38.再生
砂は全て落ち切っていて、砂埃がもこもこと宙を舞っている。
くずかごの中央に砂が一番高く積もっていて、その上に創造主が鎮座した。
砂埃がきらきらと光っている中、
汗だくのように溶けているくず肉が偉そうに座している姿は謎の神々しさがあって。
なんか…なんだろう、…怪しげな宗教感満載だった。
もしくはなんか、神様に捧げる供物っぽい。
正直笑いそうになるのをどうにか堪えていると、
「私の白金…いや、今は橘生三よ。貴様は我が悲願における成功を齎した功労者である」
と、供物がなんか偉そうにぶるん、と震えた。
「…別に何もしてないんですけど」
「貴様の存在こそが我が悲願の体現。星屑は巡り、くずと化し、やがて星となる。私が作った作品が星となりこうしてここへ巡り戻った。ここで我が悲願と言う名の呪縛が解かれる!」
ぶるぶると震えるたびにくず肉の飛沫が飛んでいる。
ちょっと気持ち悪いので、少し後ろに下がりつつ聞くことにした。
「あのー、創造主さん。浸ってるとこ悪いんですけど。私、梶本くんにもう一度会って話がしたいんです。でもって、梶本くんとの約束を果たしてもらって、それで家に帰りたいんですけど。どうしたらいいですか?」
「…カジモトとは誰だ?」
「あ、えーと…タンタルくんです、リピーターの。これ…」
「おお!それは確かにリピーターのもの!勝手に壊れおって!」
持ってきた梶本くんの心臓を出すと、くず肉はさらにぶるん、と多めに飛沫を飛ばした。
震えるのやめてくんないかな…。
「…鐘がなければこの交錯点は朽ちるのみ。元に戻りたければリピーターを動かせるまでに直さねばなるまい。素体がなければ動かすことさえできず朽ちるまで。私が作り直せれば良いが、見ての通り我が体は溶け始めておる」
「溶けないでください」
「無茶を言う」
あれ?今この創造主、気になる事言わなかった?
「…梶本くんの鐘で、どうやって戻るんですか?」
「うむ、リピーターが鳴らす鐘音の波長は交錯点を掻き乱し、他の夢と同調させる機能がある。これは私の傑作のひとつで、星の夢が交錯点を突き抜け天へと昇る…その間の膜のようなもの、もしくは渦のようなものをこじ開けるのだ。それにより、迷い人をこの交錯点へ落としたり、逆に帰すことができるというわけだ。貴様を連れてきたのはリピーターだろう。貴様の中に眠る白金の名残が、生身のまま貴様をこの地へ落とすことができたと、そういうわけだ」
「白金の名残」
つまり、不朽のことだろう。
あれは今星の夢であって、星の夢じゃない。
あくまで私の半身であり私の一部だから。
私も私で今は完全な人間というわけではなくて、星の夢でもない…ということになるらしい。
めちゃくちゃ中途半端な状態を、あの4人がどうにか支えてくれている。…らしい。
自然と胸に手を当てていた。
「…ってことは、やっぱり私が元に戻るには梶本くんが必要なわけですね」
「うむ。まあそうでなくとも、この交錯点は崩壊が始まっている。崩れ落ちれば星の夢以外は全て無と化し露と消える。今の貴様は永久カレンダーの根源を無くしているのだから、恐らくともに消えるだろうな。気の遠くなるような年月を経てまた貴様の地へ戻ることは夢ではないかもしれん」
「えーと、ちょっと待って下さい。整理します」
…つまり。
…どう考えても。
「梶本くんを作り直さないと私、やばいじゃないですか!!」
「リピーターを直す?貴様が?私でさえ作るのに苦労をしたというのに、材料もないこのくずかごの中で貴様がどうやって作る」
仰る通り、ご尤もです。
「…あ、そういえば」
砂と一緒に、レニウムの残骸が落ちてきてたんだった。
さっきまでそれでガリウムを直していたわけだし。
「…梶本くんのパーツが埋まってるかもしれない。探します。急いで」
「ほう」
創造主の座している砂の中を、さらっていく。
砂はさらさらと零れ落ちるように、流れていった。
「パーツが揃わなかったら?」
「レニウムの同位体だって沢山ある。セレンちゃんや、タングスくん、ベリリウムちゃん…皆の体もあるかもしれない」
掬う。
さらう。
崩す。
時々硬い物にあたると、部品が露わになる。
とりあえず出てきたものを、すぐ傍らに置いたガリウムの近くにまとめて置く。
「そういえば梶本くん、くずかごに来るまでに出てきたくずたちの部品を回収してたっけ」
不羈の気まぐれで造られた出来そこないのくず。
交錯点に来たばかりの時は、それらをけしかけられて。
梶本くんのあの長斧で戦ってたんだっけ。
あの時梶本くんがくずの部品を拾ってはローブの中にしまってて、
あれのおかげでオアシスで分解修理出来たんだ。
そういえば、あの時だっけ。
梶本くんがとっても嬉しそうに、褒めてくれたんだ。
砂をさらいながら、思いだす。
「それから、ええと…歌を歌って。」
星の歌。
梶本くんの鐘の伴奏で、一緒に歌って。
楽しかった。
脳裏によぎったフレーズが、そのまま鼻歌となって突き抜ける。
「…そういえばこの歌って、元々恋の歌なんだよ」
部品を集めながら、傍らで動かないガリウムに語りかける。
「梶本くんの事は好きだけど…なんだろう、恋とはちょっと違うかな」
友達?仲間?…そんなのとも違う気がするけど。
「あ、でも元々私が白金なんだったら、梶本くんとは姉弟って事になるのかな?…いや、うーん、でも、兄でも弟でもないよなあ…」
親戚?家族?
