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第10話 身分という名の残酷な刃物

「……どうしてだと思う?」


自分の部屋で問いかけても答えてくれるはずのないミアにリゼルはそう問いかけた。自分に問いかけたのかもしれない。


「どうしてなのかしら。自分で言っておいて、あとから思い出してこんなに苦しいなんて」


彼女は俯いた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「どうして、王族なんかに生まれてきたの。王宮に戻ったら今度はあの人が私に釣り合わなくなる」


彼女の立場は、非常に微妙なものだ。平民のままでは相手の地位が高すぎて釣り合わないのに、王宮に戻れば今度は相手の地位が低すぎて釣り合わない。彼女は、


「私は、あの人――オスローのことをいつの間にこんなに好きになっていたの……」


リゼルはぎゅっとミアを抱きしめた。雪のように白いねこが小さな声で鳴く。


「なんで、なんでよ。どうして私は王族なのよ。どうして私はこの国の国王なんかと結婚しないといけないの。それから逃げてきたのに、結局つらいのはどういうことなの。もっと子爵とか男爵とか、そういう貴族の娘だったらよかったのに。結局そこでも結婚を強制されるんだからあの人に会えたでしょう」


目を閉じた彼女の頬を、涙が伝った。ひとしきり泣いて、彼女は部屋から出る。泣きはらしたような顔だったけれど、そのままリアのもとに向かった。でも、リアを見てやっぱり泣かずにはいられなかった。驚いているリアの胸にリゼルは飛び込む。


「お母さん、お母さんは恋をしたことがある? その恋は、報われた?」


いきなり抱きついてきたリゼルの髪をそっと撫でながら。リアは話し始めた。


「私もね、昔好きな人がいたの。ずっと、小さいころからその人のために生きてきたのよ。当然、向こうも私も結婚すると思っていたの」


昔を懐かしむような優しい声。なんだか貴族同士の政略結婚のようだとリゼルは思った。


「でもね、好きだったのは私だけだったみたい。向こうも好きだったのかもしれないけれど。あの人は、あの人はね、普通ではありえない人を連れてきて結婚すると言ったの。二人して私に濡れ衣を着せて……それ以上は言えないわ」


「それって……」


どこかで聞いたことがあるわ。心の中だけで、リゼルは言った。まだ王宮にいた時に聞いた話と似ているような気がする。別段珍しい話でもないのだろう。


「……あのね、どうしたらいいのか分からないの。私は結局どこに行ってもあの人と釣り合わないの」


「大丈夫よ」


こんなに優しい声を、リゼルは知らない。リゼルの本当の母親はこんなことを言わない。


「大丈夫。そんなはずないのよ。私はリーゼちゃんが幸せになれると思うわ。泣かないで」


「お母さん……」


彼女の涙が止まって、泣き疲れて寝てしまうまでリアは彼女の頭を撫で続けていた。



「リーゼは……」


「あら、いらっしゃい。ごめんなさいね、リーゼちゃん、今寝ちゃってるの。寝顔だけでも見ていく?」


リアの家を訪れたオスローにリアはそう言った。少し悩んだオスローだが、頷いて家に入る。リゼルの部屋に入った彼は、そっと彼女の頬に触れた。


「……泣いていたのか?」


リゼルの頬にうっすらと涙痕があるのに気が付いて彼はリアにそう聞いた。


「すこし、ね。大丈夫、心配するようなことじゃないから気にしないであげて」


リアはにっこりと微笑んだ。ああ、と彼は短く返事を返す。


「お茶を入れてくるわ。少し待っていてね」


リアは、その場にオスローを残して部屋を出ていった。


「どうしたものか……」


無防備に寝ているリゼルを見て彼は呟く。その視線は、何か愛しいものを見つめる瞳。


「何を泣いていた。私にも教えてくれ。私の知らないところで、泣くな」


リゼルは眠っているから当然その声は彼女には届かない。だが、彼はそんな事を気にせず彼女の手を握る。


「どうしてなんだ。なぜお前は平民なんだ。どうして私はあの時あの者たちの要求を呑んだ」


震える声で、自分を許せないという声で。オスローはひたすらに言葉を紡ぎ続ける。


「あの時はそれが一番ましだと思っていやいや承諾したというのに、どうして今になって」


苦しそうに胸を押さえて、彼は叫んだ。リアには聞こえないくらいの、そしてリゼルを起こさないくらいの声量で。少し、かすれたような声で。


「どうして今になって、こんなに愛しいと思える人が現れる……!」


口を閉じていれば人形のように美しくて、口を開けば明るくて。


「こちらから話を持ち掛けておいて断れるか? 断ったところでお前は私のところに来てはくれない。なぜだ。なぜなんだ」


なぜ。なぜ。何度も何度も口にして、彼は彼女の頬に手をあてて親指で桃色のくちびるをゆっくりなぞる。


「もともと女になんて興味がなかったのに、初めて会った時のお前が忘れられなかった。不覚にも愛しいと思ってしまったのだ……」

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