卒業パーティで婚約破棄は止めましょう~頑張って下さい
「メレディス! お前の性根の悪さには愛想が尽きた! 婚約も破棄する!!」
貴族の子女が通う学園の卒業パーティの最中、突然宣言する大きな声が聞こえた。
声を上げたのはこの王国の第二王子、スチュアート。
隣には男爵家では用意できない様な豪奢なドレスを身につけた、男爵令嬢のドリスを連れている。
友人達との別れを惜しむ歓談を途中で遮られ、名指しをされたのは侯爵令嬢のメレディス。スチュアートの婚約者である。
一瞬の間の後、メレディスはスチュアートに向き直り、礼を執る。
「………かしこまりました。父へ報告致しますので、詳しい理由をお伺いしてもよろしいですか?」
「理由だと? 自分の胸に手を当てて聞いてみれば良いだろう」
婚約破棄の宣言を何事も無いかの様に受け止め、メレディスは理由を問う。
しかし、スチュアートは鼻で笑い、メレディスに指を突き付ける。
「……申し訳ございません。思い当たりませんので、お願いできますか?」
首を傾げ少し考えるも、メレディスには何も浮かばない。
仕方が無いので、もう一度理由を問う。
「ふん、自分で悪行を口にするのが憚られるとでも言うのか? いいだろう、教えてやる」
「お願いいたします」
「貴様は、自分の身分を笠に着て、このドリスへの嫌がらせを繰り返し、更に暴漢を差し向けるなど、王子妃となる者にあるまじき行為を繰り返した! よって、貴様との婚約を破棄し、このドリスを新しい婚約者にする!」
「はあ、そう…ですか」
理由を問うたものの、メレディスには身に覚えのないものばかり。
それに、その内容について、ついぽかんとした顔をしてしまった。
「何だその顔は?!」
「いえ、つい感心してしまいまして…」
メレディス少し表情を引き締め直し、姿勢を正す。
「何?」
怪訝そうなスチュアートに対し、メレディスは口を開く。
「嫌がらせを受けたり、刺客を差し向けられたりした事を、ドリス様は殿下へ逐一報告されていたのですね。侯爵家では何事も無かった様に振る舞えと教えられていたもので……。育ちが違えば考え方も違うというのは分かっていたつもりでしたが、本当にここまで違うとは…」
「お前の悪行を報告されていた事が、不思議とでも言うのか?」
メレディスの話す内容が、スチュアートには理解出来なかった。
自分のした事を報告されているのに何を言うのかと、眉間に皺が寄る。
「いいえ。ドリス様に対し、わたくしは何もしておりません」
「何だと?!」
ドリスへ行ったとされる行為について全面否定したメレディスに、スチュアートは怒りを見せる。
「殿下が他の女性と親密にしていても、何か理由があるのだろうから、わたくしが台無しにしない様遠くから見守る事、と父から言いつけられていましたので。わたくしからドリス様に何かをする事自体あり得ないのです」
「ふざけるな! 暴漢はお前の名前を出したのだぞ?!」
続けられるメレディスの言葉を言い訳と決めつけ、スチュアートは顔を赤くして怒鳴る。
「まあ、暴漢と言葉を交わされたのですか?」
「ああ。先日ドリスが街で私と少し離れた際に路地裏で絡まれ、助け出す時に 『失敗だ! メレディス様に怒られるぞ!』 と捨て台詞を吐いたのだ。とぼけても無駄だ!」
暴漢が去る際に名を出した事で、スチュアートはメレディスを犯人と決めつけていた。
「いえ、少し驚いてしまって。殿下がドリス様と街へ行かれた事もそうですが、襲われた暴漢とその場で言葉を交わす事など、思いもよらなかったので」
「は?」
「わたくしが相対した者達は皆基本無言でしたわ。捕まえて後が無い事を分からせて、ようやく少し喋る程度で…それでも雇い主の名を出すなんて、3割程度ですわ。拷問された訳でも、命乞いをする訳でも無いのにペラペラ喋る刺客なんて居るんですのね」
自分が相対した刺客との違いに素直に感心していると、いつの間にか後ろに控えていた同級生で護衛のラルフが声を落とし、説明をしてくれる。
「町のゴロツキならば、あり得ますよ。酒代欲しさに安い金で雇われたり、実際には襲う振りで、台詞が指定されてたりですね」
