《第4話》パンドラは願う[アモレトット村]
「うー……。ここは、さっきの塔の中か?」
恭子が目覚めた場所は、辺り一面真っ白だった。
周りには誰もいない。近くにいたはずの青色の妖精も、見当たらない。
恭子は、深くいきを吸い込むと大きな声でその妖精の名を呼んだ。
「おーい! スカイ! どこいるんだー!?」
しかし、恭子の声が木霊するばかりで、返ってくる言葉は無かった。
「……ああ、こんだけ声出しても返事ねえか。どこいっちまったんだ、あいつ」
【――汝 その心の強さを示し給え――】
「あー、またこの声。……お? うわ、ちょっ!」
どこからか声がした瞬間、地揺れが起こり、恭子の目の前に階段が浮かび上がる。その階段は、神々しく白く光っていて、見えないくらいに高くそびえ立っていた。
「……登れって言うのか?」
恭子が、その階段へ足を踏み入れると、彼女の体が白く光りだす。
「ん、なんだ……? うわぁ!!」
恭子の体が、勝手に動き始め、その階段を滑るように上がっていく。彼女は、その不可解な現象に戸惑いを隠せず、思わずつむった。
【――汝の想いは希望を示す一筋の光か、絶望で全てを覆い尽くす闇か――】
再び声がすると、体が止まった。
目を開くと、真っ白な床と大きな白い扉がそびえ立つ空間を目の辺りにする。
「うう……。いったいなんだって、うっ……あ……」
そこは、ケガレや歪みを許さないと言わんばかりに輝いていた。
恭子は、目を細め、息を飲んだ。
次第に、その空間の中心に一つの白い立方体が現れる。
【――汝の意志を見せよ――】
「ん、なんだあの四角いのは。……箱? よく、見えないな」
恭子がその立方体に向けて足を踏み入れると、箱から白い輪が放たれる。
「? なに――」
恭子がその輪にぶつかると、突如として魂が抜けたように倒れ込む。
「……っ! だあ、ああ! はあ、はあッ。 なん、だ、さっきの、はあ!」
彼女は、両手を地面につけ、歯を食いしばり、足に踏ん張りをつけて立ち上がる。
彼女が、ふらついていると休む間もなく、再び箱から輪が放たれる。
「――ッ!! なん、だよ! これ!」
畳み掛ける様に、その脱力感が恭子を襲う。彼女はその脱力感からすぐに目覚め、再び歯を食いしばり、足を前に踏みだす。
すると、また一つ、また一つと、彼女が箱へ向けて足を踏み込む度にその光の輪が、立方体から放たれる。
「つぁ、くっそおお! うっ、ざいなこれぇ! いい加減にぃ、しろ、っつうのお!」
何度もその輪に当たっては襲ってくる脱力感に、恭子は困惑し腹を煮えかえらせながらも、立方体に手が届くくらいまで歩み寄ることができた。
「はあ、はあ、はあ……クソ。四角いだけのクセに! こんなもん、壊して……」
恭子は、勢いをつけてその立方体に手を伸ばす。瞬間、バチバチと箱から電撃のようなものが走る。その電撃が、彼女の手へ目掛けて飛んでくる。
「な、うわあッ!!!」
彼女の手のひらに、電撃が青白く光りながらバンッと音を立てて当たった。
「………つぅ。あ、あれ?」
その電撃は、彼女に危害を加えなかった。……しかし。
「何も、起こってない……? はあ、びっくりした。って! あ、あれ? また、箱から離れてないか?!」
さっきまで手に届くほどだった距離が、元の場所まで離れている。
白い立方体は、先程と打って変わりバチバチと電撃をまとっていた。
「は、なんだよ、それ……?」
そして再び、光の輪がその立方体から継続的にいくつも放たれる。
「ッ! お、おい! チッ、まじかよ! ……ああもう!」
再び、恭子は立方体へ向けて前に踏み込み歩き始めると、彼女の脳裏にふと浮かぶ。
今日出会った、スリースターズの姿があった。
彼女たちが、傷だらけのボロボロになった姿を。
それも、生々しく現実味のある光景が鮮明に浮かび上っていた。
「っ!? 何だ今の……。あ゛あ゛あ゛あ゛ッ、クッソオ! なんで、アタシは! こんな、こと、してんだ、よっ!!!」
恭子は苛立ちを糧に、再び白い箱へ踏み込む。光の輪を恐れず、己の力と意識が消される感覚をもろともせず、一歩、一歩、着実に踏み込んでいく。
「死にかけて、こっちに、来たら! 殺されかけて、よ! そしたら、なんだ。いきなり、戦いに、無理やり、巻き込まれて!」
光の輪がどんどん太くなっていく、彼女はその光を受ける度虚ろな目を細めて、歯を食いしばる。
「いま、意味、わかん、ねえ、ことやってて! もう何が、何だか、わか、んねえ、こと、ばかり、で! イヤに……な、る……っ! だ……け、ど、よっ!」
意識が朦朧になり、言葉が続かなくなっていた。それでも彼女は、歯を食いしばる。一歩踏み出し、その光の輪に打ち消されないように、己の心を保つ。
彼女には、譲れない願いがある。
(アタシは、この世界で絶対に生きて、生き、抜いて! この意味分かんねえ世界から、元の世界に帰るんだっ! けど、その前にさ……!)
