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29.使命ではなく、役割でもなく、突き動かすもの


ふらふらと足取り重く進んでいく。

予備動作用のひげゼンマイが1本なくなった位で気怠い気持ちになるのだから、

5164はもっと辛かっただろうと思う。

尤もインジケーターは合理的なやつだから、

首から下の稼働処理機能を切り捨てて、思考回路に全て巡らせているのだろうけれど。


暫く暗闇を進んでいくと、5164の同位体の残骸がばらばらと敷き詰められていた。

これを持って、5164の元に戻ればもしかすればもっと早く助かるかもしれない。

そう思って、少しだけ残骸を漁る。

殆ど使い物にはならなかったが、いくつかの歯車や留め具など、無事だったものは拾っておく。

多少短いが、まだまともに使えそうなひげゼンマイがあったので、軽く補強する。


そうこうしていると、また足元に何かが突っかかった。

今度も固いが、ぐにゃりというちょっと不快な感触でもあった。


「ぐえー」


異様に明るい、抑揚のない声。

「…ベリリウム?」

「はい、こんにちは。ベリリウムです!」

けらけらと笑っている。

仰向けで、大の字に寝そべっている。

何故ここにいるかとかは、考えない方がよさそうだ。


「…生三とセレンはどこだ?」

「わかりません」

「そうか」

置いていこうとすると、ごろごろと回転しながら足にしがみついてきた。

それ以上の攻撃性を感じ取れないので、単純に絡んできただけのようだ。

「邪魔なんだが」

「えー!厳しい!」

「お前、自分が何をしたのか解ってるのか?」

ベリリウムは目をぐるぐるとさせながら笑っている。

「巨大くずをはじめ、管理人形の皆を飲み込みました。外でも暴れ始めているので、交錯点はじきに崩壊するでしょう。星の夢たちはそれを見守っています」

「よく解ってるな…」

というよりも、ベリリウムにまともな受け答えができたことに驚きを隠せない。

「お前は一体何がしたいんだ?何故皆を飲み込んだ?」

今なら、答えてくれるだろう。

「くちなしを助けて、交錯点を壊すのが創造主たる星の夢の願いです。そのために、障害となるだろう管理者たちをまとめて排除にかかりました。」

あっさりと答えが返ってくる。

「…それが、お前の役割だってのか」

「あたしは星の夢のクロノグラフ、アンチモニーの後継機ですから」

「…今までのポンコツ言動は、わざとだったのか?」

わざと狂っている動作をするというのも、存外難しいのだが。

「いいえ、あれは素のベリリウムです。現在は命令遂行の為、サブ機能モードに入っています。」

「なるほど。…と、いうかくずの全部を飲み込んだのに、なんでお前がここにいるんだ?」

「いうなればそれは、飲み込んだくずの一部を利用して作った擬似素体、類似として同位体という名称が上げられます。尚、この同位体は現在、ベリリウムの体内でのみ複製可能となっています」

「…体の中限定で、歩き回れる同位体を作った、と。何のために?」

「体内に稼働可能な管理人形がいた場合、捜索を阻止するためです。」

「要するに、邪魔しに来たって訳か。」

確かに足止めを食らっている。

「現在体内にいる管理人形は4体、ウォルフラム、5164、セレン、カジモド。うち3体は稼働不可という状況を確認しております。」

セレンも稼働不可か。せめて5164のように、意思の疎通ができればいいのだけれど。

「…いい加減、離してくれないか」

足にしがみついているベリリウムをどうにか離そうと、足をばたつかせてみる。

しかし、離れない。

ベリリウムは笑っている。

「…しかし、そうも言っていられない」

「それならしようがない」

ベリリウムは笑いながら、足を掴む手の力を強める。


「!」


ぼきり、と。そのまま右足が持って行かれた。


非常に簡単なように聞こえるだろうが、

ベリリウムの握力は、同じ管理人形とは思えない程の力だった。

「…!」

足を持って行かれた反動で、その場に倒れこむ。


ベリリウムは足を持ったまま笑うだけで、それ以上何かをしようとはしてこない。

「カジモドが体内の捜索を停止すれば離します」

あくまで、うろつき回られるのが困る、という事らしい。

「…じゃあ、橘生三と稼働停止した管理人形たちをここに連れてきてくれ。そうすれば捜索しない」

「… … …」

ぐるぐると、ベリリウムの目が回るが、答えは返ってこない。

「お前の役割は捜索の阻止だろう?歩き回られるのが嫌なら、目的を持ってきてくれ。俺は生三とセレンを捜している。そして5164の元に戻りたい。そうすれば捜索する意味もないからな」

