番外編 嵐月
私が光村 雄介という青年と出会ったのは今から十九年前だった。
まだ彼は赤ん坊だ。あの時は龍型で見るだけだったが。私を見ても雄介はきゃっきゃと笑っていた。ついこないだに未確認生物だとかアホな事を言っていたがな。それを思うと赤ん坊の頃の方が良かった……。
妹の月華に雄介の守護の代役を頼み、龍型で家の外に出る。今は七月の中旬だ。暑いので早めに神社へ向かう。空を飛びながらふと嫌な気配を感じた。急いで神社の方角に向かっていく。父の祀られている所なので日本の神としての正装--古墳時代とか呼ばれている頃の格好に髪もそれ風に思い浮かべながら人化する。
「……ふふ。丁度いい頃に来たわね」
「お前は。誰だ?」
「あたしは。弓月様と五十鈴の子孫。そして二人の娘の生まれ変わりよ」
私は目の前にいきなり現れた女を睨みつけた。この女の言葉通りなら弓月と五十鈴は恋人だったと予想がつく。という事は……。
「……弓月には木綿乃という妻がいたはずだ。とすると。お前は不義の末に生まれたということか」
「そうよ。弓月様は五十鈴と元は恋人同士。けど真夏様の父親によって引き裂かれたの」
女は憎々しげに言う。やはりそうかと思った。
「あたしの前世の名は衣緒依。今の名は夜見よ」
「衣緒依。聞いた事はある。まさか、弓月が木綿乃と真夏を裏切っていたとはな。五十鈴は真夏の許嫁だぞ」
「さすがによく知っているわね。龍神様は長い時を生きるからかしら」
夜見と名乗った女はにいっと笑った。その笑みは妖しげで背筋を冷えさせる。姿形は美女といえるが。黒い絹糸のような腰まである髪と薄い茶色の瞳が印象的な妖艶な美女だ。背も高く私より少し低いくらいであった。けど人の気配を纏っていない。何故だろうと思う。
「……確か。あなたは優月様の息子さんかしら?」
「……はっきり言うと思うか?」
「いいえ。だったら力づくで聞かせてもらおうかしら」
夜見はそう言うと履いていたスカートのポケットから小さな刃物を取り出した。よく見ると昔でいう暗器--暗殺に使われた武具のようだ。確か雄介が言っていたダガーナイフに近いだろうか。夜見が女性にしては信じられない速さで間合いを詰めてくる。私は素早く懐刀を取り出して応戦した。ギインッとかち合う音が響いた。
「ふふ。なかなかやるわねえ」
「褒めてもらってもあんまり嬉しくないな」
「あら。あたしはこれでも綺麗な方よ。それと。あなた、割と好みだわ」
色っぽい目を向けられて背筋がぞわりとする。言っておくが私は女嫌いではない。むしろ、興味はある方だ。とはいえ、人の女性には興味はない。あるのは龍族の女性だが。
「他の事を考えている暇はないはずよ。龍神様!」
私は懐刀で再びナイフでの攻撃を受け止めた。ギインッとかち合う音が響いて夜見はちっと舌打ちする。私は握力で押し返す。彼女は後ろに飛びすさった。
「ちっ。やっぱり一筋縄ではいかないか。早くしないと真夏様の魂が……」
「……真夏だと。お前は何をする気だ」
「……正直に言うと思ったの。龍神様に言う気はないわ」
夜見は嗤う。そうしてナイフの刀身を鞘に収めてポケットに仕舞い込んだ。だが小さな何かを取り出した。
私はすぐに小さな物の正体に気づいた。呪詛が込められた石だ。夜見はそれを投げつけた。モヤモヤとした霧のようなモノが出てくる。
「くっ。お前、私に呪いをかける気か?!」
「あははっ。そうよ。最初からあんたはお呼びでないのよ!!」
「……ぐっ」
私は体から力が抜けてくずおれてしまう。モヤモヤとした霧は真っ黒で私の視界を覆い尽くす。それはどんどん意識を塗り潰していった。
「……はははっ。そのまま、暴れて苦しめばいいわ。ああ、いい気持ちだわ!」
「……待て。どこへ行く気だ」
「決まっているじゃない。真夏様のお墓よ」
真夏のお墓と聞いてやっと夜見の目的がわかった。奴は真夏を蘇らせることで五十鈴の無念を晴らす気だ。それに気づいて雄介に知らせなければと立ち上がろうとした。が、足にうまく力が入らない。夜見は背を向けてこの場を去ろうとした。私は手を伸ばそうとする。けれど額からかかないはずの冷や汗が出てきた。それのせいで体全体が冷えていく。ジイワジイワと蝉の声がやけに頭に響いた。
「龍神。あんたが止めたって無駄よ。弓月の子孫も気の毒にね。まさか、ご先祖が友人を裏切っていたとは。でもあたしには関係ないわ」
夜見はしきりと嗤うと私を一瞥した。静かに近づいてくる。私の額に触れてきた。
「……龍神。あんたは今からあたしの傀儡よ。言う事を聞きなさい」
「くっ。嫌だね」
「ふん。所詮は人間じゃないくせに。言う事聞きなさいよ」
癇癪を起こす夜見に呆れた。我ら龍族は人よりも長く生き、誇り高い一面を持つ。それをバカにされて道具に成り果てろと。ふざけるな。簡単に言う事を聞くと思われるのは凄く不愉快だ。そう言いたかったが。その前に意識が混濁する。気がつけば、暗闇に包まれていた。私は自分がどうなったのか。わからぬまま、その場に倒れ込んでいた--。




