《第3話》彼女たちの希望[スターダスト平原]
□
「はあ、はあ、はあッ。なあ、どうして急いでるんだ!?」
地響きが伝わり反響している洞窟の中を、二人は急いで駆ける。
「さっきの地震、あれは魔物の軍勢が汚れた力で次元を歪めたからなんです!」
「はあッ、はあッ、魔物の軍?! なんで、そんなのが?」
「原因は不明です。けど分かるのは、その軍勢が、スターダスト平原の聖なる力をを喰らい尽くし、魔力の磁場を崩壊させ、やがてそこは暗黒世界へと変わり果てることです!」
「は、はあ!? それ、マズいんじゃねえの!?」
「それを食い止めるために、プラーマが、彼女が一人で押し寄せてくる軍勢を相手にするつもりなんです!」
「はあ、はあ、え、ヤバくね!? それ!」
スカイは唇を少し噛み、まぶたを強く閉じ、そして、ゆっくりと口を開いた。
「……実は、スリースターズで過去にその軍を相手にしたことがあります。しかし、私達では、逃げる以外どうにも出来ませんでした。だから、彼女だけでは絶対に太刀打ちできません! 仮にライムが来ても、きっと……」
「なら、アタシらが逃げている場合じゃ」
「貴方には、戦う力がないでしょう。それに言いましたよね? 私達3人では、相手にならなかったのです」
「じゃあ、どうするんだよ!」
「ですから、あなたに頼みたいことがあります。あなたに、禁忌の秘宝を身に付けて、私達と共にその軍勢と戦って欲しいのです」
「はあっ、はあっ、キンキの秘宝!?」
「身に付けたら、最後。心臓を闇で蝕まれ、瞬く間に死に至る呪われた術が込められている武具。その名は、“パンドラ”。その一つの腕輪がこその先にある村の地下にあります」
「パンドラって、なんだよそれ!? はあ、待てよ! はあ、はあ、はあッ。それって、着けたら死ぬってことじゃねえか! はあ、一体何のつもりだよ!? おい、聞いてんのかよ!」
足を止めた恭子は、眉間にシワを寄せ、声を荒げてスカイに問いただす。
スカイは、恭子に背を向けたまま止まった。
「……しかし、それはある者に限りその呪われた術を弾き、身につけることができると言われています。穢れをはじく、素直で真っ直ぐな光の心を持つ者と、全てを暗黒に染める、憎悪深き闇の心を持つ者です」
「うーん……?」
恭子は、ぽかんとした顔で唸り声をあげる。
スカイは振り返ると、恭子に近づき、彼女の額に両手をかざす。
「そしてキョウコさん、貴女から今まで見たことの無いオーラを放つ力を感じたのです」
「え、だってアタシから感じた力って、魔物のとかっていってなかったか?」
「いいえ、違います」
スカイが恭子の体に手をかざすと、少しずつ白い光が溢れ出した。
「うわ! なんだこれ!」
「貴女から感じるものは、私達が数百年生きてきた中で一度も感じたことのないものなんです。魔術師による魔力でも、魔物から感じる邪悪な力でもないのです。最初は、貴女を新手の魔物かと思いました。けれど、キョウコさんはきっとーー」
二回目の地響きが、洞窟に響いた。
「クソッ、今度はなんだ!?」
「ッ、しまった! 時間がありません、早く行きましょう!」
「あ、お、おう!」
二人は再び、走り出した。
しばらく走ると、霧のようなものが漂う。先に光が見えるが、一向にたどり着く気配がない。
恭子は不安を抱きながら走る。
「はあっ、はあっ、はあっ! なんか、はあっ。この洞窟、走っても走っても、前に進んだ気がしねえな! はあ、アモレトット村ってとこまで、あとどれくらいなんだよ!」
「おかしいですね、そろそろ出口が出てきてもいいのですが。――ッ! この魔力は! 《ブルーウォール》!」
スカイは、急降下して地面におり手を置くと、速攻で1尺分程の厚みのある氷の壁を作った。
「スカイ、何してるんだ!?」
次の瞬間、フィンガークラップの音が洞窟の中で響く。瞬く間に氷の壁は粉々に砕かれ、強烈な風圧がその氷の塊を飛ばしてくる。
「うわ、!?」
「いけないっ! っ! グゥッ!」
氷のでスカイは吹き飛ばされる。
恭子はその飛ぶ姿をみて、とっさに両手を伸ばして彼女を捕まえる。
「おい大丈夫か?!」
「くう……。こんなの、あり得ません。凍てつく城壁、《ブルーウォール》を、こんな、いともたやすく一瞬で壊すなんて……」
「ククク……アハハハハ!」
「あ? 誰!? キショい笑い方してんのは!」
崩れた氷壁から姿を表したのは、白いローブを身にまとい、フードを被り、歪んだ笑う顔が象られた仮面を身に着けている赤髪の男だった。
「成程、君がその彷徨いの人間か……。んー、流石だね。立派なものを持っているようだ、クフフ……」
「ああ!? 何言ってるかわかんねえし、なんだその仮面、ダセエし気持ち悪いな! 一体何なんだテメエは!」
「僕は、一体何か? “タダの観客”だよ。黒澤恭子さん?」
「は? 何で、私の名前を……?!」
「タダの観客にしては、まとっている魔力が桁違いなのですが!? 《クルエルスパイク》!」
