≪第六章―役立たず、戦う―≫(中編)
「――離してよ!このままじゃ、師匠が!」
「そのソフィアさんが言ってたろ!戻っても足手まといだ!」
未だに戻ろうとするアリサを必死に繋ぎ留める。
いま彼女が戻ったら確実に彼女は死ぬ。それもソフィアさんの足枷になって共倒れもありえる。それだけは避けなきゃならない。
「なんで?答えてよ。なんで」
今の俺にはそれに答えるだけの言葉がない。
「ならあたしは良い。あたしは足手まといになるなら逃げるから。だからさ、あんたは、あんただけは師匠の所に行ってよ……!お願いだから……!あんたはすごい魔力を持ってるんでしょ?ねぇ、お願いだから」
アリサは泣いていた。こんな子を泣かせた。最低だ。
いくら伝説だか何だか知らないが、女の人を一人死地に残して逃げ出した。最低だ。
でも何より最低なのは俺の心だ。アリサとおばあちゃんを連れて逃げることをどこかで望んでいた。
二人を連れていく代わりに戦わないで済むことを喜んでいた。
情けない。せっかく力があっても、結局逃げるのなら気づかないでいた頃の方がまだましだ。仕方がないからと言い訳できる。こんな泣きじゃくる女の子に戦ってと懇願されることもなった。
俺は……俺は……。
「グギャァァァァ!」
「なっ、こいつらは!?」
その時、アダムの周りにいたはずのオーク達が俺たちに追いついた。
「どうしてこいつらがここに!?まさか――いや、違う。そんなはずがない!」
「でも、だったらなんで!やっぱり師匠――!」
「違う!落ち着け!」
「いや、いやぁぁぁーーー!」
アリサはその場に崩れ落ちた。俺の言葉は彼女に届かない。今の彼女はもう心が折れてしまっている。
そもそもそういう俺だって嫌な想像が頭から離れてない。
この数のオークから逃げ出す。無理だ、確実に捕まる。
それにおばあちゃんとこんな状態のアリサを連れているんだ。逃げ出す前にやられる。
戦うしかない。こいつらくらいなら俺だってやれる。
「ウブォァァァァァァッ!」
「来るなら来やがれ、くらえぇっ!」
迫り来るオークに対し、立て続けに炎を放つ。
さっきので要領は掴んだつもりだ。オークだけを焼く炎。
しかしどれだけ倒しても数が減らない。それどころか数を倒せば倒すだけ、オーク達の攻撃がその苛烈さを増していく。
より鋭く、より組織的に、より効率よく。
それどころか、こちらの攻撃を見てからかわす個体すら現れている。
「相当まずいな、ソフィアさんのこと心配してる場合じゃないや」
状況が悪いのはそれだけではない。
今まで気にも留めていなかったし、恐らく気づいてすらいなかったのだろう。魔力を撃つ腕の感覚がなくなってきている。
「これが噂の『魔力痛』ね……。俺には一生関係ないと思ってたよ」
魔力を使い続けると、誰もがどこかでその魔力量に関わらず魔法が撃てなくなることがある。それを魔力痛と呼ぶ。
生まれてこの方、こんなに魔法を次から次へと撃ち続けたことはない。
自分の限界なんて知りもしなかった。
その時、オークが唸りをあげながら一斉に襲い掛かってきた。
「クソッ!来んな!」
もう何発も魔法を撃っている余裕がない。
俺達三人全員を包み込むように、渦を巻く水の壁――イメージするのは渦潮、強く頭に思い描け、水の流れを!
瞬間、莫大な質量を持った水が大地から天へと渦を巻いた。
「す、すごい。あんたいつの間にこんな水魔法を……!」
「今だ!悪いけど火事場のバカ力だよコンチクショー!」
回転する水のイメージ、回転する水のイメージ……!
