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24.飲んで飲まれて飲まれて飲んで

「な、なんで…」

セレンがぽかんと口を開けた。

「交錯点が、壊れる」

頭上で瞬く星の夢に尋ねると、星の夢はうふふ、と笑い続けている。

[いいじゃない、壊れたって]

「よくない」

[何故?こんなみっともないところなんて、なくなってしまえばみんな幸せなのに]

「みっともない…?」


[そう。祈りも、願いも届かずに落ちてきた、なりそこないが集まった不完全な世界。全ての願いが叶うなら、それは幸せでしょう?あなたたちだって、ただこの何もない砂の上で、なけなしの祈りを踏みにじり続けるだけなんてつまらないでしょう?]


後ろからはベリリウムを含んだくずの肉が伸びてくる。

前方では複数の巨大くずが砂を飲み込んで大きく膨れ上がっている。


ウォルフラムの機能は停止し、セレンの矢も残りは3本。

5164の同位体は、残骸を含む全てがベリリウムのくずに飲み込まれた。


活路を見出すために試算演算を繰り返す。

何度繰り返しても、その数字の成功率は7.32を上回らない。

その7.32の芽はまだ出てこない。


…リピーターはまだか。

あれは本当に無駄足ばかりだ。

刻一刻と、成功率は目減りしていく。

ああ、5.00を切った。

今頃来ても、もう間に合わない。

3.71。

1.96。

1.00…


「…ベリリウム…」

振り返り、迫ってくる巨大くずを見つめる。

同位体や砂を巻き込んだ巨大くずはさらに肥大化し、もはや星の夢すらも飲み込めそうな程になっていた。


そのくずの肉が、ウォルフラムを、5164を、セレンを飲み込む。





…お前は一体何がしたかったんだ?

結局は巨大くずに飲み込まれて。おかげでお前が今、一番でかいくずになっている。

それほど大きな望みなんか、抱えていたのか?

