06.管理者たち
図らずもオアシスで分解掃除ができた私たちは、そのままメンテ疲れをしっかり癒したのち、出発することにした。
ああ、オアシス、さようなら。また逢う日まで…。
後ろ髪を引かれながら、喪失感とともに泣く泣く出発したわけだが。
「あれ、そういえば、壊れた部品ってどうしたの?持ってきて…ないよね?」
身軽そうに、上機嫌で前を歩く梶本くんの様子にある疑問を抱いた。
「埋めました。そのままでもいずれは風化しますが、埋めたほうが早く砂になりますので」
「砂に?なるの?」
「はい、あの部品も全て、元々の素材が砂ですから」
「そっか…。それにしても不思議だな…なんでできたばかりのくずまで、時計仕掛けなんだろう?生まれるなら、有機生物になったっておかしくないよね?」
「それは俺にもわかりません。ただ…」
歩きながら、会話は続く。
「ただ?」
「昔…我々管理者が誕生する以前は、くずたちも、機械仕掛けではなかったという話を聞いたことがあります」
「そうなんだ。…じゃあ、梶本くんたちが作られたときに何かがあったんだね」
「そう思って、間違いないでしょう。」
管理者が誕生する前から、この交錯点はあるのだという。きっと、人が生まれたときにできたんじゃないだろうか、なんて想像を働かせる。
「…あれから結構歩いてきたけどさ、くずかごってどの辺にあるの?まだ結構遠い?」
「そうですね。…おみが来る前は、タイムスケジュールという概念がなかったので気にしていませんでしから、どのくらいかかるか、と言われると、ちょっと答えづらいですね。まだ先です」
「まだ先か…そっか。」
まだ歩き続けないといけないのか、と思う反面。
なんとなく、まだ続いてほしいと思うときがある。
もちろん、家に帰りたくないわけじゃないし、帰るために向かってるはずなのだけど。
実際に、くずかごに着いたらどうなってしまうのか、想像しないわけではない。
星の夢が何を考えているかなんてとても思いつけるわけがないし、梶本くんに聞いても答えられないだろう。
沢山のくずを集めて、ひとつの星の夢をつくるくずかご。
もし、そこに"異物"が入ってしまったら?
それが例えば、…人間だったら?
その先を考えるとろくでもないことしか想像がつかないので、それ以上考えるのはやめる。
着いたら着いたで、その時だ。
「管理者ってさ、皆時計の複雑機構関連なんだよね?もしかして、全部で7人?」
別の話題に変える。
時計が作られる際に搭載される機構。
その中でも、特に複雑で高度な技巧を駆使して作られる"複雑機構"は、おおよそ7つに分類される。いわゆる、"7大機構"というやつ。
・ミニッツ・リピーター。これは梶本くん。鐘を鳴らして時間を知らせる。
・トゥールビヨン。タングスくん。重力無視のジャイロ脱進機。
・永久カレンダー。上2つを合わせて、この3つは世界三大複雑機構と呼ばれ、最も複雑で評価が高い。
それから
・スプリットセコンド・クロノグラフ
・パワーリザーブ・インジケーター
・ムーンフェイズ
・レトログラード
の四つを加えて、7大機構。それぞれの機能については、まあ、それに該当する管理者と会ったときにしよう。語りだすと、止まらないのだ。…全員会えるかどうか、わからないけど。
とりあえず、知っている機構を上げていくと、梶本くんが頷いた。
「ええ、ほぼ、ご想像通りです。ただ、管理者はそれに加えて、もう一体」
「え?」
「"最初の管理者"と呼ばれる、『レギュレーター』がいます。」
「レギュレーター…そうか、"標準機"」
レギュレーター。レギュレーターの説明は一言でいうと、"全ての基準"。
じゃあ、時計の基準とは一体なにか?という疑問になる。
そもそも、時計というものは必ずずれるものだ。
何故なら、時計が1周するのには60秒刻み、それを60回、そしてそれを12回繰り返す。
時計がずれる要因としては勿論故障もあるけれど、故障以前の問題。
現在地球では時間の定義として、協定世界時(UTC)と、国際原子時(TAI)の2つの測り方をもとにして、正確に世界標準時間を、単位を決めている。
協定世界時は、地球の自転に基づいて割り出された計算方法。
