第5話 魔法少女アネット
放課後、
アネットは放課後、今だ騎士科の授業中であるピートを、学園のカフェで待っていた。
「はぁ〜ピート、早く戻ってこないかなぁ〜」
アネットは、紅茶の入ったカップの縁を指でなぞる。
「窓ぎわでため息を吐く一人の乙女…絵になるわ〜」
「そうね〜あの恋する乙女感は、男子の制服を着たぐらいじゃ抑えきれないわ…」
「わ、私、勇気を出して、話しかけてみようかしら…お友達になれるかも…」
例のごとく、アネットの周りに居る女生徒達は、物憂げな彼女を眺めてヒソヒソと話しをする。
そんな中、
「アネットさん?」
一人の女生徒が席から立ち上がり、アネットに話しかけた。
「あ、はい。なんでしょう、クロエさん?」
彼女の名前はクロエ・ランドヴィック。
赤い髪の美しい、シェルブルック王国からの留学生だ。
「私もビクトリア様がお帰りになるまで、ご一緒してもよろしいでしょうか?
アネットさんも、ピートさんを待っているのですよね?」
クロエは、一人寂しく座っているアネットを放っておけなかった。
「はいっ!ぜひ、ご一緒に♪」
アネットは一度立ち上がり、椅子を引いてクロエを迎え入れた。
アネットもアネットなりに、紳士を演じているのだ。
「クロエさんは、ビクトリア様の護衛なんでしたっけ?」
「はい」
「騎士科の授業は受けなくていいんですか?」
「先日、怪我をしてしまって…今はお休みさせていただいてます」
クロエは制服を捲り、包帯を巻いた腕を見せた。
「い、痛そうですね。それは…大怪我なんですか?」
アネットは心配そうな顔をしてクロエに聞いた。
「軽く捻っただけで、大したことはないのですが…動かすとまだ少し痛みますね」
「クロエさん、少しいいですか?」
アネットは立ち上がり、クロエの額に自分の額をくっ付けた。
「ア、アネットさん!何をっ!?」
アネットの突然の行動に、クロエは頬を赤く染めた。
クロエもアネットが女性だと知っている一人であるが、いくら同性だとしても、こんな美少女に額をくっ付けられては誰だって動揺する。
「「「キャー♪」」」」
「待って!な、なにっ!?あの二人どうしたのっ!?」
「タイプの違う美少女二人があの距離って!?もうっ!どうすればいいのっ!」
「アネット×クロエ…いけますわ…」
アネットはそんな周りの反応に構わず、クロエと額を合わせ続けている。
「アネットさんこれは…」
「クロエさんお願い…もう少しだけ動かないで…」
「…はい」
クロエは自分の額から流れ込む、暖かい力を感じていた。
『治癒魔法っ!?まさか…本当に存在していたのですかっ!?』
クロエの記憶では、様々な魔法が存在するこの世界でも、魔石を使わない治癒魔法はまだ確認されていない。
「はい。もう終わりです♪
クロエさん、腕を動かしてみて下さい」
「あ、はい。…痛みがなくなってます…」
「良かった〜♪」
「あの…アネットさん、今のは治癒魔法ではないのですか?」
「あぁっ!まずっ…え、えっと〜ね、熱を測っただけですよ〜」
アネットは全力で誤魔化した。
「しかし…」
「フュ〜♪フュ〜♪クロエさん、熱がなくてよかったですね〜♪」
ちなみにアネットは口笛が吹けない。
『アネットさん…性別の事といい、魔法のことといい、嘘がヘタすぎますね』
クロエはこの優しい女の子の将来が、心底心配になった。
「お待たせ〜アネット」
と、そこへタイミング良く、騎士科の授業を終えたピートが戻ってきた。
「あっ!ピ、ピート!
それじゃあクロエさん、私帰ります!」
「ア、アネット?」
アネットはワタワタと立ち上がり、ピートの腕を引いて急いで教室から出て行く。
「あら?ピートさん、アネットさん、また明日」
そんな二人と廊下ですれ違い、入れ替わりでビクトリアが教室に入ってきた。
「お待たせしました、クロエ。
えっと…どうかしましたか?」
ビクトリアは一人取り残され、あっけに取られるクロエに聞いた。
「いえ、なんでもありません。
行きましょう、ビクトリア様」
「えぇ」
これはそんなお人好しのアネットの秘密を、みんなで守る物語。