34.ただ少しの、ずれた針
管理人形は、分解修理するとデレる。
そんなテンプレートが私の頭の中に出来つつあった。
この調子でいけば、タングスくんも分解修理すればデレてくれるかもしれない。
そんな期待を膨らませながら、5164の後ろをついていく。
「そういえば、私の中にいた不朽の星の夢が言っていたけれど、5164の本名はレニウムだったんだっけ。どっちで呼んだらいい?」
やっぱり希少金属縛りじゃないか。
「好きに呼べ。そもそも5164の数字もあの道化が勝手に呼び出しただけだ。個体名にも何を指しているかもわからん数字にも興味はない。」
「5164…5164ねえ。…んー…」
「何か覚えがあるのか?」
「…うーん、さっき一人で色々自分の記憶の中を見てたときがあって、それで思い出したんだけど。考えても腑に落ちないんだよね」
「腑に落ちない?」
「うん。私が知ってる範囲で5164っていえば、私たちの世界で、ものすごーーーく高級な時計を作るメーカーの、時計の識別番号で確か5164があったなあって」
「…時計の、識別番号?…その時計にインジケーターが付いているのか?」
「それが確か、表示はなかったはずなんだよね。メインはデュアルタイムだし、作られてから10年近くたつけどモデルとしてはバージョン違いのリニューアルではあるけど新しくもないし…いやすごく人気シリーズなんだよ?値段も約600万くらいするし、何より機械式のデュアルタイムって痺れるよね…あ、そういえば5146にはインジケーターがついてたかな。もしかして、4と6を間違えたのかな…?」
矢継ぎ早に説明していると、困惑した5164が制してきた。
「待て、待て。お前の言っていることが何一つわからん」
「あ、ごめん。まあ、要するに、その番号はインジケーターの時計じゃないんだよ」
「簡潔にそう言え。まどろっこしい」
「うん。…まあ、だけど、どうして星の夢はそれを5164に…レニウムにつけたのかなあって。知ってたら、の話だけどね」
「くだらん。あの道化の事だ、何かしらの悪意があってそう付けたのだろう」
「悪意…」
悪意なんだ。
…嫌われてるのは、梶本くんだけじゃないのか…。
「あれはそういう奴だ。不朽以外のすべてが嫌いなやつだ」
「不朽、以外…」
なんだかどきりとする。
「うーん、じゃあ悪意のある名前では呼べないね。レニウムって呼ぶことにするよ」
「…呼び方など、どうでもいい」
「名前は大事だよ。特に貴方には、沢山のおんなじ同位体…だっけ?があるんでしょ?どれが本物かわからなくなっちゃうじゃん?」
「それもまた愚問だ。同位体は全ておれだ。例えこの体がなくなったとしても、別の同位体におれが移るだけだ」
「えっ、じゃあ、一番最初に作られた体は?あなたの意識が入った今のレニウム以外のそれは、本当にレニウムなの?」
「今度は謎かけか?人間は本当に無駄な確認をするな」
さして気にも留めず、5164…レニウムは歩く。
「外殻はただの外殻だ。だが、殻がおれ以外の何かになることはない。おれが入って初めてレニウムだとしても、あれらはおれの一部なのだから、おれだ。お前が仮に、その腕を切り離したとしよう。だが、それはお前の腕ではなくなるのか?橘生三の腕以外の何物でもないだろう。たとえたくさんの腕が散らばったとしても、お前の腕には変わりない」
「人間はそうそう腕を切り離すって事はないです…」
考え方が機械人形だからなのか。人間に置き換えるとものすごくグロテスクだ。
だが。
「そっか…私の腕は…私の腕か…私の一部も、私…」
自分の中で、何かがすとん、と、落ちてきた。
「リピーターが言葉遊びを覚えたのも、お前の所為だな。…全く」
あきれたように、杖をとん、と下につける。
「まったく、長話で計算がかなり狂ってしまった…ほら、着いたぞ」
「ぁえ?」
変わらず、私の夢の中。
変わらず、白い空間。
けれど、違和感も二つ、増えた。
「おみ…!」
細く高い声が聞こえた。
「その声は…セレンちゃん!?」
はっと気が付く前に背後、それも下から腰に掛けてぎゅっ、とくっつかれる感触があった。
今更ながら、五感がわかるタイプの夢らしい。
「ん。…あたり…」
小動物のような、可愛らしい幼女の姿をした管理人形。
正直、梶本くん以外で一番会いたかった管理人形が、頬を染めて頷いた。
ああああ、か、可愛い…。
気が付けば、抱きしめ返していた。
