36.おみちゃん、走る
交錯点に広がっていたあの砂が一度に集まったような。
そんな巨大くずが、頭から怒号をあげてその場に崩れていく。
[まだまだ走らないと、巻き込まれるわよ]
「ひえええ!ここにきて全力マラソン!」
後ろを見ていた不羈の言葉。
後ろを振り向かずに走る私。
減速すれば砂に巻き込まれて終わりなので、不羈のナビは有難い。
っていうか、私も飛べたら楽なのに!
そういえば、交錯点に来る前は体育の授業のすぐ後で。
授業でもマラソンだった。
「そういう共通点いらないからぁーーーーーっ!」
私は叫びながら、もはや半分笑いながら、とにかくひた走る。
後ろで滝のような砂が落ちている。
幸いその音と共に、追い風が吹いていた。
走る。
走る。
おれーたーちーって続けたい!
バックグラウンドは爆風!
背後でも爆風!
そこでも共通!
…おあとが宜しいようで。
なんて、一人頭の中でテンションが上がる。
<…何かくだらないこと考えてない?>
不朽が少し冷めた声で私を見下ろしてくる。
流石は自分、考えが解るらしい。
「言葉に出してないんだからセーフ!」
[流石はお姉さまの半身ですわね。この状況も余裕だなんて]
不羈はくすくすと笑っている。
「えっ何それバカにされてる?!」
[いいえ、あたくしは本当に感心しているのよ。貴女って本当に、おねえさまとは全然違うのね]
<あら、何度でも蘇るしつこさに関しては、不朽と呼んでも良いのではなくて?>
「絶対バカにされてる…」
とにかく走る。
走る。
脇腹が痛いけれど、
めげずに走る。
[そのまま真っ直ぐ。そうすればくずかごが見えるわ]
砂を蹴って。
踏みしめて。
走る。
「あ!あれだ!」
不自然なくらい、ぽっかりと空いた大穴。
すり鉢状のスロープ。
最初に見た時は、下から見上げた景色だったけど。
今度はきちんと、上から見下ろす。
大きくて深くて、スロープが中心まで下がっているのは解っていても、その先はもう暗くて見えない。
思わず足が竦んだ。
「…えっ、これに落とされたの?私…」
よく無事だったな…。
[5164が同位体をつかって下まで運んでたわ。次々と運ばれていって、あっという間で面白かったのよ]
あ、バケツリレー方式でしたか。
雑なのか丁寧なのかいまいちわからないけど、とりあえずは落とさないでくれてありがとうレニウム。
心の中でお礼を言う。きっと、届いているだろう。
どうせまた時間の無駄だとか合理性がどうのこうの言ってるだろうけど。
「…とりあえず、降りていけばいいのよね?」
<そうね。でもそんな面倒にはならないと思うわ>
[あらいやだ。流石おねえさま、慧眼ですわ。ごめんなさいね、おみ、あの巨大くずは思ったより規模が大きかったみたい]
頭上から、不朽と不羈がふわふわとこちらに向かって微笑んだ。
「へ?…あ゛ばぁっ!?」
何を言ってるんだ、と聞き返す前に。
体が先に悟る。
後ろから大きな力の流れがやってきて。そのまま体全体が突き飛ばされた。
砂になって崩れ落ちてきたくずが。
まるで雪崩というか土砂崩れのようにくずかごに落ちていく。
全力疾走後の疲れもあるが、くずかごに気を取られていて背後の存在を忘れいていた。
「はわぁっ!あばばばっおちっおちっ死ぬっ落ちるーーーっ!」
砂と一緒に、くずかごの下まで流される。
川下りで滝に落ちていく気分。
絶叫マシーンの体全体が浮く感じ。
怖い。
怖い、怖い、怖い、怖い!
底が深いからまだ落ちている。
え、やだほんと怖い。しぬ。
<ね?降りなくて済んだでしょう?>
「済んだでしょう、じゃなああいっ!!死ぬでしょこれっ!!」
[大丈夫よ、おみ。貴女は不朽なのだから、きっと死なないわ]
いえ、ですからね。
死ぬ死なないとかじゃなくてですね。
それ以前にまず絶対痛いじゃないですか。
想像するだに怖すぎるんですけど。
「嫌だぁあああっ!あんたら浮いてないで助けてよおおっ!」
涙が出る。
「底がっ!底が見える!やばいやばいやばいやばいやばあああああっ!」
もう駄目だ。
せめて、ぶつかるところを見たくないので目をつぶる。
覚悟を決めて、背中を下にするように捻って、うずくまる。
体が熱くなった。
だめだ、ぶつかる。
そう思った時だった。
背中からするん、と、籠のようななにかに滑る。
「!?」
ほんの少しだけ軽く浮いた瞬間。
間髪入れずに流れ込んだ砂が背中に滑り込んで、そのままクッションになって。
くずかごの底で、またあの天井を見ていた。
「え…?え…?なになに、何が起きたの?!」
痛くない。
落ちる寸前、風がまるで反らしてくれたかのような。
[まあ、驚いた]
ぱちくりと目を見開いて、口に手を当てて驚く不羈が、ふわふわと降りてくる。
[今のはウォルフラムね]
「…!!」
タングスくん?
