26.Who is it?
「以前巨大化したくずは、お前の鐘で溶かしたんだったか?今回もとにかく鳴らすしかないな」
5164が、カジモドに提案した。
「しかしあの時はくずの方もほとんど崩れかけでしたし、それに無理やり溶かしたら生三が」
「そんな事言っている場合じゃないだろう!」
巨大くずが破片を飛ばし、肉で押しつぶそうと追いかけてくる。
「中の人間はすでに溶けている前提で動け、でなければ共倒れだ!」
「せめて前の二体だけでも…」
どうにかしたほうが、とセレンが呟くと5164が賛同した。
「そうだ。先にあの2体だ。カジモド、おれたちがこっちを引き受けたから、先にあの2体を溶かせ」
「俺一体で!?」
「へいき、へいき」
セレンも頷く。
「おまえらなあ…」
星の夢もどこかへ行ってしまった。
創造主はただぶよぶよと静観しているだけで、何の役にも立っていない。
「…生三を殺したら、許さないからな」
カジモドがそう言い残して、一体前に出る。
「努力はしよう」
その背に、5164は無感情に告げた。
そもそもカジモドがいなくなれば食われるか、飲み込まれるか、壊されるかのどれかでしかない。
どれだけ逃げ切れるか。
カジモド頼りというのも情けないが、くずに対する抑止力は後続機の方が強い。
所詮、自分はただ交錯点の掲示板だと心の中で笑う。
唯一セレンが残っているが、巨大くずから帰ってきた矢は使えるものよりも折れて使えなくなったものの方が多い。何とかそれでもある程度回収できたものの、心もとない。
それでどうにかカジモドが戻るまで、耐えるしかないのだ。
「…?」
どう凌ごうか、と、考えていた矢先だった。
ぷしゅう、という音と共にどんどん、巨大くずの全容が縮んでいっている。
「あれは…?」
わからない、とセレンも首を横に振る。
星の夢になるための縮小が始まっているのか、
それとも度重なる鐘の音で溶けだしたのか。
あるいは。
ずぶずぶのくずの肉が吸い込まれて、一つの人間大の塊になっていく。
くぐもった声が、くずの中から聞こえる。
「時間がかかったなあ、もう」
その声は、最近耳にしたばかりの声だった。
「…ベリリウム?」
「私の名前を呼ぶのはだーれ?」
そこにいたのは機械人形ではなく、人間だった。
ただし、
「お前は…?」
5164がこの手でくずかごに葬った、あの人間の姿。
セレンがほんの少し、心を通わせたあの人間の姿。
「おみ…?」
橘生三の姿をしたくずは、首をかしげる。
「ん?違うよ?」
にっこり笑う。
「あたしはデリリウム!よろしくね、はじめまして!」
「なんという事だ…」
創造主がぶるぶると声を震わせた。
「人間を核にして暴走した巨大くずが、がらくたに飲み込まれおった!」
"デリリウム"は笑いながら、5164に向かって突進する。
宙に浮いて、滑るように。
「!!!」
デリリウムの手には、V字型の剣。
間一髪、5164は手に持っていた杖で受け止める。
「あらー」
ギリギリと剣を押し込もうとするが、5164はそのまま抵抗し、押し返そうとする。
拮抗状態のまま、5164が叫んだ。
「お前のそれは…ウォルフラムのものだ!」
宙に浮いた。
V字の剣を持ち、突進してきた。
「あなたも強い。欲しい。欲しい。」
デリリウムは笑ったまま、さらに強く押し込む。
「あ、…あ…」
セレンは驚いたまま、後ずさる。
弓に矢を番えようとする手が震えていた。
「逃げろ!セレン!逃げろ!!」
5164が叫ぶと、弾けたようにセレンはその場から飛び出した。
「逃がさない」
デリリウムの興味が5164からセレンに移り、追いかけようとする。
その隙をついて、5164はデリリウムの脇腹に杖を突き刺した。
「!」
血は流れない。骨や機械にあたるような感触もない。
ただ、肉が。
肉に飲み込まれてく感覚がする。
飲み込まれないように引っ張るが、どんどん杖が食い込んでいった。
ゆっくりと、笑顔のデリリウムが5164に首を回す。
目が、合う。
にんまりと、笑っていた。
「ば、ばけもの…!」
セレンは怯えながら走る。
創造主はセレンを追いかけ、後ろからついてきた。
「どうやら、あのくずは取り込んだものと同化していく類のくずらしい。星の夢のなりそこないと言えばいいものか」
ぶるぶると肉を震わせて、デリリウムについて逡巡する。
「人間を核にした肉が、がらくたの形に成型し、そして他の機能を取り込む!素晴らしい!」
「取り込む…?」
「あれこそ、この交錯点の『一等星』に最も近いものだ!」
セレンが振り返る。
「あ、あ、…ああ…」
そこには。
今まさに、デリリウムに飲み込まれようとしていた5164の姿だった。
「…5164…!」
矢をつがえる。
ゆっくりと照準を合わせる。
デリリウムは、5164を貪ることに夢中になっている。
今なら弾け飛ばせる。
パスン、という音と共に、弦から矢が離れた。
デリリウムの耳からやや上に、真っ直ぐ矢が刺さる。
頭が弾けた。
しかし5164を飲み込むのをやめない。
もごもごと、飲み込まれていく。
最後の腕が飲み込まれ、杖が零れ落ちた。
その杖も拾い上げて、飲み込む。
気が付けば、また元の橘生三の顔ができ上がっている。
「…!」
目があった。
まだ笑っている。
次はお前だ、と、その目が言っていた。
弾ける様に逃げ出す。
追ってくる気配がわかる。
創造主と自称する何の役にも立たないくずは一緒についてきているのだろうか?
