4 監禁二日目
監禁されてから、一日ほど経った……と思う。オレは、無機質な部屋でぼーっとベッドに横たわっていた。
退屈だけど、拘束されているわけじゃないので不便はあまり無い。もしトイレに行きたくなったとしても、呼べば帆沼さんが来てくれる。多分、部屋のどこかに監視カメラがあるのだろう。
……昨日、帆沼さんに(物理的に)一つになろうと言われた時。「死にたくない」「怖い」「嫌だ」とすがりついて散々喚いた。けれど帆沼さんにはまったく通じず、謎の理屈で宥められてまた薬で眠らされたのだ。
そして目が覚めた時には、もう体が怠くて怠くて仕方なかった。薬の影響なのか、オレ自身の問題なのかは分からないけど。
聞くところによると、手術をするにしても色々と準備がいるらしい。そういうわけで、オレは来たる日まで漫然とここで待機させられることになった。
……帆沼さんを呼んで、彼がここにやってくるまで十秒ほど。つまり逃げたとしても、すぐに捕まってしまうぐらいの距離にあの人はいる。だから逃亡しようとするなら建物の構造を知らなければならないのだけど、唯一部屋から出られるトイレの時間は目隠しを余儀無くされていた。
よって、今のオレには逃亡が成功するアテは何一つ無い。なのでオレは、ただベッドの上でぼんやりと考えを巡らせるしかできなかった。
(……最後に檜山さんとした会話って、どんなだったっけな)
けれど少し油断すると、すぐに外の世界に意識が飛んでしまう。
――つかさは、ちゃんと目を覚ましただろうか。犯人は見つかっただろうか。大和君には、また弟のことで面倒をかけてしまったな。
……檜山さん。檜山さんは、家に帰ってこないオレを心配してないだろうか。恋人の帆沼さんの行いには、気づいているのかな。
「慎太郎」
そうして考えているうちに、ドアがノックされた。帆沼さんが現れると同時に、ふわりと優しい香りが鼻腔をくすぐる。
「ご飯だよ。一緒に食べよう」
「……ありがとうございます」
美味しそうな匂いにお腹が鳴って、ようやく自分がめちゃくちゃ空腹だったことを思い出した。起き上がり、うどんが入ったプラスチックの器をこぼさないようそろそろと受け取る。
とりあえず器は傍において、割り箸を割る。でもうまくできなくて、右側の箸の先端がひどく鋭利になってしまった。
「あ……」
「あはは、不器用だな、慎太郎」
「えと、普段はもっと綺麗に割れるんですけど」
「……俺が子供の頃は、よく女子が割り箸で恋占いをしてたよ。右を自分の想い、左を相手の想いと見立ててさ。で、いざ割って残った面積が大きい方が気持ちが強いってことにするんだ」
「ってことは、今オレ相手からすんごい想われてるってことですか」
「そうかも。よかったね、慎太郎」
「へへ」
つい檜山さんのことを想像して嬉しくなってしまったが、慌てて顔を引き締める。いやいや、どんなに普通そうに振る舞ってたって、帆沼さんはオレを殺すつもりなんだぞ。油断してはならない。
一方帆沼さんは、呑気にずるずるとうどんをすすっていた。とりあえずオレもお腹が空いたので、「いただきます」とうどんに口をつける。
で、驚いた。
温かいのだ。それだけじゃなくて、すんごく美味しい。
温度と味が喉を通っていく。体に栄養が染み込んでいく。
……そうか、だってオレ、まだ生きてるんだもんな。
そう自覚した瞬間、鼻の奥がツンとした。昨日も味わった、視界がぼやけて悲鳴が喉を突き上げるような感覚。――怖い。怖い。助けて。出たい。生きたい。家族に会いたい。檜山さんに会いたい。
死にたくない。
「……慎太郎?」
「……ッ」
「どした、なんで泣いてんの」
「なっ、泣いてまずぇん!」
「え、え」
胸の内で、感情を伴った言葉が次々に弾けている。それを片っ端から噛み潰すようにして、オレはうどんをかきこんだ。
