表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/43

17.罪なくして配所の星を見る

「タンタルが…迷い人を消した?」

「…」

事の顛末を話し合うと、タンタルは黙ってうつむく。

「迷い人が…もともとどうやって来て、どうやって帰っていくのかは知らないけど」

アンチモニー…アンが訝しげにタンタルを見やり、声を開いた。

「少なくとも、私たちにとっては有益な存在よ。それを消すなんて…」

「俺は、そんなつもりじゃ…」

「それに迷い人は我々を構成する一部だ。このことが知られれば、レギュレーターもお怒りになるだろう」

レニウムも同調する。

「まって、何か原因があるはずよ。それに、迷い人が消えたらどうなるかなんて、誰にもわからないわ」

私が声を上げると、アンがでも、と続ける。

「お言葉ですが、おねえさま。その音を聴いて、迷い人は苦しんで消えたのでしょう?…それなら、確かめたらいいんじゃありません?」

「どうやって?」

「くずに、同じように聞かせるんです」





交錯点中を歩きまわり、生まれたばかりのくずを探す。

幸いすぐ近くで発見されたので、くずを捕えタンタルの前に連れ出す。

「…タンタル、鳴らしてみて」

皆が見つめる中で、タンタルに指示を出す。

「で、でも」

不安がるタンタルを、皆が見つめる。

「これは、貴方にとっても、私たちにとっても必要なことよ。あの時と同じように、ね?」

知らなければいけないことだ、と諭すと漸くタンタルも頷いた。

「…はい」


くずを目の前にして、タンタルはまた、鐘を鳴らす。


その鐘の音は、迷い人に対して鳴らした音とは違っていた。

迷い人に対しては、雑音のようなただの不協和音に過ぎないと感じていたが。


今度ははっきりと私たちにとっても耳障りの悪い…

それ以上に、

全身が言う事を聞かなくなってしまいそうな、頭を割られてしまうような、そんな音になっていた。


「いや!!!やめて!!!!」

アンが耳をふさいで叫ぶ。

「やめろ、なんだその音は、タンタル、何故そんな音を…!」

レニウムが苦しみだし、うずくまる。

「…ぐ、う、う…」

私自身も、立っていられなかった。


「あ…」


タンタルの音が聞こえなくなると、途端にそれまでの不快感が消える。

しかし、それよりも。

連れてきたくずはその不快な音に耐えられず。

自分で自分をばらばらにしながら、崩れていった。


タンタルの鐘の歌が我々にとって不快であり苦痛である事を身をもって理解してからは、

誰も彼に音を鳴らさせようとはせず、彼自身もそうだったのだろう、鳴らさなかった。


それは迷い人を消し、くずを壊す、死を告げる弔いの鐘。


それを知ったタンタルは塞ぎこみ、ただ、レニウムの同位体を運ぶだけとなった。

交錯点に響く合図の音がなくなってからは、次第にみんなで集まるようなこともなくなった。

タンタル自身も皆に合わせる顔がないのか、黙々と喋ることなく、ただ運ぶ。

全ての同位体を運び終えてしまったあともただ、当て所なく放浪するばかりだった。


他に変わったことといえば、アンが私を追うこともなくなり一人で何かに没頭するようになったこと。

レニウムは己の仕事に没頭した。

私はそんな彼らを訪ねてはメンテナンスをしたり、彼らの話に耳を傾け、…レギュレーターを探し歩くようになった。


ふと、思い出して交錯点の中心…かつて、レギュレーターが機械人形を作り続けていたあの場所に赴いてみる。

そこにはやはり作りかけの機械人形が横たわっているだけで、レギュレーターはいなかった。


「戻るか?」


帰ろうと踵を返した時だった。

背後から、聞きなれない声がした。

振り替えると、作りかけの機械人形が起き上がってこちらをじっと見つめていた。


「戻るか?」


もう一度、尋ねられる。

空虚な機械人形は、ただじっと、無表情で見つめられる。


「戻るって…何を…?あなたは?」

「戻るか?」


機械人形は同じ単語を投げかけながら、じっとこちらを見つめるだけ。

それしかインプットされていないのだろうか。


「あの…」

「戻るか?」

「戻るって、どこに…?」

「戻るか?」

「わかった、戻る、戻るわ。邪魔してごめんなさい。…レギュレーターに宜しくね」

恐らくは、ここから離れろという事なのだろうけれど。

急いでその場から離れようと足を踏み出した時だった。


背中から、


パン!


と何かが弾ける音がした。


「…?」

振り返ると、機械人形は横たわっていた。


「今のは…?」

「それは『レトログラード』だ、私の"白金(プラチナ)"」

「!!」

今度は、反対側から声がした。

声の主は、もう忘れてしまったかと思うほど遠い昔に聞いた声。

「…レギュレーター…創造主…!」

全てが機械人形と化した、時計技師その人だった。



「創造主、今までどちらに?…何をされていたのですか?」

機械人形が、カタカタと音を立てる。

「私のプラチナ、私は新たな弟妹を作り上げた。かつての私は交錯点を知るためにお前たちを作り上げたが、それでは足りなかったのだ」

「足りない…?」

「星の夢は、我々に力を与えてくれた。くずたちが集まって星の夢になるのならば、もっと容易に、かつ恒常的に効率よくくずを集める方法をとらねばならない。…わたしはくずかごを作っていたのだよ」

