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31.星の「夢」


<不羈、おねがい。どうか、私をここから出して>


不朽の星の夢が、まとわりついた髪の毛から逃れたいとばかりに暴れだす。

[まあ、お姉さま、いけません。不羈を困らせないで。]

不羈は歯牙にもかけず、髪をふわりと棚引かせて下を見る。


カジモドを飲み込んだデリリウムは、再び元の巨大なくずに戻って交錯点の砂を飲み込み続けている。

もう暫くもすれば、完全に交錯点もなくなっていくだろう。


空が広がっていく。


[あたくしたちは、ふたりで星になるのです。交錯点を壊し、何もかもなくして、天へ昇りましょう]

<不羈、不羈、どうか私の話を聞いて>

しかし、不朽の瞬きも届かない。

[もういいの。何もかも必要ないのですから。何にも煩わされず、ふたりだけで]

<不羈、それでは、>


不朽の星の夢が懸命に光り訴えても、不羈の星の夢はうっとりと空を見つめるだけで、何も届かない。


交錯点の砂がばらばらと崩れていく。

巨大くずは砂を飲み込みながらどんどん大きく膨らんでいく。

もはや原型も留められなくなっているのだろう。

巨大くずはところどころ崩れながら、それでもなお砂を飲み続けている。


空に浮かぶその他の星の夢たちは、そんな交錯点をぐるぐると回り続けるのみで、

どこか困惑しているかのように見えた。



そんな時だった。


「おう、おう。二等星どもよ。そんなことをしても無駄だ」


ぶよぶよとした、不快な声が不羈の耳をくすぐる。

足元にいる、小さくて不格好なくずが不羈を見上げていた。


[…なあに?まだこんな小さなくずが生まれていたの?]


「貴様は確か…クロノグラフだったか?…しかし見事なまでに醜くなったものだ」


ぶよぶよと、まるで観察するように星の夢を見続ける。


「その髪に絡めた光は、む、なんとも小さく弱くなってしまったものだ、私の白金!」


[弱い?お姉さまが?…それに、私の白金だなどと、なんという思い上がった事を言うの、この小汚いくずは]

不羈の星の夢は、今までに浮かべていた笑顔を崩す。

どうにも、先ほどからこのくずは妙に不愉快なのだ。


「不完全な貴様ではわかるまい。わからないからこそ、作ってやった体を自ら捨ててしまったのだから」


[作ってやった?…まさか、まさか!]


不羈は目を見開き大げさに両手を口に当てて、驚いた、というわざとらしい仕草をとる。

[まさか、…そんな、創造主?]

けれど。

また不敵な笑みを浮かべ始めた。

[まあ。なんと醜く変わり果てたのでしょう、創造主!まさかくずに成り下がるなんて!]

「私の体は星に近づくため、進化し続けている。…そんな話は無用だな。本題に戻ろう。」


「交錯点を壊しても無駄だ、星の夢のなりそこないよ」


[…なりそこないですって?]

「姿かたちも、その力も、星の夢には違いない。だが、貴様のしていることは星の夢ではない。所詮、交錯点からは出られないなりそこないだ」


[…出られない…?]

その言葉に、不羈は目を細める。

「そう、お前は交錯点からは出られないのだ、クロノグラフ。お前は天に昇れるほどの願いを抱いてもいなければ、お前自身の望みが昇華してしまった今、お前が『星の夢』足りえるものは無くしつつある。崩れていく交錯点諸共消えゆくのみ」

塊は、ぶよぶよと震えながら指摘する。

「お前のしていることは、ただの盛大な自壊に過ぎない」

[そんなはず、ないわ。だって、お姉さまはあの時、ただあのカジモドを助けたい一心で星になられたのよ。]

「所詮貴様は白金程の『願い』を抱いてはいなかったというだけだ。何から何まで貴様は紛い物、失敗作、つまらない出来そこないだ」

[なんですって!]

出来そこない、という言葉に不羈は激昂する。


[よくも、よくもあたくしを、出来そこないなどと…!]


みるみる、今までの溢れんばかりの笑顔だったものが、歪んでいく。

[許せない、許せない、許せない、ああ、許せない!]

長く揺蕩う髪はみるみる広がり、禍々しく揺れ動く。


[なんて憎らしいの。あたくしを作ったおまえが、あたくしを否定するなんて!]

しかし、ぶよぶよとしたくずも怯まない。

「貴様はクロノグラフでも、星の夢でもなんでもない。クロノグラフとして作っていながら白金に依存し、己の役割を放棄し、挙句に短慮を起こして全てを放り投げ捨てた。貴様は初めから失敗作だった」

[壊してやる、壊してやる、壊してやる!おまえもあの忌々しいカジモドのように、あたくしの人形に食べさせて、ばらばらに砕いてやる!]

「私の体はお前のような偽物などには砕かれない。増して、偽物の作った紛い物などには」

[ならばこの壊れていく交差点もろとも、そのまま飲み込まれてしまえばいい!]