「… … …」

まだベリリウムの目が回り続けている。ようやく止まると、

「了解しました。」

と、返事が返ってきた。

どうやら、命令は『捜索の阻止』のみに限定されていたらしい。

表に出られたら困る、程度だったのだろう。

ベリリウムの予備知能による処理能力はその程度のようだ。


「橘生三。人間。現在、体内において生命反応はありません」

「!!!」


生命反応が、ない。

つまりは、もう。

愕然と、自然に左足がその場に崩れ落ちるようだった。


「尚、本来巨大くずと一体化しているはずの素体は、星の夢と一体化していたことによる副作用か、損傷はありません。」

体は無傷。だが、それでも生三は。

「…それでいい、丁重に、損傷がないように持ってこれるか?」

「可能です」

「それから、セレンと、5164、ウォルフラムも持ってこれるか?」

「可能です」


最悪、5164だけでも意思の疎通は可能だ。

どうにか集まるまで、待つ事にした。



どれだけの時間が過ぎたかはわからない。

待っている間に、脱出するための手段を考える。


不朽の事を考える。


あの時、光ったのは俺に反応してくれたからだったのだろうか?

だとすれば、不朽は。


「おい、これはどういうことだ」


ベリリウムに抱えられた5164が始めにやってきた。

5164を目の前に置くと、そのままどこかへ、ふらふらと歩いて行った。

別の管理人形を迎えに行ったのだろう。


「こんなところで何やってる」

「ああ、良かった、無事で。…ベリリウムに邪魔されて動けないから、連れてきてもらった」

「はあ?」

いまいち状況が把握できない5164にかいつまんで説明していると、なんだか間が抜けたような、複雑な顔をしていた。


「…それで、こうしてここで待っていると。なんだ、この呆気なさは」

「そうでもないさ、俺が動けなかったらどのみち壊れるのを待つしかなかったろ?」

「それは否定しないが、おれは結局お前が成功することなくあのまま壊れるのを待つのみだと思っていた」

「ひどいな」


「ん…ふたりとも、動いてた」

やがて、5164と同じように抱えられたセレンが現れる。

どさり、とカジモドの前に置いてベリリウムは再び、別の方向へ向かって歩いていく。

「セレン!良かった、意識があったのか」

「ん」

セレンは五体満足だったが、あちこちの部品が飛び出ている。

動くのは難しいという状態だった。だから稼働不可という認識だったらしい。

「カジモド…」

セレンが見上げながら、首をかしげた。

「おみ、いないの…」

「セレンは生三を知っているのか?」

こくり、と頷く。

「ん…、くずかごでひろった。でも星の夢が戻して、大きなのになっちゃった」

「じゃあ、橘生三が不朽と分かれたところも見たんだな?」

5164が尋ねると、同じようにこくり、と頷く。

「ん。不朽、おみとおなじ顔してた。…知ってた?」

「どういう事だ?」

カジモドが首をかしげる。

「不朽と生三は、似ても似つかない顔だけど」

「以前の顔はなくした、と言っていた。恐らく、不朽が橘生三に生まれ変わった弊害だろう。どのみち不朽は橘生三であり、橘生三は不朽である、それは変わらないということだ」

