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第6話 調べればすぐに判る

「断線なんかはしていないね。劣化している箇所も見当たらない。エンジンもぱっと見た感じでは正常のようだ。さすが、ダイレクト社はメンテナンスも一流だね」


「あの、僕も見ていいですか」


「もちろん。ご覧。ダイレクトの製品なんて、うちにこないからね。勉強になるだろう。ライオットにも見せたいものだ」


「おいっ」


「何だい、チェス」


「『医者として』見るだけにしろよ」


「はいはい、ごめんね。いまのは私が悪かった」


 気軽に〈クレイフィザ〉店主は謝った。


 チェスはしばらく、ロイド・マスターの動きを見ていた。それは皮肉にもと言うのか、とても「機械的」であった。感情や欲望の入る隙はなく、チェスは「この『医者』になら任せてもよいのでは」と思いはじめていた。


「さて、次はソフトだね。ハード異常がないとは限らないが、大まかなチェックからやっていくから」


 説明するようにクリエイターは言って、細いコードを数本、手にした。助手に指示をし、ヴァネッサに取り付けさせる。それから彼は、指先部分だけの生態認証グローブをはめると端末を起動させた。


 チェスはコンピュータのことなど判らない。ただ何となく、宙に浮かんだヴァーチャル画面を見ていた。


「おや。これは」


 少ししてから呟くと「医者」は唇の片端を上げた。


「意外だな」


「な、何か判ったのか」


「第一の要因は、何ともシンプルに、動力切れのようだ」


「それなら、意外じゃないだろ」


 チェスは肩を落とした。


「意外だとも。酸素と水さえあれば、リンツェロイドはまず『落ち』ない。燃料電池は、家庭用の電源を使って、手間なく補充できるしね」


 加えて、と店主は続けた。


「ダイレクト社の製品は、どれもこれも無駄に思えるほど超一級で、緊急時用の予備電池がふたつも搭載されているんだよ。こき使ったって、予備まで全部落とすことは不可能に近い」


 てっきり電源が切られているだけかと思ったのに、とクリエイターは呟いた。


「でも落ちたんだろう」


「そういうことになるけれど。……チェス」


 彼は眼鏡の位置を直した。


「君、驚かないね?」


「何だって?」


「つまり、君はヴァネッサが電力不足、言うなれば『空腹のために気を失っている』ことを知っていた、またはその可能性については考えた。ということは、君が案じるのはそこではない」


「何が、言いたいんだ」


 チェスは低く尋ねた。


「俺が何を隠していると」


「だから、私はそんなことを言っていない」


 三度(みたび)、店主は答えた。


「――隠しているのかい?」


「別に……何も」


 もごもごと返してチェスはうつむいた。


「ミスタ・ルロイによれば、君はこの界隈で幅を利かせる暴力至上主義の連中に追いかけられていた。或いは、君ではなくヴァネッサが」


「……だったら、どうなんだ」


 チェスは歯ぎしりをした。


「突き出すのか? 俺を……ヴァネッサをあいつらに!」


「君が所有者ではなく、所有者が行方を探していれば当然、通報は市民の義務になるだろうね」


「くそ、そういうつもりだったのか!」


 チェスは瞳をぎらりと光らせた。


「ヴァネッサを返せ! 俺は」


「乱暴はしないでくださいっ」


 トールが素早く、彼と主人の間に割って入った。


「マスターは通報する気なんかありません。あるなら黙ってとっととやっちゃった方がいいでしょう? ないから、言ってるんですよ」


「フォロー有難うね、トール」


 「マスター」はにっこりと笑った。


「ダイレクト社の〈ヴァネッサ〉。君が所有者かどうかは、調べればすぐに判ることだ」


「ぐ……」


「ただ、私は調べないよ。知ってしまうと、義務が生じるからね」


 店主は〈ヴァネッサ〉が盗品だとでも思っている。少なくとも、チェスの所有ロイドではないと確信している。少年はそう気づいた。


 難しい推測でも、ないだろう。


「うん? エンジンが機能していないね。エネルギー生成がとめられている」


「え? それじゃあれですか、その」


 トールは少し言いにくそうにした。


「防犯……ロックとか」


「いいや、少し違うようだ」


 店主は返事をした。


「こうして接続すれば、誰でも簡単に設定を戻せる。一時的に、かつ意図的に、ヴァネッサを稼働不能にしたという印象だ」


「誰がですか?」


「さあ。……チェス? 君かい?」


「俺はそんなことしない。できない」


 正直に彼は言った。


「やったのは、ジョバンニの奴だと思う」


 それからぼそりと、チェスは続けた。


「ジョバンニ? 君の友だちかい?」


「あんな奴、友だちどころか! 知り合いですら、ねえ!」


 チェスは叫んだ。トールは目を丸くした。


「あいつ、おかしいんだ。リンツェロイドを……」


 そこで若者は口をつぐんだ。


「ジョバンニが、リンツェロイドを?」


 いちいち丁寧に店主は繰り返して先を促した。チェスはうつむいたままで、ぼそぼそと声を発した。


「あいつ、ロイドを……」


 彼はまた少し沈黙し、それから思い切ったように続けた。


「ばらばらにする、趣味があるんだ」


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