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果てに咲く花 〜彷徨える輝少女の英雄譚〜  作者: 旭ノ景
第一章:パンドラに選ばれし輝く少女
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《第1話》パラレルワールドに“彷徨った”田舎娘。〔スターダスト平原〕

「はぁ、はぁ、はぁっ。 あぁ、もう! なんで、急に降ってくるんだよっ!」

 

 紅い木葉が、道を覆い尽くしていたある日のことだった。冷たい雨が激しく降り注ぐ中、一人の少女が、短い茶髪を濡らしながら、傘を差さずにスクバを頭の上に乗っけて、全力で走っていた。


 少女の名前は、黒澤恭子(くろさわきょうこ)。山奥に住むドの付く田舎娘だ。


 この日の朝、彼女は母親と進路のことで喧嘩をした。傘を持っていきなさい、と言われたが聞く耳を持たずに学校へ登校し、部活を終えたその帰りだった。


 母さんの言うこと、聞けばよかった。今更そんな後悔をしながら、恭子は強く打ち付ける雨を全身に受けつつ、登り坂の山道を強く蹴りながら前へ前へと進んでいると、前からゆっくりと軽トラが下ってきた。

 

「お、良く見たら恭子じゃねえかよ」


「あ、優介の親父さん!」


 雨の中、偶然出会ったのは綾辻優介(あやつじゆうすけ)の父、雅夫(まさお)だった。綾辻家と黒澤家は昔から仲が良く、お互い家族のようだった。


「農作業っすか?」


「おう、土砂降りする予感がしてな。まあ何とかなったわ」


「はー、お一人でご苦労さんですわ。優介も手伝えばいいのにね」


「けっ、アイツはずっと機械とにらめっこしてて来ようともしねえからな。……ところでお前、傘どうしたんだよ。下着透けてんぞ」


「うわ! スケベオヤジ! しっ!! ……まあ、母さんと朝喧嘩してたら忘れちゃって」


「馬鹿じゃねえか? まあいい、俺の車に乗れや」


 雅夫は、軽トラを恭子のいる道のすみに寄せて止めた。


「えー、親父さんの車タバコ臭えから嫌だよ!」


「チッ。このアマ、つべこべ言ってる場合かよ。早く帰んねえと、また氷夜(ひよ)に叱られんぞ。乗れって!」


「嫌なもんは嫌だ!」


「かー! 言うこと聞けねえ馬鹿だな! ったく、しゃーねえなあ。そんならこれ持ってけよ」


「あ、カッパ。ありがと!」


「返さなくていいからな、それ。使ったら捨ててくれ」


「了解!」


「んじゃ、気をつけて帰りな。 焦って転んで崖行くんじゃねえぞー!」


 雅夫はそういうと、車を走らせ、さっさと下へ下っていった。


「母さん、ホントあの親父さんとどう仲良くなったんだ? まあいいや、早く帰んならきゃな。……うわ、くっせぇ!! タバコ臭ぇ! あーあ、これなら乗せてって貰えればよかったな畜生。いいや、もうヤケだ!」


 恭子は舌打ちをしながらカッパを身に着けると、再び走り始めた。


「中々、カッパのせいで思ったように足が動かねぇなっ」

 

 辺りは既に暗く、山道に少しだけある街灯が点き始めた。雨脚は、更に恐ろしい程強くなっていた。


 まあなんとかなる、と不安を拭いながら全力で駆ける。


 その不安が、命取りになった。


「くそっ、疲れてるのか? なんだか、足が滑るっ……ちょ、え?! うわあっ!」

 

 恭子は、地面に水浸しになりながら敷き詰まっていた落ち葉に足を持っていかれ、体制を崩し、ガードレールのない道路から道端の坂へ転がり落ちてしまった。


 その坂は、斜度三十度以上の坂だった。


 何とか止まろうと、恭子は手や足をを突き立てるようにしたが、雨のせいで足は上手く立たず、手の指の皮が剥けるだけだった。

 

「うわえっ、ちょっと! 止まれ、止まれよ……! チク、ショ……あ」


 速度を抑えることはできず、ついに恭子は坂から放り出された。


 坂の先は崖だった。


 恭子は、自身が真っ逆さまに落ちていくことを覚えると、知らない風景が脳裏に浮かぶ。


 なびく光が交差する花畑が広がった世界


(変な走馬灯? 死んだかな、これ――)