スカイは、槍を構え、その矛先から彼の仮面へ小さな氷をぶつけると、彼の腕の長さほどの大きな氷の棘を自身の周りに数本生み出し、目にも留まらぬ速さで突進する。
「はあああ!!」
「な、速っ!」
「はあ、今大事な話をしているのに、鬱陶しい妖精だ。一回、眠りなよ」
仮面の男が右手をあげ、振りかざす。すると、スカイは何かの力で、漂わせた氷と共に地面へ叩きつけられた。
「ッ!? ガハッ! 一体、あなたはッ! あ……」
彼女の周りから黒いモヤが立つと、彼女はそのまま地面に倒れ込んだ。
「スカイッ!! おいスカイ、しっかりしろ!」
恭子は倒れたスカイの近くへ寄り、彼女を強く揺さぶったが、彼女は深い眠りについたかのようにぐったりしていた。
「魔力が桁違い、ね。まあそうだろうね、君等妖精三人組にナニをされても、傷を負わないくらいには。まあ、そもそも触れることも敵わないだろうね」
「テメエ、一体何を!」
「何って、ただ“叩き落とした”だけじゃないか。まあ、ついでに眠ってもらったんだよ」
「チッ」
恭子は歯を食いしばりながら、仮面の男を睨む。男は、嘲笑しながら仮面を左手で覆う。
「まあまあ、そんな目をしないでよ。君は、武器も魔力も能力も何も持っていない、生身の人間だろう? 妖精以下でしかない今の君が、僕に殺意を向けたところで、僕を傷つけることも、触れることもできないんだよ? それに、僕は単に君に用があるんだ」
「……用? 一体何が目的だ! というか、アタシのことを知ってたみたいだな。何なんだお前は」
「何度も言わせるなよ、観察しに来ただけさ。僕は、君がこちらに来る前から知っている。前の世界、西暦2001年7月2日まで、日本の亜桜って所に住んでいた。過去の君の事も知っている」
「え、どうして知ってんだ? そんなこと……」
「ククク、マスターから聞いたのさ、君がこの世界に訪れ、運命を変える大切な人物だってね」
「マスターって……誰なんだよ?」
「そして、彼女に頼まれたのさ。黒澤恭子の力を見てこいってね」
「なんだよ、アタシの力って。その力は、私が元の世界に帰るのに必要だったりするのか?」
「それは、これから分かる事さ」
仮面の男は、右手の指をパチンと鳴らすと、スカイの体に青い光が降り注いだ。
「ッ! うぅ……」
「おはよう、妖精」
「な、これは……。《天使治癒術・フレッシュオール》……ですか。貴方のような魔物がどうして上級聖魔法を。それも魔力を高める詠唱もなく」
「魔物とはひどいなー、奴らと僕を一緒にしないで欲しいね。それに、僕の魔力ならできなくもないでしょ?」
「っ! キョウコさんに何をしたんですか?!」
「別に? 僕は、正真正銘の“ただの観客”だって伝えただけさ。さて、黒澤恭子。君の心に秘めた力が、パンドラにどう影響を与え、この世界を変え、君の元いた世界の運命を動かしていくのか、僕らに見せてくれ!」
「またパンドラ……。心に秘めた力がこの世界、アタシの世界の運命を変える……? てめえの言ってる事、何から何まで全っ然わかんねえ!」
「言っただろう、これから分かることさ。君の身体と知恵と心で、その力を駆使して、この世界の命運をその手で示すんだ。では、また会えたら会おう。今度は、僕のマスターと共にね」
「あ、ちょ! 待て! まだこっちは聞きてえ事が!」
恭子は、仮面の男をにらみつけ、飛びつこうとしたが、避けられる。彼は掌から黒い煙幕を生み出した。仮面の男は、その黒い煙を身にまとうと、陰もろともその煙の中へと消えていった。
「うわっ! ……消えた。あー、クッソムカつくな、言うだけ言いやがってよ! ぜってえ帰る方法知ってんじゃねえのアイツ。くう……そう思うとマジムカつくな!」
恭子は、舌打ちをしてため息をすると立ち上がった。
しばらくすると煙が消え、光が差し込んだ。
「うっ、眩し……。なんだ?」
「これは、洞窟の出口ですよ……!」
「なんだ、いつの間にか着いてたんだな!」
「はい、急ぎましょう!」
「あ、お、おう!」
二人は、慌てて光が差し込む方へと入る。
「うわっ、目が開けねぇ!!」
二人が洞窟の出口から飛び出すと、目の前に扉の見当たらない大きな白い塔がそびえ立っていた。
「え、なんだこれ、どういうこと?! 洞窟を抜けたら村に出るって言ってなかったか? ッ!」
【――汝 その意志 その心 その力が向く先にあるモノを示し給え――】
「あ……行かなきゃ」
恭子の頭の中で、女性の声が聞こえた。
「そのはずなのですが……あっちょっと!」
その白い塔に吸い込まれるように、恭子は走り出す。
「何かよく分かんねーけど、このなかに入らなきゃならない感じがしてさ!」
「え!? パンドラはここじゃないですよ!?」
「いや、多分こん中じゃね?」
「ええ!? そもそも、この塔に扉ないですよ! ああ! 待ってください!」
二人は白い塔の前に立つと、光に包み込まれ、ふっと音も立てずに消えていった。
□