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現世堂の奇書鑑定  作者: 長埜 恵
第2章 或る小説家の遺稿
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3 盗まれた本

「……正樹さん、ちょっと」

「はい」


 丹波の去り際、檜山は彼女に手招きされた。檜山はチラリと慎太郎に視線を送ったが、同居人の大学生は鼻歌混じりに食器を片付けておりこちらに気づく様子は無い。

 それに少しホッとして、檜山は丹波の元へ行った。


「何です。まさか例の本の件ですか?」

「あら、鋭いわね」

「そりゃあ二人連続で心臓が抉られているんです。関連性も疑いますよ」

「それもそっか。でも、正樹さんに伝えときたいのはそれだけじゃなくてね」


 丹波は辺りを見回してから、声をひそめて言った。


「……実は、警察署内からVICTIMSが盗まれたの」

「え……!?」

「犯人は分かってる。この間犯人を捕らえに現世堂に来た時、私と一緒にいた部下を覚えてるかしら」

「ああ、確か山下君とかいう……」

「戸田君よ。全然覚えてないのに無理してんじゃないわよ」

「すいません」


 彼女といるとよく怒られる。いや、まあ自分が悪いのだが。


「とにかく、防犯カメラには彼が保管庫からVICTIMSを取り出す姿が映っていた。……彼が犯人と見てまず間違いないわ」

「……戸田君の行方は」

「依然不明ね。本の在処も彼の行方も分からない」

「それ、いつの話なんです?」

「ちょうど一週間前よ」


 一週間前、というと鵜路恒男が逮捕された三日後のことである。何せ犯罪指南書のような本だ。英語に堪能な者であれば、この期間で読み解き実行に移せるのではないかと考えた檜山は、短絡的な連想を頭を振ってかき消した。


「……私も同じ考えよ」


 しかし檜山の考えを読み取った丹波は、淡々と言う。


「さっきあなたも言ったけど、どちらの被害者も心臓をくり抜かれていたわ。この猟奇的な類似は、戸田君の盗んだあの本が起点になったと考えてもおかしくない」

「……そうですね」

「でも、私は戸田君が犯人とも思わないの」


 丹波は、檜山に分厚い茶封筒を差し出した。それをすぐには受け取らず、檜山は掬うような目で彼女を見た。


「……何故、そう思うんです?」

「シンプルに言うと、人を殺せるタイプではないからよ。すごく気の弱い人なの、彼」

「気が弱くても、人ぐらい殺せるでしょう」

「今日の正樹さんは意地悪ね。……深く説明しなくても、わかるでしょ」


 丹波の目に、初めて悲哀の色が滲んだ。それで大体彼女が戸田とやらに抱いていた感情を察した檜山は、やっと茶封筒を手にした。


「……僕が解決できるとは限りませんよ」

「分かってる。むしろ私が解決してやる気持ちでいっぱいだわ」

「じゃあ僕に頼らずとも」

「人事を尽くして最上の天命を引き寄せるのが私よ!」

「強いんだもんなぁ」

「それに私が何もしなくても、どうせ正樹さんはこの事件に関わるつもりじゃない」

「……」


 その言葉に返せぬまま、「爺ちゃんには黙っててくださいよ」と押し負ける形で、檜山は限りなく黒に近いグレーゾーンの資料を胸に抱えた。……またあの本に関わらなければならない憂鬱と、一方である種の運命が迫ってきたかのような胸騒ぎ。その二つが、彼の胸を酷く締めつけていた。


「でも、絶対無理はしないでね」


 そして丹波は、最後に念押しした。


「危ないことはしないで。正樹さん、昔から時々見境が無くなることもあるから心配よ」

「そんなことないですよ」

「とにかく、困ったことがあったらすぐ私に連絡してね」

「分かりました」

「あと麩美さんのアリバイが崩れたらよろしく」

「はいはい」


 彼女としては、とことん麩美虎子を犯人にしたいようである。来た時と同じようにキビキビと帰る丹波の後ろ姿を見ながら、檜山はそう思った。

 確かに、そう考えても仕方がないぐらいあの女性は怪しいだろう。だがおそらく、今の警察はアリバイのある麩美ではなく、本を盗んだ部下の戸田の方を疑っているに違いない。

 だから、動きにくくなる自分に代わり真犯人を捕らえてくれと。そう伝えたかったのだろうと、檜山は丹波の真意を理解していた。

 ――相変わらず、私情と正義と行動力が綯い混ぜになったような人である。

 ともあれ、自分はフラットな立場で無ければならない。一応調べてみて犯人と分かればそれでいいし、全くの無実が証明されればそれはそれで良いではないか。

 そう割り切った檜山が一つ息を吐き、さあ店に戻ろうとしたその時。


「……檜山さん……」

「うわーっ!!?」


 ――台所にいたはずの慎太郎が、うずくまってこちらを見上げているのを見たのである。

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