[あの子が周りに風を起こして、貴女を傷つかないようにしたのだわ]
…タングスくん!?
「えっ…本当に!?」
[だって、あの子がいつも交錯点に風を起こしていたのだもの。あの子があたくし以外を助けるところなんて、初めて見たわ]
<まあ生三がまた壊れてしまったら、今度こそ直せなくなるものね>
続いて不羈がふわふわ降りてくる。
そうやって良い風に解説してるけどさぁ。
一切私を助ける気はなかったらしい。
特に不朽…お前は私じゃなかったのか。
<あら、だって私は死なないもの。貴女だって死なないと信じていますからね>
恨みがましい目で睨みつけると、私の顔で腹立たしい笑顔を浮かべる。
「…はあ、…もういいや」
ふらふらと立ち上がる。
どこも痛い所はないし、変に曲がっていることもない。
「…ありがとう、タングスくん…。いや、タングスさま」
どうしたのタングスくん。
キミ、こんな清々しいほどのツンデレムーブするキャラだったっけ?
そのおかげで助かったからありがたいことこの上ないんだけど。
とりあえず、合掌。
[そこはウォルフラムと呼んであげた方が喜ぶのではなくて?]
「ううん。タングスくんはタングスくんだから」
[そう]
さして気にするようでもなく、不羈はそのまますとん、と砂に足を付けた。
上の方からはいまだ砂が流れ続けている。
くずかごの中に、どんどん砂が積まれていく。
<創造主のお姿はないのね。きっと、こちらにいらっしゃると思ったのだけれど…>
「はぇ?創造主?」
不朽の記憶の中で見たあれか。
…いるのか。
[あのくずのなれ果てのような体では、どうすることもできないでしょう]
<まあいいわ。…砂が崩れ落ちるまで、もう少し待ってみましょう>
不羈はそう言って、空を見上げる。
2度目のくずかごの中。
前はぶよぶよなくずたちが犇めいていたけれど今回は、全部砂だ。
叶わなかった夢で出来た砂。
それらがさらさらと落ちてくる。
「いたたたたたたっいたいいたい!」
下に落ちる衝撃で砂がこちらの方まで飛んでくるんだけど、正直、ビシビシ来て痛い。
あれだ。
強風の日の、畑とかから乾燥した砂がめっちゃ水平に飛んでくるやつ。
あれが滝の飛沫と同じように全身に来る。
めっちゃ痛い。
「いてて…あ、そうだ。タングスくんお願い。風吹いて砂ガードしてー」
試しに、独り言のようにタングスくんに呼びかける。
返事も反応もなかった。
さっき助けてくれた後に茶化したのがまずかったかもしれない。
「いててて。しょうがない、もう少し離れよう…」
少しでも痛みを和らげようと、その場から離れる。
「…あ、大分ましかな…」
漸く一息つけそうな場所を見つけ、へたり込む。
「あー疲れた…」
どさりと座って、砂が落ちてくるのを眺める。
「わあ…」
逃げていた時は解らなかったけど。
空からの光が砂にあたって、キラキラと輝いている。
星屑が降っているかのようだった。
「凄い、きれい…」
思わず見とれる。
砂と雲しかなかった交錯点で、こんなに綺麗な景色が見れるとは思わなかった。
砂が大量に落ちているけれど、だんだん溜まっていく砂のおかげで
どんどん飛沫が消えていき、山なりになっていく。
「…砂時計の中にいるみたい」
太陽も月もない交錯点に来てから初めて見た、一番原始的な時計だ。
但し終わりはまだ見えないし、いつ終わるかもわからない。
「…あ!」
眺めていると。
その砂の中に、どんどん異物が混ざって落ちてきた。
「レニウムの同位体…の残骸だ…」
無残にばらばらになっている、同位体の残骸。部位。部品。
それらも、更に落ちてくる砂に埋もれていく。
「ってことは、梶本くんやセレンちゃんたちの部品も…!」
あれほどのボロボロの残骸では直すことは不可能だと解っていても、
探さなきゃという気分にさせる。
そう思って、立ち上がろうとした瞬間。
「ふぁばぶっ!」
何かにつっかかって、そのまま顔面から砂にダイブしてしまった。
怪我はないけど、結構痛い。
「もー!なんなのさっきから!!」
目が覚めてから、こういうのばっかりじゃないか?
足を引っ掛けた『それ』に目を向ける。
「…顔?え、でも、これ…」
作りかけの機械人形の、顔部分。
砂をさらっていくと、首の下からは灰色のローブのような切れ端が掛かっていた。
「このローブ!…ってことは、この子は…!」
私が今までに出会ってきた管理人形は、5体。
リピーターの梶本くん。
トゥールビヨンのタングスくん。
クロノグラフのベリリウムちゃん。
インジケーターのレニウム。
ムーンフェイズのセレンちゃん。
すでに星…不朽になった永久カレンダーの白金…つまり私を入れれば6体。
カウントしていいかは迷うけど、まあ不朽がいるし、アリってことで。
…ということは、この目の前の子が最後の一体ということになる。
「あなたが、レトログラード?」
けれど、レトログラードからは何の反応もなかった。