「セレンちゃん、もう一度会いたかったよー!」
「ん…セレンも…」
嬉しそうに抱きしめてくれる。癒される。可愛すぎる。持って帰りたい。
「…」
一人一体の愛の抱擁について、レニウムはノーリアクション・ノーコメントだった。
「…人間…。」
しばらくセレンちゃんとハグし合っていると、
これまた聞き覚えのある…けれど何となく、気恥ずかしそうな声がした。
「あ、タングスくんだ。久しぶり」
「…。カジモドといい、お前といい…。…、もういい」
一瞬、怒りに震えたようだが、諦めたように溜息をついて、握り拳を解いた。
セレンちゃんもそうだが、タングスくんは、目に見えて損傷がひどかった。
「ねえねえタングスくん、とりあえずお腹見せて?分解修理するから」
「脈絡がない!そしてなぜお前に修理されねばならん!」
がなり立てるタングスくんに、レニウムがそっと手を置いた。
「いちいち怒っても無駄にオイルが流れるだけだ。諦めろ」
「5164、お前まで何故懐柔されている!」
「橘生三の腕は悪くない。どのみち、機動力が売りのお前が動かせなければ話にならん」
「…」
どうやら、タングスくんはレニウムのいう事は素直に聞くらしい。
何か上下関係でもあるのか。弱みを握られているのか。
「おみ…。セレンも…」
不安そうにぎゅっと、袖を掴んでくる可愛らしい手。
「もっちろん!セレンちゃんを先に直してあげるよ!」
抱きしめた時にわかったが、セレンちゃんもかなりボロボロだった。
「…どうして、みんなそんなに…ボロボロなの?」
「ん…。おみに、もう一回会いたかった」
何故そこまで、とまでは聞けなかった。
「私は違うぞ!あの役立たずならいざ知らず、セレンも5164もお前を助けるというからそれに乗っただけだ」
と、タングスくんは張り上げる。なんかその言い分はツンデレっぽいが、本心なんだろう。
別にタングスくんは私を助ける程仲良くないし。
だけど。
「…ありがとうね」
嬉しくて。
嬉しくて。
目の奥が熱くなった。
「すっきり…」
うっとりとした表情を浮かべて、両手を両方の頬に当てて。
先ほどから嬉しそうにくるくる回っている非常に可愛い機械人形を抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、目の前のタングスくんの修理を続ける。
「セレンちゃんってなんであんなに可愛いの?ほんと連れて帰りたいんだけど」
「…セレンはくずかごで暴れ回るくず共を抑えて星の夢をつくる管理人形。そのために、周囲へ敵愾心を持たせないようにさせる好適反応信号を発している」
押し黙るタングスくんの代わりに、暇を持て余しているレニウムが説明してくれた。
意外とお喋り好きなんだな…と思いつつ、反芻する。
敵愾心を、持たせない。なるほど。
確かに、機械人形とはいえあんな小さい体で、あの蠢くくずたちをどうやって纏め上げているのか気にはなったけれど。
それはまるで、赤ん坊を可愛いと思う反応に似ているのだろうか。
可愛いは正義ってやつか。
真理だ。
まあセレンちゃんの見た目や言動が『可愛い』という信号を送るためのものだと解っていても、
それとは関係なく私はセレンちゃんと喋るたびに、じゃれるたびに、大好きになっていくけれど。
「そこは、それじゃない」
時折、タングスくんが助言をしてくれる。
まあ自分の体の事なのだから、間違った部品を付けられても困るのだろう。
「…そういえば気になってたんだけどさ。タングスくんて、なんでそんなに梶本くんが大好きなの?」
軽い気持ちで聞いてみると、
それまでほとんど無視を決め込んでいたタングスくんがぐるりとこちらを向いた。
無表情というか、真顔というか、感情が読めない。
「…大好き?私が?あの役立たずを?」
「そうなのか?ウォルフラム」
レニウムが興味深そうにフードをこちらに向けた。
セレンちゃんは可愛い。
先ほどから私に邪魔にならない程度にくっついて、手伝ってくれている。
「うん。大好きだから、構って欲しくて突っかかってるんでしょ?」
「ふざけるな!私はあの役立たずの存在を見ていると潤滑油が沸騰しそうになる。思い出すだけであの赤頭を分断したくなる!」
あ、怒った。
「なんでさ?タングステンって呼ぶから?」
「それだけではない!あれは自分の役割も果たさず、嫌われもののくせに、主星に気に入られて…」
ん?
