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現世堂の奇書鑑定  作者: 長埜 恵
第3章 新百鬼夢語
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4 紫戸さん

 ところで、オレはまだ古本目当てで檜山さんの店に来たと彼に思われているわけである。故に道中、なんとかその辺りの誤解を解こうと試みたのだが……。


「妖怪本といえば鳥山石燕のイメージが強いんだけどね、僕個人的には歌川国芳も興味深いんだよ。がしゃどくろの元になったあの迫力ある絵は知ってるかな。もっとも、彼は鳥山石燕以上に風刺画というものに力を入れたとされているけれど……」


 ダメだった。また檜山さんのスイッチが入ってしまった。そしてオレもオレで楽しそうに話す檜山さんが好きとくれば、彼が止まろうはずもない。

 ま、いっか。

 そうやって檜山さんの話を聞いているうちに、あっという間につかさの先生の自宅まで来てしまったのである。

 ……家というより、屋敷だな。思いの外高級感のあるご自宅に、オレはちょっと気圧されていた。


「あれ、もう着いた」


 でもそんなことを全く気にしない檜山さんは、「あちゃー」と額を叩いた。


「やっちゃったな。道すがら、慎太郎君のことをどう説明するか考えようと思ってたのに」

「え、助手じゃないんですか?」

「深く突っ込まれた時にどう返そうかなと思ってさ。前にも言った通り、後々学芸員になりたい子ってことでいい?」

「はい。でも、つかさの先生ってその辺りを気にされる方なんですか?」

「うーん、よくわからないだけどね。電話で話す限りだとあまり外部に見せたがらない感じだったから、専門家じゃない人を招くことは嫌がるかなって」


 彼の説明を聞いて、オレは首を傾げた。

 もし呪われた本だと代々言い含められてきたのだというなら、その理屈は分からないでもない。でも、そうだとしたら、何故先生は弟に本を渡したのだろう。

 特別仲が良かったのだろうか。例えば、すごく気が合ったとか。

 しかしそんなオレの推測は、彼の家を訪ねてすぐに覆されることになる。


「はい、紫戸です。……え?」


 呼び鈴を押して出てきたのは、三十代半ばぐらいの男性。一見快活そうなツーブロックの髪のその人は、何故かオレの顔を見た途端表情を変えた。

 その顔色に驚く。それは、紛れもなく嫌悪の情だったのだ。


「お休みの所すいません。お電話させていただきました、現世堂の檜山です」


 檜山さんもそれを察したのか、オレを遮るようにして前に立ち、名刺を差し出した。


「後ろの子は私の助手です。学芸員を目指しておりまして、勝手ながら彼の後学のためになればと連れてきました。差し支えなければ、同席させていただきたいのですが」

「あ……ええ、構いませんが」

「ありがとうございます。……しかし、本当によろしいのです?」

「え?」

「いえ。恐れ入りますが、見間違いでなければ、彼の顔を見てかなり迷惑そうな顔をされたので」

「……ああ」


 彼の顔には、もう先程の嫌悪は浮かんでいない。バツが悪そうに頭を掻くと、チラリとこちらを見た。


「いや何、ちょっといけ好かない者がいてですね……。お兄さんがそいつに似てたんですよ。失礼しました」

「成程、そうだったのですね。いえ、他人の空似ということはございます。では、早速ですが本についてお話を」

「はい、勿論。よろしければ中へどうぞ」


 檜山さんはうまく話を切り上げ、本題へと入った。だけどオレは全然頭の切り替えができなくて、手にかいた嫌な汗を握っていた。

 ……オレの顔に似た、いけ好かない奴? それ、どう考えても弟のつかさのことじゃないか?

 だけど、つかさはこの先生から例の本を借りている張本人だ。しかも本は門外不出の代物。これがどう結びつくのだろうと思ったが、ふいにオレの頭の中で点と点が繋がった。

 不幸を呼ぶ呪われた本を、人に渡す。その理由は一つしかない。

 ――この人、つかさに敵意を持ってるのか?


「……檜山さん」


 紫戸さんと距離が空いているのを確認して、檜山さんに声をかける。すると、彼は万事心得たように頷いてくれた。


「分かってる。つかさ君のことだろ?」

「は、はい」

「念の為、彼との関係も探ってみよう。……大丈夫、うまくやるから。君は、今だけ彼の兄であることを忘れておいてくれ」


 オレを気遣う優しい声に、「はい」となんとか返す。

 ……確かにつかさは少し癖のある性格だけど、敵意を持たれるほどの悪人では決してない。誤解だったら兄として解いてやりたいが、今の自分は檜山さんの一助手だ。なるべく平静にして、かつ黙っていようと心の中で言い聞かせた。


「狭苦しい所ですいませんね」


 そして通されたのは、言葉とは裏腹にやけに豪華な家具が並ぶ居間だった。これには流石の檜山さんも驚いたようで、眼鏡のつるを持ってじっくりテーブルを眺めていた。


「これは素晴らしいアンティークですね。ご趣味ですか?」

「まさか。親が集めていただけです」

「それでもかなりの値打ちものでしょう。管理するのが大変では?」

「家具であることに変わりはありませんよ。私自身興味はありませんし、普通に使ってます」


 紫戸さんは、手の裏でぞんざいにテーブルを叩いた。見ると、他の家具もあまり丁寧な掃除がなされていないのか、かなり埃が被っている。どうやら興味が無いと言うのは、本当のようだ。


「……では、早速話に移りましょうか」


 檜山さんはテーブルにつくと、柔らかく微笑んだ。


「何故紫戸様があの本を持ってらっしゃったのか、どういう背景があるのか――。これを把握しているのとそうでないのとでは、鑑定に大きな差が出てきますからね」

「鑑定……というと、最終的には買い取っていただくことも可能なのですか?」

「勿論、紫戸様がお望みなら」

「……それ、どれぐらいの金額になります?」

「そうですね……。鳥山石燕の未発見本となると、もはや歴史的価値も加味せねばなりませんからね。数十万から数百万円に上る可能性も……」

「へ、へぇ!」


 檜山さんの返答に、目に見えて紫戸さんはソワソワとし始めた。……やっぱり、この人はおかしい。外部に本のことは漏らしたがらなかったはずなのに、何故売買の話には関心が向いているのだろう。

 とにかく、何か事情がありそうなことには変わりない。オレは深呼吸をすると、紫戸さんの一言一句を聞き逃さないようメモ帳とペンを手に取った。

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