P27 ポイントヴィクトリーの戦い
ポイントヴィクトリーまでは徒歩で二日ほどだった。
車はない。
無いこともないが、燃料はない。
すべてが終わった世界では時間を金で買うことは難しかった。
だがそれでもいい、時間はいくらでもあったからな。
「だが、どうにも浮かない顔をしているな」
ゾンビに顔色などあるのか。
トレマーズは自分の顔を見てみろと指をさす。
おそらくそこには腐った顔がある。
「あー、心当たりが無いこともない」
「言ってみろ」
「あいまいな記憶だが、昔住んでいたんだ」
「ポイントヴィクトリーに?」
「そうだ」
あれはまだ俺がガキの時分の話だ。
あそこは都心部からも離れた田舎町で多数の老人と、あとは人生をドロップアウトした連中のキャンピングカーが多い土地だった。
親の転勤が多かったからそう長くそこにいたワケではないが、確かに住んでいた。
「いいじゃないか、帰省だな」
「そんな良いものじゃない、それにあまり戻りたいとも思わなかった」
なぜだ?という顔をする小さな魔女。
喋りだすと不思議と覚えている。
腐ったストレージにこんなにも記憶が残っていたのかと驚く。
「事故があった、ポイントヴィクトリーにはロケーション8っていうデカい工場があってな、そこで事故があったんだ」
「それは大変だったな」
「そうでもない、俺はその時引っ越していてもう住んでいなかったからな」
「なら……」
「なぜとは言うな……知り合いだって住んでいた、近所の爺さんやばあさん、学校の友達だっていた、顔どころかもう名前すら覚えていないがな」
「私にはよくわからない、魔女だからな」
「本でも読んでみろ、少しはわかるだろうよ」
「考えてみる」
ポイントヴィクトリーはまぁ、当然のことだが廃墟となっていた。
おそらく世界が終わる前にすでに廃墟になってた。
俺はあの時からあの事故に対してのニュースなどは見ないようにしていたが、それでも全ての情報を遮断できるわけではない。
住人が沢山死んで、軍が町に入って、大変なことになった。
そんなことを断片的に聞いてしまっていた。
仕事とはいえあまり来たい場所ではなかった。
「ターゲットの魔女を探そう、さっさと探してさっさと殺して帰ろう」
「ん」
トレマーズが索敵を始めて、そしてすぐにやめる。
銃を構えて周囲を警戒すると、俺も呼応するように物陰に隠れる。
「数は」
「いち……ほかにもいるが魔女じゃない」
魔女ではないということは、ゾンビが仲間にいるということだろう。
少なくともこちらの味方ではないはずだ。
「熱源が来る!」
「どっちだ!」
「ビル!右の、どこでもいい、とにかく離れろ!」
直後俺たちのいた付近に火球が飛び込み大きく爆発する。
飛び退いた俺たちを目掛け、空から一匹の魔女が飛来した。
魔女は拳を振りかぶる、一撃でゾンビのミンチが出来上がるパンチだ。
下ろされた拳をトレマーズが蹴り上げるが、同時にひどく鈍い音がしてトレマーズが吹き飛んだ。
動きが目で追い切れず、恐ろしく強力。
こんなの単騎で狩れる相手じゃない。
情報が間違っていたのか、それともハメられたのか?