「そうなんですね…初めて知りました」
プロの刺客ではなく、町のゴロツキだとそういう事もあるのか、と初めての知識にメレディスは感心しきりで頷く。
「……何の話をしている?」
「刺客にも色々居るのだなと。ちなみに、殿下が遭遇した暴漢とわたくしには何の関係もございません」
ラルフとのひそひそ話の内容は、スチュアートには聞こえて無かったらしい。メレディスは簡単にまとめ、全面否定を続ける。
「ふん、そんなもの信じられるか。お前の悪行はしっかり調べてやるからな覚悟をしておけ」
「後ろ暗い事は何もしておりませんので、お好きなだけどうぞ」
「強がりを…震えて沙汰を待つが良い」
ずっと気になっていたメレディスだが、スチュアートのこの一言で確信を持つ。全く下調べも無しにこの行動に出た事を。
「……だとすると、今現在何の証拠も無い状態で、婚約破棄のお申し出なのですね」
スチュアートは正義感が強い半面、思い込みの強い部分がある。
信頼している者からの言葉を素直に受け止めるのは良い所だが、仮に嘘があっても信じてしまうのはどうかと思う。とメレディスは小さく嘆息する。
「ドリスの証言があるし、暴漢からお前の名前は出ている」
「その暴漢はもう捕まりましたの? 裏は取れましたの?」
得意気に自分の正義を疑わないスチュアートにメレディスは問いかける。
「いや……」
「では証拠とは言えませんね。しかし、この衆人環視の中宣言されたのですから、婚約破棄に関しては受け入れます。そしてわたくしへの名誉棄損に関しては、別途と致します」
「名誉棄損だと?! 笑わせるな」
小さな否定に、やはりと思いながら自分の考えを述べるメレディスに、スチュアートは怒気を向けるが、メレディスはそれを無視し、スチュアートの後ろで顔を青ざめさせているドリスに声をかける。
「あと、ドリス様」
「ひっ…」
突然呼ばれた自分の名に、ドリスは顔を上げ、小さく震える。
「殿下の新しい婚約者となる事、心よりお慶び申し上げます。これから今までよりも身の回りにお気をつけ下さいませ」
「メレディスっ! ドリスに脅しをかけるとはどういう事だ!」
ゆっくり礼を取り、メレディスは微笑む。
しかし、スチュアートは脅しととった様だった。
「いいえ、脅しではございません。事実です」
「貴様…!」
メレディスはニッコリ笑うが、スチュアートの顔は怒りに歪んでいる。
「わたくしも殿下の婚約者となった10歳の頃より、ずっと刺客に命を狙われ続け、誘拐未遂、嫌がらせ、陰口、悪い噂と色々なものに晒され続けていました。父が護衛には力を入れてくれましたので、身体的な傷を負わずに済んだのは本当に有難い事です」
「……は?」
笑顔のままメレディスが語る内容に、スチュアートは怒りを忘れ茫然とする。
いつも悠然と振る舞い、何の憂いも無い様に見えていたメレディスがそんな事をされていたとは全く思っていなかったのだ。
「侯爵家の者として、殿下の婚約者としてその全てを黙って耐えておりましたので、やっとそれから解放されると思うとほっとします」
「そん…な」
晴れやかな笑みのメレディスとは対照的に、スチュアートの顔は青ざめていく。
「我が侯爵家は中立の立場にありますし、目障りに思う方や自分の娘を婚約者に据えたい方など色々いらっしゃいます。わたくしが何の為に同学年の護衛を連れているか、お分かりにならなかったようですわね」
「………」
もはやスチュアートは言葉も出せない状態だった。
メレディスが何の為に護衛を学内でも連れていたかなど、考えた事すら無かったからだ。まさか本当に身の危険に晒されているとは考えず、ただ単に自身の権威を見せつける為だけのものだと思っていた。
「男爵家でどれ程の護衛をつけられるか分かりませんが、きっと殿下自らお選びになられる護衛で守って頂けるのでしょうね。良かったですね、ドリス様。ただ、もし殿下に虚偽の報告がされていたのであれば、何らかの対応はさせて頂きますのでよろしくお願いいたします」
「メ…メレディス…」
