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04.暴れん坊トゥールビヨン

拝啓、橘時計店(ご家族)の皆さま方。お元気ですよね。きっと。

生三です。異世界、大分慣れてきました。

砂と雲の水生活にも(多少のうんざりさはあるものの)慣れてきました。


星の夢襲来から体感的に大体2日くらいです。

というのも、道中梶本くんの好意で簡単に朝休憩・昼休憩・夕小休憩、夜休憩のタイムスケジュールを組んでくれました。朝も夜も季節もない交錯点では、人は簡単に狂ってしまえるのだそうです。

計5日経過、というところでしょう。

あの後、私たちは星の夢によって突発的に生み出された生まれ損ないのくず達の残骸をかき集めて、何か使えそうなもの(主に梶本くんの修理用の部品)がないか物色していました。

くずの残骸は歯車とネジを含めた構成部品等々、非常にオーソドックスな自動人形の作りでした。

勿論設計そのものは違うけれど、おじいちゃんに昔見せてもらった自動人形そっくりです。中身だけは。


そして何より、くずの表面の皮。交錯点の砂を集めてできています。要するに私の食糧になる、という。

これは心情的にくるものがあった。

何せ、生まれるところから動くところ、そして止めをさされるところまでしっかり間近で見てしまったから。尤も、くずの大元となる砂を食べていた時点で今更何を言うという突っ込みもあるけど。

けれど、他にどうしようもない。

何より、飽食の時代に生まれ食に困らない生活をしていた人間にとって砂を噛む生活は辛い。流石にこの先、砂だけではまいってしまう。

くずの皮は、柔らかくて丈夫な薄皮の下に、厚みがあってぶよぶよとした肉のようなホルモンのようなものがくっついた二重構造で出来ていて、薄皮さえ裂いてしまえば手でちぎるのは簡単だった。

薄皮については感覚的にはソーセージの、あの豚の腸に近い。

ホルモンの方はちょっと丸めて団子にする。いうなれば、ミートローフ。

形を成してしまえば、あとは覚悟を決めて口に入れてしまえる。

食感は適度に弾力があって歯ごたえがあって、もちっとしていた。生肉みたいなかんじ。

歯ごたえの所為か、砂よりも美味しく感じられてしまう。味に関しても、血生臭さもマイルドになった分脂の甘さが浮き出ていて、塩味と糖の甘さがいい塩梅にきいてしまい、あっさりとした柔らかさの肉の味になっていた。

…要するに、砂より断然美味しかった…。

なんか、新しい扉を開いてしまった気がする。

これが、サバイバルという奴か…。虚しさと若干のもの悲しさと、食の大切さを思い知る。


私がショックを受けつつくずの生皮をはぎ取っている間、梶本くんは手際よく薄皮を綺麗に削いで、風呂敷とひもを作ってくれていた。器用だった。サバイバル慣れしている。

薄皮で簡単な袋を作り、持ち歩ける程度に使えそうな残骸をかき集めてから、くずかごを目指してまた砂漠を歩いていく。太陽がなくてよかった。そうじゃなかったら、初日で死んでいただろう。


「…橘さんのご実家が時計店…そうですか」

軽く生い立ちを話すと、梶本くんは妙に納得したというか、感心した様子だった。

「あ、おみでいいよ。あと、クラスメイトなのに敬語とかいいから」

「じゃあ、おみ。…おみは、帰りたいと思わないのか?」

意外とあっさり言動を変える。…元々クラスに居た時も話をしたことがなかったから、本来がどっちなのかは知らないけど。それより、梶本くんの質問にひっかかる。

「思うよ。え、帰れるの?」

「帰れますが、今は無理です」

はっきり、きっぱりと答えられる。しかし、あっさり敬語に戻ったところを見ると素は慇懃な方らしい。

「だよねえ。そうじゃなかったら、もうとっくに帰ってるよね」

「気になりませんか?あ…、ならないか?」

「無理してフランクにならなくてもいいよ…。そりゃ、気になるけどね。気にしても来ちゃったものは仕方ないし」

「肝が据わっている」

どことなく、呆れたような、おかしいような笑みの含んだ声。

何日も一緒にいると機械人形だという事も忘れそうになるくらい、打ち解けた気がする。

実際、最初の頃より梶本くんの言動が段々フランクになってきている…と思う。

「考えなしだって言われるけどね。気になるといえば、どちらかというとそのマスクの下の方が気になるけど。中身、どうなってるの?」

「まあ…見ても、つまらないですよ。」

あ、これはあんまり突っ込まない方がいいやつだ。

「誰かに、作られたの?さっきのくず達と違って、すごく精巧みたいだけど。本当に機械人形なの?」

「ええ、俺はこの交錯点の管理者、複雑機構(コンプリケイション)機械人形(オートマタ)の一体です。なので、他のくずとはちょっと、成り立ちが違うのです。そちらの世界に行ったときは、星の夢の力で別の形として送り込まれたのですが、違和感、なかったでしょう?」

