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32.ひとつ星



不朽と不羈が巨大くずに辿り着くと、そこにはただ無残な残骸だけが残されていた。


<ごめんなさい、レニウム>

沢山の5164の同位体の残骸を通り過ぎる。

<貴方には、苦労と面倒と厄介ごとばかり残してしまったわね…>


そう謝罪しながら、同位体の残骸を追っていく。

ひとつ、またひとつ。

まるで道しるべのように、ぽつりぽつりと一つの道を作り上げていた。


[案内のつもりかしら。どこまでも『表示するもの(インジケーター)』なのね]

ぶすくれたように瞬く不羈と、くすくすと楽し気に瞬く不朽。

<最後まで仕事熱心なんて、本当にあの子らしい>



同位体の道しるべに沿って進んでいく。


巨大くずは、向かってくる二つの星の夢を飲み込もうと大きく口を開いた。

<同位体の残骸がある。入りましょう>

[…はい、おねえさま]


核を飲み込めば、恐らくこの巨大くずは止まるだろう。

巨大くずは二つの星の夢を静かに飲み込む。


不思議なことに、巨大くずは星の夢を取り込もうとはしなかった。


<この子…ベリリウムと言ったかしら>

[ええ、おねえさま。私が作った、管理人形です]

進みながら、不羈が瞬く。

[本当は、おねえさまを作ろうとしたのですけれど…]

<私ではないことに、気が付いたのね>

[はい。おねえさまによく似ていても、かえって違いがはっきりしましたから]


だから、全く別のものを作った。

白金とは似ても似つかない、別物。


[ベリリウムは…出来はよくなかったけれど、あたくしのために、たくさんの事を手伝ってくれました。]

<ふふ。>

[…なんです?]

<貴女が誰かを労うなんて、ちょっと意外>

[…あたくしにだって、気遣いくらい心得てましてよ]

不服そうに瞬く不羈の傍で、不朽は嬉しそうに瞬く。

<解ってるわ。貴女はとても優しい子だものね。ただ、素直でないだけで>

[おねえさまは時々、いじわるですわ…]

<きっと貴女の元になった迷い人が、素直でなかったのでしょう>

[…]


不羈はちらちらと、揺れるように瞬く。


<どうかして?>

[…あたくしにも…]

<??>

[あたくしにも、…レニウムや、他の管理人形たちにも…、迷い人の…人間の、心があったのでしょうか]


5164の同位体の先を追いながら。


[あたくしたちは、創造主の心を知りたくて、時折出会ってきた迷い人を羨んで…同じ人間に近づこうと、真似事をしてきました。迷い人から聞いた人間のような動作をしてみたり、人間のような生活を試してみたり。それに何の意味があるのかもわからないまま、繰り返し、繰り返し…考える時間だけは、たくさんありましたから]


不羈は瞬く。


[創造主は仰いました。あたくしたちを動かすために、迷い人の夢を入れたと。…だとすれば、あたくしたちはくずの皮を纏った迷い人なのでは?と…星の夢になってから、気付いたのです]


<…そうね>


[迷い人であった創造主に造られ、目覚め、役割を与えられ、交錯点という大きな夢の狭間に縛られ…。管理人形だったころは、それを疑う事もなかった。…交錯点に生まれるくずは皆、星の夢になりたがる。星になるために。では、…星って、なあに?]


不羈はデリリウムの肉体の中から、空を見上げるようにふわりと回った。


[交錯点から見上げていた星々は、…我々の中の迷い人が帰る為の…夢から醒めるための、本当の器なのではないのでしょうか]


星の夢は、交錯点に紛れてしまった迷い人が本当に帰る為の器を捜すために天に昇るのでは。

自分の帰るべき夢が見つけられるまで、

なんども、なんども、繰り返し、昇っては、落ちて、昇っては、落ちて。


願いを叶えたい。

星になりたい。


すなわち。


…帰りたい。


[お姉さまが星になってしまわれたとき。あたくしは、置いて行かれたのだと焦りました。…あたくしを置いて、皆を置いて。それが、とても悔しくて…寂しかったのですね]


自分たちも無意識に、帰るべきところを探していたのだろうから。


[でも、そんなこと、管理人形でいたときにも…星の夢となった今でも、ちっとも気が付きませんでした。だって…]


この砂と雲と星だけが広がる、大きな大きなくずかごのような交錯点は。


[この交錯点は、迷い込んできたものが集まって。…まるで、互いの寂しさを埋めるようではありませんか]