恭子は再び、白い箱の間近に立つと、それに向けて手をのばす。あの電撃が、再び彼女の手を襲う。しかし、それは彼女の手に当たることなく避けていく。
そのとき、彼女の瞳と手が、光っていた。
揺るがないモノが、彼女の心にあるから。
「アタシ……は……。アイツラの……期待に……応え……たいんだ。これは……アイ、ツラが……言ってた、パンドラ……っ。そう、なん、だろ……? なら、アタシに! その力をっ!!!」
意識が薄れても尚突き動かされる自身の心によって、恭子の体が遂に箱の眼の前へと辿り着く。
式台にしがみつき、箱を見るや否や、彼女は白い箱に手を伸ばす
白い箱に、彼女の手が触れる。瞬間、箱が光を纏う。
光が、瞬く間に膨張していく。
その光が、彼女を飲み込み、ここらの空間を飲み込み、全てを光で塗りつぶしていく。
【――汝の力強い意志、純なる想いが示された――】
【――展開、IWを生成――】
【――意志を力に、揺るがなき想いを形に――】
光の中で、声が響き渡る。
その光の世界から、光の玉が一つ、落とされる。
その光は、淡々と光が注がれる、美しい部屋の中へ……。
【――唯一条に真直ぐに差し込む、光の如き意志よ。其の力を示し、世界の果てへ向かい、全てのクラヤミを照らせ――】
全てが光で覆われた世界で、何かが希望を願っていた。
□
恭子は、微睡みの中で意識を目覚めさせる。
(あれ、誰か、読んでいる)
「ーー、ーー! ーー!」
恭子は何かに、
「――! ――ですか?! キョウコさん!」
「……っ、ん、う、あ?」
彼女が目覚めたところは、赤、黄、黄緑、緑、青、紺、紫、白の八色のガラスで作られた絵が床に映された場所だった。
「うー……ん。ここ、は?」
「ここは、私達が目指してたアモレトット村の教会の中です。私が、あの光から目覚めたときには、何故か教会にいて、隣でキョウコさんがずっと寝ていたんですよ? 一体何が起こったのですか?」
恭子は上体を起こし、浮いている青色の妖精に視線を合わせる。
「えっと、白い塔の中入って、階段を登って、四角い箱があって……。多分それがスカイが言っていた、そのパンドラ? だと思うんだ。まあ、色々あって、それを手で触って……あれ?」
「えっと、何、言ってるんですか? そもそも、パンドラはこの教会の奥に……。はっ! パンドラの気配が、凄く近い! まさか?!」
「うーん、触ったあと、どこにいって、ん? あれ、手首になんかある……? うっ、マブっし……」
「っ!」
恭子は手首を光にかざす。光を受け入れるように、実物化していく。光そのものであるように、白色の光を放つ3つのリングが、彼女の手首にはあった。
「この魔力! パンドラで間違いありません! わあ……。“絶望と希望の両側面を象徴するもの”と伺っていましたが、想像していたものと、少し違いますね。こんな、透き通ったものだったなんて。とても、美しいです……」
「ああ、キレイ、だな」
煌めくリングに、恭子の目がキラキラと光っていく。
「それになんつーか、自分の胸が熱くなる」
「うーん……。それにしても突然現れた白い塔、教会の奥に封じ込められていたパンドラがその塔へ急に転移し、あなたの元へ……。不思議ですね。まるで、キョウコさん最初からそう導かれているような……」
「……まさか、そんなわけねえだろ?」
「わかりません……。けど、確実に言えるのは」
「ん?」
「このリング、あなたの心身と共鳴してるようです」
「……ああ、うん、かも」
しばらく二人が、手首のリングを眺めていると、教会の外が騒がしくなってきた。
