進むべき道
「麗奈~ ちょと聞いてよー!」
「どうしたの、栞?」
「聡と喧嘩しちゃった…」
「なんで喧嘩なんかしたの?」
話は昨日のことになる。
昨日栞は彼氏である城島聡と久しぶりにデートを楽しんでいた。聡は健司と同じサッカー部の2年生。色んな話をして楽しくやっていたが、栞の進路についての話になったときに問題が起こった。栞も麗奈と同様に卒業しても聡と続けたいと思っていて、できたら同じ大学に来てほしいと思っていた。
栞の希望する大学は今の家からかなり遠いので当然家を借りて住むことになる。いわゆる遠距離恋愛となってしまう。それでも続けられるか聡に聞いてみたところ、別に気にしないと言ったので安心していたが… その言葉の後に聡は言った。
「俺も大学進学希望なんだけど、行きたい大学も決めてるんで、栞の大学とはものすごく距離が離れるね」
そう言われて、栞は呆然とした。もし聡がその大学に合格すると、とんでもない遠距離恋愛となってしまう。状況は来年よりもさらに悪くなる。どうしてわざわざそんなに遠くの大学に行こうとするのか… 理由はあるんだろうけど栞も何か納得できない。そんな状況で栞が聡に言った言葉からこの喧嘩が始まった。
「聡、本当に私の事好きなの? 付き合う気がないんじゃないの?」
この言葉を言われて聡はこう言い返した。
「別に離れてても好き同士ならやっていけるでしょ? なんで絶対近くにいないとやっていけないの?」
「本当に好きだったら、近くに居たいとか思わない?」
「定期的な長い休みにゆっくり会えばいいんだから、問題ないでしょ」
このような言い合いで、だんだん栞はエキサイトして後は… 言わないでいい事まで色々言ってしまった。
「人それぞれ考え方があるから… しょうがないんじゃない? それに、男の人の考え方ってそうかもしれないし…」
麗奈が言うと、
「でも健司君は麗奈のために同じ大学目指してくれてるでしょ?」
栞はそういった。
「健司君は私が離れたくないって言った言葉を自分なりに考えてそれに同調してくれたんだよ」
「でも聡はしてくれないよ…」
「聡君にやりたいことがあったら仕方ないじゃん…」
「もっと二人の関係が深ければ…… そうだ、そういうとこ麗奈は詳しいよね?」
「なんでそうなるの?」
「だって、以前は悪魔のような手を使って健司君をものにするために… 」
「栞、私を何だと思ってんの?」
「ピンクのマドンナ」
「もう卒業しましたー 今やってませーん…」
「そんなこと言わずに何か考えてよ~」
「人をエッチのシンボルみたいに言っといて、なんで考えなきゃいけないのよ!」
「お願いします… すべて経験してる先輩…」
「仕方ないな~ それで どこまで行くつもり?」
「できれば… 最後のあたりまで…」
「彼のベッドに裸で飛び込めばぁ~…」
「どうやったらそんな状況ができるのよ…」
「だって、彼の部屋か栞の部屋かしかないでしょ? それとも外で…」
「なんでこの寒空に外という選択肢があるの? 初体験は夜空が綺麗でしたとかシャレにならないでしょ!」
「どっちかの家に行けないの?」
「私の家は母さんが何時も居るし… 聡の家も兄弟がいるし…」
「それじゃ、クリスマスも近いしどっかお泊りに行ったら」
「そんなこと聡が言ってくれないし…」
「これから徐々に攻めていけば、やがて変わるんじゃない?」
「そうかな…」
―――――――――――
部活の終了後、聡は健司に話しかけた。
「健司、彼女の卒業後ってどうやっていくか決めてんの?」
「まだ何にも決めてないけどな。取り敢えず、希望の大学に受かれば自宅から通えるわけだし、あまり時間は取れないけど、会うだけなら何とかなるしね…」
「俺もさ、昨日栞と喧嘩しちゃってさ… 栞の目指してる大学は遠いから完全に遠距離になるんだけど、俺は別に毎日会えなくても何も思わないんだけど、彼女がやたら気にしちゃって…」
「聡は離れても寂しくないのか?」
「俺、将来やりたい仕事があってね… やっぱりそっちを優先したい」
聡の言葉に健司はふと思うことがあった。そう言えば自分は麗奈の事だけを考えて麗奈のいる大学に行こうとしているが… それでいいのか…? 当然自分も将来は何らかの仕事について生活できるようにならねば、麗奈との結婚もできない。しかし、健司には将来の仕事に対する具体的な考えはまるでなかった。
「これでいいのかな……」
漠然とした思いが健司の脳裏に浮かぶ。
しかし、麗奈のことを思えば他の選択肢は考えられない。麗奈の卒業を通して健司にも初めて自分の人生を考える時が訪れた。
麗奈の感情はあの時を境に変わった。しかし、それは将来同じ大学に行き、その先は結婚するという目標ができたからという部分もある。今更それは無しと言えるはずもない。それに健司も麗奈を離したくない。
学校から帰った健司は夕食後、リビングで暇そうにしていた父さんに何となく話しかけた。
「父さん、やっぱどうしても教師になりたかったの?」
「俺はもともと教師なんてやるつもりは欠片もなかったよ」
「じゃあ なんでなってんの?」
「母さんは昔から学校の先生になりたかったんだよ。そんな母さんに引っ張られて俺も教師になっただけかな…」
「そんなんで良いの?」
「何か悪いか? 今の仕事にもやりがいはあるよ。母さんの気を引くために教師という仕事を選んだけど後悔はしてない。俺は自分の選択で何より母さんを選んだだけだ」
「俺には今はやりたいこともないんだけど、もしそんなものができたときに、それでも麗奈を選べるのかなと…」
「健司、人間の人生なんていつも選択の連続だぞ。どの道を行けば正解かみんな考える… よく考えても間違うことも多い。でもいちいち“もしあの時”なんて思ってもどうしようもないだろ? 決めたら決めた方に行くしかない。もしあの時なんて思っても、そんな世界は無いんだからな」
「そんなんで納得できるの?」
「自分で真剣に考えて出した答えなら納得できるよ。たとえ失敗した方を選んだ時でも…」
「やっぱり俺にはまだそんな経験がないからわからないな…」
「健司、欲張りはいかんぞ。何かを得ようとするなら、何かを得られなくなるということだ。何もかも得ることなんて出来やしない。彼女を選ぶなら、それ以外を得られなくてもしょうがないんだ」
その言葉で健司は、あの日のことを思い出した。麗奈を見つけた公園で、麗奈と離れられない自分がわかった。あの時、自分は麗奈を選択したんだと… ならば、選択した方に向かって進むしかない。
健司の人生において、麗奈の存在はもはやその中心となっていた。城島の話を聞いて、自分の人生について考えてみて麗奈の存在の大きさを改めて実感した。
あの時、麗奈を救うために結婚しようと言ったんじゃない… 自分がそうしたいから言ったんだ…
健司は自分の行く道はもう決まっていると、本当の意味で理解した…




