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第4話 君は運がいい

「ヴァネッサか」


 いい名前だ、などと男は言った。


「確か、ダイレクト社の製品にそういった名前のリンツェロイドがいたね」


 その言葉にチェスはびくりとした。男は片眉を上げる。


「おや」


「……その。彼女、は」


「もう一度、個体識別番号を見せてもらえるかな」


 ゆっくりと男は要請した。チェスは少し迷って、〈ヴァネッサ〉の手を取ると、男に向けて見せた。


「トール」


 男は連れを呼んだ。チェスとあまり変わらない年齢と見える少年が、「少女の形をしたもの」の手首をのぞき込んだ。


「判る?」


「はい、先生(マスター)。これは確かに、ダイレクト社の〈ヴァネッサ〉です」


 ずいぶん年若く見える助手、トールと呼ばれた少年は、うなずいて「先生」に答えた。


「おやおや」


「だ、だからどうなんだ」


 チェスは再び彼女を隠した。


「俺みたいな貧乏そうなガキが、ダイレクト社のリンツェロイドを買えるはずがないって言うのか」


「私は何も言っていないよ、ミスタ・チェス」


 先生は肩をすくめた。


「どんな人物がどこのどんな製品を買おうと、私には関係のないことだしね」


 笑みを浮かべて、彼はそう言った。


「君は運がいい」


「何だって?」


 突然の台詞に、チェスは目をしばたたいた。


「そうした見目麗しいリンツェロイドを抱きかかえていることにもだけれど。うちの店は『ジャンクからダイレクト社のものまで何でも直します』ということを売りにしているから」


 そう言って男はカードを取り出した。受け取ってチェスが眺めれば、それには「クレイフィザ」と大きく店名がロゴであしらわれ、連絡先や住所、裏には簡単な地図などが載っていた。


 通常、こうしたものはデータでやり取りする。だが、どちらかが端末を持っていなければ、どうしようもない。或いは、公の場で端末を取り出したくないと考える者も存在しており、こうしたカードや名刺の類は完全にはなくならなかった。


「クレイフィザ」


 チェスは呟いた。


 どうやら目前の男は、個人工房の主であるようだった。


「直せる、のか?」


 期待を込めて、彼は尋ねた。


「まずは状態を見てみないことには何とも言えないが」


「でも俺」


 チェスはうつむいた。


「金を……持ってないんだ」


 彼のポケットには数クーランあるかどうかだった。


「そ、その、前はあったんだけど!」


 慌ててチェスはつけ加えた。


「見るだけなら、料金の請求はしない」


 〈クレイフィザ〉の店主は言った。


「うちの店に依頼にきたのならともかく、私から言っていることだしね」


「見るって、何を見るんだ」


 彼はそこを尋ねた。


「まずは稼働停止の原因だね。それにはさまざまな理由があるが、いちばん一般的なのが動力切れだ。リンツェロイドはたいてい、所定された短時間に自ら常温核融合をするけれど、予定よりも大きな仕事をしたりだとか、融合が中断されたりだとか、やはりさまざまな理由で動力を切らすことがある。燃料電池はその補助に使われるものの、それが切れていることもないとは言えないからね」


 講義をするかのように、〈クレイフィザ〉店主はぺらぺらとやった。


「トーク機能があれば、電池が切れる前に自ら知らせるが、レベルはいくつだい? それからステッパー……電気分解用の水分には何を使っている?」


「あ……その」


 チェスは困惑した。


「ヴァネッサには、専属の……」


 彼は言葉を探した。


「世話係、みたいなのがいて、何もかもやってた。ステッパーとかレベルとか、俺は、聞いたこともない」


「専属の世話係」


 男は面白がるような顔をした。


「専属技術士がいるということかな。それにしても」


 少し、彼は笑った。


「使役機械を人間が『世話』するとは」


「ヴァネッサは、ただの機械なんかじゃない!」


 チェスは叫んだ。


「機械なんかじゃ……」


「ミスタ・チェス。そう言うが」


「あの、マスター」


 トールが男の袖口を引いた。


「すみません、遮って。でも」


 いつもの持論は、いまは控えた方がいいと思います、という少年の台詞はチェスには聞こえなかった。クリエイターは肩をすくめた。


「判ったよ、トール。そうした話よりも、いまはヴァネッサだしね」


 男はまた〈ヴァネッサ〉をのぞき込んだ。つい、チェスは隠すようにしてしまった。男は苦笑する。


「『医者』に見られることすら拒否するなら、残念ながら私にできることはない。――自分で直すといい」


 そんなことは、考えるまでもなく、無理に決まっていた。このロイド・クリエイターも判っていて言っているとしか思えなかった。


「本当に、ただで見てくれるのか」


「見るだけなら。その後、修理だ何だということになれば改めて見積もりを」


 それは至極真っ当な物言いだった。これが人間の医者であれば「病人を見殺しにするのか」などと的外れな糾弾をされかねないが、ロイドはロイド。機械だ。


「見て……」


 チェスは頭を下げた。


「見て、ほしい。どうか」


 お願いすると若者は言った。


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