14.おみちゃん、はがれる
真っ暗闇。
再び、真っ暗闇。
今度は息苦しくない。手足も動く。
真っ暗な中で、私はただ、星の夢の言葉が繰り返し、脳内で再生される。
<貴女は機械人形なのよ、おみ>
何をばかな。病院で生まれてから17年間。
医療機関で健康診断を受け続けてきた私が人間じゃなかったら今頃、
最高学府の標本室で飾られてるわ。
<彼は自分の姿を機械人形に変えて、生き続けている。貴女と同じように、砂と雲の油を食べて>
聞いた限りだと、機械人形になる前から砂食べてたじゃん!
わざわざ強調するなんて、毒気の強い子だ。
…しかし、どうして急に真っ暗になったのか?…なんて、考えるまでもないか。
くずに飲み込まれたのだろう。
星の夢に時間を稼がれて、まんまとくずのお腹の中というわけだ。
いや、でも、ちょっとまって。
くずのお腹の中だって機械仕掛けなのに、それられしい感覚がなにもない。
稼働音も聞こえなければ、動いている気配もない。
まるで宇宙空間。行ったことないけど。空気はあるのか、呼吸はできる。
…。違う。私今、呼吸、してない。呼吸しているようでできていない。
でも、苦しくない。
「わー…」
声に出してみる。
勿論、響きもしなければ、返ってくる反応もない。
だめだこりゃ。万事休す。
ピノキオを丸呑みにしたサメの中ならともかく、出る当てもない。おじいさんも中にはいないし。
境遇的にはモービィ・ディックの方かも。今の私は"食べられた片足"の状態。
あ、だめだ。その流れで行くオチは後味悪すぎる。
…どちらにせよ、今の私にできることは見つからない。
外がどうなっているかを知る術もない。
考えてみて欲しい。私は、ただの女子高生だ。
家業で時計を直せるっていうのはそこそこ珍しいとは思うけど、それ以外は歌に自信がある程度のれっきとした平々凡々女子高生だ。
超能力が使えるわけでもなければ、タフな怪力超人でもない。魔法なんてもってのほか。
そういうなんかバトルアクションファンタジー的なものは全部、交錯点の方々がしてきたこと。
助けて、梶本くん…なんて、馬鹿の一つ覚えみたいに思ってしまう。
そうそう都合よくなんていくわけないのも分かってるけど。
うーん、思ってた以上に、梶本くんに依存してるな…。
自分の中の何かが、ぺりぺりと剥がれていく。
…私はただ、梶本くんと一緒に歩いただけ。
ぺりぺり。
それでも家に帰るために、ずっと歩いてきた。
ぺりぺりぺり。
来年度の部活動…最後の合唱コンクールのために、ずっと練習してきた。
結局は私は、異世界に来ても日常の延長線しかしていない。
そんな私に、こんな真っ暗闇でなにができるだろう?
ぺりぺりぺりぺりぺり。
どんどん、剥がれていく。
ああ、やめだ、やめ。
考えれば考えるほど、悪いことしか考えられなくなる。
そんなの、考えるだけ無駄。
…なんかもう、疲れた。
とろり、と瞼が重くなる。
食べられても案外、こうやって無事なんだ。
多少眠ったって、大丈夫だろう。
…ごめんね、梶本くん。
傍から離れるなって、言われてたのに。
必ず帰してくれるって、言ってくれたのに。
頭の中で、素朴なメロディが流れる。
梶本くんと一緒に歌った、星の歌。
それと同時に、女の子の泣き声が聞こえてきた。
―どうして泣いているの。
―泣かないで。
"そのおうた、きらい"
―お星さまのおうた?どうして?
"だって、星はアンのことなんて、みていないもん"
―そんなことないわ。ちゃんと見てる。
"だったら、どうしてあなたはいってしまうの、くちなし"
―それは…
"アンは、あなたがいなくなってしまうの、いや"
―
"くちなし、あたしを置いていかないで"
―
"あの役立たずのためなんかに、星になんてならないで!"
悲痛な叫びが、こだました。
"帰ってきて。あなたは、『永久カレンダー』なのよ、くちなし!"
ぱちん、と、自分の中で、何かが弾けた気がした。
日付を表示する"デイト"と呼ばれる機能が搭載されている時計がある。
それは1から31までの数字を、24時間ごとに一つずれて表示してくれる機能。
西向くサムライ…暦の上で31日もない月の場合は、手動で『31』を『1』に戻さなくてはいけない。
それを、4年に1度の『29日』を含めた、『28』『30』『31』まで。
小さなケースの中の歯車で"永久に、暦を表示してくれる"超絶複雑機構。
それが『永久カレンダー』。
…交錯点からいなくなってしまった管理者。
少女の声は、"くちなし"をそう呼んだ。
自分の中で、何かがぼろぼろ崩れていくような、そんな気がする。
べりべりと、皮をはがされていくような。
くちなし、あなたは何?