 彼女は、底が見えない真っ暗な崖の下を見るや否や、全てを諦めて目を瞑った。



「あぅ! ……くう、いったあ」


 恭子は、目を開くと見たこともないモコモコとした葉っぱが、ふわふわと舞っている光景を目の当たりにした。


「うーん、スッゲ。あれ、頭から、いった、よな? んー、よく、分かんねえけど、助かった、のか?」


 落ちた先には、柔らかい落ち葉が沢山溜まっていた。それがクッションとなったお陰で、幸いにも彼女の体は潰れずに済んだ。

 

「よい、しょっと。痛っ、指が……つか身体がどこもかしこも痛え。あぁ、チッ。マジでついてねえ、クソ冷てえし。うわ……、ぐっしょぐしょ。シャツ、泥だらけでビリビリじゃん。はぁ、サイアク。カッパの意味ねぇわ」


 彼女は、隣にあった巨木に寄りかかりながら立って、ボロボロになったカッパを脱ぎ捨てた。そして、体中についた葉っぱや泥を手で払いながら、周囲を見渡す。


「バッグはどこだ? ……おお! こんなところに」


 恭子は、落ちていたスクバを拾い上げ、中身を確認する。


「ヤバ、ガラケー割れてないんだけど! おお! 電源もついたし、チョーラッキー! ……ん? あ、あれ?」


 恭子はふと、強い違和感を覚えた。辺りを見渡すと雨と風で荒れていた景色が、いつの間にか晴れて穏やかになっていた。


「マジか、雨止んでるわ。……ん? というか、道こんな草だらけだったっけ。え、何だこれ?」


 それだけではない。足下を見ると、濡れた落ち葉が埋め尽くしていたはずの道が、いつの間にか真っ黒な草原に変わっていたのだった。恭子は、確認のため再度携帯を開いた。その左上には、圏外と表示されていた。


「圏外……。うーん、こんな所見たことないし。おかしいな、ここ何処だ? まさか、本当に死んでるとか? ってことはここって、あの世ってやつ? それはないか、あは、あっははは!」


 恭子は気を動転させ笑いながら、後ろを振り返った。


 瞬間、風がなびき、日の光を受けた草葉が、艶やかさを持った淡い色をした赤、黄、青の三色を生み、波打っている。

 その生みだされた色は、隣の草葉と幾重となく混ざり合って、様々な形でキラキラと輝きを放ち、まるで万華鏡を覗き込んだように色が交差し、美しくきらめいていた。


「は? あ、ええっ! この黒い草、光ってんのか!? スゲエ、メッチャ綺麗……」


「ん? 何者だ、そこの人間!」


 恭子が、その光景に見とれていると、空から赤色の妖精と青色の妖精が物凄い勢いで彼女の元へ飛んで来た。


「うわあ! なんだなんだ!?」


「見たこともない服装をした人間族ですね。あなたは何者ですか? 私達、妖精兵スリースターズが守るこのスターダスト草原に、許可もなく魔法を使って足を踏み入れるとは、いい度胸ですね!」


