健司のつぶやき
ベッドにもたれかかり、麗奈は部屋を見渡すと健司の机にユニホームを着た健司の写真を見つける。小学校時代、中学校時代、チームメイトと楽しそうに映っている。
「健司君、小さいころからサッカーやってたんだね」
「小学校の頃からずっとやってるよ」
「そんなにサッカーが好きなの?」
「小さいときから始めたら、やめられなくなっちゃって…」
「そういえば健司君、すごく足速いね」
「それが俺の売りなんだよ。誰よりも早くボールを奪いに行ことができる…」
「大学とかに行っても、サッカー続けるの…」
「多分やんないね… やっぱ、そこまで実力ないし…」
「そういえば、健司君の小さいころの写真見てみたいな…」
「いいよ」
健司はアルバムを取り出して麗奈に渡す。
アルバムには小さな健司がいろんな表情で写っている。 麗奈はそれを見て
「きゃあ~ 可愛い! 健司君のこの顔最高!」
などと言って、楽しそうにアルバムに見入っていた。
「健司君の小さいとき可愛い… 今も可愛い… 食べたい…」
麗奈の心の声である。
時間もお昼過ぎとなったので、健司は麗奈に尋ねる。
「お昼ご飯はどうしようか? どっか食べに行く?」
「ね、お台所借りていい? そしたら私が健司君のために作る」
「本当? 麗奈が作ってくれるの? やったぁ~!」
遊園地で麗奈の弁当を食べたが、すごく美味しい。健司は嬉しくなった。
「じゃ、お買い物に行かなきゃ… 健司君、近くにスーパーは?」
「歩いて5分位行った所にあるよ。一緒に行こう」
そう言って、二人で買い物に出かける。
二人でスーパーまで仲良く手をつなぎ歩く。スーパーの中では健司がカートを押して歩き、麗奈が健司の腕を引っ張って歩く。 ふと、麗奈は気づく。
「何かこれって、新婚の夫婦みたい」
麗奈は少し顔を赤らめながら、幸福感を満喫していた。
健司も二人での買い物に
「そういえば、小さいころに見た親父と母さんのようだな…」
そんな感じがしていた。あのときの親父と母さんが、今の俺と麗奈か…
買い物も終わり、自宅に戻る道を歩くとき、何故か二人とも少し照れていた。
「なんか、こういうのっていいな… 」
歩いている時、二人は同じことを思っていた。
家に帰って、麗奈が食事の準備をする。まず、俺は驚いた。麗奈はすごい早さでてきぱきと材料を仕分けして料理にかかる。俺はリビングから麗奈の料理している姿をぼーっと見ている。 あっという間に野菜やお肉の下ごしらえが出来て、料理が完成に近づく。
「とりあえず、肉じゃがとほうれん草のお浸しでいい?」
「十分です」
麗奈が俺のために食事を作る風景… なんか心が温まる… おまけにすごい美人。俺は自然と… 顔がにやけていた。
麗奈はその顔を見て、
「健司君、もっと私に惚れていいんだよ!」
と、心の中で叫んでいた。
食事ができて二人で食べる。麗奈の料理を食べて健司は
「やっぱり麗奈の料理は美味い」
と、言って大満足。 そんな健司の表情を見て、麗奈は心の中で
「彼氏いなかったから暇で、勝手に料理上手くなったけど… すごく役立った…」
と、思わぬ幸運に喜んだ。 しかし、このことは決して健司には言わない。
お腹もいっぱいになって、再び健司の部屋へ戻る。何となく寄り添っていると、
「映画でも見る?」
健司はそう言って録画してあった映画を再生する。アニメで凄く流行った時間を超えた恋愛もの。なかなか健司も気に入っている。
「あ、これ凄く流行ったやつだね」
麗奈はそう言ったが、実際は心ここにあらず…
(どうやって、健司君に迫ろう… やっぱ健司君から襲ってもらうのが… )
良からぬ妄想を巡らせていると、知らぬ間に麗奈は眠っていた。昨日、栞とくだらない電話を夜遅くまでしていたのが原因である。
ふと、肩にもたれて来た麗奈を見て健司は、彼女が寝ているのに気づく。
「麗奈? 寝ちゃったの?」
少し体を揺すってみても彼女は起きない。 結構無理な体勢で寝ているので、どうしようと思ったが、そっと麗奈から離れベッドを整えてから、彼女を抱えてベッドに移した。抱えたとき、思っていたよりも細くて華奢な体に女の子らしさを感じた。
ベッドに横にならせて、健司はそのそばに座る。ごく近くに麗奈の顔が見える。健司は麗奈の手を握り、もう片方の手で麗奈の髪をすく。
「そういえば、こんなに近くで麗奈の顔を見るのは初めてだ」
切れ長の目に長い睫毛、透き通るように白い肌に綺麗な形の鼻、思わずなぞりたくなるような顎のライン、それに魅力的な口、美しいという言葉しか出てこない。
健司は初めて見る麗奈の寝顔を愛おしそうに眺める。手でなぞる黒髪もサラサラと手をすり抜けていく。健司は彼女の頭を撫でながらつぶやいた。
「麗奈、麗奈を初めて見たとき凄く綺麗な人だと思った。今まで見たことないくらいに… その顔も凄く魅力的だったけどね、ゲームセンターで子供のようにはしゃぐ麗奈の表情を見て… 何だか目が離せなくなったんだ。 凄く無邪気で、凄く楽しそうで… その顔を見たときに、俺 年下なんだけど、なんだか守ってやりたい、そばに居たいと思ったんだ。
遊園地でもう一度、その表情を見たとき、俺は麗奈に惚れているとはっきり分かったよ。その顔を見ると、抱きしめたい、包み込んであげたいって思う。もっと麗奈のことを知りたい… いろんな麗奈の表情を見てみたい… これからずっと一緒に麗奈といたい… 」
健司は、そう言って麗奈の唇にそっとキスをした。すると麗奈の頬が少し濡れていた。
「麗奈、起きてたの?」
「健司君」
そう言って麗奈は健司の腕を引っ張りベッドに引き入れた。そして激しく抱きしめた。
麗奈は健司に抱えられたときに起きた。しかし、次の健司の行動が気になって寝たふりをしていた。
やがて健司に頭を撫でられる。 とても心地よい。本当に落ち着く。
健司と付き合えるようになったが、
「健司君は、なぜ私のことを好きになってくれたの?」
「健司君は、私のことをどう思ってるの?」
いつか本当の気持ちを聞きたい… でも怖くて聞けない… 本当に私を愛してくれる?