「主星?ああ、たしか星の夢のことだっけ。…タングスくん、星の夢が好きなの?」
あのふわふわの性悪が。
「当たり前だ!!」
今度は強い肯定。
「私はトゥールビヨンの管理人形!旋風を起こし雲を生み、星の夢を助ける、星の夢のための管理人形だ!」
星の夢のための、管理人形。
ただの便利な風おこしじゃなかったんだ…。
「それなのに、あの役立たずは主星に事ある毎に仕事を任され、信頼され、あまつさえ願いまで叶えて頂けるというのにあの反抗的な言動!思い返すだに歯車が過剰に回る!」
信頼…信頼、ねえ。
どう見てもあれは嫌がらせの類でしかなかったんだけど。
それがタングスくんにとっては、梶本くんに自分の役割を奪われているようにしか見えないのか。
「あ、じゃあ嫉妬してるんだ。星の夢が梶本くんばっかり構うから」
そこでぴたり、とタングスくんが止まる。
落ち込んだように、肩が落ちた。
「…。何故主星があんな役立たずばかり目にかけられるのか…。5164はわかる。仕事に忠実で熱心で、主星とも古くから親しいと聞く。だが、あの出来そこないは…」
「お前とセレンはあの道化が星の夢になってしまった後から作られた管理人形。おれたちから伝え聞いた話でしかリピーターを推し量れないのは解る。お前は造られた後真っ先にあの道化に傅いたから、あの道化から事実を湾曲させて伝わっていることも確かだ」
静かに聞いていたレニウムが口を開く。
それに対して、タングスくんの表情が歪んだ。
「訂正しろ、5164。主星が間違っていると?」
「おれはあの道化と同調はしても、正しいと思ったことは一度もない」
「5164!」
「お前の役割は正しい、ウォルフラム。おれたち管理人形が交錯点の、星の夢のための管理人形であることもまた事実。もっとも星の夢のために造られたお前は、誰よりも星の夢を主軸として動くべきだ」
「ならばなぜ、お前は主星を否定する!」
「では問い返そう、何故星の夢としての役割を果たさずにいるあの道化を、お前は星の夢と認識する?」
「!」
時間の概念があるかどうかわからないが、レニウムの言葉でその場のすべてが止まった。
「あれは星になる為に天へ昇るという星の夢ただ一つの役割を放棄し、交錯点を我が物として管理人形を悪戯に乱し、何度も交錯点を壊そうと繰り返す。あれが道化でなければ、一体なんだ?」
「…それでも、管理人形という殻をを捨てた主星は、星の夢だ」
体を捨てて、
星の夢になったアンチモニー。
けれど彼女は星の夢ではなく、アンチモニーのままなのか?
「あの星の夢は、星の夢になりきれてないということ?」
口に出すと、レニウムが肯定し、タングスくんが否定した。
「あれは星の夢という殻を纏ったクロノグラフの管理人形、アンチモニーだ」
「だが、それでも、星の夢だ」
私の腕を切り離しても、私の腕。
レニウムの言葉が私の中でもう一度響いた。
「…私は人間、橘生三。だけど、私は不朽の星の夢…白金でもあった。私は星の夢じゃない、人間。今、私の中の不朽はいない。それでも私は、不朽と呼べる?私は、…永久カレンダーの白金と呼べる…?」
二体は、押し黙った。
「ん。くちなしは、おみ」
突然、それまで黙って聞いていたセレンちゃんが声を上げた。
「セレンは、くちなしをみた。おみの顔してた」
「…確かに、先ほど見た不朽は以前の不朽の姿ではなかった」
レニウムが頷く。
「おれの知っている白金や不朽ではない。あれは星となり、橘生三となった白金なのだろう」
「それでも、不朽は自分を不朽の星の夢って言っていたよ。前の顔をなくしたからって」
「…」
「だから、要するにそういうことなんだよね」
「何?」
「星の夢だって、アンチモニーじゃなくて星の夢。だけど、アンチモニーでもある。私は不朽の星の夢じゃなくて人間だけど、不朽の星の夢だった人間。そういうことなんだ」
「…?どういうことだ」
タングスくんが顔をしかめる。けれど、レニウムとセレンちゃんは頷いた。
「変化することを受け入れなきゃ、だめってことね」
「…?…?」
私を交錯点へと連れてきた星の夢。
彼女は彼女で、苦しんでいた。
変化してしまうものを恐れて。
彼女は文字盤の上で弧を描き続ける針のように、永久の不変を求めていたのだろう。
けれど、変化してしまった。
先にずれてしまった長針は、どんどん、どんどん、ずれていく。
だから自分も変わろうとした。
ずれた長針に合わせて、短針も追従していく。
けれど変われない自分に、苛立ったのだろう。
いくら長針がずれていっても、短針と動く距離は、縮まらない。
長針と短針を繋ぐ歯車は同じ歯車なのに、
動かす歯車は別の歯車。
ほんのすこし、ずれたまま。
それでも、短針は長針を追い続ける。
重なり合う瞬間があるから、なおさら、渇望してしまう。
そう思うと、
ほんの少しだけ、あのふわりと不敵に浮かぶ星の夢が。
あの笑顔が、寂しいもののように思えた。