「妖精、なのか。へぇ……! 待て待て、今日本語喋ってなかったか!? あんたらは一体……」


「ちょっと! 二人とも急いでなにさ! ……おや?」


 三人が騒いでいる所に、遅れて緑色の妖精が、急いで飛んできた。


「なんだ? 私達が日本語を喋っているのがおかしいか? そういう貴様も、何故日本語を喋れる!」


「日本語を喋っているのに、この場所を知らないなんて……。しかし、何故あなたから“怪しい”魔力を感じとれるのですかね?!」


 赤色の妖精は右の拳に火をまとい、青色の妖精は槍先を蒼く光らせ構えた。


「え?! お、おい! なんで!? そんなヤバそうなモン、こっちに向けんなって!!」


「ちょちょ二人共!! ちょっと落ち着いて!」


 武器を構える赤色の妖精と青色の妖精の前に緑色の妖精が立ち塞がり、慌てて手を広げて透明な壁を形成した。


「何をしている!」


「退きなさい!」


「いや、まずは落ち着こうよ!! こんなボロボロな人間が、何か悪さなんてできるのかい?!」


「え? な、仲間割れか?!」


「「うるさい!」です!」


「うわこっわ!」


「ごめんよ! 二人は警戒心が強いだけで、本当はとても優しいんだよ!」


「そうなのか?! こんなピリピリメラメラしながら槍や炎を人に向ける奴らが、全然優しいと思えねえけど!」


 あはは、と緑色の妖精が苦笑を浮かべた後、咳払いをして二人の妖精がいる方へ目線を戻す。


「二人共! とにかく、この人の事情を聞いてみないかい? 大丈夫だって、相手は本当にただの人間だよ! 魔力も魔物のヤツとは違うし!」


 二人の妖精は、緑色の妖精の言葉を聞くと少し考えた様子で頷き、武器を下ろした。


「なるほど。確かに、そのまとっている未知の魔力も落ち着いて調査しなければ、分かるものも分かりませんね」


「ふむ、確かにな」


「あ、はは……はあ。えっと、うん。助かった。あんがと、緑の妖精さん」


 ほっと、恭子は胸をなでおろしながら緑色の妖精に礼を言うと、彼女は苦笑を浮かべて「びっくりさせてごめん」と言った。

 瞬間、彼女の体から、傷の痛みが再発する。


「うぅ……、なんだこれ。いっ……」


「あわわ、それにしても傷が多いね……。そうだ! ここは僕らが信用してもらうためにっ。深緑の風よ! 数多の傷を癒せ! 《ウルトラヒール》!」」


「ん……? なんだ、これ……」


 緑色の妖精が、人差し指を恭子にむける。すると、緑色の光が妖精の小さな指からうまれ、恭子の体に向かって飛んでいく。


 光がぶつかった瞬間、彼女の体は緑色の光りに包まれる。すると、彼女の指先や体の所々にできた抉れたような擦り傷に、体を包んでいた光が集まり、まばゆく光りはじめる。


 次第に光が吹き付けてきた風と共に消えていくと、傷があったところが嘘のように消え、文字通り元通りになっていた。


「なんだこれ、傷口が、え!? アタシの、結構エグい傷だったよな!? お、おお!? 身体のだるさとか、痛かったのも、全部消えたぞ!」


「どお? すごいでしょ、ボクの上位簡易治癒魔法ウルトラヒール! 擦り傷に切り傷はもちろん、筋肉負傷、靭帯断裂、火傷、粉砕骨折、複雑骨折、臓器損傷。どんな大怪我でも、死んでいなければこの指を一振りするだけで、外傷なら何だって治すことができるのさ!」


「凄え……凄えよ! そんなのありなのかよ!」


「……まあそれだけ、怪我しやすい世界だからね。こういう魔法は極めていようって、僕がそう心得ているのさ。僕は、目の前にいる良き人を絶対に死なせたくないから」


 緑色の妖精の真っ直ぐ見つめる碧色の瞳に、恭子は何かを感じた。


「そう、なんだな」


「おい、貴様がここに来た経緯を教えろ。うちの治療担当が、貴様の大怪我を治してくれたんだ、答える義務はあるだろう?」


 赤色の妖精が、恭子に向かって指しながら問いただしてきた。短髪の毛をワシャワシャしながら、恭子は唸った。


「いきなり聞かれても、アタシだって分かんねえんだ。ただ、家帰るためにがむしゃらに雨の中走ってたら、転んじまってさ。そしたらさ、ヤバイ速さで坂滑って、崖から落ちたらいつの間にかここにって感じだし」


「何、崖から? ここら辺には崖なんて無いぞ」


「あれ、だって落ちたのあのでけぇ木の近く……あれ? マジでないじゃん! まあ、いいや。そんで、落ちたのは、でけぇ木の下のあの葉っぱの溜まったところだ。つかあれなんだ? あの木の葉っぱがあったら助かったんだよ」


「ん? ああ、ウルトラコットンか。あれはな、いかなる衝撃も包み込んで吸収する葉っぱが生えてくる、大八魔法大樹(エイトコアツリー)のひとつだ。その葉っぱは、破れもしない頑丈な上に柔らかい素材で、今の時期になると軽装の防具用に収穫するんだ。それにスターダスト平原は、あの魔樹が持つ魔力のお陰でこの星草の美しさが成り立っている」


