P16 魔女博物館
気が付いた時そこは白い空間だった。
天国のような場所とはこういう場所を言うのかもしれない。
あれ、私死んだ? とかそういう感じ。
記憶はぼんやりとしていてここに来る以前のことを思い出すには至らない。
見渡せば天井は高く高く荘厳、天井絵とかがありそうな雰囲気でそれは西洋のお城とか博物館とかいった佇まいを感じる。
これはやっぱり天国なのかもしれない。
「来館者とは珍しいですね、ここは天国ではありませんよ」
理知的な低い声、そこにいたのは巨大な本だった。
「私は『魔導書:魔女候補者名簿』この魔女博物館のキュレーターをしています」
本はその書籍名を名乗り私を手招く。
「魔女博物館?」
「そうですここは魔女博物館。過去の魔女にまつわる品々など魔女にまつわる森羅万象、あらゆるものを展示している世界に唯一の博物館です」
本は館内の案内を始めた。
魔女の歴史と言われると中世の陰惨な歴史を思い浮かべるがそうではない。
そこに並ぶモノは世間で言われている「魔女」とは全く異なる存在であり、この巨大な建築物はその未知の何かにまつわるコレクションを集めた巨大なシェルターのようだった。
その多くは施設の神性に反した醜悪さを帯び、ある種グロテスクに言いようのない嫌悪感を催すようなものが殆どだったが、私は不思議とそれらの世界を受け入れることができた。
私はこの世界に興味があった。
博物館曰く魔女とは一つの形をして言及できるものではなく、その出どころやあり方にも明確な定義は示されていない。
展示物を見てもそこにある魔女の姿は千差万別であり、何を持って魔女とするのかと言えばそれは世界によって認められていない事によって定義されるとしている。
世界に認められないとはどういうことなのか。
本はここには魔女の全てがあるとは言いながら、それを取捨選択しながら私に伝えているように感じた。
それは謎かけをするように、あるいは何かから真実を隠しているように。
「名簿これは何……? 死体?」
「これは魔女にならなかった部分です」
通された大部屋には大量の肉塊が浮いている。
魔女にならなかった部分と呼ばれたそれは、よく見れば人を折り曲げ搾り上げたような形をしている。
「そうですね。これは魔女を作る際に残る残留物、いわゆる魔女ゴミと呼ばれるような搾り滓で本来は全く価値の無いものとして処分されてしまいます。ここには本来捨てられてしまうようなゴミをかき集めて展示しています。前もって森羅万象と触れ込んでおきながら恥ずかしいのですが基本的にはゴミですからね、集められたのは極僅かで多くは既に処分されてしまっています。それでも一部には歴史に名を残す、いいえ歴史を壊すようなような強力な魔女の素材も含まれているんですよ」
「歴史を、壊す?」
「はい魔女はイレギュラーです、この世界のね。本来存在するべきではないんです。魔女という存在は」
本は少し遠くを見るように言った。
「これらはですね、正確に言うと博物館の収蔵品ではなく私の私的なコレクションなんですよ。本来私は彼女らの物語を集める事を生業としていまして、それが転じて今キュレーターをしています」
本は嬉しそうに話す。
「例えばこちらの女性はイリーノ・デンジャーズと言います。彼女を素材に生まれた魔女デザート・トレーマーズは一度世界を滅ぼしてしまいました」
「例えばこちらの女性はモニーカ・リュックマンと言います。彼女を素材に生まれた魔女マトリックス・ワンは世界にとって大切な本を破壊してしまいました」
「そしてこちらの女性はミヨ・オオイヌと言います」
その名前には聞き覚えがあった。
「あ、それ私じゃん」
「そうですね、これは今から3年後の貴方です。貴方を素材に生まれた魔女スターシングスは世界に危険な魔物を解き放ちました」
私と言われた展示物を見上げた。
手足のほぼ残っていないビーフジャーキーよりも黒く干からびた肉の塊。
まじまじと見てもこれが私なのか正直のところ良く解らなかった。
「あたしは干し肉になって死ぬの?」
「いいえ、貴方は死にませんよ」
名簿を見上げるとそれは微笑んでいるようにも見えた。
「展示されている貴方は今も生きているのですから」