「不朽、5164とは話したのか…」

「お前があの場にいれば、お前とも話をしただろうよ。尤も、その場合のお前はあの道化に砕かれていただろうが」

「…どっちが良いんだか…」

「今の方が良いに決まっているだろう。お前が砕かれていれば、全て終わりだったぞ」

「ん」

ふたりが頷いていると、またベリリウムが現れた。

橘生三の体を抱えて。


「生三…!」

片足のまま、バランスを取って立ち上がる。


ベリリウムの腕の中で、生三は人形の様にくたりとしている。

夜時間の間、横になって目を瞑り『眠っている』時と、何一つ変わらない。


「ウォルフラムは肉に埋もれていた。引きはがしてもいい?」

生三をカジモドに渡したベリリウムが首を傾ける。

そのまま、生三の体は仰向けに寝かせた。

「…引きはがしたらどうなる?」

「崩れます。ばらららと。」

「…」

どうしよう。かえって、動かさない方が助かるかもしれないが…。

そう考えていると、

「可能な限り、体と部品を集めて持ってきてくれ。ばらばらでいい。あと、おれの同位体の部品もだ。無事な奴を集めてこい」

と、5164が伝える。

ベリリウムは肩をぐらぐらさせて戻っていった。

「大丈夫なのか?」

「おれの同位体もあれば、多少の修復は可能だろう」

「ああ、なるほど…」

流石同位体。便利。


「しかし、本当によく無事だったな…体だけでも」

5164がふむ、と生三を見る。

確かに、管理人形たちと違い体に損傷はない。着ている服も無事だ。

「星の夢と一体化していた副作用じゃないかってベリリウムは推測していた」

そう告げると、セレンがずりずりと、生三の傍に這い寄る。

「ん…」

少し悲しそうに俯いて、生三の胸に耳を当てた。

「つめたい」

「不朽が体から抜けた後は、ただの抜殻という事か。不朽が戻れば元に戻るのか」

「俺もそう考えた」

「ん…」

執拗に、セレンが生三の体に寄り添う。

「どうした?」

「て、て、はやく…はやく、うごいて…」

手を動かしたいらしいが、動かなくてやきもきしている。

「…」

「おい、カジモド、まさか」

「同位体の部品があれば、修復できるんだろう?セレン、貸すよ」

そう言って、セレンの壊れた左腕を丁寧に外していき、カジモドは自分の左腕を外してセレンに付け足した。

大きさが違うので、非常に不格好な状態にはなってしまったが。

それでも、動かせるようになったのが良かったのか、セレンはゆっくりとカジモドの左腕を動かしていった。

「もう少し待てば部品が来るというのに、また無駄な事を」

「ぼんやり待つより良いだろ?」


セレンはぎこちないなりに、生三の体に触れていく。

触診するかのように。

カジモドと5164はそれを眺めていた。


「何をしているんだ?」

「ん。…おみの体、空いてるから埋める…」

空いてる?埋める?

「穴でも開いてるのか?」

「ん…」

5164の言葉に、首を横に振る。

「星の夢、が、なくなって空いたところに、違うのを足すの…」

セレンはずっと、星の夢を作る手助けをしていた。

「いつもは、ただ星の夢になったらお空に飛ばすだけだけど…たまに、星の夢になれないのができる」


くずかごにくずが溜まれば、

必ずしも星の夢になるという訳ではない。

実際、くずかごが作られる以前の星の夢はよく飛ばないで地面に落ちたまま、なりそこないの大きなくずになり果てる事の方が多かった。


くずかごは創造主が効率よく星の夢を作り上げる為に築いた器。

それでも零れ落ちる星の夢のなりそこないを、セレンが人為的に助け、星の夢として飛ばす。


創造主が作り上げた、最後の管理人形。

星の夢を人工的に作り出せる、唯一の管理人形。


それが、ムーンフェイズのセレン。


「生三が生き返るのか!?」

セレンが頷いた。

「今のおみは…足りないだけ。足したら、治るはず…」

「何が足りないんだ?」

「ん…くず、のかたまりがあれば、できるけど」

ぶよぶよとした、くずの塊。

「この、いくらでもあるのじゃだめなのか?」

5164が周囲を見回す。

考えてみれば、今カジモド達がいる場所は。

デリリウム…巨大くずや管理人形たちを飲み込んだ、大きな大きな星の夢のなれの果て。

その、内側。

となれば、この周囲のぶよぶよしたものは、巨大くずの塊ということになる。

「ん…」

だが、巨大くずの塊をそのまま掴んで、持ち上げるようにはできていない。

「要するに、切り取ればいいんだろう?」

カジモドが立ち上がる。

長斧を何度も、何度も、足元を突き立てていく。

そうして一かたまりを持ち上げてセレンに渡した。

「ん」

セレンは頷いて受け取り、生三に継ぎ足していった。

どういう訳か、そのかたまりが生三の中に吸い込まれていくようだった。

「足りない」

「わかった」


カジモドは、左足一本で立ち上がり、ひたすら右腕で長斧を振り下ろす。

振り下ろすたびに油がぼたぼたと落ちていき、

ワイヤーが擦れる音がする。


足元付近に油溜まりが出来ていても、カジモドは懸命に長斧を振りおろし、

塊を作っていく。


セレンはそれを取り上げて、ひとつずつ生三に継ぎ足していった。


5164は何もできず、ただそれらを見つめている。

やがてベリリウムがウォルフラムを持ってきたが、

縦半分に割れたように、頭だけがかろうじてその原型をとどめているに過ぎず、

意思疎通はできなかったため、5164の隣に捨て置かれた。

同位体の部品も多少は持ってきたものの、彼らを直すまでには数が足らず、ただのがらくたとしてそのまま足元に散らばる。


役目を終えたベリリウムは監視のためなのか、それとも予備機能が作用しなくなったのか、

ぼんやりとそのまま突っ立っていた。



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