それでもお前はくずの中に飲み込まれて、結局は消えることになっただけだ。

万に一つも、われわれ機械人形が、人間に勝る望みなど、抱えられるわけがないじゃないか。

お前はただあの道化に…不羈に良いように使われただけで、お前自身は空っぽだ。

我々機械人形には、何もない。

何も残らない。

それで良い。

我々は人間ではないのだから。

過ぎた望みは、抱えるべきではない。

肉に圧迫され、軋んでいく。このまま飲み込まれたのなら、

後はもう…


そう思っているときだった。


『ガァン…』


懐から、軋んだ歯車を揺らすような不快な鐘の音が鳴り響いた。


「!」

思わず、周囲の肉を掴む。


『ガァン…』


もう一度鳴る。

周囲のくずも、その音に怯んで圧迫する力が緩み、離れていく。

「…リピーター?…どこから、…まさか」

緩んでいる間に、懐からそれを取り出した。


その存在をすっかり忘れていた。

あの時…分かれがけにリピーターから渡されたもの。


「…擬似ダイオードか!」


二種の金属を結合させた検波器。つまり、簡易ラジオ。

酷く単純な作りだが、ある種の信号を読み取り、媒介を通して発信する。

媒介は勿論。

「おれと、くずの肉か…!」

圧迫された瞬間。肉を掴んだ瞬間。互いに重なった瞬間に作用して信号を読み取る。

その信号とは、つまりはリピーターの鐘の音。

「あの馬鹿、いつの間にこんなものを…!」

思わず、口角が上がる。


これならいける。

信号が読み取られたという事は、リピーターはすでにすぐ近くまで来ている。


もう一度、近くの肉にダイオードを握りしめた拳を当てる。

当然ながら雑音がひどいが、体中から鐘の音が響く。

その不快さは、折り紙つきだ。


どんどん緩んで、空洞が広がる。

周囲を見回すと、セレンが耳をふさいで、歯を食いしばって唸っていた。

「無事か、セレン」

「ん゛ー…」

おそらく、肉を通して鐘の音が聞こえたのだろう。

しかめっ面だ。

「もう少し、我慢していろ。ここから出る」

「ん…ウォルフラム、いなくなっちゃった…」

辺りを見回すと、ウォルフラムの姿が見えない。おそらく、先に奥深くまで飲み込まれたのだろう。

「仕方ない。おれたちだけでも出る。…耳を塞いでも無駄だぞ」

「ん…」

どちらにしろ、肉に挟まれて直接体に響いて伝わるのだ。

「聞きたくないなら飛べばまだましかもな」

空洞ができたことで、体格の小さいセレンならば飛び跳ねるくらいの余裕ができた。

「ん」

聞いた途端、とにかくぴょんぴょんと跳ね回る。

「…いくぞ」

何度も、何度も、

同じ個所にダイオードを当て続ける。

頭がおかしくなりそうだった。

先にこちらの回路が焼き切れるかもしれない。

それでも、鐘の音を響かせ続ける。


とうとう、肉の厚さが引きちぎれそうな程の薄さになる。

しかし、杖では心もとない。

「セレン、打ってくれ」

近くにいたのがセレンでよかった。矢も()()3本ある。

急いで離れると、間髪入れずにセレンが薄くなった部分に矢を打ち込んだ。

見た目に反して演算処理(あたまのかいてん)が早くて助かる。

最後に作られただけあって、管理人形の中では性能が良い。


…ウォルフラムにももう少しセレンの思慮深さがあれば…

と、思わなくはない。

まあ、高性能だからこそ、あんな猪突猛進ができるわけだが。


そんなことを考えながら、セレンを抱えてぽっかりと空いた穴の部分から脱出する。

ダイオードが機能している今、肉を伝っても取り込まれることはないだろう。


ぼよんぼよんと、上手く弾かれながら下っていく。


あ…ちょっと楽しい…。


不快な音響を紛らわすために、その感触を楽しむことにした。

セレンも、思った以上に反動し飛び跳ねる感覚に感動している。

…緊張感が弛む…。


無事脱出して砂地に戻り、くずかごから離れると。

更に大きくなった肉片が悶える様に蠢いていた。


「…直接肉に何度も響かせたのだから、さすがに応えているだろう」

いくら巨大化したとはいえ、くずはくず。耐久性はない。

我々管理人形とは出来が違う。


巨大くずから離れると、遠くの方から大きな鐘の音が響いていた。

…出ても不快な事には変わりないが、

直接体に振動が響かない分、断然ましだった。

例によってセレンを見ると既に耳をふさいでいる。反応が早い。


見れば、遠くの方にいた第二、第三の巨大くずたちも鐘の音でぐずぐずに溶けだしている。

…こちらのくずよりも弱いのだろうか。

それにしてもリピーター、凶悪極まれり。


「カジモド!」

ごま粒ほどの人影を見つける。間違いなく、リピーターだ。

なにやら小さく不格好なくずが後ろからついてきている。

…なんだあれは?

「5164!セレン!…良かった!」

リピーターが近づけば近づくほど、鐘の音がどんどん大きくなる。

「ん゛ーーーー!!」

セレンが眉間にしわをよせて、必死の形相で歯を食いしばっている。

高性能なだけに、余計にリピーターの音が鮮明に響くのだろう。

…初期型でよかった。

「とめて、こわれる」

真っ先にセレンが身振り手振りでカジモドに伝える。

鐘の音で声がかき消されるので疎通が難しい。

「あ、ごめん」

気付いたカジモドが音を止める。

静寂とはかくも素晴らしきかな、くずの肉がぼこぼこと暴れる音すら尊い。

「定期的に鳴らさないと追ってくる。鳴らす前に合図を出すから、その時は聴音回線を切って」

無言で頷くと、セレンはげんなりした顔でカジモドを見上げた。

「ともかく、助かった」

手持ちのダイオードを見せると、カジモドがああ、と頷いた。

「気が付いてくれてよかった」

「どこでこんなものを?」

「おみをくずかごに連れていく道中、潰したくずの破片を集めていた時に気が付いたんだ。不思議な事に、くずはそれぞれ個体ごとに違う金属で出来ている。今まで気にしたことなかったけれど、実は俺もお前も違う金属なんだな」

言われてみればなるほど。

そんな至極どうでもいいこと、今まで気にも留めたことがなかった。

「同じ夢の砂といえど、さまざまな願いが落ちてできたものだからな。部品が違うもので出来ていてもおかしくはないか」

だからこそ、個体それぞれが別種になるのだ。

「…それ何?」

セレンがカジモドの後ろを指す。

先ほども確認したが、不格好で小さなくずがぶよぶよとついてきていた。

「ああ、創造主」

「!?」

これが?

セレンも驚いて目を見開いている。

…どう見てもただの出来そこないのくずなのだが。

セレンやカジモドはともかく、おれは一度創造主と対話したことがある。

その時は、こんな姿ではなかった。

「創造主、『インジケーター』と『ムーンフェイズ』です。…タングスくんは?」

「すまない、飲み込まれた。ベリリウムに…」


言おうとしたとき、後ろから

ずん、と轟音が響く。

「遮断!」

カジモドの合図で聴音機能をオフにする。

こうなると、何の音も聞こえない。己が動かす音も。内部の歯車が回る音も。

見ているものだけしか、認識できない。

おそらくカジモドは鳴らしているのだろう。

先導されながら、くずから離れていく。


…これ、ずっとこうして繰り返さないといけないのか?


