03.わがままな、星の砂漠のお姫さま
虚しさを覚えることの例えで"砂を噛む"思いとはよく言ったものだけど。
実際に砂を噛んで生きてみるとその例えがあまりに正しすぎて、この例えを最初に言った人は間違いなくこの交錯点に来たことがあるんじゃないかと思ってしまう。
味はあれども、味気ない。うまい?いや、美味しくない。
辺りを見回しても砂しかない。因みに水らしきものはある。
この、目の前に浮かんでいる雲だ。
これが本当に雲なのかどうなのかはわからないけれど、少なくとも見た目は紛う事なく空に漂う積雲そのもの。
なんとこの雲、高さでいうと自分の膝あたりを最低ラインにして発生している。
上を見上げれば沢山の雲がまばらに流れてはいるけれど、こんなに間近で雲を拝めるとは思わなかった。
雲に触ると、少し冷やりと感じた以外には、特に何も起こらない。
梶本くんが砂時計のような形をした細長い容器を取り出し、上蓋を外して雲をかき入れていくと、そのまま下の部分に水となって溜まっていく。
…雲だから水になって当然といえば当然?いやいや、水になったとしても、どういう原理かもわからない。
やっぱりここは異世界なんだ、と改めて思い知らされる。
「どうぞ」
喉が渇いた、という私の呟きを聞いた梶本くんが急遽用意してくれたのだった。なんて優しい。
容器の下側はハムスターが飲むあの給水器みたいな管(形状的にはファゴットのボーカル(クルーク)部分を上下反転したような感じ)が付いていて、そこから吸って飲む。
持ち歩くにも腰に下げるだけで良いし、便利。
その後も持ってて良いというので容器ごと貰った。雲をかき集めるのはちょっと楽しい。
という感じで、最低限の飲食物だけは潤沢に確保できている。
因みに、梶本くんは水の容器の中に砂を混ぜ、ドロッドロの状態で飲んでいる。
飲んでいる、というより、首元に刺して注入している。あ、これ機械に油をさす感じだ。
「ところでずっと砂漠を真っ直ぐ歩いてるけど、私たちは何処に向かってるの?」
休憩しつつ梶本くんの隣で、半歩下がる形でついていく。
最初の地点からずっと、梶本くんは斧(肩くらいまである程長い鉄の斧だ)を引きずっている。
因みにこの斧の先端に縄を引っ掛けて私を引きずっていたので、大分傍目には酷い絵面だっただろう。
振り返ると一本の線と二人分の足跡が続いている。結構歩いたなあ。
「ここから一番近い"くずかご"という大穴に向かっています。」
「大穴?何があるの?」
「くずたちを集めて、新しい星の夢を作っています」
ある程度この交錯点という世界のルールというものを聞かされていたけれど、いまいちピンとこない。
「星の夢、ねえ…」
空を見上げると、2、3個ほどの星の形をしたものが長い帯をたなびかせて、それぞれ流れている。
流れる向きも違えば方向も違うので、風に流されているわけではないらしい。
「そのくずっていうのは、どこにあるの?」
その単純な疑問を口に出したとき。
[あら、くずに興味がおありなの?]
空から、どことなくあどけない少女の声が響いた。
「橘さん!」
叫ぶと同時に、梶本くんがジャージの襟を引っ張り、ぐるりと背後に回す。
あまりの勢いにそのまま砂に頭から突っ込む形になり、うう、と唸りながら起き上がると。
星の色をした長いふわふわな髪が、空を泳いでいた。
白くてふわふわなドレスを優雅になびかせた西洋人形の様に可愛らしい女の子がにこにこと微笑んでいる。
「…どちらさま?」
呆気にとられていると、梶本君は何故か身構えていた。
よくあるアクション映画で、これから戦いますっていう感じで。敵なのか?
「あれが…我々の主星"星の夢"です」
「えっ!あんなに可愛い子が!?」
そう叫ぶと、星の夢は嬉しそうに首を傾ける。
[まあ、可愛いだなんて、嬉しいわ。あなたもとっても素敵よ、おみ。仲良しになれそうで嬉しいわ]
「待って下さい、星の夢。彼女は…」
[わたくしはおみとお喋りしているのよ、カジモド?]
