P23 お料理長がやって来た
アレは俺がバイトから帰る時の話だった。
俺のバイト先は言わずと知れたハンバーガーチェーン、エクスカリバーガー。
俺はそこでチェーンのマスコットであるバーガーペンドラゴンJrの被り物(巨大なハンバーガー頭、小さな剣の串が刺さっている)をつけて宣伝活動をしていた。
2人の担当者が交代でマスコットを被りイベントに参加したり、店頭でのキャンペーンを行ったりするんだ。
最近バーガーチェーンでのマスコット広報が減ってきている中で、バイトを二人雇っての広報活動は中々素晴らしい事だと思った。
俺としてもチェーンの看板を背負う事には誇りを感じており、今日も懸命に宣伝に励んでいた。
相方はジェイコブ、熱意では俺に負けるが勤勉で日常生活に気づきのある知的な男だ。
自分で言うのもアレだが、抜けている部分のある俺のバディとしてはこれ以上ないチームだと思う。
「トランクから金属音がする、やべ、剣を持ってきちゃったよ」
「来週忘れるなよ、僕がチーフにどやされるんだ、お前を見ていないって」
「大丈夫だよ、お前が覚えている限りは」
タイムカードを切って20分後ぐらいのことだ。
これから店舗に戻るほどの職場愛は残念ながら俺には無かった。
今日はバイト上がりに車に揺られてポイントサイファー市へと向かう。
バイトあがりの楽しみとして、週末は各地のバーガーショップを巡っているんだ。
俺たちは単純に金が欲しくてバーガーショップでバイトをしている無神論者の輩では無く、愛ゆえにバーガーショップで働く者であることを覚えいておいて欲しい。
「それで今日はどこに行くんだ、予定立てるのお前だったろ」
「今日はスウィートフュージョンキッチンへ行く」
「スウィートフュージョンキッチンだって?」
スウィートフュージョンキッチンとは最近話題になっている新規参入バーガーチェーンだ。
名前から想像されるように甘いバーガーを売りとしている。
甘いと言っても別にスイーツなバーガーや女性向け展開を目指したスタイルではない、ちゃんとしたランチで、そこにあるのは紛れもないバーガーだ。
人気商品はピーナッツクリームとベーコンのハーモニーが人気のナッツ&ベーコン・クリーミーフュージョン。
バンズにしみ込んだメープルシロップがパティの肉汁と絡みうまみを引き立てるメープルバンズバーガー。
甘いとしょっぱいが絶妙なラインで交差するパティフリークスの間でも話題のバーガーショップだった。
マスコットは通称モンスターお料理長と呼ばれるレプティリアンの女の子だ。
色々と細かい設定があるらしく、キャラクターとしての人気もあるらしい。
ニッポン人イラストレーターがデザインしたそうだ。
「スウィートフュージョンは一度行ってみたかった。ここら辺に店舗は無いと聞いてたんだが」
「それができたんだよ、だから向かってる」
山道を車で進む。
既に周囲は暗くなっていて空腹も限界が近づいていた。
遠方にハンバーガーの看板が見えた。
スウィートフュージョンの物ではないが、ようやく人が住んでいるエリアが見えてきた。
そんな時だった。
山向こうで何かが光っているのが見えた。
旅客機、ではない。
「なぁ、ちょっと待ってくれないか」
「ん、車止めるか?」
「いや、あれ、なんだ、UFO……?」
俺が指さす先には、空を覆う大型の何かが見て取れた。
それは下部の一か所が光を放ち、そしてそれはどんどんと強くなっていく。
何かが徐々に開いているようで、その奥に広がる強烈な光が漏れ出てきているのだ。
光は瞬く間に強くなりその光が最大級に高まり、溢れそうになったその時、バシュウ! 何かが射出されるような音と大きな衝撃が地面を波立たせるように広がった。
衝撃はジェイコブの車の下に潜り込み、そして俺たちをひっくり返した。
「………………い、ああ、なんだ、おい! ジェイコブ、生きてるか」
車の隙間から、終末的光景。
