7 監禁録・1
【二日目・昼】
帆沼さんに「昼ごはんの時間だよ」と起こされる。結構眠ってたと思ってたけど、あまり時間は経ってないらしい。
ラーメンの匂いがする。ちょっと探したけど、他におかずとかチャーハンとかは無かった。がっかりしたけど、顔には出さないようにする。
黙って食べるのもあれだったので、帆沼さんに檜山さんとの関係について尋ねてみた。
「……最初は、毎日のように現世堂に入り浸ってるだけだったんだけどさ。ある日、俺を気にした檜山サンが声をかけてくれたんだ」
檜山さんのことを話す時の帆沼さんは、とても嬉しそうだった。
「互いに惹かれ合ってるって分かるまで、そう時間はかからなかったよ。実は俺が小説を書き始めたのも、檜山サンに勧められたからでね……」
……本当に好きなんだなぁと思うと同時に、やっぱりオレは身を引かなきゃなと胸が痛くなる。でも、昨日まで好きだった人を今日突然諦めるのは難しい。
いいな。檜山さんと想いを伝え合えるって、すごく羨ましい。同じだけの重さの気持ちを返してもらえるなんて、まるで夢の世界の話みたいだ。
「……慎太郎、そんな顔するな」
で、そんな思いが顔に出ていたらしい。帆沼さんはオレの頭を撫でながら、慰めてくれた。
「だから一つになるんだろ。檜山サンだって慎太郎のことは好きなんだ。二人分の愛情を檜山サンから貰えるなんて、俺たちにとってこれ以上の幸せはない」
「……でも、オレはオレです。多分檜山さんは、帆沼さんにするみたいにオレのことを好きにはなってくれない……」
「弱ったな」
そうしてラーメンを食べ終わったあと、帆沼さんは漫画を持ってきてくれた。その漫画は帆沼さんが原案を担当したものらしい。何でもやってんな、この人。
その漫画は、こういう話だった。
――個人の意識が、肉体の寿命を迎える前に解き放つことができる世界。そこに暮らす人々は、自我が成熟した段階で肉体を捨て去り、精神体となったまま永久の時を生きていく。
けれどそんな中、ある孤独な科学者が、一体のアンドロイドに恋をしてしまう。しかしアンドロイドは、人のように意識を解放することはできない。器の終わりが、そのまま死となるのだ。
それを是としない科学者は、世界をめぐってアンドロイドの器から彼女の意識を解き放つ方法を探すことにした。いつか二人で肉体を捨て去り、無限の旅をするその日を夢見て。
【二日目・夜】
「晩御飯だよ」とまた帆沼さんがドアを開ける。漫画を読み耽っていたオレは、めちゃくちゃびっくりした。
「それ、面白い?」
「あ、はい。すごく」
「良かった」
晩御飯はカレーだった。副菜は無かった。
「美味しい?」
聞かれて、頷いた。監禁されているはずなんだけど、だいぶ自分の緊張が緩んできている気がする。オレ、もうすぐ殺されるのに。
「……なんか、いいな」
とりあえず無心で食べていると、帆沼さんがオレの頬に手を添えてきた。
「こうしてさ、慎太郎が少しずつ俺の体と同じになってるの。それがすごく嬉しい」
「同じ?」
「うん。……食は体を作るもの。俺と慎太郎が同じものを同じだけ食べることは、一つになるにあたってとてもいいことだからね」
「なるほど。それでオレは帆沼さんと同じメニューを食べてるんですか」
「そうそう」
「でも、足りませんよ」
「え」
「はい、申し訳ないですが足りません。朝のうどんも帆沼さんの分まで食べましたが、全然足りませんでした。オレは依然として、お腹が空いています」
「え」
「ご飯、オレだけ増やしてもらうことは可能ですか?」
「……えー……」
「帆沼さん?」
「……これでも俺、頑張って食べてるんだけどな」
「?」
「……ごめん慎太郎。ちょっと我慢できる?」
「ええええっ!」
嫌だったので抗議したけど、「無理」「もう入らない」「後で吐く」「っていうかどんだけ食べるんだお前」と帆沼さんは頑として受け入れてくれなかった。悲しい。お腹いっぱい食べたい。家や檜山さんちが恋しい。
でも食べられないことには仕方ないので、不貞腐れたオレは漫画の続きを読んで空腹を紛らわせることにした。
――科学者は、さまざまな星を巡り、いろいろな人を訪ねた。けれども彼女を救う方法は見つからず、それどころかアンドロイドに恋をした科学者はいい笑い者にされてしまう。
機械に自我など宿るものか。人にこそ、美しき高尚たる精神は宿るのだ。それすら忘れたお前は、もはやただの狂人だ――。
けれど科学者は諦めない。アンドロイドの自我を愛し、信じ、彼女を連れて次の星へと向かう。しかし彼の肉体は、間も無く寿命を迎えようとしていた。
【三日目・朝】
「おはよう、慎太郎。朝だよ」
そう声をかけられて、目を覚ました。どうやら漫画を読みながら寝落ちしてしまったらしい。あとちょっとでラストシーンだったのに。
「ほっぺ、ヨダレのあとついてる」
「うー」
「顔洗う? 洗面器持ってきたよ」
「ん……。それより、お風呂に入りたいです……」
つい、ぽろっと本音を言ってしまう。でも帆沼さんは「ああ」と頷くと部屋から出ていき、すぐに濡れタオルを持ってきてくれた。
体を拭いている間に、新しい服を持ってきてくれる。それが思いっきり入院着で、オレはげんなりした。
「それ以外の服は無いんですか?」
「無い。まあ、まだ手術は先だから気にするな。それに、こっちの服の方が過ごしやすいだろ」
言われて着てみればその通りだった。本当はシャワーを浴びたかったけど、体を拭いたことでなんだかさっぱりしたし、格段に快適になった。
「はい、ご飯」
そんで差し出されたのは、またしてもうどんだった。ちなみにあれこれやってる間に伸びに伸びていたので、帆沼さんは全部食べ切るのにとても苦労していた。
なお、やっぱりオレのお腹を満たすには足りなかった。
「……慎太郎。漫画、どこまで読んだ?」
「あ、あと少しです」
そして帆沼さんからちょっとだけ分けてもらったうどんを食べている時に、そんなことを聞かれる。すると、彼はまたズイと肩を寄せてきた。
「じゃあ最後まで読んでよ。俺、見てるから」
「ここで読むんですか? それはいいですけど……」
「けど?」
「オレ、結構感情が顔に出やすいんですよね。いきなり笑い出したり泣き出したりしても、びっくりしないでくださいよ」
「そこは知ってるから別にいい」
「知ってたんですか?」
じゃあなんで言ってくれなかったんですか?
そう思ったけど、最後のうどんと一緒になんとか飲み込んだ。で、器を置いて漫画を手に取る。
読みかけのページには、絶望的な顔をした科学者がアンドロイドにすがりついていた。