メレディスの言葉が本心で言っている事に気付いたスチュアートは、自分の行動が如何に愚かな事かを今更ながら気付き始め、どうにか絞り出した声でメレディスの名を呼ぶ事しかできなかった。
「いけませんわ、殿下。わたくしはもう婚約破棄をされた身。呼び捨てなど誤解を生むではありませんか」
「……っ」
しかし、笑顔のメレディスに切り捨てられ、言葉を失う。
「お嬢様、そろそろ旦那様のお戻りの時間かと」
「ありがとう、ラルフ。では殿下、この辺りでわたくしは失礼いたします。今までありがとうございました。お二人の末永い幸せをお祈り申し上げます」
ラルフに声をかけられ、メレディスは二人に向き直り礼を取る。
この愚かな行動を起こしてくれた事への最大の礼を込めて、優雅で最高の礼を。
「いいんですか? お嬢様」
「何が? …というか、誰も居ないのだから、お嬢様ってやめてくれないかしら?」
会場を後にし、屋敷に戻る馬車の中、ラルフとメレディスは対面で座っていた。
口を開いたラルフからの呼び方が気にくわないメレディスは不貞腐れた様に抗議する。
「いやいや、一介の護衛に何を言ってるんですか」
「……ラルフ?」
笑って誤魔化そうとするラルフに、メレディスの冷たい目線が向けられる。
「はいはい、分かりました。メレディス」
「そう、それで良いのよ。それで? 何がいいの?」
ようやく降参したラルフが名を呼ぶと、メレディスは満足そうに頷き、先を促す。
「殿下ですよ。明らかに冤罪じゃないですか。婚約破棄を受け入れていいんですか?」
「いいのよ。まさかこのタイミングとは思わなかったけれど、いつ婚約解消をしてくれるか指折り数えていた位よ」
殿下との婚約破棄を心配するラルフに対し、得意げにメレディスは答える。
「はぁ…マジか…」
「お父様との賭けにも今の所半分勝ったし、馬鹿な事をしてくれた殿下からは慰謝料もぎ取るし、良い事だらけだわ!」
手を額にあて、溜息をつくラルフに対し、メレディスの気分は高揚していく。
「旦那様と賭け? でも、殿下と婚約破棄なんて、メレディスに瑕疵になるんじゃ?」
「いいのよ、これで」
メレディスの評判を気にするラルフだったが、メレディスはすっぱり切り捨てる。
「そう……なのか?」
「ラルフはどう思うの?」
腑に落ちない顔のまま首を傾げるラルフに、メレディスは問いかける。
「だって、殿下が一番良い物件でしょ? メレディスが悪くなくても世論はまた違うかも知れないし…」
うーん、とひねり出すラルフだったが、メレディスの望む答えでは無かった様で、むっとした顔で遮られた。
「そうじゃなくて……ラルフはわたくしの事をどう思っているの…?」
「うぇっ?! そりゃ、メレディスには幸せになって欲しいと…」
「殿下と幸せになれると思った?」
「いや…それは……」
流石に学園内での行動や、婚約破棄の流れを見る限り、ラルフでも言葉に詰まる。
「他の令息だって、どう思う?」
「う……」
今婚約者の居ない、高位貴族令息も特筆する人は居なかった気がする…とラルフの眉間に皺が寄っていく。
「……自分で、幸せにとは……思わない?」
「…………は?」
メレディスの問いかけに、ラルフの考えていた事はすぽんと飛んで行ってしまった。
今、メレディスは何と言った? ラルフの頭は?マークで一杯になった。
「わたくしには瑕疵がついてしまったけれど、慰謝料で結構お金は入ってくると思うわ。それに、侯爵家の領地の一部を治める予定でもあるの!……ついてきて、くれないかしら…?」
「……………………はあぁ…」
今までの勢いは何処へやらで、モジモジと頬を染めてこちらを窺うメレディスに、ラルフは頭を抱えて深いため息をつく。
「…………ごめんなさい…」
ラルフの行動に、しょぼんとしたメレディスの声が聞こえた。
そんな声を出させたかった訳では無かったラルフは、頭をかきつつ体勢を戻す。
「謝らないで下さいよ。俺だって…」
「…え?」
涙の滲んだ瞳で見つめられ、ラルフの声が一瞬止まる。
「……俺、単なる子爵家の次男坊ですよ? 本当にいいんですか? 後悔しませんか?」
「……いいの?」