違和感がないどころか存在感すらなかった、とは失礼すぎるか。

道理で、誰かと喋っている印象がなかったわけだ。今になってみると、点呼でも呼ばれてたかどうか怪しいが、思い返すまで誰も全く気が付かなかったように思う。

「ふーん、じゃあ元々ファンタジーの住人だったんだね、梶本くん。…あ、もしかして、()()()()だから()()?」

「…ええ。星の夢が、俺をそう呼ぶので」

「カジモド…、"ノートルダムのせむし男"だね。鐘つき男。こっちにも、向こうの世界の作品が知られてるんだ?意外と、結構人間が来てたりして」

「ええ、よく来ますよ」

「そうなの!?」

何気なしに適当に言ったら、当たっていたらしい。

「厳密にいうと、人間が、というより、人間の夢が、です。交錯点は夢と夢が重なり合う場所ですから、夢を見ている人間が交錯点に落ちてくることがあるんです。短時間でなら、人間との交流は珍しくないんですよ。おみの様に、生身のまま来ることはまずありませんが…。とにかく、そうやって迷い込んできた人間に警鐘を鳴らし、元の夢へ連れ戻すのが本来の俺の役目です。」

「あ、本当に鐘つき男なんだ」

「おみは時計に詳しいんですよね。リピーター機構はご存知ですか?」

「知ってるよ。機械の中に鐘を入れて、時間を音で教えてくれる機構。」

とても複雑で、とても美しい機械仕掛けだ。

日本でも、ウェストミンスター・チャイムのメロディを知らない人はまずいないだろう。

授業の度に鳴るあのメロディ。キーンコーンカーンコーン、ってやつ。

あれこそがイギリスの時計塔ビッグベン(現エリザベスタワー)で定時に鳴り響く鐘の音なのだから。

時間を音で知らせてくれる時計の存在は、意識しなくても溶け込んでいるのだ。


「俺たち管理者は、時計の機構を元にして作られています。俺はその内の『リピーター』です」

「はあー、なるほど、機械式時計の擬人化ってやつだ!」

「…有り体に言ってしまえば、そうなりますね…」

納得したような、妙に不服そうな梶本くんの声音。

なんだろう。擬人化、っていう部分が引っかかるのだろうか。


「…ん?っていう事は、梶本くんの他にも、擬人化された複雑時計がいるってこと?」

「はい、勿論。例えば…」

そう言いかけたところで突然、遠くのほうからヒュオオオオ、と、風を切るような音が近づいてきた。

まるで、突如ジェット機のようなものが割り込んできたかのような。

「ああ…噂をすれば、やってきましたよ」

「え?」


ヒュオオオ、


オオオオ、


オオオ、


どんどん、風切り音がこちらに近づいてくる。


空を見上げても、流れる雲と、ほか星(例の星の夢じゃない普通の星の夢。わかっているけど、あの子と違いが分からないので、区別化としてその他の星の夢、略してほか星と呼ぶ事にした)がいつも通りてきとうに巡っているだけで、変わったものはない。