交錯点に建物はない。隠れる場所もない。

したがって、延々と鬼ごっこをしながら打開策を練るしかなかった。


解除の合図で、ようやく落ち着く。

それを何度か繰り返して、互いの現状を総括し終える。

漸く先の話に進むことができた。

「これでは永久に終わらんどころか、先にくずが砂を食い尽くすのが先だ」

「星の夢は?…不朽は、どこに…?」


すっかり忘れていた。

空を見上げても、あのくるくる回る目障りな星の夢の姿が消えている。


「まさか、天に…?」

交錯点を捨てて、天に昇るつもりでは?などという意見が挙がる。

「いや、そうしたら兆しが見えるはずだ。ないということは、まだ交錯点にいる」

星の夢が空へ上るとき、祈りを巻き込む光の帯が回りながら円錐状に収束していく。

それはしばらくの間交錯点中を照らす兆しとなる。だが、空を見てもその兆しがない。

「たべられた?」

と、セレン。

可能性はなくはないが、星の夢を飲み込んだくずはどれも例外なく望みを抱えきれずに砕け散る。

「後ろにいるくずが私の白金を飲み込んだという話だが」

それまでずっとだんまりを決め込んでいた小さなくず…創造主が口を開いた。

「はい、創造主。…しかし、今ではウォルフラムやベリリウムを飲み込んでいて…」

頷くと、くず…創造主は頭を働かせるかのようにぶよぶよと動いている。

「ベリリウムとやらは星の夢が作ったと聞いたが」

「ええ。アンチモニー…不羈の星の夢が」

「遠い昔、白金に手ほどきをして機械人形の製作を手伝わせることがあった。…以来、白金は機械人形を作ることができた。しかし、それらの全ては見た目は精巧だが、中身がまるでないくずのようなもの。貴様らの様な多少は精巧な機械人形とは異なるものだった」

確かに。

おれとアンチモニーは白金に教わって、おれの同位体を製作できるようになった。

だが、おれの同位体には…その必要性がないのもあるが…自我を持たない。

自我を生み出す何かが足りなかった。

「白金は知りながら教えなかったのだろう。お前たちのその思考回路に使われているのが、迷い人を固めて作ったものだと」

「!!!」

迷い人。

夢の中で交錯点に落ちてきた、人間の精神体。

「迷い人を…固めて?」

カジモドが震える。そんなことができるのか?

いや、できたのだろう。

だからこそ、自分たちはここにいる。

「では、おれたちは…迷い人の犠牲のもとに作られている、と?」

くずは肯定するようにぶよぶよ動く。

「実際、迷い人を入れる前の白金と、付け加えた後の白金では質も機能も遥かに性能に差が生じた」

「あなたは…何人もの迷い人を、そうやって…?」

「進歩に犠牲は付き物、という使い古された言葉を贈ろう。気にくわなければ今すぐ己でその回路を抉り取り出して外すがいい。どのみちその迷い人の自我は取り込んだ時点で消え失せた。その回路も抉るのならば、今度は貴様自身の存在を消すという事だ。他のくずに取り付けたところで、元の貴様となる保証もない」

「…5164。今はそういう話をしている場合じゃない。俺は生三を助けられさえすれば、後の事はどうでもいい。創造主、どうか…」

「あのくずの中をほじってみればいい。貴様はそれができるだろう」

くずは興味なさげにカジモドに告げる。

「…!」

その時だった。

蠢いていたくずが動き出した。

また合図と共に鐘を鳴らすために聴音装置を切る。

しかし、今度は身悶えた様子が、変わっていた。

「?…なんかちがう」

セレンが不審げにくずを見上げる。

瞬間。

くずの中から、はじけ飛ぶように。

全方向に、杖や機械の部品と矢の嵐がまき散らされた。


「これは…おれと、セレンの!」

先ほど巻き込んだ、同位体の破片と杖、そしてセレンの矢。

もしかしたら、ウォルフラムの破片も交じっているかもしれない。

当たらないようにというのは難しい。何度か破片が当たる。

矢にもかすられたが、幸い、触れた部分を消飛ばせるのはくずの肉だけらしい。

「どうやら鐘が鳴る前に潰そうということらしい。知能が芽生えたか」

くずがぶよぶよと見つめていた。杖が刺さったが全く意にも介していない。

「これは珍しい反応だ。学習能力のあるくずとは、素晴らしい!おそらく複雑人形を何体か飲み込んだからだろう!」

厄介な。

「このままじゃ全員飲み込まれてしまいます!」

「くどい。貴様が行けばよかろうが」

「ですが、俺が行ったら…皆が」

確かに、鐘の音を出せるカジモドがくずの中に飲み込まれても吸収されることはないだろう。

しかし。

外は、どうなる?

「ならば飲み込まれてしまえ。どのみち他に出来ることもあるまい。見ろ、前も迫ってきたぞ」

少し地点が離れていたこともあり、放っておいた第二、第三の巨大くずが。

じりじりと、体を肥大化させて迫ってきていた。


「わたしが作った機械人形ならば、くずの肉体を乗っ取り返す位の気概を持つべきだ。貴様らはわたしが作り上げた唯一無二の成功作どもだぞ」

くずがぶよぶよと笑う。

乗っ取る?

そんなことが可能なのだろうか?

我々は、機械人形なんだぞ。肉相手にジャックしろとはどういうことだ。

頭までいかれたか、このくずは。

折角苦労して出てきたというのに、また食われろというのか。

くずは…顔のないくずが笑う。

酷く腹の立つ笑みを浮かべたような姿が容易に想像できた。

「ここは夢の交錯点。できない事は何もない!」

…我々の創造主は、想像以上に思考の歯車が欠けているようだ。

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