今はそんなこと、気にする余裕もない。
追ってくる。
解る。
早い。
だめだ。
間に合わない。
カジモドの姿が見える。
もう少しで追いつく。
「たすけ…」
その声は、後ろからくるくずの塊の音で掻き消された。
その頃、カジモドは2体の巨大くずに鐘を鳴らして応戦していた。
橘生三を核にしてベリリウムを飲み込んだあの巨大くずと違い、
2体の巨大くずはハリボテの様に脆い。
何度も鳴らしつつ、長斧で肉を切り払っていると、
次第にドロドロに溶けていく。
中の核が見えたころには、
既に核となったであろう"迷い人"は、かつて交錯点を陥れた頃の巨大くず同様、
ぐずぐずに溶けている。
それが男性か女性か、どんな顔をしているかも、解らなかった。
「…」
やはり生三を助ける事は不可能なのだろうか、とカジモドは逡巡する。
この巨大くずが作られてから、どれだけの時間が経過していたかはわからない。
だが、この巨大くずが現れていた間も、生三はあの巨大くずの中にいる。
生三が"不朽"の星の夢だとはいえ、肉体は人間なのだ。
耐えられるはずがない。
そう思ってはいるが。
思ってはいるが、どうにも諦められない自分がいる。
どうすればいいか、具体策も思いつかない。
ただ生三を助けたいという気持ちだけが先行するばかり。
創造主を連れてきさえすれば、どうにかなると思っていた。
5164も、その考えは同じだろう。
彼は交錯点を、くずの成り立ちを、機械人形の世界に作り替え、われわれを作った。
星の夢を追い求め、気が遠くなるほどの時間を費やした。
けれど、
肝心の創造主はどういうわけだか、
人間の体を捨て、機械人形の姿すら棄て、ただの小さく醜いくずに成り果てていた。
支離滅裂で、言っていることも正しいかどうかすら判断がつかない。
最早彼が何がしたいのかも、わからない。
彼の元へ向かったのは失敗だった。
「生三…」
約束した。
必ず帰すと。
約束した。
自分が守ると。
約束した。
約束した。
約束した。
けれど、生三は。
不羈の星の夢の思惑どおりくずかごに入れられ。
結局のところ、自分は。
くずから守るだけの力があったのに。
ただ何となく遠回りをして、くずかごにたどり着く時間を少し遅らせたくらいで。
何も、
何の、
役に立っていない。
―役立たず。
不羈の高い笑い声が聞こえる。
「俺は本当に、役立たずだ…」
何もできない。
何も考えられない。
結局のところ管理人形なんて、星の夢の前には無力なのだ。
あくまでくずから作られた人形でしかないのだから。
「役立たず?」
はっと、後ろを振り向く。
聞き慣れた声が…聞きたかった声が、はっきりと耳に届く。
「…生三…?」
自分の目の前に、橘生三が立っていた。
ただし、その服装は学校指定ジャージではなく、灰色のローブをつけている。
タイツは土留色。
しかし、そんなことはどうでもいい。
「生三…一体、どうやって?」
あのくずの中から?
「おみ、おみ、いったい、どうやって?」
首をかしげて、にっこり笑う。
見慣れた仕草。だが、その仕草は。
「ベリリウム…!?」
ぐるぐると目がまわる。
「そうだ、おれは、わたしは、はじめまして、あたし、私はデリリウムだよ、カジモド」
先ほどまでずっと焦がれていた姿が、そこにあった。
どれもこれも飲み込んだ、おぞましい姿がそこにあった。