でも、それも違う気がした。
「…別に言葉にしなくても良いよね」
言葉では表せない。
大切で、身近で、…一緒に居たい。切り離せない。
「最初は何だって思ったし、結局割と散々な目に合ったけどさ。今こうして見ると嫌いじゃないんだよね、この交錯点」
私が白金だからなのかもしれない。
梶本くんのおかげかもしれない。
管理人形の皆も、不羈も、不朽も。
争ったり、殺されかけたり、騙されたり。
今も生死を分かつところまで来てるんだけど。
不思議と、心が穏やかだった。
「だから、なくなっちゃうのは勿体ないなあ…」
「何を言う。なくなりはしないぞ」
「えっ?」
砂の上で、もはやぐずぐずに溶けて原型をなくした創造主がぽこぽこと泡立っていた。
震える事すらできなくなっている。
「さっき終焉だとか朽ちるって言ったじゃないですか」
「ここは私が作り替えた交錯点だが、夢は常に交錯する。また新たな交錯点が生まれるだけだ」
「ん?…じゃあ、別に焦る必要はないんじゃないじゃ?」
そのまま新しい交錯点になってしまえば、皆消えなくて済むのでは?
その疑問は先回りして創造主がぽこぽこと泡立ってくれた。
「新たな交錯点は…我々が共に見たものとは似て非なるもの。永遠に同じ夢を見続けることがないように、それまでの夢は消えてなくなる。何もかも忘れる。」
溶けた創造主は、ぽこぽこしながらゆっくりと垂れ落ちてくる。
「…私が交錯点に迷い込んだとき、消える事だけは避けたかった。だからこそ作り替えたのだ。このままこの私がいる交錯点を留めておくために、星に願ったのだ。いずれ私自身が元の世界に帰る為に。それまでは決して、この交錯点を崩壊させる訳にはいかなかった」
そう、私は帰りたかったのだ…と創造主は静かに泡をぽこっとさせる。
「その祈りと執念が私自身を作り替え、こうして未だここにしがみ付いている」
「なんだ…別に好きでその格好で居たわけじゃないんですね」
「…貴様は私を何だと思っていたのだ?」
少し怒ったように、泡がぽこぽこ膨れ上がる。
「いやその…研究職とか技術職の人って、突き詰めてくにつれてアレな人が多いから…その、やばい人なのかなって」
「少しは言葉を慎めよ貴様」
「ごめんなさい」
外見から何から想像以上に気安すぎて、調子に乗ってました。
「…妙なところで素直になるな、貴様…まあいい」
スライムのように溶けた創造主は、どろどろに溶けたそのくず肉を伸ばしていく。
すると、その伸ばした先からずるずると、部品が吸い付くように集まった。
磁石にくっついた砂鉄のように、砂中から引き寄せられている。
「わー便利!」
「貴様のペースでは崩壊が先に来る。さっさと使える部品を選り分けろ」
あ、ここにもツンデレが居た。それもそうか、タングスくんの創造主だしね。
回りくどい所はレニウムに似てる。
「ありがとうございます、創造主さん」
「勘違いするな。我が傑作どもがこのまま交錯点の塵と化し共に崩れ去るのは惜しいという情が働いただけだ」
「わー正統派ツンデレテンプレートなセリフなのに何一つ裏がなさそう」
この場合の勘違いしないでよね!は本気で額面通りの言葉っぽい。
まあ、それもそうか。
「うーん…」
創造主の助けで、色んな部品が山のように積まれたのはいいけれど。
「びっくりするほど無事な部品が少ないなあ…」
部品の山を切り崩すようにより分け続けて、大分時間が経ったはずなのだが。
今のところ、崩壊の2文字はまだ訪れていない。
もしかして太陽系の消滅くらいの勢いなのでは、と思わなくもない。
時々ゴオオという地響きがなって揺れ動くので間違いなく崩壊しているのだろうけど。
「なんだかなあ…」
切羽詰ってるんだか、詰まってないんだか。
「…。…貴様の中にいる異物…」
突然、創造主がでろでろの腕…腕?を伸ばしてきた。
額にぺとり、とくっつく。
「その異物はかつての二等星に似ている。酷く出来そこないで、とても完成には程遠いが…」
「…ああ、ベリリウムちゃんですね」
「ベリリウム…?」
「不羈の星の夢が、自分の代わりに造ったんだそうです」
「二等星が…」
「でも、それが何か?」
スライムの様なくずにくがぺとぺとと、額を何度もくっついたり離れたりしている。
「ふむ。…ふむ、ふむ。」
若干いらつく。
「…なんなんですか?」
「その異物が、どうやらガリウムと共鳴している」
「!」
そういえば、不羈が言っていた。
ベリリウムちゃんが、ガリウムに何か通じるものがあったのかもしれない、と。
「…先ほど貴様がガリウムにつけていた部品。あれもそうだ」
「?」
ふと、ガリウムの方を見る。
相変わらず動いてはいないけれど。
そのガリウムの手や足に、創造主が腕を何本も伸ばしてぺたぺたと触っていく。
「…やはり同位体の部品ではない。その異物のものだ」
「!」
「同じ未完成同士通じるものがあるかはわからんが…。ふむ。これもまた一つの可能性とみていいだろう。…貴様はリピーターの部品を集めろ。私はこちらを診る」
「え?修理できないんじゃなかったんですか?」
そこまで言って、改めて創造主に振り返る。
「!!」
先ほどまでどろどろに溶けていた創造主が消えており。
そこには、今まで見たことのなかった人間…老人が膝をついて、レニウムに触れていた。