「くずかご…?」

「我が愛しい、美しい星の夢。あれを我が手で作れるのならば、どうか、星の夢をこの交錯点に留まらせたいのだ。永久に、我が傍であの美しい光を輝かせてほしいのだ」

「お言葉ですが、創造主…」

星の夢を捕らえることはできない。あれらは我々の手に余るものだ。

我々は時計技師の祈りを抱えた星の夢が落ちたことでできた、"破片(くず)"でしかない。

「そう。幾度試みようと、星の夢を触れることはできない。しかし、どうだろう。自分で作ってしまえば、その星の夢は空へ昇る前に掴む方法がわかるだろう」

時計技師はいつからか、機械人形を作ることに満足していたのだろう。

いつの間にか願望が満たされたことで、新たな願望を抱えてしまった。

崇拝していた星の夢を求め…追い続けていたのだ。

「作ってしまう…?」

「くずかごという一か所にくず共を集めてさえしまえば、互いに争い合い、食い合い、星の夢となっていく。それまでは突発的に、偶発的に発生するに過ぎなかった。しかし、これで星の夢は安定して作れるようになる!…あとはお前たちが、くずをくずかごに連れていくのだ。リピーターはどうした?」

「リピーターが何か…?彼なら…」

レギュレーターに事情を説明すると、彼は大いに高笑いをした。

「そうか、そうか!迷い人を消し、くずを壊したか!それでいい、それでいいぞ!!」

「ですが、そのせいでタンタルは塞ぎこんで…」

「ばかな。迷い人は消滅したのではない。ただ、交錯点から追い出したに過ぎない」

「追い出す…ですか?」

「無知蒙昧な迷い人など必要ない。厳選するのだ。それ以外は追い返す。」

時計技師は拳を振り上げて、熱く語る。

「厳選とは、どういう意味ですか」

「交錯点に相応しい迷い人を見つけ、それを核に星の夢を作る。さすれば強く美しい"一等の星の夢"が出来上がるだろう!いいか、必要なのは、リピーターの鐘の音に耐えうる強い精神を持った迷い人だ!それ以外は全て必要ない!追い返してしまえ。すでに必要な分の迷い人は捕えてある…」

捕えてある?…迷い人を?

機械人形(われわれ)だけではなく、…星の夢さえも、作りだす為に?

「創造主、どうか、お考え直しを」

「私のプラチナ。お前は私の言う事に逆らわない。そうだろう?」

ひどく冷たい声だった。

「…はい、創造主…」

「今すぐリピーターの元に向かえ。そして伝えるのだ、鐘を鳴らせと!殺すのではない、追い返しただけだ、お前は人助けをしているのだと奮起させてやれ。そして、お前の鐘の音を聞いても堪えられた迷い人だけを連れて来いと!」

星の夢を作るだなんて、そんなことが許されるのだろうか。

ああ、なぜ私は感情など、自我など持ってしまったのだろう。

何故創造主はそう御作りになったのだろう。

そんなものがなければ、…こんなにも、胸のあたりが痛むことがないのに。

「そうだ、それからお前たちにこれを持つように指示を出せ。これからは、くず共を集めるのに必要になる」

レギュレーターは嬉しそうに笑った。それらを見つめていると、

「戻るか?」

再び、作りかけの機械人形が起き上がっていた。

「…ええ、戻ります」

頷いたと同時に、パン、と弾ける音がした。

ぼんやりしたわけではないのに、気が付くとそこに創造主の姿はなく、

作りかけの機械人形…『レトログラード』の管理人形が横たわっていた。

最後に少し話しかけても、何も反応がない。

その目は空虚を見つめていて、何も映していなかった。

「…貴方の名前は、なんていうの?」

反応はなかった。




タンタルに創造主からの言葉と顛末を伝えると、"迷い人を消してしまった"事が誤解だとわかって安堵していた。

と同時に、喜んでいた。

彼はずっと今まで、レギュレーターから指示を受けたことがなかったから。

漸く自分の役目を知れたことが嬉しかったのだろう。

私も一緒に彼を見届けたくなったので、同行を申し出るとタンタルは首を横に振った。

「俺の音はみんなを不快にさせる。プラチナ、俺は貴女に嫌な思いをさせたくない」

「私なら大丈夫よ。…それより、これは創造主から貴方に」

レギュレーターから預かった、中心部からやや下がコの字に曲がった長い斧を渡す。

「これは…?」

「それぞれの役割を果たす道中、くずの中の核を集めて、くずかごに捨てるようにと」

「くずかご…」

「くずかごの位置を把握できるように、回路を付け足すわね。それから…」


タンタルに指示を告げる以外にレギュレーターから託された私の仕事は、3つ。

一つは、人形たちに彼らの武器を渡すこと。

一つは、くずかごの位置を記憶させること。

一つは、人形同士の位置を知らせる信号を埋め込むこと。


すでにアンチモニーとレニウムには顛末を知らせ、話を済ませておいた。


私たちは交錯点を管理する"管理者"として、交錯点を徘徊する。

レギュレーターの指示通りに。

くずを集め、星の夢を作り。

いずれ出来上がるであろう一等星を、彼のもとへ届けるために。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