国際原子時は、この世界を構成する原子と分子、2つのエネルギーの動きから出る波を利用した計算方法。
当然ずれが起こり得ない国際原子時ならば、計算的には協定世界時よりもずっと正確になる。
ずれないならそれを基準にすればいいじゃん、と思うと、そうでもない。
一定のエネルギーの波だけで計算してしまうと、地球の自転…もっと言うと、月の満ち欠けや潮の満ち引き、日の出・日の入りの時間…夏に太陽が長く、冬に太陽が短くなるあれ。
いわゆる体感時間と齟齬が出てくる。
大げさに言うと、昼と夜が逆転してしまうことだってあり得てしまう。
しかし、日の出と日の入りで時間を決めてしまうと、今度は"24時間"という定時が作れなくなる。当然だよね、長くなったり、短くなったりするわけだから。
と、いう訳で、地球の自転と、世界を構成するエネルギー波、その2つを割って丁度いい感じにすり合わせましょう、ということで今生きている世界の『標準時』が日々調整されながら、動いている。
因みに、当然、2つの間では何秒かのずれが出てくる。そのずれを0にするために、埋められるマイナスでもプラスでもない、実在しない数秒間。これが、世界であるはずのない"閏秒"と呼ばれる。
その閏秒があることによって、私たちは現在、"1日24時間"を生きている。
それを、60回1回転だけで正確に測ろう、という事自体、不可能な話なのだ。
尤も、それでも限りなくずれを無くそうとして、実際殆どずれを解消する為に作られた複雑機構時計は、もうそれだけで称賛されるべき"狂気"の象徴だと思う。
そしてその集大成は、あまりに美しすぎる芸術品としてしか求められなくなりつつあるのが少し悲しい。
科学が進歩した今、時計なんて電波時計があれば十分、と思う人が大半だろう。
勿論、ずれないでいる方がありがたいし、日常ではそれが必須だ。
その電波時計の大元こそ、この世でただ一つの絶対時間"標準機"となるのだ。
…と、ここまでは、地球の話。
「レギュレーターは、交錯点の中心に座しているといいます。会ったことはありませんが」
「ないんだ?」
「はい。まず、中心に向かったことがないのです。…行く理由がないですし」
「あ、なるほど」
確かに、理由がなければ、会う必要もない。
くずたちにとっても、星の夢にとっても、基準なんて気にする事はないのだろう。
「…ん?じゃあ、レギュレーターがいる意味…なくない?だって、今の交錯点は星の夢が支配してて、星の夢がルールになってるんでしょ?何やってるんだろう?」
「………」
あ、言われてみれば、って顔してる(多分)。
交錯点の管理者。
この夢と夢が重なり合う場所で、願いが、祈りが星となって生まれていく場所を、管理するために作られた機械人形たち。
時間の概念がない交錯点を管理するには、やはりまず『全ての基準』が必要になる、と製作主は考えたのだろう。ただくずが生まれ、星の夢になり、星になるためだけなら、別に管理する必要なんてない。
恐らく、全ては夢から迷い込んできた人たちを、正しく元の世界へ帰すためじゃないだろうか。
案外、人間の、人間による、人間のための管理者たちなのかもしれない。
ただ、それだと、交錯点は人が加わった、人のためのものになってしまう。
ここはあくまで、願いと祈りの終着点。誰かのものになってはいけない世界。
人の味方でありながら、人ではないものの管理が必要になる。出来れば自我があっても、自己制御が可能な存在が。だから、機械人形。
人々の、くずたちの、星の夢の、交錯点全体の、管理が。…まあ、あくまで今まで聞いてきた情報に基づいて予想しただけだけど。
「あ、そもそも他の管理者とは会ったこと、あるの?タングスくんはともかく」
「はい、それはあります。交錯点は日々膨張しているので、それぞれ歩きながら自分の仕事に従事しています。時折、互いの道中が交差して鉢合わせしますよ。皆ランダムに動くので、滅多にはありませんが。…タングステンとも、こうして出会ったのは随分久しぶりです。理由がなければお互いを目指すこともありませんから、星の夢が指図しなければ、次に会うのはもっとずっと先だったでしょう。」
「宇宙みたいだね」
「夢は無限に生まれ、少しずつ消えていきますから。積み重なって膨れ上がっていく場所もあれば、崩れていく場所もあります」