そう思っていたが、思わず健司の本心を聞く機会が出来た。健司がつぶやき始める。 その話を聞いていて麗奈の不安だった気持ちは無くなっていき、代わりに暖かい感情がわいてくる。ばれないように涙を止めていたが、ついに止めれなくなった。
(私は大好きになった健司君にこんなに愛されている… ほんとうに幸せ…… )
「健司君、私は本当にあなたのことが好き。あなたを愛している。あなただけを愛してる」
麗奈は健司の胸に顔を埋め、抱きしめながら言った。 涙を流しながら…
健司は麗奈が起きていたことに少し驚いたが、麗奈の体を思いきり抱き締めた。二人は顔を見合わせキスをする。 今までと違い長く、激しいキス。 お互いに激しく求め合ううちに、やがて互いの舌が触れ、絡み合うような激しいキスとなった。
ようやく唇を離すと、お互い虚ろな表情となり、健司は麗奈の胸元に顔を埋める。
(柔らかい、あたたかい、いい匂いがする、麗奈の鼓動が聞こえる…)
その健司の頭を麗奈は優しく抱きしめる。お互いに鼓動は高まり、脈は激しくなるが、こうしていると何よりも安らぐ。
健司は顔を上げ、もう一度麗奈と長く激しいキスをする。すると麗奈は健司の手をとって自分の胸にあてる。
「私の全ては健司君のものだよ」
健司の耳元で麗奈が小さな声で囁く。
「俺の全ては麗奈のものだ」
健司はそう言って麗奈の顔を自分の胸に押し当てて、彼女を抱きしめた。麗奈はその言葉を聞いて嬉しそうな表情をして泣いていた。
「なんか変な感じで俺の気持ちを麗奈に伝えちゃったね」
健司はそう言ってから
「俺も麗奈に聞きたい。なぜ俺のことを好きになったの?」
麗奈は答える
「健司君が今日つぶやいてくれた… それが理由だよ」
健司はよく意味が分からない。つぶやいたのは今日、それが何故以前から好きになる理由になるのか…
「私ね、初めて健司君と話したあの日の前から、健司君のことを知ってたんだよ」
「健司君を遠目に見ていて、健司君なら私の願いを叶えてくれるって… 」
「そして今日、健司君の気持ちを聞けた。やっぱり健司君は私の願いをかなえてくれた」
「私は本当に幸せ。健司君と巡り合えて… 愛してもらって… 」
「私を離さないでね。私も絶対に健司君を離さない」
「私だけを見て、私だけを愛して。私も健司君だけを見る、健司君だけを愛する」
「私の全てをあげる。心も… 身体も… 」
「あなたは私が初めて本当に好きになった、ただ一人の人… 」
麗奈はそう言って激しく泣いた。
俺は思う。麗奈は学校のマドンナと言われ、人望も厚い。他の人からの憧れも受けているのに… 今の話を聞いて、何故か麗奈の寂しかった気持ちしか伝わってこない…
麗奈は自分を本当に好きになってくれる「誰か」をずっと待っていた… 一人で…
「あれだけ周囲に男子がいながら、誰も麗奈を分かってあげられなかった?」
麗奈はずっとそれに耐えていた? そう思うと、何故か俺の気持ちは悲しくなっていた。
「俺はずっと麗奈を守っていくよ」
「そして俺はずっと麗奈の傍に居るよ。俺の大好きな無邪気に笑う麗奈の笑顔を見るために」
その言葉しか俺の頭には浮かばなかった。
「ありがとう… 本当に… その言葉だけで私は十分幸せだよ… 」
瞳に涙をため、麗奈はそう言った。
それから暫く、俺と麗奈は互いに抱き合っていた。俺は麗奈の頭をなでる。
ただそうしたかった。
そうしているうちに、二人とも安らぎの中で眠ってしまった。