「へぇ、えいとこあつりーってのはわからねえけど。凄えんだな、あのデカイ木」


「それにしても、まさかあの木に助けられるとは、貴様は運が良かったな。どうやら、スターダスト平原が貴様を歓迎してるようだ」


「ん、そうなのか? アハハ、なんだか嬉しいな!」


「んー、魔力の歪はあの木からかも感じ取れる……。貴様、やはり魔物ではないか?」


「あー! だ・か・ら! 魔物じゃねえし!」


 赤色の妖精は、恭子の癇癪を起こす様子をみてくつくつと笑った。そんな中、青い妖精は真剣に考えていた。


「ここに存在しない場所からここへ……? となると、もしや貴方は“明ノ世界(めいのせかい)”の住民なのですか? そして、そこから“彷徨った”ということですか?」


「え、なんて? “めいのせかい”? “さまよった”って? んー、よく分からねえけどさ。アタシはこの場所があるなんて知ったの初めてだし、今起こってること自体、全然分かんないんだけど?」


「なるほどねー。つまり君、“彷徨った”のは初めてなんだね」


「だから、“さまよった”って一体何なんだよ!?」


「あ、それは分からないよね。ここは、キミ達からしたら未知の世界、同じ時間と空間を共有しないもう一つの世界。()()()()()()()()沢山重なった世界、パラレルワールドなんだ」


「パラレル、ワールド?」


「そう、ここはキミにとってのパラレルワールド。ボクらが生きているこの世界は、元々一つだったらしいんだけど、大昔にある拍子で時空間がいくつかに分断されてしまったんだ」


「世界の時空が、分断?」


「うん。そしてその後、できた世界同士は交わらないように時空間が平行線になって、それぞれ一つ一つの世界として、今は成り立っているんだ。でも、突然時空間が何らかの原因で歪んで、君のように違う世界からシフトしてしまうんだ。この現象のことを“彷徨った”っていうんだ」


「んー、なるほどな。つまりえっと、パラレルシフト? 的なやつを“彷徨った”って言うんだな。つか、そんな作り話っぽいことを、やけに本当にあったかのように言うな」


「いやいや。今、起こってるじゃん。君、彷徨ってるじゃん。まあボクらも“彷徨い人”を見るの始めてでさ。基本は、来るの魔物なんだけど」


「ええ、魔物? いや……でもやっぱパラレルワールドなんて、そんな空想の物語みたいなものがリアルであるわけねえよ。やっぱ、アタシ夢見てんだな。あっはは!」


(孝史(たかし)が勧めてきた、小説のせいだなこりゃ)


