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05.マイム・マイム

嵐の様にやってきたタングスくんは、結局最後まで梶本くんを悪態をつき、罵倒し、嵐の様に去って行った。

本当に、"旋風(トゥールビヨン)"というに相応しい子だったなあ。


梶本くん自身は、タングスくんのことは別に嫌いだという訳ではないらしい。

「自分では可愛がっていたつもりなんですが…昔から何が気に入らないのか、いちいち突っかかってくるんですよ」

梶本くん(お兄ちゃん)が大好きなんだね」

生意気盛りな男の子。反抗期、というより、ライバル心。そんな印象を受ける。

梶本くんよりも背が高くて、見た目は俳優並みに綺麗な顔をしているのに。

「あれは、好かれてるんですか?」

絶対そうだよ、と笑うと、赤いマスクの下が破顔したように見えた。


タングスくんのおかげで、梶本くんと私の間にあった"他人行儀"の壁が薄くなった気がする。

何を考えているかわからない梶本くんの心が解ってから、お互い、良い意味で遠慮をしなくなった。


その代わりかどうかは解らないが、タングスくんが去ってからの道中、くずたちが私たちを襲撃するようになった。

星の夢の差し金か、タングスくんの逆恨みかはわからない。

それでも、頼もしい管理者"リピーター"の斧は容赦なく、軽やかに暴れるくずを静かにしていく。

おかげで手持ちが少なくなってきた"くず団子"が補充できる。

はぎ取ることについてはもう吹っ切れていたし、一度味わってしまうともう砂を食べたいと思わなくなってしまった。弱い人間なんだ、私は。

ごめんね、次は必ず良いことがあるからね、と謝りつつ、今日もくずを剥いでいく。


相変わらず砂漠の真ん中ではあるが、少し大きな砂丘を昇りきったところで、いつもとは違う光景が眼下に広がる。

ここから少し離れた地点。

地面に小さな穴が無数にあいていて、煙(のような何か)が伸びている一画を見つけた。

「わ、すごい。景色が変わるとちょっとテンション上がるね!」

喜ぶ私を見て、梶本くんが同意してくれた。

「もうすぐお昼時間になりますから、あの辺りで休憩しましょうか」

「賛成、賛成!ねえ、あそこには何があるの?」

「…それは、行ってみてのお楽しみという奴です。」

いつも質問には律儀に答えてくれる梶本くんだが、今回は勿体ぶられる。

だが、その口ぶりからは何かがあるんだろうが、悪いものでもなさそうだった。期待感が膨らむ。


気分が高揚しているからかすこし足早になりつつ、目標の地へ辿り着く。

穴があいているところは砂ではなく、少し硬く土の様になっていた。砂地ではなく、地面になっている。

遠くから見ている分には地面の小さな穴から煙が噴き出ているように見えていたけど実際はその逆で、穴の周りの雲が小さな穴に吸い込まれている。見ててちょっと面白い。

だが、中心部の方に向かっていくと、交錯点に来て以来、衝撃的な出会いを果たすことになった。

具体的には大きな穴が開いていただけである。だが、もちろんそれだけではない。


水が、…水が溜まっている!!


水面では空に浮かんでいる星々の光を受け、ちらちら、ゆらゆらと光を湛えている。

近くまで行くと底が見える透明さで、一番深い中心部から半球上の大きな湖となって、絶え間なく水が湧いている。恐らく、周りの穴から吸い込まれた雲が溜まって、この湖に流れ込んでいるのだろう。

交錯点の砂は水が混ざるとドロドロの油になるのに、何故ここだけ、こんなにきれいな湖に?なんて無粋な考えはもうこの際捨て置こう。私は地学者じゃないからそんなことどうでもいい!

思わず梶本くんの方を振り向くと、梶本くんは得意げ(あくまでそう見えるだけだが、そういう雰囲気を醸し出しているのは間違いない)だった。

「え、え、これ、あれ?オアシスってやつ!?」

「名称はありませんが、そうですね。この辺りに迷い込んでくる大半の人は皆そう呼びます」

夢を見ているときに、交錯点に迷い込んでくる人は結構いるらしいとは聞いていたが、今のところ、私はまだ人と鉢合わせたことはない。会う可能性は結構あるらしいんだけど、運が悪いのかな。

まあ、そんなこともどうでもいい。

重要なのはオアシスだ。頭の中で、名曲のイントロが流れる。

オアシスという存在が生物にとって、遭難者(遭難してないけど)にとって、砂漠を歩く者にとって、どれほどの救いだったのかなんて、理解したつもりだった。でも、今は。

"これだけは絶対に言える。私くらいに思っている人は他に居ないんだって。あなたのことを"。

…オアシスのことを!!

