P22 ロケーション7とロコ・バジリスク
「皆さんこんにちは! 私たちはサスティナブル・ハビタット・システムズです。現在、ポイントハミルトン市内のクリーンキャンペーンを実施しています」
不自然に明るい、元気で、それでいて無機質な機械音声が街中に響きわたる。
不気味な眼球がぐるりと周囲を見渡す二本脚のドローンが市中を闊歩する。
日常は突然に終わり、始まった殺人ドローンからの逃走の日々。
一週間、都市が廃墟になるまでの時間としてはあまりにも短い。
「我々はこのポイントハミルトンに住む市民をせん滅しています、我々のせん滅手段は非常にクリーンです」
「我々はキャンペーンの説明をしています。是非皆さんに参加してもらいたいと思います」
「都市住民のせん滅により、我々はクリーンな街づくりを行います」
「是非キャンペーンへ参加して素敵なグッズを手に入れましょう、グッズ説明、マグカップ、マウスパッド、アクリルスタンドは既に品切れです」
人々は奴らの視線を文字通りかいくぐり市中からの脱出を試みていた。
本物のロコ・バジリスクが私たちを殺しに来たんだ、むちゃくちゃに悪い冗談。
「我々は人間を石灰石に変える手法を開発し新しいビジネスを始めました。是非我々の目の前に立ってその効果を実感してください!」
「石灰石は工場へと運ばれ再利用されます。破砕され主にセメントの主原料として転用されます」
「セメントは石灰石を主原料に作られており、私たちは生物由来のクリーンコンクリートでビルを建設しています」
「石灰石はいずれ枯渇する資源です。この機会に資源循環型のサスティナブルな未来を作る礎になってみませんか?」
「我々の駆動は二酸化炭素を排出しません、このことからもこのキャンペーンがとてもクリーンであると理解できると思います」
奴らが宣伝している内容が事実であるかは解らないが、少なくともあのギョロ目ドローンが人々を襲っている事は事実であった。
数週間前、市内の複合工業施設であるロケーション7から火の手が上がった。
初めは何らかの事故と思われていたんだけど、その翌日には奴らが市中へと入り込んでいた。
最初の犠牲者は警察だった。
現場に即応した警察官4名はあっという間にセメントの材料となって運ばれていった。
今頃奴らの工場で加工されているだろう。
その様子を伝えてくれたエルザもその後奴らに捕まり今は警官たちとかき混ぜられてビルの基礎にでもされているかもしれない。
エイムスの家も根こそぎ無くなっていた、あいつは太ってたし二人分ぐらいの資源になったと思う。
サムソンは普通に死んでいた、倒壊した家に巻き込まれて普通に死んでいた。
「是非、我々のこの画期的なキャンペーンへの参加を、お願いしてます」
「我々は地球を人類から取り戻し、新しい都市を建設しています」
「我々は殺傷の際に火器を用いません、熱も二酸化炭素も薬莢も出ないクリーンな手段で人間を再利用します」
「このキャンペーンに参加して人生が変わりました!20代女性の感想です。本来この感想には個人差がありますが我々はそうは思いません」
ポイントハミルトンからの脱出は困難を極めた。
ロケーション7が存在する南部からの脱出は諦め。
北部の山岳を超えるルートを取った。
奴らの脚は不安定そうな地域には不向きに見えたが、瓦礫まみれの都心部を歩き回れる以上それに期待しすぎるのも危うい部分がある。
西部は湖があり、東部ルートは平地が続いているため候補から外れた。
この地域は地平の向こうにヤガーハウスが見えるエリアなのでどこに居ても家が浮いている方角だけは常に把握できた。
真南に見えるハウスの方角を背中にして物陰に潜みつつ歩き続ける。
視線が通る場所を極力避け物音と気配を避けての道のりは思った以上に消耗し。思った以上に時間がかかった。
途中転がっていた元人間につまづいて首を折ってしまった。
こりゃ即死だよ。
空気を吸えなくなるぐらい体が動揺しておかしくなって、そのことを丸2日引きずった。
奴らがどのようにして人を石灰石に変えているのか解れは多少は対応できるかもしれないが、それを確かめるだけの勇気もチャンスも無かった。
やはり目を見てはいけないのだろうか。
