P24 アンラッキー・ストライク・マイルド
地龍市場はいわゆる掃きだめだ。
3万平方キロにわたる膨大な土地に沢山のクソ蟲が湧いている。
金持ちから文無しまで、はぐれ者から徒党を組んだ奴らまで、色々いるがその大半がアウトローのクズの人でなしだ。
その人でなしには実際に人でない奴もいる。
亡者もいれば死神もいるし、化物もいれば悪魔もいる。
その中の悪魔が俺だ。
しかし悪魔の中ではわりと良い悪魔ではある。
「それで、大丈夫なんでしょうね、こっちは高い金払ってるんだから」
喚いている女はモニーカと言った。
後ろ暗い物品を専門にした仕入れ業者あるいはインポーター。
どうにも何かしでかしたらしく海底に並ぶコンクリートブロック達の仲間になりたくない一心で泣きついて来た。
彼女によれば本を探していただけだと言うが、よっぽどの物に手をつけてしまったように思える。
「安心しろ、料金分は働く、あんたは金は持ってるからしばらくは不死身だ。それにしてもただの本で何でこんなことになる、レスター手稿でも盗み出したのか」
「知らないっての、気が付いたら自宅のアパートが瓦礫の山になってた、オーナーには悪い事したよ、後は死ぬまで家賃収入で生きるって言ってたのにな」
女はバツの悪そうな顔をそむけた。
「それでよ、どうすんだ。俺は別に逃がし屋ではないし、お前は守る……いや、お前を殺そうとするヤツを全て殺すことは出来るが、それ以上は無しだ、頭もあまり使いたくない考えるのはお前だ」
「そうね……あんたはどう思う」
「何を……」
どうもこの女は頭の中で考えたことが相手にも伝わっているような前提で話してくる。
頭ン中筒抜けのニューロランナーアディクト典型例とも言えるが、なんだかこの女の場合その土台のパーソナリティによる部分が大きい気がする。
「例えば、今回の件で私を狙ってくる人間をアンタが皆殺しにするとする」
「穏やかじゃぁないな」
「相手だっていつまでも殺し屋が出て来るわけじゃない、資金も人材にも限りがある、ハリウッドじゃないんだから限界が来る」
「いや、ハリウッドにも限界はあると思うぞ」
「それを、あんたはやれる? 向こうが根を上げるまで刺客を殺し続ける」
「できる。そりゃ出来るけどよ、あんたの口座が根を上げない前提になるが」
「じゃあ決まりね」
「業深だな」
「出来るならしたくないよこんな事、でも逃げるアテが無いし、地龍から出て生きられない、私が居場所を守るにはアサシンどもを全滅させることが一番手っ取り早いの」
大枚をはたいてやることは解らないが女なりの事情があるのだろう。
細かい事は聞かなかったし興味も無かった、万事都合の良いクライアントが意地でもここに残りたいというのであればそれを止める理由は無い、金づるになってもらおう。
「ところであんた、本当にあのデーモンなんだよね、私調べだから疑ってはいないけれど」
「いや、おれは厳密にはデーモンではない、悪魔の憑いたただの人間だ」
「ちょっと、それってどういう……ほんとにだいじょぶなの?」
「心配性だな、ちょうどいい所に刺客も来ている事だし一服しよう、悪魔の耳は地獄耳なんだ」
女は何言ってんのと喚いていた。
俺はそれを無視して煙草を咥え、ゆっくりと腰を下ろす。
ライターの白い火を揺らしてタバコの先端を舐める。
少しの間、煙草を吸い、肺に溜まった黒い煙を、吐き出す。
どす黒いモノがずぶずぶと出て来た。
じっとりと体を覆うその黒く焼けつく煙。
デーモンブレスが体を覆い、その煙が晴れた頃には一体の悪魔がそこに座っている。
「ほれ見ろ、デーモンの完成だ」
落ちていた空き缶を拾い上げ、少し握りつぶして屋上への通路へと投げつける。
ちょうどそこへ駈け込んで来た黒服の男、解りやすいほどに刺客な装いをしたそいつの顔に缶が刺さった。
先頭が崩れ、後ろの黒服が勢いそのままにその背中へ突っ込む。
前2人が倒れ込み3人目はそれを飛び越えて銃を構える。
撃った弾はこちらに来たので無視した。
2発、3発、4発、最後まで全てこちらへ来る。
当たったところであの程度はデーモンへのダメージにはならない。
撃ち切ったマガジンを抜き取り捨てる。
次のマガジンを挿入する。
男は銃を構えようとしたがそこにはもう俺が立っていたからそいつは銃を構える事は出来なかった。
やはり屋上は投擲武器が沢山あってやりやすい。
3人の頭を潰した後、何処からか攻撃ドローンがやって来た。
インフェルノテック社の飛行ドローンに機銃を取り付けたタイプの奴だ。
人間相手なら有効な殺人ドローンだがその程度で悪魔狩りは出来ない。
投げつけられたビール瓶でローター部を2本失ったそいつはゆらゆらと揺れて墜落し、真っ黒な煙を上げた。
空きビンで落とすには少々高級なドローンだ。
相手もなかなか羽振りが良い。
何はともあれこれで心配性な女も少しは納得するだろう。
もしかしたらやり過ぎてビビらせてしまったかもしれない。
「オッケー! これなら予定通りね。ベースボールとかやってた? それじゃこれからバリバリ頼むね」
言いながらまだ火が噴き出る俺の背中をバンバンと叩いた。
なんだか、少し思った感じとは違った。