あなたは一体、誰なの?
どうしてみんな、私をくちなしだなんて言うの?
私は、
私は人間なのに!
カァン…
遠い方から、鐘の音がする。
硬い金属同士がぶつかって、
どこまでも透き通って響く綺麗な音。
カァン…
…梶本くんの音だ。
どこかで、梶本くんが鳴らしている。
そうだ、行かなくちゃ。
梶本くんの元へ。
私には、歩くことしかできないんだから。
<そっちへ行ってはだめ>
私のぺりぺりと剥がれていった何かが、動いた。
後ろを振り向くと、薄く、皮のようなぺりぺりしたものがたくさん集まっている。
「!?」
な、なに、あれ。
<そっちへ行ってはだめ…また、泣いてしまう>
「え、何が?…何のこと?」
ぺりぺりしたものが、どんどん、固まっていく。
「え、なになになに!なんなの!?」
<思い出して、あなたは…>
固まって、固まって。
「え…?」
星の色のふわふわとした髪をした、白いドレスの女の子。
ただし、その顔は。
「…私…?」
星の夢の姿をした、私と同じ顔をした女の子。
<私の名前は"不朽"の星の夢…>
くちなし。
何度も聞かされた、"くちなし"という名前。
「…あなたが?」
私の中からでてきた、ぺりぺりしたもの。
私と同じ顔をした、星の夢…?
「ちょ、ちょ、待って待って待って?え、…星の夢?」
目の前の星の夢が、首をかしげる。いや、自分が目の前で首をかしげてもホラーなだけだって。
「…永久カレンダーじゃないの?」
『永久カレンダー』の管理者"くちなし"。
私はずっとそうだと思っていたんだけれど。
<いいえ。…私は、橘生三という人間になった星の夢>
おいおい。
星の夢(目の前にいる方じゃない方)。
話が違うぞ。
<私は"永久カレンダーの管理人形"から、"星"になったもの…>
「星に?」
そうか、永久カレンダーは星になったのか。
だからいないのか。
「それなのに、どうして星の夢になっているの?星になったんじゃなかったの?」
星の夢は、星になるために願いを集めているのに。
星になった後は、天で集めた願いを力に変えて飛ばしているんじゃなかったのか。
目の前の星の夢…くちなしが、少し悲しげな笑顔を浮かべている。
<私は一度、星になった。私の願いは、強すぎる願いを受け止めてしまったから。そして私はそれを受け止める事ができた…>
「なんかまるで、他人事だね」
<それはあなたも同じことよ。あなたのことでもあるのだから>
「そうは言うけど私は私だし、覚えがないんだもの…」
<それでもまぎれもなく、あなたもくちなしなのよ、おみ>
「んー…」
何だか釈然としないけど。
「わかった、私がくちなしだった。そこまではオッケー。…それで、どうして梶本くんの所に行っちゃいけないの?」
目の前の星の夢も私の中から剥がれ出たものであることを先ほど見てしまったのだから、否定できない。
そうなれば受け入れるしかない。つまりこれは自問自答だ。
私は、私の無意識にある記憶と対話しているのだ。
お、なんかすごく哲学者っぽくない?
<あなたはそうやって全てを受け入れるふりをして、全てから逃げている>
「!」
<私が止めたのは、あなたがリピーターの元へ行けば彼もあなたも、また悲しむことになるから>
「梶本くんも…私も?どういうこと?」
<私は…あなたは、既に2回あのリピーターの手によって殺されている>
「は?」
ちょっとまて、なんじゃそりゃ。
<そしてまた、ここであなたがリピーターの元へ行けば、あなたはまた彼に殺されるでしょう>
「梶本くんが、私を殺す?…そんなはずないじゃん!」
だって、梶本くんは。
私を帰してくれるって約束してくれた。
<彼はいつだって、私に優しい。そして、いつだってあなたは彼に辛い思いをさせてしまうのよ>
聞きたくない。
聞きたくない。
でも。
<彼を思うなら、どうか、彼の元へはいかないで>
「ねえ、お願い。もう回りくどい言い方はやめて。…ちゃんと、聞くから」
そうして、目の前の星の夢は、私は、
過去を語りだした。