《第2話》彷徨った世界で出会った脅威[スターダスト平原]
歩く度に光がキラキラと弾ける草原を、恭子は赤色の妖精プラーマと青色の妖精スカイの後を追うように進みながら、目的地のアモレトット村へ向かっていた。
「そういえばプラーマ達ってさ、この場所とあの木を守ってるようだけど、どうしてなんだ?」
ふと疑問を抱いた恭子は、プラーマに向かってそう聞く。
「我々が、このスターダスト平原とウルトラコットンを守っている理由か?」
「ああ、少し気になってさ」
「簡単に言えば、我々フェアリーの存在意義が、母なる大地の自然を守ることだからだ」
プラーマはくるっと振り返り、羽を羽ばたかせてながらそう答えた。
「母なる大地って、なんだ?」
「私達が住む、この世界全てのことですよ。ちなみに、母なる大地に生まれた生物全ては、種族個体各々にその中で生きる者としての使命、つまり存在意義を示されます」
「え、なんだそれ。自分等の人生世界に決められてんのかよ」
「決められているといいますか、そのようにして生きなければ、心は闇に落ちる、なんて言われてます。その使命の一環として、フェアリーは自然を守ることになっているんです。そして、私達スリースターズは、“世界の声を聞く事ができる者”の一人、精霊王にここを守るよう命じられました」
「チッ」
プラーマが、精霊王という言葉を聞くや否や舌打ちをする様子を見て、恭子は苦笑した。
「まあ、我々はそういった訳で毎日こうやって見回りを行い、コットンツリーとスターダスト平原を守っている」
「ふーん?」
「しかし、最近“魔物”の出現の頻度が多くなっていて、ちょっとピリピリしていました。無意味にキョウコさんへ敵意を向けてしまったこと、本当に申し訳ありません」
「私も反省をしている。焦ったがゆえに魔法を人間に向けたのだからな。このとおりだ」
深々と頭を下げるスカイとプラーマを見て、恭子は右手で短い髪をワシャワシャとかきながら、左手を振る。
「あーお二人さん、そんな気にしてねえからいいって!」
「だが疑いの心は未だある、怪しい動きを見せたら容赦しない」
「ちょ!? 相変わらずアンタは敵意むき出しなのな!」
「プラーマ、貴女はいつも冗談が洒落にならないのですよ」
「クックッ、まあ安心しろ。本物の魔物が出たら護ってやる」
「つか、マモノマモノって言ってるけど、そいつは一体どういう奴なんだ? やべえのか?
「ああ、魔物というのは……」
プラーマが恭子の質問に応えていると、遠くでバチバチと音が聞こえた。
「ん? 何の音だ?」
「なッ!! まずいっ!」
「これは! キョウコさん! くっ、ごめんなさいっ! 《ムーヴ》!」
「ウワッ?!」
スカイが、自身の右人差し指を青く光らせ、恭子の足に向けてその指を向ける。瞬時にスカイは、その指を大きく振り、恭子の足を滑らせ、彼女を仰向けに転ばせた。
「いったあ、てめえいきなりなにしやが……うわあっ?!」
転んだ彼女の上を、白い玉が目に見えぬ速度で通過し、地面に着弾すると、眩い光を放って爆発した。その爆風で草葉は飛び散り、辺りの地面は玉が産み出した火花で燃えていた。
「あー、そういうこと。えっとその、助かった。サンキューな」
「キョウコ、後ろを見てくれ」
「後ろ? ……ん? あの犬っぽいのは?」
恭子が上体を起こして振り返ると、そこに一体真っ黒な狼がいた。
「あいつが、私達がいっていたその“魔物”だ。にしても、どこから来たんだ!? クソ、何故察知出来なかったんだ!」
「アイツが、魔物」
「“魔獣ブラックウルフ”、奴は聖なる力を嗅ぎ付け、その力を食らおうとする者なのです」
「せいなるちから、なんだそれ?」
ブラックウルフは、体勢を低くし唸り始めるとと辺りに荒々しい風が生まれた。
「なっ! あれは上位個体なのか……」
「じょういこたいって……?」
「説明はあとだ。クソ、奴に目をつけられたら、逃げることは出来ない。それに、このまま放っておく訳にもいかん。すう、やるしかない。皆、急いで退いてくれ」
プラーマは、すーっと深呼吸すると開いた手を握りしめ、拳に炎を点す。
ブラックウルフは、キョウコを睨み付け、吠えると同時に緑色をした何かを彼女にぶつけた。
「うっ! なんだ? さっきの」
瞬間、ブラックウルフは体に風をまとう。その風が、地面に生えた黒い草を切り裂くほどになると、ブラックウルフは地面を蹴り出し、物凄い勢いで突っ込んでくる。
「ちょちょ、アタシ!?」
瞬きする間に一瞬で恭子の目の前まで奴は来た。
