表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現世堂の奇書鑑定  作者: 長埜 恵
第2章 或る小説家の遺稿
17/99

4 駄々

 檜山さんと丹波さんが、オレの目から逃れるようにして二人で話をしている……!


 それに気づいてからのオレといったら、もう気が気ではなかった。いや、オレを外してる時点で事件関係の深刻な話なんだろうなとは分かっていたんだけど。

 でも、何となく今日の丹波さんの顔には、憂いというか片想いをしてる人の雰囲気があったのだ。わかるんだよ、そういうの。オレも片想い中だからね。

 なので、いけないとは思いつつ二人のそばに行って盗み聞きをしていたのだが……。


「オレも! 手伝います!」

「だめ!」

「だってあの危ない本が関わってるんですよね! じゃあ放っとけません! オレも手伝います!」

「だめと言ったらだめ! 危ないんだから!」


 ――今、オレは檜山さんにしがみつき、めちゃくちゃに駄々をこねていた。


「危ないのは檜山さんも一緒ですよ! 前回事件を解決した張本人なんですから! 狙われたっておかしくない!」

「大丈夫だよ、僕は無敵だから!」

「言い訳にしても雑過ぎるでしょう! お願いですー! オレ役に立ちますからー!」

「だめったらだめ! 家で大人しくしてなさい!」


 案外怪力の檜山さんに無理矢理引き剥がされ、床に落とされる。いつもならオレが離れるまで待ってくれるというのに、今回は難敵だ。


「……言っただろ。僕は、慎太郎君を酷い目に遭わせたくないんだ」


 少し息を荒くした檜山さんが、オレを見下ろす。白い髪には、背負った陽の光が透けていた。


「そもそも君はどういう人間を相手にしてるか知ってるのか? 人殺しだよ? あれは君みたいに常識的で親切な人間が引く線を、いとも簡単に踏み躙り、超えてくるような類いの異常者だ」

「檜山さん……」

「君は、二度とそういった人に関わっちゃいけない。……せっかく君を愛してくれるお父さんやお母さん、友達に囲まれて生きてるのに」

「……」

「分かった? 分かったなら、これ以上首を突っ込んじゃだめだ。……君の人生に、そういった異常者の影は金輪際必要無い」


 どことなく檜山さんの口調はいつもより荒かった。それにふと違和感を覚え、オレは眩しさに目を細めながらも彼を見上げる。

 その顔は、奇妙に引き攣っていた。

 目も、オレを見ているようで全く見ていない。悲しそうな。怒っているような。

 ――まるで、あえて目を逸らしているかのような?


「……檜山さん」

「……何」


 だからつい、彼の手を握っていたのだ。


「それ、檜山さんだって同じじゃないんですか?」

「……」


 オレの言葉に、彼が何か反論しようとする。だけどそれを遮って、続けた。


「檜山さんは、オレを酷い目に遭わせたくないって言ってくれました。けど、そんなの一緒ですよ。オレだってあなたに酷い目に遭って欲しくない。いつもみたいに現世堂を開けて、本を売ったり買ったりして、普通に暮らしてほしいんです」

「……君」

「でも、檜山さんは事件を捜査するんですよね? 人殺しかもしれない人を調べるんですよね? ……だったら、せめて少しでもオレは助けになりたいんです。一秒でも早く、檜山さんには普通の生活に戻ってほしいから。足手まといにならない範囲で、オレはあなたの力になりたいんです」

「……」

「オレじゃ……だめですか?」


 檜山さんは、黙ってオレの訴えを聞いてくれていた。

 ――VICTIMSを読んでいた時、本来なら警察に預けるべき本を携えて帰ってきた時、丹波さんに「本が盗まれた」と言われた時。思えばその全てにおいて、檜山さんの様子はどこか切羽詰まっていた。

 本を見つめていた檜山さんの目を思い出す。いつものとは違う、暗く沈んだ重たい目を。


 ……ああそうだ。オレの前からいなくなる直前の彼も、同じ目をしていたのだ。


「そう、か」


 記憶の中に残る寂しげな笑みと、目の前にある苦しそうな顔が重なる。それがどうしてなのかは、すぐには分からなかった。

 彼を一人にしてはならない。そればかりが、オレの頭の中をぐるぐると回っていたのである。

 檜山さんは、しばらくこめかみを押さえながら目を閉じて考えていた。けれどやがて目を開けると、大きな眼鏡越しにオレを見つめた。


「……慎太郎君」

「はい」

「……。本当に、危ないことはしないって約束できる?」

「! はい!」

「危険なことをしないのは勿論だし、僕の言うことは聞いてもらわないといけない。事件に関わる以上口外してはならないこともできるし、色々制約ができてしまう。それでもいいね?」

「はい! オレ、ちゃんとやります!」

「うん、そっか」


 檜山さんは、苦しそうにしながらも口元を緩めた。


「ありがとう」


 そうしてしゃがみ、まだ残るオレの背中のアザを気遣いながら撫でて。


「……大丈夫。君のことは、絶対誰にも手出しさせないからね」


 それを聞いて、やっぱり少し檜山さんは過保護だなぁとオレは思ったのである。










「というわけで、今から慎太郎君にはやってもらうことがある」

「何ですか?」

「このUSBメモリの中にこの辺りの監視カメラの位置が記載されてるんだけどね、今から僕が言うルートに該当するカメラを片っ端から抜き出して欲しいんだ」

「監視カメラの位置が分かる資料もあるんですか!?」

「あるよー。あ、でも絶対人に言っちゃダメだよ」

「は、はい」

「それと、花屋さんも」

「花屋さんですか。でもその情報はこのメモリの中には無いようですが……」

「うん、だから地図アプリとかで調べてみて。最近なら大抵の花屋さんは記載されてるから」

「分かりました!」

「他には……」

「まだある……!? い、いや、どんと来いですよ! でもちょっとメモしていいですか!?」

「すごいやる気だ。頼もしい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