――昨日みたいに泣き言を言ったところで、また薬を打たれるだけなのだ。それなら弱みを見せてたまるかと、オレは小さな矜持でもって恐怖を堪えていた。
けれどそんなオレを、何故か帆沼さんはオロオロしながら見ていた。それに少し驚いたものの、「ああ、これでこそオレの知る帆沼さんなんだよな」と腑に落ちる。
ちょっと神経質で、臨機応変な対応が苦手で。そんで異様に距離が近くて、少しでもオレの拒否を感じ取ると動揺する人。
なのに、こんな面があったなんてオレはちっとも知らなかった。極端な結論を出した過程も、檜山さんとの関係のことも。
(……)
もしかしてオレのすべきは、今からでも帆沼さんを知ることなんじゃないか。
ふと、そう思った。
こんなことをする理由や、オレを選んだ理由。檜山さんとのことや、過去のこと。
別に彼の行動や考えを変えられると思ったわけじゃない。でももう少しだけ、この人の話を聞かなければならないと思ったのだ。
帆沼さんからもらったティッシュで、盛大に鼻をかむ。そうしたらだいぶ落ち着いて、心が決まった。
「帆沼さん」
「ん?」
「その、間違ってたら申し訳ないんですが……VICTIMSを書いた人って、帆沼さんなんですよね?」
「あれ、慎太郎に言ってたっけ」
「えと、自分で気付きました」
「へぇ、頭いいね。ヒントは出してたけど、まさか慎太郎に気付かれるとは思わなかった」
核心をつく話なのに、帆沼さんは平然としている。オレはもう一口うどんをすすり、しっかり噛んで飲み込んでから彼に向き直った。
「なんで、そんなことをしたんですか?」
「……え?」
「だから、VICTIMSを書いて、人に人を殺させるような気持ちにさせたことです。……しかも、ただ書いただけじゃない。オレは帆沼さんちにダリアがあったことを覚えています。帆沼さんは、殺人計画を立てただけじゃなく加害者のサポートもしていた」
帆沼さんの箸が、止まった。それはちゃんとこちらの話を聞いてくれているからだと判断し、オレは続ける。
「どうしてそんなことをしたか、理由を教えてください。オレ、もっと帆沼さんのことが知りたいんです」
「……知りたいだなんて、恋人みたいなこと言うね」
「友達として聞いてるんですよ。そんで本当にわかんないんです。だってオレ、帆沼さんと檜山さんが付き合ってることすら知らなかったんですよ? 帆沼さんがVICTIMSを書いた動機や鵜路さん達を導いた理由なんて、もっと想像できません」
「……そっか。そうだよね。俺と慎太郎はまだ別々だ。全部が以心伝心できるわけじゃないもんな」
……帆沼さんの言ってる理屈は、やっぱよく分かんないな。
一方彼は、膝の上に置いた器をじっと見つめていた。
「VICTIMSを書いた大きな目的は、檜山サンを救う為。檜山サンを癒すには、まず彼の精神を大きく揺さぶる必要があったからね。そして、鵜路さん達を選んだ理由。別に誰でもよかったわけじゃないんだ。……そうだな。彼らを選んだのは、ただ人助けをしたかったんだろう」
「人助け?」
尋ね返すオレに、帆沼さんは困ったように微笑んだ。
「ある人が、とても意地悪な人に苦しめられていたとする。そしてその人は、とうとうこんな世界では生きられないと自ら命を断つことを考えた。……ねぇ、たとえばそういう時って、お前なら誰の味方になってあげる?」
「えっと……そうですね。オレは、死にたいと考えた人と一緒にいると思います」
「だよな。実際俺も、そうしたんだ」
帆沼さんは、まるで指揮棒を振るようにお箸を振った。
「その人がいる為に生きられない世界となっているならば、その人を排除した世界に行けばいい」
「……」
「だから俺は、あの人達にそんな世界を提示したんだよ」