「いまだ、《フレイム》!」
プラーマは見開き、瞳から火の粉を生み、ブラックウルフに向って直線に走らせる。その火の粉があたった瞬間体を炎で覆い、突進してくるブラックウルフに向かって体当たりした。
「うわっ!」
魔法のぶつかり合いで火花が散る。プラーマがまとう炎の壁が、ブラックウルフの突進を抑えていた。
「す、凄えことになってんな」
「ボーッと見てる場合ではありません! 離れて! 《ムーヴ》」
「うわわちょっ!」
恭子は、スカイの魔法で体を引っ張られ、その場を離れる。
その様子を確認したプラーマは、再び息を吸い炎の勢い強めた。そして、彼女は右手を後ろに構え、まぶたを閉じ、右手に拳を作る。再び、彼女は右手に炎をまとうと、まぶたを開いた。
「はあ……《炎拳:バレット》!」
プラーマは再び叫び、炎の壁に対して正拳突きをぶつける。
瞬間、ブラックウルフはまとった風を彼女の拳から放たれた魔力で消し飛ばされ、炎の玉の嵐に体を焼かれながら後方に激しく吹っ飛ばされた。
「な、なんだあれ! あんなちっこい体に、どんな力があるんだ……」
走りながらも、驚きを隠せない恭子に、スカイはフフッと笑った。
「彼女は、フェアリー随一の術式格闘家であり、火属性魔法の達人なんですよ。彼女の魔力が込められた武術から繰り出される渾身の一撃は、ドラゴンですら、体が仰け反る程の威力を持っているんです」
「うわ、この世界にドラコンいんの!? つかそいつを仰け反らせるって、フツーにヤベーな!」
「とにかく、この事態をライムに」
スカイは、青色の光を右手に宿して、その光を上に掲げると、光は空へ飛んでいき、花火のように弾けた。
「これ、あの石になったやつに見えるのか?」
「フェアリーは、いかなる時もこの光が持つ魔力を察することができるのです。さあ、ライムと合流しましょう!」
ライムのいる所へ二人が向かおうとした時、スカイの長い耳の左側が紅く光る。
「っ!」
「なんだ!? おい、その耳大丈夫か?」
{おいスカイ聞こえるか?!}
「プラーマ、どうしたのですか?」
「ん? 赤髪のやつの声が聞こえるぞ」
彼女の赤く光った耳から、プラーマの焦りが混じった声が聞こえた。
{今、ライムに向けて光を放したな?!}
「ええ、そうですが……」
{あのバカに連絡したなら、合流するのは後でいい! 急いでアモレトットに向かって、キョウコに例のモノを着けてもらえ!}
「っ! どうしていきなり?! それはだめです! 貴女の身があぶないですよ! それに、あの禁忌の逸物をいきなりつけて不適正だった場合は、彼女の体は保ちませんよ!?」
「お、おい。二人でどんな話してんだ?」
{それに、賭けるしかないんだ! このウルフ、もしかしたら“あの時”のやつだ……。とてつもなく、最悪な事態になるかもしれん。私達だけでは、どうにもならない! けど、キョウコが持っている異質な力が、伝説のだったとしたら……。頼む、彼女の力に賭けてくれ!}
プラーマの炎によって負傷したブラックウルフが、黒い煙を口から出すと地面が揺れるほどの大きな遠吠えをした。
静まった空間に流れる風が、プラーマの不安を煽るように流れる。
(まさか……本当にこれは)
プラーマは、息を呑む。
ブラックウルフの体は、ぼろぼろと崩れ、灰になった次の瞬間――。
{「「うわあ!!」」}
地震のような揺れが、彼女達を襲う。地面の所々に亀裂が走っていく。
「なんてこと! プラーマ!」
{チッ、なんで今なんだ!}
「チョーデケえ地震!? 立ってられねぇな! おい、これはなんなんだ?!」
{クソ、時間がない! 早くいくんだ! 私が、ここを身を持って抑えてみせる! 安心しろ、ライムが後から来るんだろう? それより、早くパンドラをキョウコに!}
スカイの耳に宿っていた光が、徐々に消えていくと彼女は表情を暗くして俯いた。
「おい、スカイ? プラーマと何を?」
「プラーマ……。くっ! キョウコさん、あそこの岩山に向かいましょう!」
スカイは、唇をかみしめると再び顔をあげ、地平線からとびでている岩山へ向けて指した。
「アモレトット村は、その岩山にある洞窟を抜けた先にあります! 《エンチャント・アクセル》! 足が速くなる魔法です。さあ、急いで私について来てください!」
「あ、おいちょっと、なんだその速さ! くそ、仕方ねえ!」
スカイが物凄い速さ洞窟へ向かって飛んでいくのを、恭子はがむしゃらに追いかけた。
「待てって! アタシにまずこれの走り方を教えてくれよ!!!」