とにかくこの場を何とかやり過ごす必要がある。
苦し紛れの銃撃。
至近距離からの一発目は下から振り上げる拳で弾かれ、二発目は左からのストレートで止められた。
「冗談ッ!」
その横面からのトレマーズの掃射。
弾は当たったように見えたが、奴に変化は見えない。
やみくもに撃った一発は俺に当たった。
「おい! おいよく見て撃て、穴が開く!」
「フレンドリーファイアしやすいのがゾンビの利点だな」
立ち上がった魔女の足元に銃弾がぽたぽたと落ちる。
「駄目だな……防弾だあの魔女帽。だから頭はやめろって言ってる」
「言ったか……?」
「あれ、言ってないか?」
「言ってないな」
「クソっ」
再び銃を抜く。
トレマーズが合わせた同時射撃。
俺が二発、トレマーズの三転バースト、合計5発の弾丸が魔女へと向かう。
一瞬魔女が動き1発目が左手に止められ、2発目は右手に捕まった。
3発目は足で防がれる。
防弾装備が無くても弾は通らないらしい。
4発目は無情にも口の中から出てきた。
5発目は……。
「5発目は……ハズレ」
ふいに一言もしゃべることが無かった魔女が口を開く。
「何で肝心の最後の一発外す、どっちの弾だ39ならトレマーズだ」
「39mmは…………全部取った」
「ん、じゃ俺だ」
「へたくそだな」
「目が腐ってるから上手く当たんねぇんだよ」
心まで腐りそうだった。
近距離からでも一発の銃弾も通りそうにない魔女と正対している。
正直逃げたいところだが、狙撃したビルから一瞬で距離を詰められたことを考えるとどうにも逃げれるようにも思えない。
生き残るに何か策は無いか。
「えーと、じゃあ降参ってのはどうだ、やってるか……?」
「……扱ってない」
「な、仲間になる!」
トレマーズの間髪入れぬ命乞いも、彼女はあっさりと首を振って拒否した。
「殺しに来た奴は殺す」
魔女が腕を掲げると遠方より鉄塊が飛来しその手に収まる。
ぼこぼこに膨れ、先端は融解しているが持ち方からして銃なのだろう。
あれで機能しているのかと疑う状態のそれはおそらく先ほど火球を飛ばしてきたそれだ。
「ああったく、クソ撃て撃て!」
明らかに俺たちは冷静ではなく。
その乱れは見事なまでに精彩を欠いた銃撃に表れている。
1発どころではなく、まるで当たっていない。
魔女が避けようともしないことがそれを視覚的に示していた。
どろどろの鉄塊に赤い光が宿り。
俺たちの命を吸ってそれが大きく膨れていくように見えた。
その時だった。
「だあーーっちょ待て待て!!」
大声を上げながらゾンビ男がバタバタと走り射線へと割り入ってくる。
上空に銃を撃ち、手を双方へと向けて広げ両者の制止を促す。
俺たちの撃った弾が数発その体へ飲み込まれ、魔女はとっさに銃を天へとむけて撃つ。
火球はうちあがり、そしてそこで大きな爆発を起こした。
「ヒューよかった、間に合ったな」
「メイナード……出てこない、殺される」
「うるせぇ、来なきゃお前さんが殺してるだろ、普段から言ってるじゃないか生きてるやつは大事にしろって」
メイナードと呼ばれた男はそういって魔女をぽんぽんと叩く、魔女は従順にしているようだがこちらには今にも嚙みついてきそうな様子だった。
「ああ……すまない助かった、いや本当に助かったよ」
「気にするな、俺はメイナード、こっちはSBエンパイヤだ悪かったな血の気が多い奴で。お二人さん珍しいな魔女とゾンビのカップルか」
彼の後ろでトレマーズがすごい顔をしたが無視して話をつづけた。
「あ……ああ、こっちはデザートトレマーズ、俺は……モーリスだ。お似合いだろ」
「歓迎するよモーリス、ええとポイントヴィクトリーには何をしに? 最近は観光客が多くてな、君たちもそれか」
「観光客が?」
到底そういう立地には思えなかった。
見渡しても廃墟ばかりだからな。
「どこが見どころなんだ?」
「知らんよ」
「……?」
「観光客が多いだけだ。連中がどこに行くのかまでは知らん、それでここには何をしに? 手伝えることがあれば助力しよう」
彼は確かに協力的でフレンドリーだったが、彼に引っ付いた魔女の目はそれだけでこちらを呪い殺せそうだった。
「ああ……ええとだ、そうだな、まぁ、平たく言えば……観光だ」
こうして新たな観光客が生まれた。