「なるほどねー。でも、タングスくん、よく私たちの居場所が分かったよね?砂漠の中でごまつぶ探すくらいに難しそうじゃない?」
タングスくんは空を飛べるからほかの管理者に比べて交錯点を移動しやすい、というのはあるかもしれないけど。
「管理者同士は互いに信号を出し合っているので、おおよその位置は分かりますよ。最も、大体離れすぎていて、ぼんやりとしかわかりませんが。感覚的には、『だいたい向こうのほうに、誰かしらがいる』くらいです。あくまで"自分が管理者である"という信号だけが発信されているに過ぎないので、個体の特定まではできません」
「そっか。まあ、あんまり精巧に作りすぎると処理に時間かかるもんね
「よくわかりませんが、動力をたくさん使うという理由は正しいです。ただ、管理者よりも迷い込んだ人間を探すほうが余程簡単なので、タングステンもおみの位置を特定し、やってきたのでしょう。すぐ傍に俺の管理者信号も出ていますから、それで確信は持てます。ですから、まっすぐ飛んでこれたのだと思います」
「あ、そうなんだ?…人って、すぐにわかるの?」
「ええ。非常に複雑で、異質な強い信号を体から発しているんです。その複雑さはくずはおろか、我々とも比べようがありません。」
「あ、そっか。人間だって電気で動いてるんだもん、そうだよね…なるほど。私、今この交錯点で一番目立つ存在ってことか」
電気で、というのはざっくりしすぎだけど。梶本くんが頷いた。
「その通りです。他の管理者たちも、おみの存在は間違いなく気付いています。」
「そっかあ…。あ、ねえねえ、じゃあ、今交錯点で、私のほかに誰かいる?人間」
「…いえ…多分、いない…と、思います」
「ん?自信なさげだね?」
それが、と、梶本くんが首をかしげる。
「基本的に、交錯点に紛れ込む人間はまず生身ではありません。あくまで、人の形をかたどった精神体のようなものです。意思の疎通ができるものもいれば、できないものもいます。それでも、特有の信号が発せられるのは、"人間という存在"そのものが、強く複雑な信号が絡み合ってできているからなのでしょう。それでも驚異的なのですが、おみはここに、生身で来ています。…我々にとっての"普通の人間"とは、比べ物にならないほど強烈な信号が出ているので、…その…」
若干言いづらそうにしている。
「…誤検出…している可能性があるんです…」
「…ジャミング装置か私は」
そのセリフには予想がついたけど、梶本くんが私を慮ってくれているのが微笑ましい。おみちゃん、実は機械人形説。わはは。
「ディセプション・リピーターとしても使えますよ」
そうきたか。リピーターだけに、梶本くんの知識、なかなか偏っている。
「私も梶本くんと同じリピーター仲間だね。…中継器のほうだけど」
「人間は我々よりも複雑機構ですから、正しく"超絶複雑機構"ですね」
「…間違っては、ないんだよねえ…」
否定できるけど、否定できない。
結局のところ、突き詰めていくと人間もロボットもあんまり変わりがない、とはよく言われているし。
「じゃあ私が近くにいると、梶本くんからは他の人が紛れているか、わからないのか…」
迷い込んだ人間を元の夢に返してあげるリピーター。
その仕事の邪魔をしていることになる。
もしかしたら、私のせいで何人もの人が見つからないまま、帰れずに彷徨っているかもしれない。
さっき梶本くんが言い淀んだのは、私がそれに気付いて気にしてしまうことを見越したからだろう。優しい機械人形だ。
「まあ…問題はありません。その時は他の管理者が人間を見つけて、俺のもとへ連れてきてくれますから。そもそも自分もこの体一つですから、全てを迅速に対応することはできませんし、それはそれぞれ、了承の上です。普段全く関りがなくても、必要な時には助け合うのも、管理者の仕事のひとつなんですよ」
「そうなんだ」
「そういう意味では、俺は管理者の中でも他の管理者と接する機会が多いですね」
「なるほど…まあ、それならよかった」
梶本くんにとっても、迷い込んだ人にとっても。
そして、噂が噂を呼ぶのか、それとも星の夢の陰謀か。
私たちには、新たな出会いが待っていた。