かれていた?」


 そこに書かれていたのは、ここではないどこかの物語のようにも見えた。

 彼がこのような本を好むのか少し疑問にも思った。

 死した骸骨と魔女の話。

 裏物を扱うアウトローの女の話。

 魔女を作り出す本と少女の話。

 だが私は本を読み進めて私の名前を見つけた。

 そこにはアポロと呼ばれた少女へ超人を探すという仕事を託す人ならざる姿の私があった。

 私は驚いた。

 先を探した。

 私のことが描かれたページが現れるのではないかと、ちょっとした期待と禁忌に手を染めるような背徳と。

 数百ページにも及ぶようなその分厚い本の中にそれがあるのではないかと。

 そして、そうだ。


「ああ、そしてこのページに来たんだ」


 本は少し笑ったようにも見えた。


「お前は本に触れ、Page■eaderとなった」


 聞きなれない言葉に私は繰り返した。


「ページリーダー?」


「そう、お前は新たな本を作るのだ。私を読み解き、お前が好きに解釈する。触れたものをお前の感性で発露する。新しい世界だ」


 本を作るという言葉に私は若干の拒否を示す。


「私は学者です、小説家じゃない、論文は作るがこれはそういうものではない、そうでしょう?」


「文学の才能は必要ない、仮にそれを文学的なものにしたいのであれば、私が手伝おう、必要なのは感情の動きだ」


「感情……」


「人間は生きる過程で様々な出来事に出合う、そしてその折々で己の経験に即した反応を行う、それは物語に触れた時も同様だ。そこに多様性が生まれる。自分ならこういった筋書きが好みだ、こいつは好きだがこいつは好きではない、物語は読み手の中にあり、1冊の本は100億の物語を生み出す。私たちはその揺らぎを拡大し、ひとつの物語に、そしてひとつの世界にする仕組みだ」


「その、目的は?」


「あえて言うのであれば子孫の繁栄だ。お前たちが子を成すように、私たちは語り継がれ継承され、時に正確に、時に誤った形で伝わりコピーとエラーとを繰り返し伝播する。そして時にそれが人の心を動かし、その者がバトンを引き継ぎ、ペンを手に取り次世代が生まれる。すでに仕組みは存在しているお前がペンを握る必要はない。ここで求められるのはその豊かなバリエーションだ。突き詰めれば遺伝子も情報の集まり、テクノロジーが進んだ今お前たちと私たちを決定的に隔てる差など存在しない。私たちはお前たちの脳に巣くう一種の寄生虫だがお前たちと共にこの星を生きてきたその末子でもある、共に手を取り未来を作ろうではないか」


 ここまで聞いた時に私は再び彼を思い当たった。

 あの男は、そう、それをとても考えていた。

 手段を。


「私にそれを行えと……?」


 本は二マリと笑った。


「行えではない、もう行っているだろう」


 我が子を覗き見るような慈しみすら感じる声色が頭を満たしていく。


「もう気持ちは動いている」


 光がある。


「もう生まれている」


 そこに本があった。


「お前はその子の名前を知る必要がある」


「この本は……」


「その子の名は『超人計画』」


「超人計画」 


 暖かい。


「ともに育てよう、この新しい世界を」



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