 自身の弟から渡された小説のことを思い出しながら呟いている恭子に、青色の妖精は溜め息を吐き、杖をくるくると回転させる。


「はぁ、何をボソボソと言っているのですか。これは、夢じゃないですよ。では、あなたのこの痛みは?」


 恭子の頭を、青色の妖精はその杖でコツンと叩いた。


「な、いったあ!! てめ、いきなり何しやがんだ!!」


「ほら、痛みをちゃーんと感じているではないですか」


「……」


 夢なのか、それとも現実なのか。それを明白にする感覚が、恭子を襲った。

 そして、彼女は自身の今の状況をしっかり理解した。


「……ウソだろ。マジ、どうしよう。えとその、何か元の世界に戻る方法は?!」


「それは、ごめん」


「私達には、分からないんです」


 申し訳なそうに、緑色の妖精と青色の妖精はそう言うと、恭子は眉間にしわを寄せ、顔を真っ青にした。


「嘘だろ?! そんな、帰れないのか……?」


「いやいや、まだ帰れないと決まった訳ではないさ! “彷徨いの魔女”が、“歪みの果て地“にいたはずなんだ。その人の所に、行ってみればーー」


「そんn、へ……ブェックシッ!」


「ってうわぁ!」


 恭子は、鼻の違和感に耐えれず思いっきりくしゃみをした。緑色の妖精は、慌てて透明な壁を作って彼女が飛ばしてきた飛沫をはじいた。


「あ、危なかった。……あのさあ! ボクが目の前にいるのに、何のためらいも無くくしゃみをするんじゃないよ! はあ、まったくもー。女の子らしくないな」


 緑色の妖精はムッとしながら、がたついている恭子を叱りつける。


「うへえ、悪かったよ」


「次またやったら、容赦しないからね!」


「わ、分かった分かりました。えっと、それでアタシは帰るためにどうすればいいって?」


「そうだ、話を戻すよ。君が帰るためには、その魔女がいる“歪みの果て地”に行けばいいと思うんだけど……。本当に、そこがどこにあるのかも分からなくてね」


「おいおい、それじゃどうもなんねぇじゃんかよ! うう、つか寒いな」


「あー、体も冷えてて当然か。それに以外とここ、気温低いもん。そもそも、服が凄いことになってるね……。あ、そうだ! 二人に提案なんだけど」


 3人の妖精達が、こそこそと話し始めた。

 恭子は、不思議そうに彼女達を見つめる。


「彼女から感じる力さ、もしかしたらあれを使える素質があると思うんだ」


「なるほど、確かに彼女は今不思議な魔力を纏っています。それも、私が今まで感じたことの無いタイプです」


「ふうむ、確かに試す価値がありそうだ。まずは今からどうするかだが」


「あー、皆さーん! 何を話してるんすかー?」


「しっ! 貴様はうるさい! 少し待つんだ」


 赤色の妖精は、両目のまぶたを閉じ少しため息をして腕を組んだ。

 そして左目を開き、紅い瞳を青白く光らせ、じっと恭子を見つめた。


「うお、目の色変わった! 凄え!」


「うるさい、少しジッとしろ」


「わ、悪い……?」


 赤色の妖精の瞳が、次第に元の色へと変色するとしわを寄せた眉間に左手の人差し指を当て、唸っている口を開いた。


「……んー、そうだな。改めて解析を入れたがこちらを殺す術は、どうやら全く無いようだ」


「当たり前だろ! アンタみたいにファイアボール? ファ〇ガ? メラ〇ーマ? みたいな呪文なんざ使えねえよ!」


 彼女が並べる呪文の言葉を聞いた妖精達は、ポカンとした顔をして首を傾げた。


「なんだその意味がわからん言葉は……。それにしても、こいつの魔力は……。よし」


 赤色の妖精が両手でパチンと音をならし、恭子に目を向ける。


「うん? どした?」


「おい貴様。私に付いて来るがいい」


 赤色の妖精はそう言うと、くるっと横に向いて長い赤髪を揺らしながらふわふわと進み始めた。


「んあ? 何でだよ」


「いいから、黙って付いて来い」


「あらプラーマ、その方向はアモレトット村にいくのですね?」


「プラーマって、赤いやつの名前か? ん? あもれとっと?」


 聞きなれない名前の数々に、恭子はきょとんとしている中で、緑色の妖精は目を見開いてにっこりとした。


「おお?! それって、今日は警備終わりってこと!?」


「そんなわけがあるか、ここ一番で異例の事態だというのに」

 