思わずこれまでの道のりの思い出が走馬灯のように、ブリットポップな音楽にのせて駆け巡る。


この道中、飲み水には困らなかったが、体を洗うほどの量は集められない。

サバイバルだから仕方ない、と諦めていた。

因みに普段は水で洗えない代わりに砂で洗っている。

…本当の砂かどうかは解らないし、この砂が無菌かどうか(そもそも菌なんて発生しているのか?)という細かな想像もあったけれど。

「どうせ夢の世界、食べれるけれど砂は砂だ!」と非常に自分に都合のいい解釈をして、

「何をやっているんだろう、この人」と首をかしげる梶本くんに手伝ってもらって砂風呂を実行した結果。

思いの外体が痛くなるけど、翌日はめちゃくちゃすっきりして体が軽くなるので、意外と疲れが取れる事が判明した。以来、砂風呂が日課になったのは言うまでもない。

身体についてはそれで結構清潔さは保てていたけど、問題は髪の毛だった。

こればかりは、砂で解決できるものじゃない。


そこに、一筋の光(水)が舞い降りてきたのである。


水。ああ、水。それも泥水じゃない、きれいな真水。マイム・ベッサッソン!

水を掘り当てた喜びで歌いだすイスラエル人の気持ちが今なら解る。そりゃ踊りだすわ。


「梶本くん、梶本くん!頭!頭洗っていい!?」

「どうぞ」

狂喜乱舞する私の様子をただ静かに見守っていた梶本くんは、いつの間にか薄皮袋に水を溜めていた。仕事が早い。

「そうだ、折角だから洗濯もしちゃおう、梶本くん!脱ごう!脱いで!」

「…はい?」


土埃とか、砂埃とか、そういった汚れの概念がこの世界があるのかという事自体疑わしいことではあるが、実際風が吹いて砂が体に当たったりしているのだから、なんとなく汚れた気持ちになる。

当然それは人間である私の感覚だから、梶本くんにしてみれば何のことかさっぱり理解できない様子だった。実際、砂風呂の時も本当に不思議そうにしているし。


梶本くんが機械人形だと解って以来、私の中の女性の恥じらいは多少薄らいでいる。しかも、四六時中一緒にいるわけだし。いくら言動が男性寄りだとしても、日本に来ていた時は普通の男の子(失礼だが、今はもう顔も思い出せない)だったとしても、交錯点では機械人形。俺女の可能性だってあるもんね。素顔も見たことないし。

砂風呂の時も、はじめは一応気を遣ってある程度身体を隠したりもしたけれど、その内ばからしくなって気にしなくなった。

「機械なんでしょう?体。脱いだって大丈夫でしょ?」

「…脱ぐ?…服を、ですか?」

そもそも、脱ぐという概念すら持ったことがないらしい。まあ、当然か。全身タイツなのは防塵のためだろう事は想像がつく。だが、今は風は吹いていない。

「駄目なの?」

「駄目、という訳ではないのですが、脱ぐ意味が解らないです」

「毎日着ている服を綺麗にするの。服だって、砂とか埃とかで汚れるの。汚れると動きにくくなるの。時計だって分解掃除(オーバーホール)するでしょ?あ、なんなら構造を教えて。私が梶本くんをメンテナンスしてあげるよ!大丈夫!私、これでも時計の修理できるから!自分じゃ背中とか細かいところ、しっかり洗えないでしょ?いつも守ってくれるお礼だよ!ね?だから脱ごう、今すぐ脱ごう!!」

ここまでテンションが上がり、一息で力説する私の勢いに呆然とした梶本くんは、

「…おねがいします…」

と、あえなく降伏した。


早々に髪と体を洗い、二人の衣服を洗って干す。ああ、石鹸が欲しい。

砂の中にはある程度油分もあるだろうから、それを抽出して油だけ取り出せる、なんてことないかな。

お互いに恥も外聞もすべてを捨て去った形…要するに、丸裸で湖のふちで、梶本くんの体をいじくりまわす私。異世界で何やってんだろう。洗濯物が乾くまで時間があるから仕方ない。

梶本くんは落ち着かない様子で、しきりに辺りを気にしていた。

恥ずかしいという感情ではなく、無防備な状態の今ここでくず達にに攻めて来られたらどうしよう、という心境のようだ。


ずっと気になっていた梶本くんの素顔がとうとう拝めたのだけれど、どう表現したらいいだろう。

所謂、「平均的なロボットの顔」だった。目と鼻と口もある。鼻に至っては綺麗にシュッとした形で、目に関しては専用の球体がぴったりと埋め込まれていて、瞳孔の部分にも視覚センサーがついているそうな。

