P21 魔女の家がよく見える朝、俺は魔女と出会う
最初に魔女の家が姿を現したのは魔女戦争の末期。
両者が疲弊しきったまさに泥沼の最中だった。
地球を覆うような巨大な家。
実のところを言えばあれが本当に魔女の手による物なのか、それすら俺たちにはよく解っていなかった。
それでも人々はアレを魔女の家、あるいはバーバヤガの家、ヤガーハウスなどと呼び恐れていた。
まぁ、恐れるのは当たり前だろう。
人類はあのサイズの物が眼前に漂う姿を見たことが無い。
怖くてたまらない人類は家を落とそうとした。
毎日のように家にミサイルを撃ち込んでいたが、それが効果を示している様子は無かった。
今日も魔女の家は煙突を宇宙に突き刺しながら悠然と空を漂う。
その外壁を今日もミサイルが空虚にえぐっていた。
「今日もいい天気だ、家が良く見える」
「ああ、家が見えなければもっといい天気なんだがな」
当然のことだが魔女の家は人類の日照権を大きく侵害していた。
真下は夜のように暗く、時折攻撃によって破壊された木片が落ちて来る最悪の天気だ。
時には一辺がビルよりもでかい木片が降り注ぎ、その下にあるものを押しつぶし、酷いときは人が死ぬ。
おそらく世界最大の木造建築物と一番人を殺した木造建築物としてギネスに乗るだろう。
どうにもあれは木でできているようだった。
「あ! ああ、解った、ピンと来た、既視感が、あれだデススターだ」
「この前からずっと言ってたのはソレか」
「ああ、解るだろ? ようやくすっきりしたよ、ローグワンは見たか?」
「俺も好きだよ。でもアレはこちらを攻撃してきてはいない、こっちが撃って勝手に自滅しているだけだ。とは言えアレが撃ってきたらお終いだとは思うが……仮にアレが魔女帝国の最終兵器だったとして俺たちにはあの家の構造的欠陥を教えてくれるレイア姫もいない。正直どうしようもない」
「あ、待て、いや待たないでいいが、心当たりがある。レイア姫ならいるかもしれないぞ」
その魔女は先月捕らえられた個体だった。
手足をくくられて……というのは自分に配慮したとてもマイルドな表現だ。
実際の所は口以外の身体機能はお釈迦になっていると言っていい。
俺はそういう趣味は無いので、正直あまりいい気持ちはしなかった。
これじゃ捕虜じゃなくてモルモットか何かで、そして実際モルモットなのだろう。
魔女はヒトではない、研究者は恐れながらも魔女を調べたかった。
許可を取り、部屋に入ると魔女はこちらに気付いたようだった。
眼は、あまり具体的には表現したくない状態で使えているとは思えない。
それはつまり気配のみでこちらを察知しているということだった。
「ええ、と元気かな? 元気じゃぁ……ないか、少し話を聞きたいんだけどいいかな」
魔女は小さく頷いた。
「ああ、俺はメイナードだ。よろしく、人類軍の少尉をしている」
「ストライクバックエンパイヤ」
魔女が小さく呟く。
「それは名前?」
頷き。
「そうか、たぶん、いい名前だ、ちょうどいいよ、いい名前だと思う」
おべっかではない。
この状態で今更、距離を近づけようとしたところで信用されるとは思えないが、どうにも軍隊的なコミュニケーションは得意では無かった。
「たぶんもう色々聞かれているとは思うんだけど、俺はあの空に浮いている家について聞きたくて来たんだ。これは別に軍の取り調べではない、個人的な興味というか、そういうものだ。もちろん俺がここで知りえたことを軍に話さないと言っても君はそれを信じる事は出来ないとは思うが、それでも、そう、君がレイア姫だったらいいなとおもって、聞きに来たんだ、何か答えられることは無いかな?」
魔女は首を振り、そして何も答えはしない。
たぶん録音もされてるだろうしな、彼女もそれを知っている。
「あれは、例えばそう、兵器かな?」
肯定も否定も無かった。
「それとも居住区」
無反応。
「お城、生産施設、工場の類、商業施設、あーえと、ショッピングモール」
正解を出せば反応があるだろうか。
そのまま続ける。
「巨大コンピューター、巨大生物、宇宙ロケット、軌道エレベーター、ダイソン球、タイムマシン、ジオステーション、ノアの箱舟」
「半分正解」
「え、どれ?」
「その、どれか」
意外と意地悪な女だ。
それとも何かしら会話を楽しんでいる節があるのだろうか。
茶目っ気があるようにも取れる対応だった。
「まぁ……いいや、あれは君たちが作ったんだね」
「それは違う」
「違う?」
「あれは、もっと違う、どこかの遠い魔女が作った魔女の家」
「遠くって……?」
「遠くは、遠く」
「つまりあれは君たちの物ではない」
返事は無かったが、否定するようなニュアンスも出てはこなかった。
無言の肯定とも取れた。
「アレは、どのように出てきた?」
今度は魔女からの質問。
「ある朝、気付いたらあった」
俺は素直に答えた。
「たぶん地上から浮き上がったモノではないんじゃないか、宇宙から来たか……あるいは突然どこからか来たか、もしかしたら一晩で作られたか、ずっと前からそこにあって俺たちが気付いていなかっただけかもしれない」
「おそらく、半分正解」
「半分ってどの」
「その、どれか」
ため息。
何も解らないが、何も解らなかった頃よりかは解った気がした。
「有難う、色々と面白い話が聞けた、ええと、お礼じゃないがチョコバーでも食べるか?」
「口へ、入れる」
かぽと口を開けた。
魔女はガツガツとそれを食べた。
折角なので持ってたキャンディーコーンも食わせた。
結局のところはアレが戦争を終わらせるための魔女たちの最終兵器なのか、それとも違うのか解らなかった。
魔女はその数日後実験に使われて死んだ。
死体はバラバラにされてサンプルとしてホルマリンに漬けられて倉庫に入れられた。
長い事忘れられていたそのサンプルは落下した家の破片に巻き込まれ倉庫もろともめちゃくちゃになった。
戦争には人間が勝った。
魔女たちは最終的に絶滅した。
それでも魔女の家はそのままそこにあった。
俺が年老いて死ぬ時も、窓の向こうにそれはあった。
俺が死ぬその日の朝も、空に、そこにあった。