円盤から何かが降りてきたんだ。
超巨大な人型のそれは遥か遠くに着地して歩き回っているように見える。
気が付けば円盤が増えている。
そして第2波。
再び大きな衝撃が地面を揺るがして2体目の巨人が降り立った。
絶望も二倍増しだ。
「おいおいおい、俺あのシルエット知ってるぞ……」
車から這い出してきたジェイコブが頭から少量の血を流しながら言う。
幸い二人とも大きなケガは無いようだった。
「残念ながら、僕も知ってるよ」
UFOから降りてきたのは紛れもないモンスターお料理長。
俺たちが向かっていたスウィートフュージョンキッチンのマスコットだった。
「とりあえずよ、これはどういうことだと思うよ」
「解らない、頭を整理しよう……」
「あー仮説を立てた、聞いてくれ。その1、侵略宇宙人が地球でモンスターのデータをコピーした、あれは侵略宇宙人が人工的に作り出した侵略兵器だ」
「うん」
「仮説2、スウィートフュージョンキッチンは侵略宇宙人の前線基地だった、新しく出来た店舗も恐らく地下にはUFOの基地があった」
「50点」
「えー、エイリアンはもともとああいった形をしていた、スウィートフュージョンキッチンはそれを何らかの方法で知りえて使用していた」
「よく出て来るな。いやちょっと待て、まずいな、やばい、さっさと逃げるべきだった、一匹こっちに来る」
地ならしを伴いモンスターお料理長が接近していた。
車は先ほどの衝撃で召されている。
ああいった巨人が迫りくる状況は映画などで見たことがあるが、実際に避けることなどできるのだろうか。
まだまだ遠いと思っていた巨影は思った以上に迫る速度が速い。
ストライドが半端ない。
身長が高い奴はこれだから。
絵面がトンチキ過ぎて死の実感がない。
俺たちが今何に巻き込まれているのか、それを理解することができる日は恐らく来ることは無い。
なぜなら俺たちはあの巨大お料理長に踏みつぶされ、ぐちゃぐちゃのパティにされて人生を終えるからだ。
そう考えるとあまりにも嫌だった。
まだ食べていないバーガーがあった。
とても死ねなかった。
生死の境で脳がパンクしそうになった時、ふと頭の中に声が聞こえた。
それはこう聞こえる「エクスカリバーガーを継ぐ者よ……」と
「なんだ今の」
「お前も聞こえたか?」
「ああ、エクスカリバーガーを継ぐとかなんとか」
「これは、なんだ、あれか、もしかするとヒーローになれって事なのか……?」
バーガーペンドラゴンにはキャラクターとしての設定があまり無い。
英国風のバーガーを提供するというブランドのイメージに合わせて初期から建てられたキャラクターではあったが、それ以上はあまりなかった。
なのでこのような声が聞こえるのは設定上あまり望ましくないというか、若干オリジナル要素が過ぎる。
「次シフトどっちだっけ」
「僕じゃない」
「じゃあ俺か……」
その瞬間、拉げた車のトランクから一本の剣(宣伝用のステンレスの軽い奴)とハンバーガーの頭が光の線を帯びて飛んできて、そしてそれが俺に半ば強制的に装着された。
特に前振りとか、意思確認とかも無く急にだった。
強い光と、正しいバーガーの心を感じた。
体に力が溢れている。
具体的に言えば冷凍ポテトが詰まった段ボールを6つは一度に持ち運びできそうなぐらいの圧倒的なパワーだ。
きっと現場では大活躍だろう。
「お前それ……」
あっけにとられるジェイコブ。
「あ、ああ……くそ、やってやろうじゃねぇか、覚悟しろエイリアン、スウィートフュージョン! 最強のバーガーチェーンが何処か教えてやる……!」
そんな俺の頭上をお料理長の図太い脚が通り過ぎ、背中の方で爆音が上がり、前につんのめるように俺たちは倒れ込む。
ちょっと、冷静に考えて相手が大きすぎる気がする。
俺達は顔を見合わせる。
ジェイコブがまず走り出し。
俺も剣と被り物を捨てて走り出した。
捨てられた剣と被り物は再び光を帯びて俺を追いかけてきた。