荒れ狂う流れに飲まれて迫ってきていたオークが吹き飛ばされる。
舞い上がった水が雨のように降り注いだ。
「はぁ、はぁ……。どうだ!?まだやるか!?」
もう満身創痍。腕の感覚が完全になくなりつつある。
でも威勢だけは張り続ける。ばれたら終わりだ。数の前じゃどうしようもない。
今のはったりが効いてくれればいいけど――。
そう思った緩みを見逃してはくれなかったのだろうか。
「スバル危ない!」
背後のオークが俺に迫った。
駄目だ、間に合わない。
脳裏に浮かぶ死のイメージ。
ここまでか、そう思った時――。
「な、止め――!」
アリサが俺を突き飛ばした。
何で。止めろよ。お前は俺と違って求められているだろう。止めろ。
世界がゆっくりに見える。
オークの一撃がアリサを捉えようとしている。
嫌だ、嫌だ。
俺が死ぬならまだいい。でもアリサが殺される?そんなのはごめんだ。
そう強く思った時、不思議な声が聞こえた。
『――君になら助けられるよ。君の魔法はそのためのモノだから』
どういうこと。
『君は君の魔法が届く場所にいる者全てを助けられる』
でもどうやって。
『君が一度は疎んだ君の力。それが君の願いを叶えてくれる』
それって。
『さぁ、君の力で彼女を救うんだ』
――一か八か?違うだろ。助けろ。
俺じゃない。アリサを中心に円を描け。
俺の魔力全てでアリサを守れ。
間に合え。
ゴンッ!
オークの得物がアリサを吹き飛ばした。彼女の華奢な体はいとも簡単に民家に叩きつける。
「なっ!?そんな、アリサ!アリサァァァ!」
思わず叫んだ。結局俺なんかじゃ――。
「えほっ、えほっ。何!?そんなに叫ばなくても聞こえてるわよ!」
「ァァァ……って、え?」
なんとも間抜けな声が出た。
いや、別に無事だったことを残念がっている。なんてそんなわけはないし、もちろん彼女が無事だったことは何よりうれしい。
でもオークに殴り飛ばされて無事に済むなんて、そんなこと――。
「まさか……」
その時、俺の中にはソフィアさんの言葉とさっき聞こえた謎の声があった。
『ワシの魔法を受けてかすり傷で済んだことだけは誉めてやる』
『君の魔法が届く場所にいる者全てを助けられる』
「それなら……アリサ!魔法を撃て!でも抑えろよ!何が起こっても知らないからな!」
「はぁ!?何それ!?良いけどあたしが加減なんかしたらそれこそあんたより酷いからね!」
そう言って放ったアリサの雷魔法。
結果から言うと、俺がそこら中水浸しにしたせいもあるが集まっていたすべてのオークが消し炭になった。
「え、あ、え?」
「こ、殺す気か!だから加減しろって言っただろ!」
その雷は恐ろしい轟音と光を放ち天へと昇った。
「でも、なんで?こんな……」
「俺の魔法でお前に魔力を渡してやったんだよ。ソフィアさんにボコボコにされてたとき、俺がほとんど無傷で済んだのは俺が俺にバカみたいな魔力を渡し続けていたからだ。だったらそれを俺じゃなくてお前に対してやってやればいい」
放っておけば、不特定の誰かに分け隔ても際限もなく、範囲に反比例した魔力を送り続ける俺の魔法。
でもこうすれば、助けたい誰かを助けることができる魔法に替えることができる。
俺にも誰かを救うことができるようになった……。こんなに嬉しいことはない。
「やってやればいいってあんたそんなに簡単に――ってか何かっこいいこと言いながら泣いてんのよ!?気持ち悪い!」
「はぁ?泣いてなんて……ってなんだこれ!?な、何でおれ!」
アリサの言った通りだった。何でもないのに涙が溢れて止まらない。
「あたしが知るわけないでしょ!?はぁ、ちょっと頼りになるかもって思ったらすぐこれだもの。流石役立たずね」
「な!落とすのか持ち上げるのかどっちかにしろよ!」