ただ、音だけが近づいている。

何にもいないけど、と口に出そうとした瞬間。

ボフンッ、と、何かふかふかしたものに当たったような、弾けたような音とともに、上空から影がさした。


太陽もないのに、影?と顔を上げると、そこにはハリウッド男優と見紛う程奇麗な顔をした金髪の美青年が、気難しそうに眉間に皺をよせながらこちらを見下ろしていた。

作り物みたいだ、と思うほど中性的に整っている。女性かもしれないが、体的には男性の体格をしている。

顔以外も梶本くんと似たような恰好をしているけど、灰色のローブはちょっとおしゃれに着こなし、タイツは黒だった。カラーバリエーション、あるんだ。


「久しぶりだな、何しに来た?タングステン」

梶本くんが首をかしげながら、上空の美青年を見つめる。

「その名前は捨てた。星の夢より賜った、新しいわたしの名前はウォルフラムだ、カジモド!」

何やら梶本くんに対し、因縁があるようだ。

「…?…何が違うんだ、それ?」

「響きだ!」

首をかしげ、本気で悩む梶本くんに対し、自信たっぷりに告げる美青年。

あ、なんかちょっとこれはこれでおかしい人っぽい。

「あ、そう…まあいいや。降りて来いよ、首が痛い」

機械人形が痛みを感じるのか、という疑問はとりあえず放置しておこう。今気が付いたけど、彼に対しては敬語じゃないんだね。

「何故わたしが、貴様と同じ目線に立たねばならない!」

タングステン(ウォルフラム)と呼ばれた美青年は梶本くんに対し、終始いらいらとしている。

「兄に向かって貴様とはなんだ、タングステン」

「だから、その名は呼ぶなと言っている!ウォルフラムだ!わたしは貴様なんかを兄だとは思っていない!」

あ、弟なのか、だからか。なるほど。ずいぶん兄弟仲が悪そうだ。

「おみ。あれが管理者『トゥールビヨン』の機械人形、タングステンです。俺の後に作られた、いわば弟のようなものです」

…天然なんだろうか、わざとなんだろうか。わざとなんだろうな。

「えっ、トゥールビヨン!?」

思わず、タングステンくんの方を向き直る。


トゥールビヨン。

"渦巻き"とか、"旋風"という意味を持つ時計の中でも特に高度な技術の一で、技術としては同じ位高度なリピーターと比べてもその存在はあまり知られていないと思う。

これの何が凄いって、今でこそ電波時計のおかげで時計が狂う事はない時代になったけれど18世紀、まだゼンマイで動いていて、ゼンマイの重みや傾き加減で針が狂ってしまうのが前提の時計に対し、ある天才時計技師が重力の影響を受けず、針が狂わないようにする為に作られたのがトゥールビヨンという技術装置なのだ。

その動く様は見ていて楽しい。

揺れ動く船の中で、中のワインがこぼれないように設計された、丸底のコップがあると思う。

起き上がり小法師みたいな。

あれをそのまま時計でやってのけた、というのが例えとしては近いかもしれない。

時計を縦に持っても重力の影響を受けずに回り続けることができる。

だからタングステンくんは飛べるのだろうか…異世界のオーバーテクノロジーというやつなのかもしれない。興味はあるけど、深く考えると止まらなそうだ。


「その人間が、主星の言っていた「おみ」という娘か。連れていく!」

びしり、と指をさされる。

「何故お前が連れていくんだ?」

「主星の命令だ。カジモドからおみを奪って連れて来いとわたしに命じられた!」

「そうか、残念だがお前は俺からは何も奪えない。いいから戻れ」

しっしっ、と野良ネコに対するが如く、片手で追い返す仕草をする。

「…!カジモドのくせに!」

悔しそうに歯を食いしばり、勢いよくこちらに突っ込んできた。

「!」

とりあえず、頭を抱えてしゃがむ。以前よりは咄嗟の判断で動けるようになった、と思う。

そうすれば必ず、梶本くんが助けてくれる。…なんか、ずっと梶本くん頼りだなあ。

梶本くんが居てくれなかったら、間違いなくもう死んでる。

「どけ、邪魔だ!」

頭上近くで、タングステンくんの声が響く。

想像通り、梶本くんが私の前に立ちふさがってくれていた。

梶本くんの斧に対し、タングステンくんは剣だった。

持ち手が真ん中にある不思議な形で長さはそれほど大きくはないけれど、両手にそれぞれ1本ずつ持っている。二刀流ってやつだ。それを、梶本くんの長斧が受け止めている。

(後に、ジャマダハルというやつだと梶本くんが教えてくれた。)

梶本くんに剣を跳ね返され、そのまま斬り合いが始まる。

右手の剣で鋭く突く。それを長斧の峰で弾くと、素早く左側からもう一方の剣が突いてくる。

峰を回転させるように持ち上げて左をいなす。

いなされたタングステンくんは、そのまま体をぐるりと流れに沿って回転し、反動をつけて刺しにくる。

まるで踊っているようにぐにゃぐにゃと動くそれは、先のくずたちと違って意思を持っているようだった。

梶本くんはそれを、一本の長斧だけで対応する。

斧はというと、すべてが1本の鉄から作られているような形状で、持ち手から刃の部分まですべて鉄でできている、非常にシンプルなつくり。刃の部分は小さく、斬る、というよりは分厚い刃の重みで叩き壊す、鈍器に近いもの。片刃の伐採斧や鉞みたいな形だ。