頑張って続けたラルフの言葉に、メレディスの顔は次第に嬉しそうにほころんでいく。
「そんな嬉しそうな顔されて、断れる訳ないじゃないか……。せっかく頑張ってたのに…」
「……何を頑張ってたの?」
顔を赤くして、髪をぐしゃぐしゃにかき回すラルフの言葉に、メレディスは問いかける。
「あんたに惚れない様にだよ! まあ、無理だったけどな!!」
「ラルフ!!」
どうにでもなれ、と言わんばかりにラルフはメレディスの目を見て言い切る。瞬間、メレディスの顔は今まで見た事も無い程の笑顔となった。
「本当にいいのか? メレディス。俺、剣を振るうしか能が無いぞ?」
「いいの! ラルフがいいの!!」
メレディスの手を取り、ラルフは問いかける。
何の躊躇も無く、メレディスはラルフが良いと言い切る。
「物好きだな、メレディスは」
「あんなに守って貰って、好きにならないなんて無理よ」
「これから先も、俺が守るから…」
「嬉しい…ありがとう、ラルフ。……好きよ」
握られた手を持ち上げ、ラルフの手に嬉しそうにメレディスは頬ずりをする。
「~~~っ! しかし、旦那様には何て言えばいいんだ…」
「大丈夫! しっかりやるわ!!」
一瞬見惚れたラルフは、どうにか正気に戻り、一つ嘆息する。
メレディスはやる気に満ち溢れ、片手は拳を握っている。
「いやいや、二人の事になるんだろ? 俺も同席する」
「本当に優しいわね、ラルフ。でも大丈夫よ。お父様と内緒の話もあるし、殿下との婚約破棄が正式に完了したら、改めて二人でお父様の所に行きましょう」
上機嫌で言うメレディスに、ほんの少しラルフは何かが引っかかった。
「というか、どこまでがメレディスの計算なんだろうな…?」
「さあ、よく分からないわ」
笑顔でとぼけるメレディスに、女性の計算は全て知らない方が良いのかもしれない、とラルフは思った。
▽蛇足
メレディスとスチュアート
すごく仲が良い訳ではないけれど、政略結婚と割り切った関係でした。
スチュアートがドリスと付き合う様になり、王族として、婚約者の居る者として目に余る行動が増えてくるにつれ、メレディスの情はどんどん目減りしていきました。ドリスが何か吹き込んで仲を裂こうとしているのも気付いていましたが、何もしませんでした(一応父には報告するも、何かあるのかも云々といわれたので喜んで放置)。
メレディスは何もせず、二人が落ちて行くのを心待ちにしていただけでした。もし婚約破棄を言い出す前に、スチュアートが我に返りドリスとの関係を切る様であれば、普通に受け入れる位の情は残っていたようです。
スチュアートと婚姻の場合は、ラルフの事は初恋の片思いとして胸にしまい、綺麗な思い出として持ってるつもりでした。
侯爵とメレディスの賭け
殿下が婚約の解消を求めてくるか否かと、解消された場合ラルフがメレディスを受け入れるかどうかの2点。解消後ラルフがメレディスとの未来を望まなかった場合は、ラルフを忘れる為しばらくは一人で領地に籠り、領地経営の手伝いをさせてもらう予定でした。
侯爵的には流石にそこまで馬鹿ではないと思っていた殿下に裏切られた気分。メレディスの完全勝利で良かったです。
▽その後
第二王子スチュアートと男爵令嬢ドリス
中立貴族のメレディスを公の場で、しかも先走りの冤罪で断罪した為、他の中立が王太子寄りとなる。第二王子陣営もガタガタに。
少し調べただけで、ドリスの狂言が暴かれ、王家と男爵家に対し慰謝料請求。男爵家はドリスを、余り評判は良くないがお金持ちで二回り上の貴族の後妻へ送り込み、結納金を慰謝料に充てる。しかしドリスのせいで下がった評判が上がる事も無く、緩やかに衰退、没落。
スチュアートは騎士団長の王弟に預けられ、通常の騎士見習いから再出発。根性を叩き直されます。王位継承権はとりあえず凍結、王太子に跡継ぎが出来て、無事育てば返上を促されるかも。
ラルフとメレディス
短い婚約期間を経て婚姻。婚姻と共に侯爵の持つ子爵位を賜り、子爵領で楽しく暮らしましたとさ。
第二王子とドリスにその後、どんな処分が下されたかについてはまるで気にしていない。というか興味が無い二人でした。