「魔物だ!!! ブラックウルフの群れが襲撃してきている!!!」
「うわああああああああああ!!!」
「奴らと戦える奴はいないのか! 何やってんだ、お前は早く逃げろ!」
「いや、いやあああああああああああ!!!」
荒らげた叫び声と、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が建物越しに聞こえる。
「スリースターズはどこ!!! 彼女達は、いったいどこにいるの?!」
女性の声が、教会の入口から響いてきた。
「はっ! スリースターズのスカイがここにいます!」
「ああ! やっぱり! ここにいたのね! 助けて! ブラックウルフが……キャアアッ!?」
激しい爆風の音が聞こえると、三体のブラックウルフが風をまとって教会の中へ入ってきた。
「何だ何だ!?」
「っ! 《冷徹なる守護者:アイスガーディアン》召喚! 冷酷なる冷気に眠る守護者よ、今此処に目覚め、奴らを押しつぶせ!」
スカイは蒼色の鎧と赤色の目をした巨兵を巨大な魔方陣から瞬時に生み出すと、ブラックウルフの行動を、その巨兵の巨腕で抑え込む。
「恭子さん、私は村人を安全な場所へ避難させるので、その時間を稼いでください!」
「おい、囮になれってか!? いきなりそんな無茶……」
「《エンチャント・ウィンド》!」
「ッ!」
風が彼女の周りを漂い始めると、彼女の体が浮かび上がる。
「どうか、お願いします……! くっ、まさかこんなところに追手が来るなんて!」
「あ、ちょ! 素人に無茶とか、フザケんな!」
唸り声を上げながら、村人や恭子達を睨めつける黒い呀狼が次々と入ってくる。
「……ああもうクソっ!!!」
恭子は、その光景を見て両頬を手で叩き、足に力を込める。
地面に足を纏っていた風が吹き付ける。
「っ!」
彼女が風と共に駆け出すと、黒狼がわっと走り出していく。
青い彼女が出したその巨兵が、そこにいた何体かの黒狼を足止めしている様だ。
しかし、全て抑えられていないようで、十数体ものの黒狼が、駆け巡っている。
それだけではない、教会の入口から更に増援が来ている。
「はあ!? おいおい、一体何体いんだよ! てゆーか! 戦ったことねえアタシに、こんなやつらから逃げ切れるわけが……ん?」
恭子の手首のリングが光っている。
「な、なんだ……? っ!」
その輝きに、恭子の心臓が動かされる。
ドクン、ドクン、ドクン……!
鼓動が、体中に響く。 感じたことのない力が、身体を満たしていく。
彼女の目が、キラキラと煌めく。手首のリングの光と共に、その瞳が黄金色となり、輝きを増していく。
次第に、彼女の手に光が集まっていく。
『――今、その心の力を放つ時。汝の心で、堕ちた者を討て――』
恭子の頭に、そう誰かが呟く。
気がつくと、四体の黒い呀狼が、彼女に向かって風を纏って突進してくる。
「……堕ちた者を討て、ねえ」
脳裏に刻まれた言葉をふと呟くと、彼女は拳を作り視野を広げる。
彼女の瞳の光が、視界に映る敵を捉えるように走る。
集まった光が、玉の形になり彼女の掌の上に浮き上がる。
四体の黒い餓狼の体が、薄っすらと光っている。
「へっ、やってやろうじゃん!」
彼女は足を止め、彼女の体からどんどん集まり、輝きが強まっていく光の玉を、握りしめる。
「さあ、来やがれッ! まとめてぶっ飛ばしてやる!」
彼女は、勇ましく声を上げ、黒い餓狼に立ち向かう。
異なる世界に彷徨った、光を放つ少女。
黒澤恭子の果てへと目指す、その初陣が始まる。