交錯点が崩れてしまえば、きっと、すべてのくずは夢に霧散し、消えていく。


元の夢に帰る力もなく。

元の夢を捜す力もなく。


消えてゆく。


<創造主はきっと、それをお知りになっていたから星の夢を…自分の帰るべき夢へ、帰る為の力をつけた夢を、羨ましく…憧れていたのでしょうね。>


それまで黙って聞いていた不朽が瞬く。


<だから、くずたちをまとめる管理人形を作り上げ、星の夢をたくさん、たくさん、作り上げるシステムを作った。…皆が、帰れるように。…私は橘生三と成り、またこうして戻ってきたことで、それが漸く理解できたの…。>


[…それではまるで、創造主がとても人格者のように聞こえますわ]


<創造主はいつか自分が帰る為の方法を模索していって…、辿り着いた結果がそうなっただけかもしれないけれど、ね。>


だから、貴女を止めたのよ。

そう、優しく瞬く。


<私の中の迷い人が橘生三自身だったかはわからない。けれど、帰るべき夢ではあった。…そんなこと、橘生三として生まれた時には、何ひとつ覚えていなかったけれどね…>



橘生三。

不羈の星の夢が、不朽を交錯点に呼び戻すために…その強い願いの力を使って呼び寄せた、生身の人間。


不朽の星の夢が、星となって辿り着いた、最果て。


そこから分かれた状態の自分は、やはり、本当の自分ではないのだろう。


だから、本当の自分を見失わない為に。

彼女の形を、…自分の形を、忘れないように、姿かたちを変えた。

創造主が与えて下さった白金はもはや、自分の殻ではないから。



――――折角だからあなたの見た目、私が貰ってあげる。


あの時、すでにたくさんのくずに飲み込まれていた状態では、橘生三の体は助からないと思っていた。

帰るべき場所を、また失ってしまうのだから。


そうさせないためにも、…橘生三の体を、自分を壊させないためにも。

壊される前に、自分を壊そうとするものを、壊さなくては。


そう、気が急いていた。


<あの時はあんなことを言ってしまったけれど。…ふふ>

[…おねえさま?]


<まるで、創造主みたいだったじゃない?思わせぶりで、肝心な事は伝えないで。…でも、そうなのね。…自分自身にまでそんなことを言うなんて。まったく、あたくしはまだ、あの方の白金だったのだわ>

[やめてください、おねえさま。今のあたくしには、その自問自答するお姿が創造主と重なります]


わけがわからない、と、不朽の周りをくるくると瞬き回る不羈。


<結局のところ、あの方に囚われ続けていることが2等星だということなのよ。それが漸くわかったわ>

[おねえさま…?]

<私たちも皆、独り立ちしないといけない時がきたんだわ。…他でもない、貴女のおかげで>

[わけがわかりません。お願いです、創造主の真似事はお止し下さい。いくらおねえさまでも、その真似事は不愉快です]

<貴女も、すぐにわかるようになるわよ>



それでも、気になることと言えば。


唯一、得体のしれない管理人形…レトログラードの存在。


あれは自分たちとはちがい、全く、異質なものだ。

管理人形の筈なのに、まるで違う。


あれは一体何なのだろう。

何をもって、創造主はあれを作ったのだろう。



…だが、今はそれを考えている暇はない。

飲み込まれた管理人形たちが今、どうなっているかはわからない。

恐らく、動けないでいるだろう。


物音一つしないのが、不安を駆りたてる。



真っ直ぐ、同位体が示す先を見つめる。

ようやく見えてきたようだ。



細長い影。


見覚えのある歪んだ長斧が、真っ直ぐに突き立てられている。


[あれは、カジモドの長斧…]


その横にはカジモドだっただろう、いろんなものが足りないくずの塊が立っている。


<タンタル…>


ふわりと、不羈はカジモドらしき塊に触れる。


そのくずの塊を見て、二つの星の夢は察した。

二人の直感が正しかったことは、その周囲を見渡すだけで自ずと見えてくる。


原型をとどめていないいくつもの、見覚えのあるくずの塊。


[これはウォルフラム…5164、セレン…それにベリリウム…あなたまで…どうして?]


一か所に集まって。

まるで、寄り添うように。


その中心には。

<…橘生三、あなた(わたし)は…>


彼らから守られるように、眠る橘生三の肉体が横たわっていた。


<正真正銘、本物の星になれたのね>



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