一瞥すると、梶本くんは悔しそう(顔が見えないので本当に悔しそうかはわからないが)に、顎を引いてその場をどいた。
[挨拶がまだだったわね。わたくしはこの交錯点の主、星の夢。貴女とお友達になりたいの]
そんな梶本くんを歯牙にもかけず、こちらに向かって微笑む。
可愛いけど、どことなく、冷たさが漂っている印象を受ける。
「あ、ええと…橘生三です。その、どうして、私を…?」
[まあ、おみ。細かいことは気にしないのよ。それよりも、くずがどこにあるのか知りたがっていたわね。わたくしが教えて差し上げてよ]
その場で優雅に、くるりと回る星の夢。
すると突然、空中に流れていた二つの星の夢が勢いよく地面に落ち、その衝撃で砂が巻き上がった。
「!!」
咄嗟に梶本くんがかばってくれたおかげで、砂を被ることはなかったが。
おかげで、彼女が何をしたのかをはっきりと、目の当たりにすることになる。
辺りに砂煙が蔓延し、やがて煙の中に星の夢以外の、二つのシルエットが浮かび上がる。
人の形になりそこなった2体のマネキンのような塊が、ギイギイと音をたてて動いていた。
それは、まるで作りかけの機械人形がホラーゲームのように単純動作を繰り返しつつ、ゆっくりと近づいてくる。
「な…なに…、…なに、これ?」
一方は、首がない。首がない代わりにそこからファンが回って、ブウブブブ、ザザザ、と砂をはらんだ音をたてている。
もう一方は、異常なほど体が傾いていた。左半身に対し、右半身が異様に小さい。バランスを崩してぐしゃり、と砂に倒れこみ、またゆっくりと立ち上がる。
そのアシンメトリーさが、何とも気味悪い。
どちらも、私をめがけてゆっくり近づいていく。
[ご覧なさい、おみ。これがくず。星のかけらを核にして、雲と夢の塵を混ぜ合わせ、そうしてできた"生まれ損ない"!さあさあ、可愛いくずたち、お前たちの大好きな人間よ!つま先から髪の毛一本余すことなく美味な人間!早い者勝ちよ!]
星の夢の号令と共に、2体のくずが飛び出し、襲い掛かる。
「いやあああっ!!?!?」
思わずしゃがみ込んで蹲る。
逃げればいいのだが、足が竦んで動かなかった。
目の前で、くずたちが手を伸ばしているのが見える。
しかし、その指が私に触れることはなかった。
金属同士がぶつかる鈍く重い衝撃音が走り、首なしのくずはいとも簡単にその身体が分断されていた。
「…梶本くん!」
「そのまま動かないで下さい、橘さん。」
振り向くことなく、梶本くんはそのまま持っていた長斧で分断された首なしのくずの頭(ファンの部分)を叩き壊す。
分断された胴体はやがて熱暴走をおこし、パアン、と軽やかにはじける音と共に破片が辺りに散らばった。
梶本くんのおかげでこちらに被害はないものの、目の前で突如起きた不思議体験リアルバトルに呆然としてしまって、体が動かない。ていうか、動けない。腰が抜けた。
「そのままそこに居て下さいね」
再度そう告げた後、もう一体…アシンメトリーなくずに向き直る。首なしくずの下半身はよたよたと逃げ回っているので、捨て置くことにしたらしい。
アシンメトリーの方は早々に二足歩行を諦め、それぞれ左右に重心を寄せながら、三角飛びのようにジグザグに飛んできた。なおさら気持ち悪い。
しかし、それだけに動きが解りやすかったのだろう。
飛びかかってきたアシンメトリーの腹へ向けて、斧を下から上へとゴルフの様に反動をつけて突き刺し、持ち上げ、地面に叩き付けた。
『が、が、が、』
詰まったような駆動音が響いて、両手足がビクビクと跳ねる。
そのまま、動力源があると思われる個所に向かって、斧を振りおろした。
鈍い音がして、それ以降、くずが動く音は聞こえなくなった。
「たかだかこの程度で橘さんに向かわせるのは不愉快です、星の夢」
苛立ったような低い声で、梶本くんが空を仰ぐ。
ふわりと浮かんだ愛らしい少女が楽しそうに笑って、地面を眺めていた。
[まあ。生まれたばかりの弱いくずに、随分酷いことするのね]
「どういうつもりです。彼女をくずかごに連れて行けば、それで良いのでしょう?」
[だって、退屈なのですもの。折角交錯点に来たのだから、おみだってつまらないのは嫌でしょう?これはただの歓迎よ。…そうね]
ふわりと浮かんだまま、少女の体が、帯状に解けていく。
やがてそれは、空にわれ関せずと飛んでいる星の夢たちと同じ形になっていった。
[決めたわ、カジモド。無事におみをくずかごまで届けられるか、ゲームをしましょう。大事なお客さまですもの、怪我をさせたらいけないわよね?しっかり守ってあげてね。わたくしは一足先にくずかごで待っています。おみにはもっともっと、こちらの事を知って貰わなくちゃ]
「へ…?」
[無事に連れてこられたら、カジモド。貴方の願いを一つ、叶えて差し上げるわ。約束しましょう]
最後にそう告げて、星の夢は雲に紛れて消えていく。
私はただ、それを呆然と見つめる以外になかった。
梶本くんは溜め息をついて、くずの残骸をかき集めている。
私はそのまま、倒されたばかりのくずの破片をぼんやりと見つめる。
なんだか妙に懐かしいような、そんな気分にさせるくずの残骸。
「…あれ?」
よくよく中身を見ると、その機械が何故懐かしいのか理解する。
「この機構、私、知ってる…おじいちゃんが作ってた自動人形の設計によく似てる…」