「そしたら役立たずってだけしか残らないわ」
せっかく助けてやったのになんて言い草だ、全く。
でも、初めに助けられたのは俺だもんな。
これくらいのことは気にしないでおいてやろう。今はとにかくアリサが無事だったことを素直に喜ぶべきだ。
「まぁでも今はとりあえずおばあちゃんを……っ!?」
「そうね――っておばあちゃん大丈夫!?」
おばあちゃんの様子がおかしい。体が小刻みに震えているし息も不規則。服が雨でぬれて体も冷え切っている。まずい、俺のせいで。
さっきまではこんな……。
「そ、そんな……!お、おばあちゃん服が焦げて!そ、それじゃあたしの!」
「違う!もしそうだとしたってそれは俺の水が――」
「ふ、ふふっ、大丈夫よ。ゲホッ、た、ただの持病ですもの、ゲホッゲホッ――」
「「おばあちゃん!」」
おばあちゃんの呼吸が止まっている。なんとかしなきゃ。
もしここでおばあちゃんが死んだらアリサはもちろん俺だって……。
アリサがおばあちゃんの腕を掴んで必死に呼びかけている。何度も、何度も。
こうなったのは俺のせいだ。俺の水魔法の。だったらやることは一つだ。
「アリサ!どいてくれ!」
「あんた何を!」
「おばあちゃんを救う!俺の水魔法で!」
できるかどうかなんてわからない。
でもやるんだ。
『水系統の魔法と言うのは使いこなせば人の命に触れることができる』。ソフィアさんはそう言った。その理由が今ならわかる。
おばあちゃんの手、暖かかった。あれは血だ。体の中を駆け巡る命そのもの。
恐らく水系統の魔法は、水の流れに作用する。
だからソフィアさんの傷口から流れた血はそのまま本来流れるべき血管へとその流れを変えた。
そもそも間違っていたんだ。『バカでかい破裂寸前の水風船を留めておく』なんてイメージが。
抱くべきは、絶えず流れ続ける水のイメージ。
今おばあちゃんは命の流れがその歩みを止めようとしている。させない。
「流れを、命の流れを……!」
「あ、あんたまさか『回復魔法』をやろうとしてんの!?師匠の真似事なら無駄よ!命に触れるレベルの水魔法なんて!」
「質はない、でも量ならある!」
止まりつつある血の流れを魔力で掴んだ。それを本来血のめぐっているはずの速度になるまで加速させる。恐らくこれは本来緻密なコントロールのもと、もっと体のあちこちに魔力を回して行うことなのだろう。血液に触れてわかった。血管というのはどうも恐ろしく長い。でも俺にそんなことはできない。だから無理矢理通す。魔力の量で。
足りない、もっと早く。坂から滑り落ちる台車のようにどこまでも。
でもそれだけじゃない。流すだけじゃなく血液それ自体に魔力を与える。
おばあちゃん自体の生命力に訴えかける。
目を覚ましてくれ……!頼む!
「――ゲホッ!ゲホッ!」
「おばあちゃん!大丈夫!?」
「え、えぇ。それにとても体が軽いわ。あなたが何かしてくれたの?」
「いえ、俺は何も」
「ス、スバル……あんたほんとに」
「お前のおかげだよ、アリサ。お前が俺を助けようとしてくれて、生きていてくれたから。俺は諦めないでいられる」
それにもう一つ。もう感覚は掴んだ。
「アリサ。行ってくる。お前の師匠を助けに」
「えっ?でもあんたさっきあんなに死ぬだけだからって!」
「多分大丈夫」
「多分って……」
「死にそうになったらソフィアさん連れて逃げてくるよ」
「そ、それは――きゃあっ!」
アリサが言い終える前に走りだした。もう腕の感覚は戻っている。
今の俺は多分あの日のイフリートより速い。
ご一読頂いてありがとうございました。
これからも定期的に上げられるように頑張ります。
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