長い柄の部分は中央やや刃よりの部分がコの字に曲がっていて、持ち手を変えるときや武器を受け止めるときに使うらしい。

実際、タングステンくんの剣が、うまくコの字の角に嵌められ、何度となく繰り返される刺突も器用にいなされている。

状況的には、タングステンくんが一方的にガンガン攻めていて、梶本くんはその剣を避けたり、受け流したりと防戦一方。しかもタングステンくん、攻撃すればするほど、どんどん動きが速くなっている。

挿絵(By みてみん)

しかし、攻め続けているタングステンくんに比べて梶本くんのほうが余裕があるように見えた。

わざと攻撃をしていない、というのが素人目にもよくわかる。

それは攻めあぐねているタングステンくんならもっと早くに気付いているだろう。

気付いているからこそ、余計に苛立って剣を振りかざしている気もする。

あまりに沢山動きすぎたのか、動きが大振りになってきている。疲れてきたのだろう。


これは梶本くんに教えてもらったのだが、機械人形も『疲れる』。動力にも限界があるらしい。

けれど人間の疲れ方とはちょっと違う。

基本的に動けば動くほど動力が溜まる自動巻き時計みたいな仕組みになっている。

トゥールビヨンであるタングステンくんなんかは、特に動けば動くほど調子が出てくるタイプだろう。

しかし、あんまり貯めすぎるのはよくない。

一度に貯めすぎると潤滑油が熱で焼けたり乾いたりしてしまうし、撒けば巻くほど中の髭ぜんまいが切れてしまったり、歯車が欠けたりと、中の仕掛け全体が摩耗し、損傷してしまう。

機械人形は中の部品が損傷する前に、動作にストッパーがかかるのだという。そのストッパーが働いているときが、『疲れている』ということだ。

人でも機械でも、何事もやりすぎはよくない良い例だと思う。


「怒ると攻撃が直線的になるの、変わらないな。相変わらず進歩がないな」

煽るなあ、梶本くん。

そして煽られて顔を真っ赤にしているタングステンくん。素直な子だ。

「うるさい、カジモドのくせに!カジモド、カジモド!」

傍から見ているとただ名前を連呼しているだけに聞こえるが、カジモドっていう名前が"出来損ない"という意味だと知っていると、それはそのまま罵倒の言葉になってしまう。

梶本くんに"カジモド"という名前を付けたのは星の夢だけれど、元々ひどい名前だ。

「タングステン…」

「ウォル・フラ・ム!わたしは、主星に、その名前を頂いたんだ!貴様と違って、出来損ないなんかじゃないから、こうして立派な名前を頂いたんだ!」

「!」


突然、それまで大して力を入れていなかった(ように見える)斧が、勢いよく振られる。

その衝撃を剣で受け止めていたタングステンくんは、勢いでバランスを崩し、後方へ飛ばされ、尻餅をついてしまった。

…何気に勝負が決した瞬間だった。


「お前、本気で言っているのか?」

「…っ、何がだ!」

梶本くんの言葉に、タングステンくんは悔しそうに噛みつく。しかし、立ち上がらないところを見ると自分が負けたことは認めたらしい。本当に素直な子だ。

「本気で、主星に肩入れしているのか」

「当たり前だ!主星は、星の夢は交錯点の主、くず達の希望、わたしたち管理者の悲願だ!」

睨み合う二人。タングステンくんは剣を強く握りしめる。

「主星は星の夢の役目を果たさず交錯点に留まり続け、無作為にくずを作っては消し、遊び歩いている。願いを天に捧げることもない。それのどこが主だ?」

「…管理者『トゥールビヨン』は交錯点に風を起こし、星の夢を助けるのが仕事だ。貴様みたいに、ただ鐘

をついてふらふらしているだけの、気楽なはぐれ役立たずにわかるものか!」

おう…梶本くん、酷い言われよう。

管理者と言っても、一枚岩ではないのだろう。それぞれの役割が当てられていると、やはりそれぞれの立場があるらしい。ううん、それにしても、本当に人間みたいな機械人形だ。中身がどうなっているのか見てみたい。