耳たぶはないが、耳の穴があるであろう部分には集音用の穴があって、その穴にグリル(マイクの網みたいなやつ)がはめ込まれている。

つるりとしたチタン金属系の外殻で造成されていた。

先にタングスくんという、非常に人間らしい美形の素顔の前例があっただけに、別の衝撃が走る。

タングスくんには皮膚らしきガワがあったのに。こんなに違うものなのか、と思うのと同時に、ほっとした面もある。

これで普通に男の子の顔が出てきたら、今の状況に恥ずかしさがこみあげていたたまれなかっただろう。

良かった、と素直に思う。それと同時に、

「綺麗な顔してるね」

と、心から褒めることができた。

因みに、褒めた時に梶本くんの瞳孔が少しだけ縮んだのは見逃さなかった。

本当に精巧にできている。中身は人間なんじゃないだろうか、と思うほどに。


閑話休題。

当然ながら、機械の体について全てがわかるわけではなかったけれど、そこは梶本くんから色々教わった。

部位や名称、どの構造がどれで、なんてやっている内に夕方時間になってしまったので、今日はもう進むことを諦めてメンテナンスの日に(強制的に)決めた。

ローブの中には色々仕込まれていて、他にも道具箱やら袋やら、色々隠し持っている。

さながら、暗器を仕込んだ暗殺者。見た目はホラーゲームの住人なのに。

因みに、メンテナンス道具は梶本くんのローブの内ポケットに入っていて、それを貸してくれた。

これまた私にとって、非常になじみ深い道具ばかりだった。いくつか用途が分からないものもあるけど、時計屋の娘の本領発揮ができそうだった。


そして、梶本くんの内部を見て、疑念が確信に変わる。

…といっても、管理者たちの話を聞いていればまあ、そうだろうな、とは思っていたけれど。

管理者たちを作ったのも、間違いなく時計職人だ。





はじめてのメンテナンスは時間がかかり、難航しつつも、優秀なオブザーバーのおかげでなかなか満足のいく結果となった。

まず開けてみてびっくりしたのは、あちこち歯車が摩耗して欠けていたり、大きめの塵が引っかかっていたり、油が乾いていたりと、よくこのままであれだけ動けたな!と思わせる程度には色々損傷が激しかった。

何より真っ黒で汚かったりしていたので、そこはもう時計職人魂が疼いてたまらず、患者の了承を得ながら一部区画ずつ奇麗に洗い、乾かし、磨き、傷んだ部品を交換していった。

周到にもくずたちと戦った後に色々部品を調達していた梶本くんだったが、その成果がばっちりと発揮された瞬間だった。

ばらして、綺麗にして、壊れた部品を交換して…の繰り返しをしていくうちに気付いたこと。

「梶本くん、常時ストッパーが掛かっている状態だったんだね…。」

「…」

定期的に自分でメンテナンスしていたと本人から聞いていたのだが、実際には何もできていない。

どのくらいの時間、ずっとこのままだったんだろうかと考えると恐ろしい。

精巧な機械人形は、何か答えれば都合が悪くなるのを理解してか、沈黙を貫いている。

変なところまで精巧だな。思考回路、開けて見てみたけどもうさっぱりお手上げだった。

そっちは最早時計技術の範疇ではなくなっていたので、頭のほうはなるべく触らないように、汚れを拭く程度にとどめている。まあ、綺麗になっただけましになったんじゃないかな。

これで本当によくくず達はおろか、タングスくんと喧嘩できたものだ。尤も、お互いに全力を出している風ではなかったし、ただのじゃれ合いだったんだろうけど。

もし、タングスくんが本気を出していたら壊されていたかもしれない。

そう思うと、心底背筋が凍った。




「…!」

ガワから何から全部磨いて、砂と水で混ぜた油を注して、蓋(というか外殻)を閉じて完成。

洗濯して汚れを落とした全身タイツとローブを着直しても何一つ変わらない見た目だが、見違えるほど綺麗になった(錯覚)梶本くんは、何度も自分の体の調子を確認していた。

「どう?動かしてみて気になるところとか、動かないところとか、ある?」

良い感じに下着やら体操服やらジャージやらも乾いたので、着替えながら聞いてみる。今、交錯点にきて一番気分がいい。

「いえ…非常に、快適です」

「そう!良かった」

本当に大丈夫かどうか緊張したが、梶本くんの嬉しそうな様子に安心する。

「素晴らしい…。おみ、貴女は、本当に素晴らしい!」

こちらに向き直り、正面から、しっかりと褒められる。

「え、あ、…ありがとう…」

そんな風に言われると、さすがに嬉しいやら気恥ずかしいやらで、対応に困るんだけど。

「お礼を言いたいのはこちらです。おみ、本当にありがとう。本当に動きやすい…。こんなに体が軽くなるなんて、想像できませんでした」

「そりゃあ、あれだけ真っ黒で部品壊れてたらね…」

「貴女は俺の恩人です!」

そこまで言うか?だいたい、殆どの構造は分からなくて梶本くんに教えて貰っていたのに。

「き、気に入ってくれたなら、うん。その、いつでもメンテしてあげるよ…わっ!?」

突然、強い力でがっしりと、両手を掴まれる。

「お願いします!」

非常に力強い声だった。

もちろん、嬉しくないわけがない。

自分でも役に立てることがあった。足手まといでなくなったことが、何より嬉しかった。

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