激昂した不羈の髪がみるみる広がる。

その隙をついて、不朽が飛び出した。


<やめなさい、不羈>


不朽が不羈の前に立ちふさがる。

[お姉さま、どうか止めないで!]

不朽は、まっすぐに不羈を見つめる。その目に不羈が怯む。

<いいえ、止めるわ。貴女の気持ちは分かった。でも、同意できない。貴女の癇癪で全てを巻き込むというのなら、私は貴女を止めなくてはいけないわ>

[癇癪…?ええ、癇癪でしょうとも。あたくしの願いも、ずっと抱いていた気持ちも、すべてくだらない紛い物だと言われるのなら、あたくしはどうしてこんな思いをしなくてはならないの!それすらも間違いだというの!?]

<いいえ。あなたの願いは、あなたのものよ。それは誰でもない、あなた自身がその価値を決めていい。けれどそれと同じように私にも、創造主にも、他の皆にも、…あなたのように抱く願いがあるのよ>

[そんな事くらい、わかっています!]


<それなら貴女が私にしたように、…私が貴女の邪魔をすることだって、許されるわね?>


その言葉に、不羈は驚いて目を見開いた。

[邪魔…?あたくしがいつ、お姉さまの邪魔なんて…?]

<私は、交錯点に戻ろうとは思ってなかった>

[!]

<橘生三として生まれ、白金という記憶も、不朽という記憶もすべて消え、一個の"(にんげん)"として生まれ…そしてそのまま、人として生きる。…貴女のように、創造主のお考えが知りたかったから。>

[そんな…]

首を横に振り、拳を握る。

<貴女がこれ以上わがままを続けるのなら、私はもう、貴女を砕くしかなくなる。…私と一緒に、完全な星になって一緒に天へと行きましょう>

そんな不羈に、優しく微笑む。

[おねえさま…!]

<試したことはないけれど。星の夢と星の夢が混ざりあえば、恐らくただの星の夢よりも強く瞬く星になれるでしょう。如何でしょう、創造主?>

くるりと、下にいる小さなくずに向かって微笑む。

<そして、完全なる一等星となって、この交錯点を修復いたします>


二つの星を眺めていた小さなくずの塊は、応えるようにぶよぶよと震えだした。

「なるほど、なるほど。二等星どもはそういう結論に至るか」

どこか満足気に。

「だが、しかし、及第点だ。貴様ら不完全な二等星では、お互いの自我が強すぎる。喰らい、喰われ、

それを延々と繰り返すだけだろう。お前たちの中に、何か一つ繋ぎになるものを足さねばならないだろう。それも、お前たち二つの二等星を繋ぐ事のできる、強いものが」

<繋ぎ…?>


「丁度、この交錯点を飲まんとしている巨大なくず。あれをお前たちの足しにするといい」

どんどん迫りくる、砂を飲み込んでいる巨大くず。

小さなくずは、ただぶよぶよと揺れていた。


それを見て、不朽は静かに瞬く。


[そんなの、本末転倒だわ。…あの巨大くずは創造主、おまえを壊す為にあたくしが作ったもの。それをどうして、あたくしに…!]

不羈が抗議するのを遮り、不朽は微笑む。

<いたしましょう。すべては創造主の意のままに>

[おねえさま!]

<いきましょう、不羈。貴女の癇癪もここでおしまい。大丈夫、もう貴女から離れないわ。ずっと>

その瞬きを聴いて、不羈は目を見開く。

[ほんとうに…?]

<ええ>


急に、不羈の光がすとん、と、消えるように淡くなる。

そのままするりと、不羈の髪が不朽から滑り落ちていった。

<ありがとう、不羈>


微笑みかけるように瞬いた後。

不羈を伴い、巨大くずをめがけて飛んで行く。



「…私の白金。お前もやはり、最後まで2等星だった」


二つの星の夢が飛んでいく様をみて、小さな醜いくずはぶよぶよと呟いた。


「さて、果たして、あの巨大なくずは、星を飲み込めるか?それとも、お前たち二つの星の夢が、あの巨大なくずを飲み込むか?見せてみるがいい。私は動かず、ここで見ていることにしよう」









[…なあに、この音…?]


巨大くずに近づけば近づくほど、その音は星の夢に響いていく。


<あれは…>

不朽はその音を聴いて、ただ閉口する。


<…そう、そうなのね、タンタル。>

[おねえさま…?]

<貴方はもう、大丈夫なのね…>


そう口にして、不羈に微笑みかける。


<これだけは、もうどうにもならないと思っていたけれど。…きっと、これは貴女が行動を起こしてくれたからなのでしょうね…>

[…?何のことでしょう?おねえさま]

不安げに不朽を見つめる。

不朽はとても穏やかに、優しく瞬いた。

<貴女もまた、私の願いを叶えてくれた。…貴女は立派な星の夢だったわ>


不羈はただ黙り込んで、ただその言葉を噛み締めながら不朽に付き添う。




鐘の音が鳴り止んだ。






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