新入り
「こら、おどれはどこのもんじゃ。ここがわしの島と分かって入ってきとんかわれぇ」
がたいの良いそいつは、低い唸り声で威圧する。
「ひゃ、すいません。知らなかったんです。ほんとにすいませぇーん」
そう言ってその場から尻尾を巻いてを逃げ出した。
後方では「待たんかこらぁー」と怒鳴り声が聞こえる。
コンクリートで舗装された道を力強く蹴って、住宅地の路地を右に左必死で走る。
次第に声は遠のき、聞こえなくなった所でやっと後ろを振り返ると、相手はもう追って来てはいなかった。
ほっとして電柱にもたれて道端に座り込む。何とか振り切れたようだ。
今日はこれで五回目だ。
この町に来てからにゃん相の悪い猫にしか会っていない。
噂にたがわない治安の悪い町だ。
本当にここに猫の楽園『にゃんだふる』があるのだろうか。
早くも挫けそうな気持ちでいっぱいだった。
もともと身体の小さい僕は喧嘩に勝った事が一度もない。
いつも餌を横取りされたり、寝床を奪われたりと散々な日々を送ってきた。
力が全ての猫社会で自分の非力さを悔やんで涙を流した夜は数えきれない。
そんな弱肉強食の世の中にうんざりしていたとき、公園の猫たちが『にゃんだふる』の話をしているのを偶然耳にした。
「おまえ知ってるか、あの山を越えた隣町には桃源郷が有るらしいぜ」
「ああそれね、たしか『にゃんだふる』だっけ?」
「そうそう。何でも全ての猫はみんな平等に扱われ、豪華な食事に専用の使用人までいるって噂だぜ」
「いいなー私もいってみたい」
「みいちゃんはやめときな」
「どうして?」
「そりゃ無理な話だからだよ。『にゃんだふる』に行くにはまず、山を越えなきゃいけない。それに山を越えても隣町はとら組連中の縄張りだ。行ったら殺されるぞ」
「そんなに恐ろしいとこなの?」
「そうさ、二丁目の暴れん坊の次郎が、命からがら逃げかえってきた場所だぞ。俺たちには到底無理な話さ」
「ええー、次郎ちゃんでもダメだったんだ」
「それに『にゃんだふる』なんて所詮うさわだよ」
「そっかざんねん」
なんて言っていたが、僕はその噂の楽園『にゃんだふる』に強く憧れた。
弱い自分でも楽しく暮らせるユートピアに、命を懸けてでも行ってみかった。
そして『にゃんだふる』を目指して旅立にでた。
何とか山越えは果たしたものの、まともな食事には有り付け無かった。
それにやっと着いた町ではとら組の猫たちに追い回され、もうへとへとだ。
「見つけたで~。わしから逃げようったってそうはいかんぞ」
くそ、もう見つかった。
けれど逃げ回る体力は残っていない。
戦うしか手段は残されていなかった。
「おう、今度はやるきか。ええ度胸……」
先手必勝、話終える前にワンツーのコンビネーションで猫パンチをお見舞いする。
確かな手応えを感じた。
はずだったのだが、虎柄の奴はけろっとしていた。
「えらい気が早いのぉ。なら次はわしの番じゃ」
閃光の如き速さの猫パンチが顔面にヒットする。
ああ、走馬灯が見える。志半ばで死ぬのか僕は……いやまだだ、『にゃんだふるに』辿り着くまでは死にきれない。
「ほう、まだ立つんか。ほれもう一発」
重たい猫パンチが脳を揺らす。しかし倒れない。
「しぶといの。ささっと倒れんか、ほれ」
衝撃と伴に僕の意識はそこで途切れた。
目を覚ました時には見覚えのない民家の庭にいた。
数匹の猫が僕を取り囲むように佇んでいる。
もちろん僕を殴ったあいつもいた。
これからいった僕はどうなるのだろうと思った時、縁側の窓を開けて人の良さそうな老婆が現れた。
「あらあら、とらちゃんまた新入りを連れてきたの」
にゃーと、とらちゃんは鳴く。
とらちゃんは僕を殴った猫だった。
「ならお祝いね。ちょっといい猫缶があるから待っててね」
とらちゃんは猫なで声を上げ、老婆は室内に戻っていった。
「なんやわれ、わしの顔に何かついとんのんか」
すかさず横に首を振ったが、猫なで声とのギャップに正直戸惑う。
「それとここが『にゃんだふる』や。あの婆はええ人やから迷惑はかけんなよ。新入り」