「使い走りが言うようになったな。主星に尻尾を振って、騎士ごっこは楽しいか?」

おお、私には慇懃な梶本くんだけど、意外な一面。結構辛辣。

「貴様だって、主星には逆らえないじゃないか!現に、大人しくその人間をくずかごに連れて行くんだろう!」

「…」

それを言われると、返す言葉がない。実際、くずかご目指してるし。

「それならば、わたしが連れて行っても問題ないだろう!その人間とお前に繋がりがあるわけでもない!」


その言葉に、正直ドキリとした。


そう、そうなんだよね。

梶本くんは星の夢の命令で学校の、クラスメイトに扮して私を交錯点に引き込んだ。

そして、星の夢の命令でくずかごに連れて行く。

私たちの関係といえば、ただそれだけだった。

友達だと私は勝手に思っているけれど、梶本くんにとってはそうじゃない。

ただ、命令を受けたから丁重に扱ってくれて、守ってくれている。

それだけだ。

交錯点で私が生き延びられているのは、すべて管理者の一体である梶本くんが居てくれるからであって。

同じ管理者の一体であるタングステンくんに引き渡されても、私は文句を言えない。


「くずかごに連れて行けば、願いを一つ叶えて貰えると言われた」


当たり前の様に返した梶本くんの一言が、突き刺さる。

ああ、そうか、そうだった。

そういえば、星の夢が、そんなことを言っていた。

私は、その為の対価なんだ。


冷たい氷の様に、言葉が突き刺さる。

梶本くんにとって、私は対価でしかない。

薄々解っていても改めて言われると、自分でも思うよりショックだった。


「ふん、その為にその人間が必要か。なら、取引だ。…私が主星に口利きしてやる。どうだ?」

タングステンくんは良いことを思いついた、と言うように笑う。

「大人しく引き渡してくれれば、私から主星に、貴様の願いを叶えて欲しいと願ってやる。悪くないだろう?」


確かに、それなら梶本くんが私に拘る理由はない。

5日という短い期間でも、梶本くんと居るのが楽しかったけれど。

理由がなくても一緒が良いなんて都合のいいことを考えるのは、それは所詮私が人間だからなんだろう。


私がいると、足取りは遅くなる。色々な世話も必要になってくる。

足手まといだという事は、この5日間、ずっと、承知していた。


解ってる。

でも、悲しかった。


「確かに、それは悪くはない。お前にしては頭が回る取引だ。」


終わった。

あっさりと、そこでお別れが決まった。


…うじうじしていても、仕方ない。

今まで必要以上に助けてもらっただけでも、感謝しなくちゃ。


「だろう!?さあ、早くおみをこちらに引き渡せ!」


私も決心して、立ち上がる。

これ以上、梶本くんの邪魔にはなりたくない。


「…お前は知らないだろうが、タングステン」

唐突に、梶本くんが喋りだす。

「?」

なんだ、とタングステンくんと私は梶本くんの方を向く。


「『リピーター』は、交錯点に来た人間を、無事に元の世界へ戻るのを確認するまでが仕事なんだ。おみは星の夢が無理やり連れてきた。だから、おみが必ず家に帰れるまで俺が付き添う。それが俺の願いだ」


「…!!」


思わず、梶本くんを見つめてしまった。


「馬鹿な。それに何の意味がある!」

「星の夢から、俺は"カジモド(やくたたず)"と名前を付けられた。皆、俺をそう呼ぶ。」

タングステンくんに対し、梶本くんは毅然としていた。

「おみは、…橘生三は俺の名前を、その意味知っていて、何も聞かずに"梶本くん"、と呼んでくれる」

「!!」

「俺はそれがただ嬉しいから、おみの助けになりたい。だから、邪魔をするな、()()()()()()


何だろう。

…何だろう、この気持ちは。


友達とケンカして、仲直りした時とも違う。

部活動で県大会突破した時とも違う。


この嬉しさは。


その一言で、自分でも驚くほど、元気になった私は、タングステンくんに正面から向き合う。

「…私は、梶本くんと一緒にいたいから。ごめんね、タングスくん!」

「タングスくん!?」

何だその呼び方は、と、2体の機械人形が驚いている。

片方はぎょっとして。

片方は、おかしそうに。…顔は見えないけど、おかしそうにしているのがわかる。

意外とユーモアを理解する人形なのだ、梶本くんは。

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