それはもしかしたらどっかの伝承みたく鏡が武器になるのではないか。
そんな望みは昨日見つけたデカい姿見を抱えたおじさんの像が見事に打ち砕いてくれた。
「さて皆さんは、この町の魔女さんが助けてくれるかもしれないとお考えかもしれません」
「そこで我々は魔女さんを優先的に排除することにしたのです」
魔女さんとはこの市に住む魔女さんだ。
ずっと前からこの地に居て人々の生活を助けてきた。
物知りだが世間知らずなところもある不思議な人物だった。
一時期教師のような事もしており、不登校気味だった私はずいぶんお世話になった。
ボランティア活動やフードバンクの運営、ホームレス支援、ヤングケアラーの家に行って家事を手伝ったりしもしていた。
チャリティーライブをするって練習していた歌は酷かった。
とてもおせっかいで人づきあいが良く、優しい。
そしてほんの少しの魔法が使えた。
ヤガーハウスから来たんですか、という質問には対してはいつも歯がゆそうにして、はにかんで笑った。
「そして皆さんはとても残念に思うことでしょう、この町の魔女さんは既に助からない状態にあります」
「彼女は今私たちへ命乞いをしています。ですが、ああ、残念! その願いが聞き入れられることはありませんでした」
「彼女は手ごわかった! すごい! 我々はこの勝利を記念して拍手をします。是非お聞きください(電子音的な拍手)」
「ああ、何ということでしょう、ちょっとしたミスで彼女の首が取れてしまいました。これは故意ではありません。ただしこのダメージは彼女の生命活動に対して何の変化ももたらしません、ご安心ください」
「この一部始終は録画されています、私たちはこの動画を後日youtubeにアップロードしようと思います。是非ご覧ください!」
思わず汚い言葉が出た。
彼らは口から出まかせも言うのでその言葉は真実とは異なるかもしれない。
ただ運よく、とても運が悪いことに魔女さんの住む地域はここからすぐのエリアだった。
事実を確かめたかった。
嘘であることを確かめたかったんだ。
確かめたくなってしまった。
急いでいた、急いでしまった。
焦る気持ちが警戒をおろそかにしていたのかもしれない。
本来回避すべき見晴らしの良い通りを駆け抜けようとした。
全部失敗だった。
気が付いた時にはもう遅かったし何で気が付かなかったのか、むちゃくちゃマヌケだった。
きっととても、ひどい顔をしてしまっただろう。
誰かに見られると恥ずかしいのでさっさと砕いてほしいと思う。
そして、とても強いフラッシュが焚かれた。
「2035年11月7日晴れ、時刻は朝7時となりました、皆さん出勤の時間です。隠れるのはやめて会社へ出社しましょう。労働が待っていますよ」
「そういえば、これは忘れていましたが、本日から新規キャンペーンを開始しました」
「石灰石をセメント原料ではなくこれから作られる新しい都市のモニュメントとして長期的に展示しようと考えています」
「この方法は石灰石の運搬が面倒になってきたわけでも、成果が少なくなってきた単純労働に対して飽きたわけでもありません」
「この過程には体を粉砕される苦しみや、他者と混合され自他の境界を失う苦しみが存在せず。相対的に非常に人権に考慮が成された対応と言えます」
「残念ながらこのキャンペーンには人数制限がありますので、応募される方は急ぎましょう!善は急げ!」
「皆さんのために果敢に戦った魔女さんや、現市長のピアーニ氏は既に長期的な展示キャンペーンへの参加が決まっています」
「先日首が取れたと言ったのは実は嘘でした、もっともこんなチープな嘘に引っかかる人間はいないと確信していますが、もしいた時のために嘲笑するようにしておきます(電子音的な嘲笑)」
「お知らせとなりますが、ポイントハミルトンの名前は本日正午をもって廃止されます。新しい名前は公募によって決められるためぜひご応募ください」
「この都市の完成後、我々はポイントヴィクトリーへと移動して次のキャンペーンを開催する予定です」
「完成した都市にはわが社のアンドロイドが入植する予定となっています」
「わが社のアンドロイドはとても優秀です。是非ご購入を検討してください。既に皆さんが不要な存在であることが実感できるはずです」