「ちぇ」


「それにライム、お前が立案したんだろ。この異質の魔力を持った“彷徨い”の女の人間が、あれを装備させるとどうなるのか見ると。お前もついて来るのが道理だろう」


「えー、でも彼女に村を案内する最中ずっと暇でしょ? ここら辺で寝てていいかなー?」


「おい! もしお前が寝てる間に、この地にいきなり魔物から奇襲を受けた場合、お前はどうするんだ?」


「さあ?」


「はあ、お前という奴は……」


 赤色の妖精(プラーマ)が握り絞めた拳からジリジリと炎が生まれると、青色の妖精が彼女の強張った肩にそっと手を置く。


「まあまあ、とにかく私達二人で彼女とアモレトット村までいきましょう。ね?」


「スカイ……ライムに甘いんじゃないか?」


「そうじゃありませんよ。“お客さん”がいる前で、喧嘩を起こされても困るってことです」


「チッ、分かった。この娘に村を案内したら、後でまた集合するぞ」


「よっしゃあ! 休みだ! 昼寝ができる!」


「まったく。ライム、昼寝は良いが、直ぐに戦闘できる態勢には必ずしとけよ。油断一つで命取りになるんだ。気を張っておけ」


「ええ、やだよ! 今日はじっくり寝ると決めたんだ!」


「ナニを!?」


「まあまあ、二人とも。ライム、何かあったら光を上に放つんですよ?」


「了解でーす」


「さて、お待たせしました。人間さん、行きましょう。……どうかしました?」


「んー、いや。赤色がプラーマで、緑色がライム、青色がスカイって言うんだよな?」


「そうだよ! そういえば、僕らの名前行ってなかったね、アハハ! けど僕らの会話聞いただけで良く覚えられるね」


「あたしの地獄耳は、何でも聞き逃しはしないのさ!」


 恭子がドヤ顔で語る横で、「デリカシーが無いやつか」と溜息をしながらボソボソとプラーマが呟く。


「それもよく言われるな!」


「貴様の耳はどうなっているんだ!」


「まあまあ、それより僕らの名前いい感じだろ?」


「ああ、似合ってるなって思う!」


 ピタリとプラーマは止まり、ゆっくりと恭子の方へ振り返ると、満面の笑みで手に腰を当てる。


「そうだろ? 私達の名前はとてもいいだろ? ……チッ」


「あーはは? どうしたんだよ?」


「実は、私達の名前は、本来精霊王アルシアンによって名付けられるのですが、プラーマはどうもそれが気に入らなくて……。なので今の私達の名前は、スリースターズのコードネームという名目で、この名前になってるんです」


「なるほど?」


「チッ、あのろくでなしの王の顔が浮かぶと腹が立つ」


「おいおい、アンタんとこの王様だろ? なんでそこまで嫌ってんだよ。ろくでないしってどういうことだ?」


「今、それを説明する気にはなれん。何より、貴様というイレギュラーな存在が現れたことで多少疲れているんだ」


「おい、説明しない理由をアタシのせいにするの、酷くねえか? つかなんで説明してくれないんだよー」


 プラーマの長い耳がピクッと動くと、彼女は大きく息を吸った。


「アイツの説明なんてどうでもいいだろ! 言っただろ! 腹が立つと! 思い出したくもないんだ!」


「あ、アイツって……。あー、なんか悪かったな」


「はあ、それより貴様、名は? 我々の名を盗み聞きしておきながら名乗らないのはどういうつもりだ」


 眉間にシワを寄せまくった顔で、恭子の左目にぐっと顔を寄せる。

 恭子は、分かった分かったと体をのけ反り、咳払いをした。


「自己紹介やりゃいいんだな? アタシは、恭子(きょうこ)黒澤(くろさわ)恭子(きょうこ)。ちなみにJKしてんだ」


「クロサワ・キョーコっていうんだね! 如何にも彷徨い人って名前だね!」




「如何にもって……まあいいや。」


「では、キョウコさんとお呼びしますね」


「キョウコ、か。ふん、覚えてやる。じぇーけーとはなんだか知らんが」


「え、分からねえの? 女子高校生って意味だよ」


「ふむ、じょしこうせいとな? なるほど、格好をよく見てなかったが、女の学生ってことか。それにしても、よく分からん言葉があるんだな」


「同じ日本語しゃべっているはずなのに、奇妙な言葉使ってるんだね。なんていうか、本当に“彷徨い人”って感じだね、キョウコって」


「奇妙って、馬鹿にしてんのかそれ?」


 にしし、とライムが笑うと恭子はつられて眉を歪めながら、フッと笑った。


「それじゃあねJKキョウコ! アモレトット村楽しんで来てね!」


「おう! ライムも昼寝しすぎてその魔物って奴に食われんなよ!」


 互いに手を振ったあと、ライムはエメラルドの結晶へと姿を変え、その場で浮き始めた。


 恭子は、振り返ろうとしたが、再びその結晶を見て、何度も目をパチクリした。


「なっ、何だそれは!」


「さて、キョウコ。行くぞ」


 プラーマは、何事も無かったようにさっさと前に進む。恭子は、ちょっとちょっと、と焦って彼女の頭をつかんだ。


「おい、いきなり私の頭を掴むんじゃない! 無礼者!」


「いやまって! あれは大丈夫なのか?」


「ふん、あれは寝てるだけだ。ったく、本当にしっかりと眠りについてしまったな」


「え、ええ?」


「ふふっ、結晶状態の私達は術式レーダーがあるので、敵を直ぐに察知することは、簡単にできますから、安心してください」


「なんか、もう色々とすげえわ……」


「早く行くぞ、そんなことで驚いていたら日が暮れてしまう」


「あちち! 分かったから、アタシの手を燃やそうとするなよ!」


「ずっと鷲掴みにしてた奴が悪い」


「おい、そんな早く飛んでくなって! ちゃんと案内しろ!」


「ふふつ、キョウコさんって楽しくなりそうですね」


 こうして、恭子はプラーマとスカイに案内されながら、アモレトット村へと向かっていた。

◇ ◇ ◇ 


 


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