その1 彼はこの頃憂鬱です。
「ねえ、今日も図書室に行くの?」
朝の挨拶をすることもなく、着席したばかりのオレに話しかけてきたのは、隣の席の新開映子だった。
中学三年の時の同級生。付き合っていたわけではないが、女子の中では最も親しくしていたと言っていいだろう。
高校で同じクラス、隣の席になるにいたっては「これは偶然じゃない。運命だよ」などと同じ中学出身の連中から冷やかされた。
実はオレも、心の中では(うぉっしゃ!)ってガッツポーズをとっていた。
だが、彼女にはそんなつもりはなかったようで、そのことで距離が縮まるということはなかった。
残念無念、意気消沈。
こうしてオレのリア充計画はいきなり頓挫したのだった。
そして現在、問題が発生している。そんな彼女のオレに対する態度が妙な具合になっているのだ。それもなんだか望まぬ方向で。
二学期に入ってからだろうか、どうにもこうにも不機嫌だ。チクチクチクチク、ことあるごとにトゲのある言葉をオレに投げつける。
原因についてアレコレ考えたものの、いまだにわからない。
オレ、彼女になにかしたっけか? たぶんなんかやっちゃったんだろうなあ。でも、覚えがないんだよ。
「ねえ、聞いてんだけど?」
せっかちなのは中学時代から変わっていない。いや、その前に朝の挨拶はしようよ。
「あー、新開さん? 僕は図書委員で、しかも今日は当番なんです。だから図書室に行くんですが、それが何か?」
自分で言いながら「説得力ねえ!」とダメ出しをする。
委員会活動は全員参加ではない。うまくいけばどこにも所属することなく済む。だが担任の指名やくじ引きで、面倒な委員を押し付けられるのは御免だ。
自分でいうのもなんだが、オレは何かにつけ運がない。ならばと思い、自薦で図書委員に手を挙げたというわけだ。
理由は「サボりやすそう」だから。ただこの作戦は結局のところ大失敗だった。その間違いに気付いたのは、図書委員枠を確保した後だった。
もしかしたらオレ、何もしなければよかったのかもしれない。
でもまあ、なってしまったものはしかたがない。それに悪いことばかりでもなかったしな。
ガンバレ、オレ。
「だからあ、なんでそんなに真面目になってんのって聞いてるんだけど?」
真面目になっちゃいけないのか、オレ?
いや、そもそも真面目なつもりはないので、それについては否定する。
「いやいや、そんなことはないので安心してください。不真面目さだけが僕の取り柄ですから」
この口調が気に入らなかったのか、彼女がさらにトゲのある声をオレに向けた。
「知ってんのよ。先週も、それに昨日も図書室行ってたよね。それも当番?」
う、それはそうだけど……。って、あれ?
「オレが図書室に行ってたこと、なんで知ってるの?」
だがこれは、どうやらつついてはいけない藪だったようだ。
「そんなことどうだっていいでしょ!」
彼女はすごい剣幕で怒鳴るとそっぽを向いてしまい、もうオレに話しかけてはこなかった。
あー、しまった。蛇を出してしまった。